5.死者は語らず。ただ生者のみが足掻く

 

「く、黒崎所縁……由華さんが、真白先輩のお母さんなんですか!?」

「話の流れで気付くかと思ったけど、そうでもなかったわね」

「わ、分かる訳ないヨ~!」

「でも、私最初に言ったわよね? 『全てのきっかけは、父がある少女に恋をしたことだった』って」

『あっ』


 そう言えば、確かにそんなことを言っていた。けれども、まさかそこに繋がるとは……。


「父も母も、お互いに一目惚れに近かったらしくてね。父は忙しい合間を縫って、ほぼ毎日のように母に会いに来ていたらしいわ。――そう、この家にね」

「へぇ~。じゃあ、このおうちって真白先輩のパパとママの思い出の家でもあるんだ~。ロマンティック~」


 舞美が珍しく乙女チックな反応を見せていた。まあ、俺にも気持ちは分かる。

 虐げられてきた少女が、年の近い少年に助けられ、最後には結ばれる。恋愛小説が一本書けそうなシチュエーションだ。


「ああ、そう言えば。結局、先輩のお母さんの超能力は本物だったんですか?」

「さっきも言った通り、残念ながら分からずじまいよ。というのも、母は兄を産んだことで、能力を失ったらしいの。それまでは、普通に使えてたと言い張ってたけど」

「あ~、先輩が生まれた頃には、チョーノーリョクが無くなって十年以上経ってるもんね~。確かめようがないですね~」

「そういうこと。兄も私も、両親の言葉を信じるかどうか、随分悩んだものよ?」


 ある種の霊能力は、純潔を失ったり出産を経験することで無くなるという話を聞いたことがあるが、由華さんもそうだったのだろうか。

 それとも超能力の話自体が、先輩のご両親の作り話なのか。

 どちらにせよ、既に二人とも亡くなっている訳で、確認のしようがない。


(……確認のしようが、ない?)


 その時、俺の中で何かの歯車が噛み合ったように、ある考えが浮かんできた。


「先輩。もしかして、先輩と先輩のお兄さんが霊能力者のインチキを暴いてるのって……ですか?」

「……流石に、藤本君には気付かれちゃったわね。うん、そう。半分はね、そういう目的もあるの。インチキで人を騙す連中が許せないというのもあるけど、同時にね、私と兄さんは、ずっと探しているの。本物の霊能力者を」

「いるかどうかも、分からないのに?」

「うん。一生かかっても見付からなかったら、『いない』って納得出来るし、あわよくばどこかで見付かるかもしれないし――自分達のことながら、おセンチ過ぎるなって、よく思うけれどね」


 「悪魔の証明」という言葉がある。俗に、証明することが不可能な事態を表す言葉だ。

 例えば、「宇宙人はいる」ということを証明するには、実際に宇宙人を見付ければ済む。だが、「宇宙人はいない」ことを証明するには、宇宙の隅から隅までくまなく探して、いないことを確認しなければならない。

 もちろん、宇宙人を見付ける事自体も困難なのだが――先輩達のやっていることは、正にこの宇宙人を探すような行為だろう。


 いるのかどうか分からない「本物の霊能力者」を探す為に、インチキ霊能力者を一人ずつ潰していく。終わりの見えない戦いの日々。

 もし俺が真白兄妹と同じ立場だったら、同じことが出来るだろうか?


「途方もない話ですね」

「うん。でもね、もう両親と私達兄妹を繋ぐものって、これしか残ってないから。あの人達が、ただ単に子供を面白がらせる為にあんなことを言っていたのか、それとも本当のことを言っていたのか。死者はもう語ることは出来ないけど、遺した言葉を生者が解釈することは、出来るからね」


 そう言って、先輩は少し寂しそうに笑った。


 ――ふと、最近読んだ奇術の本の内容を思い出す。

 十九世紀末からニ十世紀初頭にかけて活躍した奇術師に、フーディーニという人がいる。彼は脱出マジックの名手で、「脱出王」等とも呼ばれていた。

 そんな彼にはもう一つの顔があった。奇術の知識と持ち前の洞察力で、霊能力者のインチキを暴くという、言わば「霊能力者ハンター」としての顔が。


 しかし、そんなフーディーニの目的は、霊能力者のインチキを暴くことではなく、本物の霊能力者を探す為であったとも言われているそうだ。一説には、亡くなった母親と交信する方法を探していたとも。

 彼は生涯で数多くの霊能力者のインチキを暴いた。けれども、最後まで「本物」に出会うことはなかったそうだ。

 フーディーニのそういった経歴は、真白兄妹と重なる部分が多いように思える。


 そう言えば、真白先輩のお兄さんの異名の一つに、「平成のフーディーニ」というものがあったな、と今更ながら思い出す。恐らく、その異名を考えた人は真白兄妹の事情など知らなかったのだろうが……何とも奇妙な符牒を感じてしまった。あまりにも、言い得て妙過ぎる。


 さしずめ、真白先輩は「旧校舎のフーディーニ」と言ったところか――。 


   ***


「アタシ、流石に反省もの、かも」

「お、どうした急に弱気になって」

「だってさ~、真白先輩にとっては、亡くなったご両親との、絆みたいなもんでしょ? あの話は」

「そりゃそうだな。ふむ、それに土足で踏み込んだようで、気が引けるってか?」

「そう。流石の舞美ちゃんも、ちょ~とデリカシー足りなかったかな~って」


 ――真白家からの帰り道、不意に舞美が、そんな弱音を吐露し始めた。

 大町特有の細い道路には人の姿はなく、ただただ気の早い蝉の声と、何本か向こうにある大通りの喧噪の音だけが、俺達の道連れだった。

 もう夕方と言える時刻だが、夕暮れにはまだ遠く、蒼い空には白い雲が流れていた。


「気にするなとは言わん。むしろ少しは気にしろ、とも思う。でもな、舞美」

「なぁに?」

「真白先輩の性格上、話したくないことは、絶対に話さないと思うんだ。だから、今日話してくれたのは、俺達を信用してくれてるって証拠じゃないのかな」

「そ、そうかな……?」

「うん。あとは、家族の秘密を話したんだから、これからも手足となって働けって意味もあるかもしれない」

「あはは~」


 ようやく舞美に笑顔が戻る。こいつにはやっぱり、笑っていて欲しかった。

 ――実のところ、俺の頭の中には、舞美の笑顔をもっと曇らせるような考えも浮かんでいた。

 真白先輩は、奇術師だ。

 その彼女が、以前こんなことを言っていた。


『ふふ、奇術師の言うことを真に受けては駄目よ?』


 先輩が語ったご両親の昔話は、確かに真に迫っていた。

 「アトランティス」の記事とも合致する内容だ。

 けれども、あの話が一から十まで本当であるとは、限らないのだ。

 真白先輩は、随分と俺達に心を開いてくれている。それは事実だろう。

 だが、それでいて先輩は、どこか俺達に一線を引いている節がある。


 舞美は以前、真白先輩のことを「安楽椅子探偵」だと言っていた。

 しかし、ここ最近で俺達が関わった事件の殆どは、真白先輩が自ら出張って解決している。

 それは、ただ単に事件が俺達の手に余るというだけのことだったのかもしれない。

 でも俺は、そこにどこか「真白先輩に完全には信用されていないのではないか?」という空気を感じ取っていた。

 

 もちろん、これは俺のただの考え過ぎ、あるいは僻みなのかもしれない。

 けれども、相手は「あの」真白恵梨香なのだ。比企高の誇る、奇術師にして名探偵なのだ。

 今回のことも、もしかしたら何かの仕込みかもしれない。


(我ながら、考え過ぎだとは、思うけどさ)


 こんなことを考えている時点で、俺は既に、奇術師の術中にはまってしまっているのかもしれなかった――。


「それにしても、ロマンティックなお話だったね~」

「真白先輩のご両親の出会い方か?」

「そう! なんてーの? ハッピーエンドで終わったロミオとジュリエット、みたいな?」

「へぇ、舞美がシェイクスピアを例えに出すなんてな。夕立でも来るんじゃないのか」

「ちょ、ちょっとー! アタシだって、そのくらいのキョーヨーはあるよ!?」


 ポカポカと俺の肩の辺りを叩いてくる舞美。結構、痛い。

 痛い、が同時に心地よい。変な意味ではなく、安心する。


「確かに、十六歳と十三歳で運命の相手に出会っちゃうなんてのは、恋愛小説顔負けだわな」

「でしょ~? むしろ、この話を小説にして出版……あっ」

「ん? どうかしたか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」


 突然、舞美が目と口を開いて立ち止まった。一体どうしたのだろうか。


「ね、ねぇ貴教。真白先輩のご両親の出会いって、昭和三十五年だったよね?」

「そうだな。雑誌記事にもそう書いてあったし、先輩の話でもそうだった」

「二人は十六歳と十三歳だったんだよね」

「ああ、さっきも話したよな、それ」

「あのね、貴教。驚かないで聞いて欲しいんだけど……真白先輩とお兄さんって、十四歳くらい歳が離れてるんだヨ」

「ああ、前に見せてもらった雑誌にもプロフィールが書いてあったな。確か、一九六二年生まれとかだっけ」


 「随分年が離れてるんだな」と思ったので、真白先輩のお兄さんの生年は、なんとなくよく覚えていた。

 真白先輩が一九七六年生まれなので、なるほど、確かに十四歳ほどの差がある。

 しかし、それがどうしたというのだろうか?


「貴教って、こういう時やけに鈍くなるよね……。あのね、貴教。一九六二年って、二人の出会いから二年しか経ってないんだよ?」

「そう言われてみれば、そうだな。それがどうかしたのか?」

「だからさ。二人の年齢……特に由華さんの年齢、やばくない?」

「あっ」


 ようやく舞美が言わんとすることに気付いた。

 真白先輩のお兄さんが生まれたのが一九六二年。となると、真白善一郎氏はまだ十八歳。黒崎所縁こと由華さんにいたっては……。


「……気付かなかったことにしよう」

「そう、だね……。あ、そうか。だから真白先輩、あんなに真剣に、アタシに……」

「ん? なんだ、まだ何かあるのか?」

「なんでもない!」


 舞美が今度は、耳まで真っ赤になってスタスタと早歩きで先に行ってしまう。

 仕方がないので、俺も早足でそれを追う。

 ――気付けば、俺と舞美の関係はいつもこんな感じな気がする。舞美がちょっと先を行って、俺がその後を「やれやれ」と追いかける。

 この関係を一体何と呼べばいいのか。その答えを、俺はまだ持っていなかった。


 気付けば、辺りはようやくの夕焼けを迎えようとしていた。

 いよいよ、夜の暑さも増してきている。

 今年も夏が来るのだ。


(この夏は、騒がしくなりそうだな)


 奇術部に入って以来――いや、真白先輩に出会ってから、俺の高校生活はすっかり騒がしくなってしまった。だが、決して不快ではない。むしろ、楽しみですらある。

 トラブルは勝手に寄って来るし、無くても真白先輩の方が探して寄っていく。

 そして、それに俺と舞美も付き合わされるのだ。


 そのことを考えると、わくわくする。

 「俺もすっかり毒されたのかもな」等と思いながら、舞美の揺れるポニーテールを追って、帰路を急いだ――。


   ***


「――今日のところは、こんなものかな」

「ええ~? 続きは? 夏休みにも色々事件が起こったんでしょ?」

「そりゃあな。でも、長くなるから、また今度な」


 そう言いながら、お父さんは僕の頭をポンポンと撫でた。少しだけ気恥ずかしい。

 僕だってもう、十四歳だ。次の春には、中学三年生になる。もう子供ではない。


 ――昨年、二〇二二年の年末の大掃除の時に、偶然見つけたお父さんの卒業アルバム。そしてそこから出てきた、「死体の写った写真」。

 それらがきっかけで、お父さんは時折、僕に高校時代の様々なエピソードを語ってくれるようになっていた。「奇術部」の仲間達が、学校で起こった事件や怪現象の真相や、心霊現象やらインチキ霊能者やらの嘘を暴いていく、胸躍るような思い出話の数々を。


「でも、何度聞いても不思議だなぁ」

「何がだ?」


 隣り合ってソファに座っていたお父さんが、立ち上がって伸びをしながら尋ねてくる。我が親ながら、とっても親父臭い。


「お父さんとお母さんにも高校時代があったんだなって」

「そりゃあ、お前。あるに決まってるだろ。父さん達も、いきなり大人として生まれた訳じゃないぞ」

「もちろん、そんなことは分かってるよ。でもさ、やっぱり不思議だなって」


 お父さんの語り口が軽妙なせいだろうか。それとも、卒業アルバムや「例の写真」のお陰で、見た目のイメージが湧きやすいからだろうか。

 僕の頭の中では、お父さん達の高校生活の中で起こったドタバタが、映画やアニメの様に色鮮やかに再生されていた。


 僕よりも、ちょっと年上なだけのお父さんとお母さん。

 それがとても生き生きと学校生活を送り、仲間達と共に怪しげな事件を解決していく。そこら辺の下手な動画よりも、よっぽど楽しみな物語だった。


「にしても、やっぱり先が気になるなー」

「だから、今日はもう話さないぞ」

「じゃあ、後でお母さんに聞いちゃおうかな~」

「……それはやめておけ」

「なんで? お父さんの恥ずかしい話とかしそうだから?」

「それもあるが……母さんは、あることないこと話を盛るぞ」

「あることないこと盛る!?」

「ああ、メガ盛りマックスだ」

「メガ盛りマックス!?」


 若い頃の話をしていたせいか、お父さんの口調は何だかいつもより若い。

 その姿が、一瞬だけ高校時代のお父さんと重なった気がした。


(了)

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旧校舎のフーディーニ 澤田慎梧 @sumigoro

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