4.占い研究会の小袋谷
翌日。クラスの男子連中にそれとなく占い研究会の件について訊いてみたが、残念ながら誰も知らないらしかった。
占い研究会自体も、部員は全員女子と聞く。偏見かもしれないが、やはり占いのようなものは女子の方が好むのかもしれない。もしくは、男子にありがちな所謂「インドア趣味」が馬鹿にされがちな風潮から、好きでも黙っている奴が多いのか。どちらにせよ、男子から情報は得られそうにない。
さて、そうなると頼りになるのは、やはり――。
「高岡さん、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「あら、何かな?」
「占い研究会って知ってる?」
クラス委員の仕事で、職員室にプリントの束を届けに行く途中のことだ。廊下を並んで歩きながら、何気ない雑談の様に、高岡さんに占い研究会のことを尋ねてみた。
すると――。
「ああ、もしかして……一年の子に研究会が荒らされてるって話かな?」
「そう、それ。高岡さんも知ってたか」
「女子の間では、それなりに話題になってるよ」
気持ち声を潜めながら高岡さんが答えてくれる。
自然、お互いの顔が寄るので、高岡さんの端正な顔がすぐ真横にくる。役得だった。
……クラスの他の男子にでも見られたら、後が大変ではあるが。
「やっぱり、かなりの噂になってるんだ。男子連中は誰も知らなかったけど」
「女子の間でも、ヒソヒソ話程度だよ。その……あまりこういうことを言っちゃいけないんでしょうけど、問題の子のおうちが、ちょっと」
「ああ、なんか有名な占い師? だっけ」
「そう。その……占い師というより、宗教? みたいな人らしくて。信者が沢山いるんだって」
「ああ」
周囲の耳を気にしてか、更に潜められた高岡さんの言葉に思わず納得する。
なるほど、占い師と言われると街角で小さなテーブルに陣取っているような人を想像してしまうが、どうやら少し違うらしい。より宗教色の強い人物のようだ。
――真白先輩のお兄さんの件でも分かるように、この当時の世の中では、数年前から所謂「新興宗教」のブームのようなものが起こっていた。主に悪い意味で。
「先祖の霊が祟っている」等と称して、適当な道具を売りつける「霊感商法」。「修行で霊能力が得られる」と宣伝し、若い世代の信者を集める怪しげな団体。そういった連中が、連日マスコミで取り上げられていた時期もある。
何年か前には、とある宗教団体の被害者の会で顧問弁護士を務めていた人物が、家族と共に行方不明になった事件もあった。団体側に強い疑いの目が向けられてはいたが、相手が宗教団体なので、警察も手が出しにくいのだとか。難儀な話だ。
だから、俺達の世代にとっては「新興宗教」というと、何か禍々しい、邪悪な存在であるようなイメージなのだ。沢山の信者を抱えているというその占い師に対しても、当然良いイメージは湧かない。
真面目な宗教家には迷惑な話だろうが、こればかり仕方がない。怖いものは怖いのだ。
数年前には、そんな宗教団体の一つが、なんと国政選挙に打って出たこともあった。当然のように惨敗したのだけれども、カルト色丸出しの選挙ポスターや街宣車が流していた不気味な歌は、今でもトラウマだ――。
「藤本君。占い研究会の話って、もしかして真白先輩に関係あるのかな?」
「え。まあ、あると言えばある、かな」
俺は、納田に占い研究会の件をどうにかしろと押し付けられた件と、真白先輩の名代として事件を調べることになった経緯を、かいつまんで伝えた。
すると――。
「ねぇ、藤本君。真白先輩のことは、他の人には話してないよね?」
「え、うん。表向きは俺が動いてることにしてほしいって言われてるし」
「じゃあ、私にも話しちゃ、まずかったんじゃない?」
「高岡さんは信用出来るじゃん」
「その言葉は嬉しいけど、真白先輩が表だって動かないことの意味、ちゃんと考えた方がいいよ」
「……?」
高岡さんの顔には苦笑いというか、どこか「困った弟にアドバイスするお姉ちゃん」みたいな表情が浮かんでいる。
よく分からないが、どうやら俺は何がしかの「やらかし」をしてしまったらしい。
「その、占い研究会を荒らしてるって子にも、結構お取り巻きがいるらしいの。意外な人がそうかもしれないよ、ってこと」
「ああ、なるほど。確かにそれは気を付けないとな」
「藤本君は男子だから分からないかもしれないけど……女子にとって、敵は見えにくいものなの。だから、真白先輩のことも、気を付けてあげてね?」
はにかむような笑顔で、そんなことを言ってくる高岡さん。恐らく、この笑顔は俺に向けられたものじゃない、真白先輩に対してのものだろう。
おかしな話だが、ほんのちょっとだけ嫉妬してしまった。真白先輩にも、高岡さんにも。
***
その後も、クラスの内外の信用出来そうな人達に占い研究会の話を聞いてみたが、実りは無かった。高岡さんも言っていたが、相手が「怪しい占い師の娘」ということで、ある種アンタッチャブルな案件になっているのだろう。
――こういう時は、思い切って相手の懐に飛び込むのが吉かもしれない。
訊くところによれば、占い研究会は放課後に部室を開放して、一般生徒からの占いの依頼を受けているのだそうだ。それは、乗っ取られた今でも変わらないらしい。
虎穴に入らずんば、なんとやら。たまには冒険をしてみることにしよう。
放課後。俺は納田から伝え聞いていた、占い研究会の部室を訪れていた。
比企高には、所謂「部室棟」のようなものはない。殆どの部は、空き教室だったり音楽室や理科室だったりを部室としてあてがわれている。奇術部のように、専用の部室を持つ部は少数派なのだ。
占い研究会は、多数派の方だった。彼女らの部室は、かつて資料室だった空き教室をパーテーションで分割した、その片一方。広さは普通の教室の四分の一程度だ。数人ならばそれで十分なのだが――。
「うお、密集してるな」
占い研究会の部室前に着くなり、思わず声が出てしまった。
開け放たれた扉の向こう――部室の中には、部屋いっぱいに黒い天幕が張られていた。その天幕の中には、十数人の女子達が所狭しと並んで椅子に腰かけ、雑談に興じている。殆どが一年生のようだ。
彼女らと入り口の間には小さな円卓があり、その前に一人の女生徒が佇んでいた。明らかに、他の女子とは雰囲気が違う。彼女は俺に気付くと、にこやかな笑顔と共に声をかけてきた。――同時に、他の女子達の雑談の声がピタリと止む。
「あら、お客様? 占い研究会に何の御用かしら」
「……そりゃあ、占い研究会に用事って言ったら、なあ?」
「はっきりしない男の子は嫌われるわよ?」
どこか妖艶な雰囲気を漂わせる、その女生徒。上履きのゴムの色をチラリと確認すると、緑色だった。つまり、俺と同じ一年だ。恐らく、彼女が例の女生徒だろう。
だが、真白先輩と大鋸先輩に騙された一件もある。一応、はっきりと確認しておいた方がいいだろう。
「ええと、友達からむっちゃ当たる占い師が研究会にいるって聞いたんだけど、君がそうなのかな?」
「お友達? 具体的には、どなたかしら」
「それは、あれだ。秘密ってやつで」
「うふふ。恥ずかしがり屋のお友達なのかしら? ――ささ、こちらへどうぞ」
言いながら、俺に椅子を勧めてくる女生徒。椅子に座りながら、改めてその容姿を観察する。
髪は黒く艶やかなベリーショート。顔色は恐ろしく白く、両の目の下に泣きボクロがある。目は細く切れ長で、シャドウをひいたような陰影を感じさせる。結構な美少女だ。
「あまり見つめられると、ちょっと恥ずかしいわ」
「ご、ごめん。占い師に会うのって初めてだからさ、ちょっと気になっちゃって」
「占い師と言っても、まだまだ見習いだけどね?」
机を挟んで向かい側に座ると、彼女は後ろにいた部員から何かを受け取った。立派な水晶玉だ。本物だろうか。それとも、ガラス玉だろうか。
その水晶玉(仮)を、机の上に置いたクッションにそっと乗せる。準備は万端、といった感じだ。
そうこうしている間にも、背後で天幕の入り口が閉じられる気配があった。外の明かりが入らなくなり、室内が薄暗くなる。なんだか閉じ込められたみたいで、いい気分ではない。
室内には黒い天幕が張られているので、天井の明かりは当然ながら届かない。
その代わりなのか、天幕内には何ヶ所かに電池式のランタンが置かれていた。「そこは蝋燭じゃないのか?」と思わなくもないが、恐らく火を使うことを禁止されているのだろう。
「さて、今更ですけど、まずは自己紹介をするわね。私は一年四組の
「よ、よろしく小袋谷さん」
「ふふ、緊張しなくても大丈夫よ。部活だから、お金も取らないし。で、どんなことを占いたいのかしら?」
水晶玉に手をかざしながら、微笑みを湛える小袋谷。その姿に毒気は感じない。普通の気の良い女子、という感じだ。正直、事前に噂話を聴いていなければ、彼女が占い研究会を乗っ取った怪しげな人物だなんて、思いもしないだろう。
――けれども、なんだろう。同時に、分類のよく分からない小型の肉食獣のような不気味さも感じる。猫科と言われれば猫科のような、イヌ科と言われればイヌ科のような。そんな得体の知れなさがあった。
「そうだな……まずは、あれだ。俺が何を占ってもらいたいのか。それを当ててもらうってのは、どうだろう?」
「へぇ? 私を試すつもりかしら」
「そんな大それたものじゃないよ。本当によく当たるって話だから、そういうことも出来るのかなって」
「――いいわ」
ねっとりとした笑顔を浮かべながら、小袋谷が水晶玉に視線を落とす。――部室の中の雰囲気が一変し、緊張感が高まっていく。
俺も、小袋谷の背後にいる部員達も、固唾を呑んで彼女の一挙手一投足を見守っている。
「……見える、見えるわ。これは……女性、ね? それも若い……私達と……同年代かしら」
「――っ」
小袋谷の言葉に一瞬反応しそうになるが、我慢する。
何かのテレビ番組で観たことがあるが、占い師というのはもったいぶった言い方をして、相手の反応を見るのだとか。恐らく、小袋谷のもそういった「言葉のジャブ」なのだろう。
「若い女性」等といった漠然な言葉には、何の具体性もない。それでも、何か思い当たる節が少しでもあれば、人間はなんらかの反応を示してしまうものだ――。
「……部活動。貴方、最近部活動に入ったかしら?」
「むっ」
「図星という顔ね? その女性も部活絡み? ……いいえ、それだけじゃないわね。もう一人、いえ二人……? 親しい女性が最近になって増えたのかしら」
「あいにくと、女の子とはあまり縁が無くてね」
「あらそう? 今、貴方の目の前にいるのも、一応は女子なのだけれど」
「会ったばかりで、親しい訳じゃない」
「つれないのね、ふふっ。これからどうなるかは、まだ分からないじゃない?」
そう言って、俺に色っぽい流し目を送る小袋谷。こいつも間違いなく美形ではあるし、今は近い距離で向かい合っているので、思わず気恥ずかしくなってしまう。
気のせいか、頬もやや熱い。しまったな、俺はこんなにチョロい奴だったのか。
「貴方が占いたいことは、その女の人に関係がある?」
「……さて、どうだろう」
「あらあら、困ったわね。占いと言っても万能じゃないのよ? 占う相手の協力が必要なの」
「……ある程度は関係ある、かも?」
「ありがとう。これで少し視界が晴れたわ――あら、その女の人以外にも、誰かいるわね? これは……先生?」
「っ――!」
声を上げそうになるのを必死に我慢する。が、動揺は小袋谷に伝わってしまったかもしれない。その証拠か、彼女はいつしか怪しげなほくそ笑いを浮かべていた。
「ええ、はっきりと見えて来たわ。これは……体育の先生、かしら? 私は受け持ってもらったことのない先生だから、名前まではよく分からないけど……心当たりはある?」
「……ある」
「あら、良かったわ。これで違うと言われたら、恥をかくところだった」
「フフッ」と柔らかく笑う小袋谷。一方、こちらの背中は冷え切っていた。先ほどから冷たい汗が伝っている。
「体育教師」というのは、間違いなく納田のことだ。そもそも、占い研究会にやってきたのは、納田から厄介ごとを押し付けられたからだ。
小袋谷……こいつ、まさか本物の占い師なのか? いやいや、まさか、そんなはずは。
「ええ、ええ。分かって来たわ、貴方がここに来た理由が。ようやく心を開いてくれたのね――藤本君」
「……えっ?」
――ちょっと待て。待て待て待て待て。
俺は彼女に、自分の名前を、伝えていただろうか?
言っていない。言っていない、はずだ。それなのに、何故この女は、俺の名前を知っているんだ。
心臓がバクバクと早鐘を打つ。汗は背中だけでなく、額からも滴り落ちてきている。まずい、これは非常に不味い。
小袋谷には俺の素性も目的も、全て見えているに違いない!
「す、すげえな! 俺の名前、なんで分かったんだ?」
「うふふ、これで私の実力は分かってもらえたかしら」
「バッチリわかったよ! 試すような真似して、悪かったな! じゃ、今日はこの辺りで失礼するよ!」
虚勢を張りながら勢いよく席を立ち踵を返す。
小袋谷は引き留めるかと思いきや、何も言わない。ただ、「フフッ」という鼻笑いだけが聞こえてきた――。
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