2.旧校舎へ
「へぇ~? それで犯人捜し、引き受けることになったの?」
「引き受けたっつうか、押し付けられたんだよ。一方的に話打ち切られた感じ」
「そんなの突っぱねれば良かったのに。貴教って、昔から押しに弱いよねぇ~」
――等と、俺に駄目出しをするこいつは、
家がマンションの隣同士で、両親達も仲が良い。生まれた頃から一緒の、腐れ縁というやつだ。
今日も、俺がいない間に勝手に上がりこんで、俺の部屋でファミコンに興じていやがった。しかも、ショートパンツにTシャツというラフな恰好で、俺のベッドの上にうつぶせに寝転がった姿でだ。
正直、目のやり場に困る。
今は、世界一有名なヒゲ親父が、亀の怪物を倒すゲームに夢中になっている。
コントローラーを激しく動かすたびに長めのポニーテールが揺れて、何だか巨大な犬か猫のようにも見えた。
ちなみに、舞美も比企高生で、クラスも俺と同じだ。
「それにしても、嫌な話だねぇ。昨日、高岡ちゃんがいきなり体育休んだから、変だな~って思ってたけど。なるほどね」
「舞美から見て、何か不審な点はなかったか? 誰か怪しい動きをしてた、とか」
「う~ん、特になかったかな。というか、さ。うちのクラスは全員シロなんでしょ?」
「ああ。荷物検査したらしいからな。クラスメイトに犯人がいないのは、ほぼ確実だと思う」
そうなのだ。納田先生の言葉を信じるならば、俺達のクラスメイトに犯人はいないはずなのだ。
となると、外部――他のクラスや上級生の誰かが犯人ということになる。
つまり、容疑者の数は軽く五百人を超える。ろくな手がかりもない状態で、その中から犯人を探すことなど、実質上不可能だろう。
「一体どうすりゃいいんだ……」
「今からでも断ったら?」
「納田の性格知ってるだろ? あいつ、一度自分が指示したことを俺らがやらないと、いつまでもブチギレるじゃん」
「あー」
納田――もう「先生」を付けるのもかったるい――は、中々に粘着質な性格だ。
誰かが何か失敗をしたりすると、それをいつまでもネチネチと取り上げ続け、バカにし続ける。
少し前、運動が苦手な男子が百メートル走の最中にコケたことがある。納田は彼を罵倒し、笑い、ホームルームでわざわざ女子の前で彼の失敗を公言し、笑いものにしようとした。もちろん、誰も笑わなかったが。
入学から一ヶ月ほどしか経っていないのに、クラスメイトの殆どは納田のことが嫌いだった。
「俺に犯人捜しを押し付けたのも、自分の責任にしたくないからだろうさ」
「でもそれ、生徒に捜査を押し付けた時点で、納田の株大暴落じゃない?」
「そういうことが分からないから納田なんだよ。驚くべきことに、それが俺達の担任だ。全く笑えないぜ」
テレビ画面――この頃はまだ、液晶ではなくブラウン管だった――の中では、ちょうどヒゲ親父が亀の怪物の吹いた炎を喰らって、やられているところだった。
舞美はつまらなそうにコントローラーを放り投げると、ゲーム機の電源をバチっと切った。……俺のなんだから、もっと丁寧に扱ってほしい。
――この当時でも、ファミコンは既に旧世代のゲーム機だった。三年ほど前に後継機であるスーパーファミコンが発売し、段々と主役の座を明け渡しつつあった。最後のファミコンソフトが発売されるのは、この年の翌年のことなのだが……今は、その話は置いておこう。
「ふふ~ん。ねえ、貴教。アタシが助けてあげよっか?」
「なんだ? 犯人捜しでも手伝ってくれるのか?」
「まっさか! 貴教はアタシに、地道な捜査とか出来ると思う?」
「思わん」
「即答かよ!」
ノリツッコミ気味に俺の頭をひっぱたく舞美。少々痛い。
こいつは小柄な癖に運動神経抜群で、根っからの体育会系だ。勉強は俺が教えてやらないと壊滅的で、じっとしているのも苦手。
「犯人捜し」みたいな繊細な作業には向かない。
「『名探偵』をね、紹介してあげるって言っているの」
「名探偵だぁ? そんなものが、現実にいるのかよ」
「いるよ。しかも、うちの学校の先輩に。二年生の
舞美が、瞳をキラキラさせながら「真白先輩」とやらを絶賛する。
――胸に正体不明のモヤモヤが湧いてきたが、今は無視した。
「うちの学校の『旧校舎』は分かる?」
「ああ、体育館の裏にある、木造の建物な」
比企谷高校には、「旧校舎」と呼ばれる木造の建物がある。
実際には特別教室棟であり、本校舎として使われたことはないので「旧校舎」呼ばわりはおかしいのだが、なんとなく皆そう呼んでいる。
「真白先輩はね、旧校舎にある『奇術部』の部長なの。しかも、知る人ぞ知る『比企高の名探偵』なのよ! 話は通しておくから、明日にでも相談に行ってみなよ」
「……どんな人なんだ」
「だから、カッコイイ人だって。会えば分かるから」
それだけ言って、舞美はファミコンのカセットを「悪魔にさらわれた姫を助けに向かう鎧の騎士」のゲームに差し替えて、またピコピコとプレイし始めてしまった。
どうやら、舞美の中では「この話はこれで終わり」らしい。昔からこうだ。自分の中で結論が出たと判断すると、もうそれ以上の話はしてくれない。
(奇術部部長の真白先輩、ね)
俺は一抹の不安を覚えながら、その名を心の中で反芻した。
***
翌日。クラスの口の堅そうな数人に、体操服が盗まれた件を打ち明け協力してもらった。もちろん、被害者が高岡さんであることは伏せて、だ。けれども、芳しい結果は得られなかった。
そもそも、犯人はほぼクラス外の人間で決定なのだ。クラスメイトの誰も関わっていない以上、内部から情報を得ることは難しいだろう。
とはいえ、他のクラスや上級生に話を聞いて回る訳にも行かない。
俺にそこまでのコミュニケーション能力はない。それに何より、高岡さんの名誉が傷付く可能性がある。いくら名前を伏せていても、知る人が増えれば、被害者が高岡さんであると気付く人が出てくるかもしれないのだ。
クラスメイトの尋ねる時だって、ちょっと躊躇したくらいだ。
――そして放課後。業腹ではあるが、俺は舞美の助言に従い、旧校舎を訪れていた。
旧校舎――正確には「特別教室棟」は、戦後まもなく建てられた木造二階建ての建物だ。
一階には旧音楽室と旧美術室が、二階には何に使っていたのかもよく分からない部屋が四つある。
「奇術部」は、二階の一番奥まった部屋を部室としているらしい。
旧校舎は、本校舎から見て体育館の裏側にある。渡り廊下を通って体育館の入り口をスルーし、裏手に回ると姿を現す。
渡り廊下は直接つながっていないものの、コンクリート製の飛び石が敷かれているので、上履きのままで行ける。
「失礼しまーす」
開け放たれた入り口から、旧校舎内へと歩を進める。
中は静まり返っていて、返事はない。「奇術部」以外にも幾つかの部が部屋を構えているはずなのだが、人の気配すらない。ちょっとだけ気味が悪かった。
そのまま、ギシギシと音の鳴る廊下を進み、今にも落ちそうな階段を慎重に上っていく。旧校舎には何故か電気が通っていないので、当然ながら明かりもない。階段は昼間だというのに、不気味に薄暗い。
二階に上がりキョロキョロと周囲を見回すと――あった。木製の引き戸の一つに、「奇術部」と書かれた大仰な木の看板がかけられていた。
意を決して、コンコンとノックをしてみると――。
「どうぞ」
ややあって、中から男の声が返って来た。恐らく、真白先輩とやらだろう。
「失礼します」
ガラガラと扉を開き――俺は絶句した。
扉の中には、信じられない光景が広がっていた。
そこは六畳くらいの手狭な部屋だった。壁際には年季の入ったオープンラックが並び、何に使うのか見当もつかない代物が、所狭しと詰め込まれていた。
部屋の片隅には木製の椅子や机が寄せられており、そこはかとなくカビ臭い。また別の一角にはカーテンが吊るされ、目隠しがされていた。
だが、俺の目を引いたのは、それじゃない。部屋の一番奥――窓際の床の上に、それがあった。
髪の長い女生徒が、窓の下の壁にもたれかかるようにして、床に座っていた。その目は閉じられていて、一見すると眠っているように見える。が、絶対に眠ってなどいない。
何故ならば――何故ならば、彼女の胸には、登山で使うようなバカでかいハンティングナイフが深々と刺さっていたのだ。
セーラー服の白い胸元には赤黒い染みまで広がっている。間違いなく血だろう。両脚は力なく投げ出され、上履きの片方は脱げてしまっていた。
そして、その女生徒に向けてレンズ付きフィルムを構え、パシャパシャと撮影している男子生徒が、一人。
俺が入ってきたことなど意に介した様子もなく、夢中で撮影に興じている。フラッシュが焚かれる度に、女生徒の死体が不気味に照らし出された。
そのあまりに異様な光景に、俺は文字通り言葉を失っていた。
――そのまま、どれくらいの時間が経っただろうか。
ひとしきり写真を撮った男子生徒が、ようやく俺の方へ振り向いた。
「やあ、お客さんとは珍しいね」
よく通るテノールの声。髪は少し長く、かといって清潔感を失わない程度に整えられている。
顔は間違いなく美形。やや線が細く色の白い、大人数のアイドルグループに一人はいそうなタイプだ。
そっと上履きの色を確認する――青だ。うちの学校は、入学年で上履きのゴムの色が変わる。俺達の代は緑色で、二年生は青、三年生は赤。つまり、この男子は二年生ということになる。
「……あの。その人……死んでるん、ですか?」
「そう見えるかい?」
「見えるも何も、だって……ナイフが……」
「あはは、まあそうだね。これはどこからどう見ても、死体だ。――君、名前は?」
「え。あ、あの、一年の藤本、です。あの、真白先輩、でいいんですよね?」
生まれて初めて「ナイフで刺された死体」なんてものを見て動揺していたのか、俺は呑気に自己紹介を始めていた。
いや、あまりにも現実離れした光景を前に、心がマヒしていたのかもしれない。
そんな俺の姿がどう映ったのか、その二年生の先輩は、怪しげな微笑みを浮かべながら、静かに頷いてみせた。
――これが全ての始まり。
俺の高校生活を彩ることになる、奇術師にして名探偵である真白先輩との出会いだった。
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