2.若き奇術師と千里眼少女の顛末

 「昭和に蘇った千里眼少女! 果たして本物か、偽物か! 新進気鋭の奇術師との対決の結果は!?」という、やたらと長ったらしい見出しの割に、記事の内容は実にあっさりしていた。

 対決は三本勝負。真白善一郎側が用意した三つのシチュエーションにおいて、黒崎所縁が隠された文書の内容を言い当てられるか? というシンプルな内容だ。

 対決はとある旅館で行われたそうだ。


 一つ目のシチュエーションは、封筒の中に入れられた便せんに書かれた文字を通しするというもの。「千里眼」の透視能力をアピールするものの中では、最もポピュラーなアレだ。

 だが、黒崎所縁はまず、この初手で透視に失敗してしまう。


 二つ目のシチュエーションは、遠く離れた場所にあるものを透視するというもの。

 具体的には、黒崎達がいるのとは別の部屋に置かれたメモの内容を読み取れるかどうか、を問うものだった。が、これも黒崎所縁は失敗してしまった。


 そして三つ目は、溶接された鉛の箱に入っている物の正体を当てるというもの。

 何故、鉛なのかというと、その昔「千里眼は放射線で透視を行っている」という説を唱えた学者がいたからなのだとか。もし封筒の中身は当てられても、鉛の箱の中身が分からなければ、自説が証明されると考えたらしい。

 もちろん、前の二つを外している黒崎所縁は、これも当てられなかった。


 結果は、黒崎所縁の全敗。彼女は「インチキ」と認定され、急速に世間から姿を消していったのだという。

 反対に、真白善一郎はその名声を高め「健全な」奇術師として、世間の信用を得たのだそうだ――。


「へぇ~! 真白先輩のお父さんも、先輩達と同じようなことやってたんだね~」

「俺もそう思ったんだけどな。実は、ちょっと違うらしい」

「えっ? どういうこと?」


 舞美がキョトンと首を傾げる。その勢いで、タンクトップの肩ひもが片方だけずり落ちた。ちょっとだけ、目のやり場に困る。

 夏場の暑い中であろうとも、舞美は俺の部屋に入り浸るのをやめない。もちろん、俺の部屋にもエアコンはないので、窓を全開にして扇風機を「強」で回して、なんとか涼を取っている始末だ。そんな状況で人一人が増えれば、体感温度もやはり上がる。

 だから、本当ならば夏場くらいは自重してほしいのだが――。


「ねぇねぇ、どういうことって訊いてるんだけど?」


 舞美が頬を膨らませながら、ちょっと前かがみになって俺の方に顔を寄せてくる。

 俺の視線はいよいよ挙動不審になりつつも、舞美の危うい胸元をチラチラと舐めるように通過してしまう。悲しい男の本能というやつだ。

 俺の中ではいつも、罪悪感と思春期の好奇心とがせめぎ合い、結果として後者が辛勝している。つまりは、そういうことだった。


「ああ、ごめん。ええとな、先輩のお父さんが霊能力者のインチキを暴いたのって、この時だけらしいんだ」

「なるへそ。それは確かに、先輩達とは違うね~」


 そうなのだ。真白善一郎は、その後も様々な霊能力者から対決を挑まれたり、はたまた新聞社や学者から助力を頼まれたりしたにも拘らず、二度と依頼を受けなかったそうなのだ。

 彼は真っ当な奇術師として、観客を楽しませることにだけ集中し、そのキャリアを確かなものとしていったらしい。

 ――ちなみに、これは真白先輩から直接聞いた話だった。


「な~んだ。てっきり『真白兄妹は、亡き父の志を継いでインチキ霊能力者を血祭りに上げているのだ!』って、熱血展開なのかと思ったのに」

「血祭りには上げてないだろ、物騒な」

「でも、インチキを暴かれた方は赤っ恥かくだけじゃなくて、インチキで貰ってたお金も貰えなくなるんだから、実質血祭りみたいなものじゃない?」

「まあ、死刑宣告みたいなものではあるかもな」


 二人して物騒な言葉を連呼しつつ、「アトランティス」の紙面に目を落とす。

 そこには、若き日の真白善一郎の姿が映っていた。真白先輩のお兄さんとよく似ている、かなりのハンサムだ。

 しかし――。


「『若手』とは書いてあったけど、実際これ、若すぎるよなぁ」

「そだねー。昔の人ってことをさっぴいても、アタシ達とそう変わらないくらいに見えるねぇ」


 そうなのだ。真白善一郎は、どう見ても若すぎた。

 この黒崎所縁との対決が昭和三十五年、ということは一九六〇年だ。俺や舞美の両親が一九四〇年代生まれなので、真白善一郎も同い年くらいだと考えると、高校生くらいだろうか。

 つまり、この人は俺達と同い年くらいの頃に、既にこんな有名になっていた、ということだ。


 一方、真白善一郎と対決した黒崎所縁だが、こちらも若いように思える。

 ただし、こちらはとある事情から、はっきりとした年齢を推測することが難しかった。


「しっかし、この黒崎って人、なんでなんて被ってるんだろうね?」

「さあ? キャラ作りの一環じゃないのかな」


 そう。黒崎所縁は、何故か常に「若女」の能面を被っていたらしいのだ。だから、誰も素顔は知らない。

 当然、「アトランティス」に掲載されている写真も能面を被ったものだ。しかし、きっちりと和服に身を包んだ体はとても小柄で華奢。白黒だから細かい所は分からないが、髪も艶々しているように見える。

 記事の中でも「年齢不詳」とされていたけれども、記者の主観として「中学生くらいにも見えた」と書いている。なので、やはりこちらもそこそこの若年だったようだ。


「ああ。あと、この記事によれば黒崎所縁は全盲だったらしいな」

「ぜんもー? 目が見えないってこと?」

「そ。だからなのか、面の下にも目隠しの布を巻いてたみたいだし、歩く時はマネージャーみたいな人が介助してたんだって――ま、それも含めて演出かもしれないけどな」

「ふ~ん。真実は歴史の闇の中、ってやつ?」


 「アトランティス」の記者も、黒崎所縁についてはかなりの取材を行ったらしい。けれども、彼女のその後を知ることは出来なかったのだという。

 黒崎所縁は、文字通り歴史の闇の中へと消えたのだ。


「歴史に消えたインチキ霊能者、か。この黒崎って人がどうなったのかって考えると、ちょっと暗い気持ちになるな」

「ほ? なんで? 悪い人っしょ?」

「いや、だってさ。俺達同じくらいか、下手したら年下の女の子っぽいんだぜ? もしかしたら、周りの大人に無理矢理『千里眼』を演じさせられてただけなのかもしれないしさ」

「あ~」


 俺の言わんとすることに気付いたのか、舞美の表情が少しだけかげった。

 真白先輩のお父さんがやったことは、恐らく正しい。観客を楽しませる奇術と違い、インチキ霊能力はただただ人を騙す為のものだ。そのインチキを暴くこと自体は、決して悪いことではない。

 けれども、もし黒崎所縁も「犠牲者」だったとしたら?


「もしかして、真白先輩のお父さんが二度とインチキ霊能力を暴く仕事を受けなかったのって……」

「よく考えたら、同い年か年下くらいの女の子の面子を全力で叩き潰すってことだもんね~」


 舞美と二人、したり顔でウンウンと頷き合う。

 ――念の為言っておくと、これは完全に俺と舞美の妄想だ。推測ですらない。

 けれども、同時にあり得ない話ではないとも思う。インチキで食い扶持を稼いでいた同年代の女の子の、その食い扶持を自分が奪ってしまったと、真白善一郎がそう考える優しい人であったなら。


「ふ~む」

「どうした、舞美。難しい顔して」

「いや、ね? もし真白先輩のお父さんが、罪悪感? みたいなのからインチキ霊能力者バスターをやめちゃったんだとしたらね。……逆に、先輩と先輩のお兄さんは、どうしてそれを続けてるのかな? って」

「別に関係なくないか?」

「ええ~!? だって、お父さんは一回しかやってないことなんだよ? でも、先輩達はむっちゃ積極的にやってるじゃん? な~んか、違和感があるんだよね~」


 腕を組みながら首を傾げる舞美。

 ――そのポーズは、思ったよりも立派な胸の谷間が物凄く強調されるので、遠慮願いたい。

 もとい。舞美がこういう、「何か違和感がある」と言い出した時は、実際に何か予感や直感めいたものを感じていることが多い。こいつにはそういう、野生の勘めいたものがあるのだ。


「そんなに気になるなら、先輩に直接聞いてみるか? なんて――」

「そ、れ、だ!」

「えっ」

「なんだヨ、『えっ』って。貴教が言い出したんじゃん」

「いや、センシティブな問題かもしれないから、流石にそれは」

「ということで、早速明日、先輩にアタックだ~!」


 どこかの世紀末覇王よろしく、グッと拳を天に突き上げる舞美。

 ……どうやら、明日の放課後は胃が痛いことになりそうだった。

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