2.美術室にて

 翌日。俺達は早速とばかりに奇術部室へと向かった。言わずもがな、真白先輩に例の噂話を伝える為だ。

 舞美が持って来た噂を要約すると、概ねこんな話らしい。


 つい先日の放課後、一年の女子二人組が連れだって美術室へとやってきた。その日の授業で忘れ物をしており、それを取りに来たのだそうだ。

 その日、美術部の活動は休みで、部屋には既に誰もいなかった。美術室の鍵はしっかりとかかっていて、二人は職員室で借りた鍵を使い中に入った。


 忘れ物はすぐに見つかった。スケッチ用の鉛筆を入れた筆箱で、美術室の長机の下にある荷物を置くスペースに忘れていたらしい。

 「見付かって良かったね」等と話しながら、美術室を去ろうとする二人。出がけに電灯を消そうとして――一人が気付いた。


 美術室の窓の下には、作品を並べたりしまったりする為の棚が設置されている。

 その棚の上には、生徒の作品やデッサンモデル用の胸像やら人形やらが置いてある。その中に、例の「校長先生のお面」も置いてあったのだが、これが斜めを向いていたそうなのだ。まるで、二人を見つめるように。

 二人はとても几帳面な性格なので、「誰かがずらしたのかな?」と思い、わざわざ向きを直してあげようと、お面に近付いた。

 すると――。


「お面が二人の動きを追うように、向きを変えたんだって!」


 ――そこまでヒソヒソ声で語っていた舞美が、突如大声を出した。

 驚かそうと思ったらしいが、俺も真白先輩も無反応だ。やり方があからさま過ぎて、意外性がない。


「あ、あれ? びっくりしない……?」

「むしろ、そんなやり方でびっくりさせられると思ってる方がびっくりだよ」

「むー」


 呆れながら苦笑いして見せると、舞美は不服そうに頬を膨らませた。小学生か。

 真白先輩などは、そんな俺達のやりとりを微笑ましそうに見守っている。なんだか気恥ずかしい。

 

「それで、その二人はその後どうしたのかしら?」

「え~と、アタシが聞いた話だと、それはもう大きな悲鳴を上げて、職員室まで走って逃げたみたいですよ」

「なるほど。じゃあ、もしかして美術室の鍵も開けっ放しで?」

「そうそう、よく分かりますね先輩。それで、先生の誰かが二人から鍵を預かって、美術室の鍵を閉めに行ったみたいですね~。『お面が勝手に動くはずないだろ』って」


 ――何故だろうか。俺にはその「先生の誰か」が、納田に思えて仕方ない。

 あいつなら「お化けなんているはずないだろ、ガハハ!」とか言いながら、心霊現象のただ中に突撃していきそうだ。

 出来ればそのまま、学校の怪異に呑み込まれて消えて欲しいくらいだ。


「……で、その先生も『動くお面』を見たのかしら?」

「それが、ですね。らしいんです」

「……なるほど、ね」


 「ふむふむ」とでも言いたげに舞美の話に何度も頷いて見せる真白先輩。その様はなんだか、リスかハムスターみたいで、やたらと可愛らしい。

 あと、舞美がきちんと丁寧語を使って話しているので、何だか違和感が凄い。こいつ、真白先輩の前ではこんなに猫を被るのか。


「次の日に、二人が他の女子に話して、その内の何人かがキョーミホンイでお面を見に行ったらしいんですけど、やっぱり動かなかったみたいですね~」

「何かの見間違いって線はないのか? 夜の学校が怖くて、なんかそんな風に見えちゃったとか」

「それは無いんじゃない? 夜って言っても、今の放課後はまだ明るいっしょ? それに、二人して同じように見間違うなんて、あんまり考えられないじゃん?」

「ああ、それもそうか」


 俺が口をはさむと、舞美はいつもの口調であっさりと却下してきた。

 何故だろう、とても安心する。


「何にせよ、一度実物を見た方が話が早そうね」

「……やっぱり、そうなりますか」

「そうなりますよね~。ということで、ゴー!」


 何故だか舞美が、やたらと大きな掛け声を上げた。どうにも先程から、やたらとテンションが高い。

 こいつ、そんなに心霊現象とか好きだったっけ?

 ――とにもかくにも、俺達は例のお面を見る為に、美術室へ向かうことになった。


  ***


 美術室へ向かうと、なんだか人だかりが出来ていた。

 学年性別問わず、十数人の生徒が美術室の入り口の前でたむろしている。


「ほら! 動くお面なんてものはないから! 帰れ帰れ!」


 美術室の中では、一人の教師が大声を上げて生徒達を追い払おうとしていた。

 見覚えがある。確か、美術教師で美術部顧問のナントカ先生だ。顔は覚えているが、名前は分からない。俺は美術を選択していないので、そもそも面識がないのだ。

 背は男性にしては低く、えらく痩せている。顔色もやたらと白く、今は険しい表情を見せているので、なんだか骸骨だか死神だかといった風情だ。


「あら。磯淵先生、大層お怒りね」

「随分ウワサになっちゃいましたからねぇ」


 真白先輩と舞美の会話からすると、どうやらあの先生の名前は磯淵というらしい。よし、覚えた。

 尤も、今回の件が終わったら、もう思い出さないかもしれないが。


 野次馬の生徒達は口々に「えー、見るくらいいいじゃん」等と不満を口にしていたが、彼らの野次馬根性より磯淵先生の剣幕の方が勝ったのか、次第に数を減らし、遂には俺達以外はいなくなってしまった。

 これは、俺達も追い払われるパターンでは? そう危惧したのだが――。


「磯淵先生、こんにちは」

「……なんだ、真白君か。そっちの二人は?」

「奇術部の後輩ですよ」

「ほう。あんなヘンテコな部活にも、きちんと新入部員が来たのか。良いことだ」


 真白先輩と磯淵先生は、和やか……という程ではないが、普通に会話し始めていた。明らかに他の生徒に対してより、態度が柔らかかった。

 ちなみに、言うまでもなく先輩はいつもの三つ編みおさげ瓶底眼鏡マスク姿だ。


「お陰様で。それで、今日はですね――」

「みなまで言うな。どうせ、例の物をその二人に見せようというのだろう? 入れ。今日は美術部も休みにしたからな、遠慮はいらん」

「では、お邪魔しますね。さ、二人とも」

「し、失礼します」

「失礼しまーす!」


 先輩に促されて、俺と舞美は美術室へと足を踏み入れた。

 すると早速、窓際に置いてある不気味な物が目に入った。見覚えのある髭面――校長先生の顔を写し取ったお面だ。


「へぇ~、これがそうなのか~! ん~? 別にふつーのお面だけどなぁ」


 少々へっぴり腰な俺と違って、舞美は果敢にも窓際に駆け寄って、お面をしげしげと眺め始めた。こいつには恐怖心というものがないのだろうか?


「あら、藤本君は見ないのかしら?」

「み、見ますとも! ええ、見ますとも」


 俺がビビっていることに気付いたのか、真白先輩が愉快気に微笑みながらそんなことを言ってきた。仕方がないので、意を決して窓際に近付き、舞美の横に並ぶ。


「あれ、お面お面言われてたけど、被るものじゃないんですね」

「デスマスク――いいえ、校長先生は生きてるから、この場合はライフマスクね。この手の代物は、普通は被る用じゃないと思うわよ」

「そういうものですか」


 真白先輩の解説を受けながら、お面――ライフマスクとやらを観察し始める。

 材質は不明。石や金属ではなさそうだ。詳しくはないが、白っぽいので石膏か何かかもしれない。

 全体の形は正方形に近く、その中央に校長先生の顔が浮かび上がるように鎮座している。「被るものじゃない」と言ったのは、その為だ。お面として装着するには、余計な部分が多すぎる。

 厚みはあまりなく、数ミリといったところか。その為に自立出来ないらしく、皿を立てて飾るのに使う物に似たスタンドに立てかけられている。


「……普通だな」

「普通だね」


 舞美と二人で、色々と角度を変えながら見てみるが、当然のことながら勝手に向きが変わったりはしない。少しニヤついたような校長の顔が、違う角度から見えるだけだ。


「ええと、磯淵先生」

「なんだ。……訊きたいことがあるのなら、まずは名乗りたまえ」

「あ、すみません。ええと、俺は一年一組の藤本と言います。こっちは同じクラスの二階堂です」

「よろしい。では、質問は?」

「ええと、ですね。このライフマスク? って、いつ頃作られたものなんですか」

「昨年の秋ごろだな」

「へえ。じゃあ、別に古いものでもないんですね」


 半ば予想していたことだが、やはり新しい物なようだ。校長がいつ頃から比企高に勤めているのかは知らないが、何十年も前という訳でもなかろう。

 そもそも、ライフマスクの顔は今の校長の顔そのままなのだから、最近作ったものであることは明白なのだ。


「もう一つよろしいですか?」

「なんだ」

「このライフマスクの作者というのは……」

「美術部員が中心になって作ったものだ。私も手伝ったがな」

「なるほど。……あの、そもそもなんですけど、なんでこんなものを作ったんですか?」

「……部員達が興味本位で始めたことだったかな」


 ――その質問自体に深い意味は無かった。それこそ、ただの興味本位だ。

 だが、磯淵先生の表情に微妙な変化があったのを、俺は見逃さなかった。

 ほんの一瞬だが、先生の険しい表情が更に険しくなり、すぐに戻ったのだ。何か、今の質問に思う所があったのかもしれない。


「ふ~ん。でも、美術部員って女子ばっかでしょ? しかも結構、可愛い先輩が多かったような? なんで可愛い女の子の顔じゃなくて、髭のおじさんの顔の写しなんて作ったんだろ?」

「おい、舞美。流石にそれは校長先生に失礼だろ」


 磯淵先生の前だというのに、教師を馬鹿にするような発言をする舞美に、思わず肝を冷やす。

 だが、先生の反応は意外なものだった。


「ははっ、確かにな。私も校長先生の顔よりは、誰か目鼻立ちの整ったモデルを使ったらどうかと言ったんだがな。そうはならかったのさ。何故だと思う?」

「え……ええと、恥ずかしがったから、とかですか?」

「もっと単純なことだよ。ライフマスクの型を取る方法は色々あるが、ポピュラーなのは石膏やそれに準ずるものを顔に塗りたくり乾燥させるというものだ。――年頃の女子が、そんなものを好んでやりたがると思うかね?」


 そう言って、磯淵先生は不器用に笑った。どうやら、印象よりも気さくな人らしい。


「なるほど。確かに女子は嫌がりそうですね。……あれ? でも、そうすると校長先生は他人が嫌がることをわざわざやってくれた、ということですか?」

「そんな殊勝な話ではないよ。先ほど二階堂君が言ったように――私が言うのもなんだが――うちの部員達は綺麗所が多い。そんな女子生徒達に可愛らしく頼まれて、ホイホイと受けてしまった、というのが真相さ」

「わ、それはカッコつかない~」

「おっと、この話は校長先生には内密に頼むぞ?」


 磯淵先生のその言葉に、美術室に控えめな笑い声が響いた。最初の怖い印象はどこへやら、だ。


「はは、お口にチャックだね! ……あ、そだそだ。このライフマスク? 裏はどうなってるのカナ?」

「ああ、裏側はな」


 舞美のタメ口も気にした風でもなく、磯淵先生が裏側が見えるようにと、ライフマスクを手前に少し倒してくれた。そこには、ベニヤ板のような木の板が貼り付けられていた。


「本来は、表側の顔とぴったり嵌るような凹面になっているんだがね。残念ながら、あまり出来が良くなかったので板を貼って隠してあるんだ」

「へぇ、裏は凹んでるんですかぁ。その辺りは被るお面に近いんですね~」


 板の向こう側が見たくなったのか、舞美がライフマスクに手を伸ばす。が、その動きは磯淵先生に手で制されてしまった。


「おっと、この板はしっかり貼ってあるんでね。無理にはがそうとしたらマスク自体が壊れてしまうかもしれないので、触らないでくれたまえ」


 言いながら、ライフマスクを丁寧にスタンドに設置し直す磯淵先生。

 舞美は不服そうだが、流石にベニヤ板を無理矢理剥がす訳にもいかない。諦めてもらおう。


「さて、ご覧の通りこれは何の変哲もない代物だ。勝手に向きを変えたりするはずもない。これで満足かね?」

「そうですね……。では先生、最後に一つだけ質問してよろしいですか?」

「なんだね、真白君」

「このマスク、どうしてここにずっと飾ってあるのでしょうか? 言葉は悪いですが、動く動かないは別として、ずっと校長先生に見られているようで、あまりいい気持ちはしないと思うのですが」

「ああ、それか」


 真白先輩の言葉に、磯淵先生がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりの、どこか嬉しそうな笑顔だ。


「だからさ」

「だから、とは?」

「君が言ったように、ここにこのマスクがあると、校長先生に見られているようで気になるだろう? それが逆にいいのさ。どうにもウチの部員達は、私が目を離すとサボりがちでね。だから、代わりにこのマスクに監視してもらっているのさ」

「……それ、効果があるんですか?」

「少なくとも、ウチの部ではね。私が隣の準備室にいる時でも、雑談が聞こえてくる回数は減ったよ」


 言いながら、親指で隣接する美術準備室の扉を指さす磯淵先生。

 ――後で聞いた話だが、磯淵先生は現役の絵描きでもあるのだそうだ。部活動の時間にも、暇を見付けては準備室に籠って、自らの作品作りに励んでいるらしい。


「なるほど、ありがとうございました。――さ、二人とも。とりあえず部室に戻りましょう」

「え~。せっかく美術室に入ったんだから、もっと色々見てみたい~」

「こら舞美、わがまま言うんじゃない。……磯淵先生、ありがとうございました」

「うむ。ただの見学ならいつでも歓迎だ。美術部が活動している時にでも、普通に尋ねてきなさい。なんなら、絵のモデルでもやってみるかね?」

「え、モ、モデル!? ふふ~ん、遂にこのアタシの美貌が全校に知れ渡っちゃう時が来たか!」

「調子に乗るんじゃない! 磯淵先生、では失礼します」


 暴走し始めた舞美の首根っこを掴みながら、逃げるように美術室を後にする。

 こういう時の舞美は、どんどんと調子に乗っていって、最後にはいらんトラブルを巻き起こすのだ。その前に撤収したかった。


「特に収穫無し、でしたね」


 部室に戻る道すがら、ほぼ無言を貫いていた真白先輩に話を振ってみる。

 俺や舞美が気付かなかったことに先輩だけが気付いていた、みたいな展開を期待したのだが――。


「そうね。何の変哲もないマスクだったわね。新しいものだし、残念ながら心霊現象と関係あるとも思えないわ」

「ありゃ、先輩も空振りでしたか」

「買いかぶらないで。私に分かるのは、タネも仕掛けもあるものだけよ」

「まあ、そりゃあそうなんでしょうけど……」


 何となく「全ての謎が解けたわ!」なんて名探偵の台詞を期待していただけに、肩透かしだった。

 結局その後は、部室で雑談に興じ、下校時刻には学校を後にした。せっかく先輩に面白いネタを提供できると思ったのに、残念でならなかった。


 ――けれども、やっぱり俺達は見落としていたのだ。「何か」を。

 これより数日後、再び「美術室にある校長先生のお面が動いた」という目撃談が出てきたのだ。

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