第三話「『占い研究会』乗っ取り事件」
1.真白先輩の奇術講座
中間テスト明けの五月下旬。俺と舞美は、揃って奇術部の部室を訪れていた。
テストの打ち上げも兼ねて、たまには奇術部らしい活動をしましょうという、先輩の呼びかけがきっかけだった。
「じゃあ、もう一回やるから。よく見ててね」
窓際に立つ真白先輩。相変わらず長い黒髪の似合う美人だが、体格は小学生並みなのでどちらかというと可愛らしさが先立つ。
その可愛らしい先輩の手には、直径三十センチ程の金属製のリングが二つ握られていた。
俺と舞美は、そんな先輩の様子を椅子に座って眺めている。
「はいっ」
先輩が左右の手に持ったリングを上下にぶつける。すると、まるですり抜けるように二つのリングが繋がった。
『おお~』
思わず、舞美と共に歓声を上げる。事前に「タネも仕掛けもある」と言われていたが、さっぱり分からない。本物の魔法を見せられているような気分だった。
「ちょっと二人とも、関心ばかりしてないの。タネは見破られたかしら?」
「いや、全然」
「あたしも」
舞美共々首を横に振る。
実際、硬い金属製のリング同士がどうやったら繋がるのか、全く見当がつかなかった。
「やる気がないわね、二人とも。まあいいわ。このマジックは初歩中の初歩だし――ほら、こっちのリングを見て」
先輩が右手に持っていたリングを俺達の前に差し出す。すると、すぐにおかしな部分に気付いた。
今まで完全な円を描いていたと思っていたリングの途中に、切れ込みが入っていたのだ。リングそのものの太さよりも少し大きいくらいの隙間だ。
「え、全然気づかなかった」
「俺も俺も」
「この隙間の部分を手で握って、常に隠しておくのがコツね」
先輩が、今度はゆっくりとリングとリングをぶつけてみせる。
衝突の際、左手に持っている方のリングを右手で隠している隙間部分に素早く通しているのが分かった。
「な~んだ。タネが分かっちゃうと、簡単なんですね」
「ふふ、それが奇術というものよ、二階堂さん。やってみる?」
「やります!」
先輩からリングを手渡された舞美が、謎のカッコいいポーズを取った後にリング二つをぶつける――が、派手にガチンと音がしただけ繋がらない。実にカッコ悪い。
「あれぇ~?」
「ふふ、案外と難しいでしょう? 最初は隙間を隠すことは意識せず、スムーズにリング同士を連結することに集中して練習するの。慣れてきたら、段々と観客の視線を意識して、上手くタネを隠すことを覚えていく……」
先輩が舞美からリングを返してもらい、繋げたりまた離したりを繰り返す。
タネを知った後に見ても、やはり魔法にしか見えない。
「地道なものなんですね、奇術って」
「そうよ? 一瞬のマジックの為に、何日も何日もかけて準備する。その繰り返し――そうね、こんなものもあるわよ」
真白先輩はリングを無造作にそこら辺の棚にしまうと、今度は普通のものよりも二倍くらいあるトランプを持ち出してきた。
「これから、このカードを使って『予言マジック』をしてみせるわね? 藤本君、この中の一枚を引いてみて」
「……これ、表面が全部同じ絵柄、とかいうオチはないですよね?」
「あら、疑り深いお客さんね。いいわ、チェックしてみて」
先輩がトランプを表向きにして俺に手渡す。
一枚一枚チェックするが、うん、普通のトランプだ。絵柄が重複していたりはしない。
念の為、裏面もチェックするが不審な点はない。以前に聞いた話だと、裏面の模様が微妙に違っていてカードの種類を見分けられるものがあるらしいが、そういう物ではないらしい。
「デカい以外は、普通のトランプですね」
「満足した? じゃあ、その中から一枚選んで、私に見せてくれるかな」
「先輩にも見せるんですか? ええと」
てっきり、先輩が目隠しをしている間にカードを一枚選んで束に戻して、そのカードを先輩が当てる――みたいなマジックだと思っていたが、違うらしい。
適当にカードを引くと、スペードの三だった。
「なるほど、スペードの三……実はね、私は藤本君がそのカードを引くの、予め分かっていたんだ――二階堂さん、貴女が座っている椅子の座面、その裏側を見てみて」
「はい~? 裏側裏側……ん? 何か貼ってある……?」
舞美が椅子の裏を覗き込み、もぞもぞと手を伸ばした。
すると――。
「あ、ああ~!? 椅子の裏に、『スペードの三』って書いた紙が貼ってある!」
「な、なんだって!? ちょっと俺にも見せてくれ」
仰天しながら、舞美が座っている座面の裏を覗き込む――絵面的に、ちょっと危ない感じになるのは勘弁してもらいたい。
すると確かに、やけに達筆な毛筆で「スペードの三」と書かれた紙が貼ってあった。
「凄い! 真白先輩、これどうやったんですか? アタシにも出来ますか?」
「もちろん。これは、手間がかかるだけで誰でも出来る奇術よ。――藤本君なら、分かるかしら」
「……いいえ、俺もさっぱりですよ。お手上げです」
少し考えてみたものの皆目見当が付かない。「誰でも出来る」と言うからには単純なトリックなのだろうが、全然だ。
「この奇術の欠点は、手間がかかる割に簡単にバレてしまう可能性が高い、という所なの。そうね、二人とも天井を見上げてみて」
「天井……ですか?」
先輩の言葉に従い、舞美と二人でゆっくりと天井を見上げる。傍から見るとシュールな光景だろう。
すると――。
「あれ、天井全体に何か模様……? みたいなものが書いてありませんか?」
「ホントだ! え、これって……ハートのK?」
そう。舞美の言った通り、天井全体に薄っすらと「ハートのK」の絵柄が描かれていたのだ。
本当に薄っすらとだし、何より電灯のない旧校舎の中のことなので、注意深く見ないと気付かないだろう。
――そこでようやく、トリックに見当が付いた。
「先輩、もしかして部室のそこら中に、トランプの絵柄そのものや、それを指す文字が隠されてるんじゃないですか?」
「ご名答! その通りよ藤本君」
「え、え? どういうこと?」
「だからさ、舞美。この部室の中に、トランプの絵柄五十二……いや、もしかしたらジョーカーを含めた五十三枚分の絵や、それを指す文字列が隠されてるってことだよ」
つまりは、こうだ。
先輩は、俺が選んだカードを予言していたのではない。選んだカードと同じ絵柄や文字列が隠されている場所を確認するよう、俺達を誘導したのだ。
もし俺が「ハートのK」を選んでいたら、天井を見上げさせた、という寸法だ。
分かってみれば単純なトリックだが――二つほど、大きな問題があった。
「なるほど、確かにこれは『手間がかかる割に簡単にバレてしまう』トリックですね」
「どういうこと~?」
「舞美さ、お前がこのトリックを仕掛けたとして、正確にどのカードの絵柄がどこに隠されているか、思い出せるか? 五十三枚分」
「え、無理」
「即答かよ……まあ、そういうことだ。ついでに言うと、この部室を予め調べられたりしてたらバレちゃうし、天井の絵に偶然気付く人だっているかもしれないし。準備や実行が大変な割に、バレやすいトリックってことだよ」
「おお、なるほど!」
ようやく合点がいったのか、舞美がポンッと右拳で左手の平を打った。なんだかオッサン臭い仕草で、ちょっと笑いそうになった。
「今見てもらったように、一口に奇術だ手品だと言っても、色々な種類があるのよ。念入りな準備が必要なものもあれば、日々の努力で会得した手先の技もある。――口八丁手八丁で騙す、なんてものもあるわ。ね、藤本君?」
「あ、あはは……」
「?」
俺と先輩のやり取りに、舞美が首を傾げた。
先輩が言っているのは、初めて部室を訪れた日のアレのことだろう。演劇部の大鋸先輩が真白先輩の振りをしているのに、俺が全く気付かなかった、アレ。
「でもね、二人とも。世の中には色んな種類の奇術、手品があるけど、どれにも共通することが二つあるの。なんだか分かるかしら?」
先輩の問いかけに、二人して首を振る。
そんな俺達の反応をどう思ったのか、先輩は仏様みたいな不思議な笑顔を浮かべながら、こう言った。
「一つは、お客さんをいい気持ちで騙すこと。どんなに凄い奇術でも、後味が悪ければ失敗よ。そしてもう一つ大事なのは――どんな大マジックでも、必ずタネも仕掛けもあるってこと。演出として超能力者を名乗るのは結構だけれども、それを利用してステージ以外でも他人を騙したりしちゃ、いけないのよ。これは、肝に銘じておいてね」
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