3.解決、あるいは全ての発端

 数日後、俺達の教室は静けさを取り戻していた。

 高岡さんは、明るい笑顔を浮かべながらクラスメイトと談笑している。

 「犯人」の子は、高岡さんには目もくれず、一人ぼっちで次の授業の教科書を黙読している。

 クラスは平和そのものだった。


「――ねぇねぇ。例の件、結局どうなったの?」


 その日の夕方、いつものように俺の部屋に入り浸ってファミコンに興じていた舞美が、ぽつりとそんなことを尋ねて来た。こいつも例の事件がどんな顛末を迎えたのか、気になるらしい。


「真白先輩が万事解決してくれたよ」

「へぇ、さっすが真白先輩! 比企高が誇る名マジシャンにして、名探偵!」


 そう言う舞美がプレイしているのは、出っ歯が特徴的な人気お笑い芸人をキャラクター化した探偵アドベンチャーだ。

 もしかすると、舞美なりにウケを狙ったのかもしれない。


「それでそれで? 先輩はどうやって事件を解決してくれたのさ? 犯人は? やっぱり断崖絶壁に追い詰めて、名探偵の推理がさく裂したの?」

「それじゃミステリというよりは、サスペンスだろ。しかも、テレビドラマの」


 苦笑いしながら、俺は舞美に事の顛末を話し始めた。


 真白先輩はまず、高岡さんにコンタクトを取った。あの翌日のことだ。もちろん、俺も同席した。

 先輩は高岡さんに、俺に披露したのと同じ推理を話して聞かせた。その語り口は見事そのもので、高岡さんも俺と同様、先輩の推理に納得してしまったくらいだ。


 けれども、本当に見事だったのはこの後だ。

 先輩は、「意外な犯人」を知って戸惑う高岡さんに、こう言ったのだ。


『判断は貴女に任せるわ。学校側に報告して、犯人を追及するもよし。犯人を許して、日常に戻るもよし。――貴女が選んで』


 言うまでもなく、これは「判断を任せる」と言いながら、具体的な二択を提示して相手を誘導する、あの手口だ。

 高岡さんは見事にその手口に引っかかったのか、はたまた元々犯人を許すつもりだったのか、後者を選んだ。

 被害者本人が「許す」と決めたことで、犯人を吊るし上げる気満々だった納田は梯子を外された恰好になった。もちろん、納田には誰が犯人だったかは伝えていない。今後も伝えるつもりはない。

 盗難事件のことを知っている人達にも、「本人同士で解決したから」と多少の嘘を交えて説明しておいた。


 残すは肝心の「犯人」への対処だ。こちらについては、俺は同席を許してもらえなかった。

 けれども、先輩曰く「悪いようにはしないよ」だそうだ。俺は先輩を信じて、それまで黙っていた「犯人」の名前を教えることにした。

 実際、その後「犯人」の子に怪しい動きはない。自分の罪が暴かれることを恐れている様子もない。成績が落ちただとか、そういった噂も聞かない。

 先輩に、「一体どんな話をしたのか」と尋ねたけれども、教えてはくれなかった。

 

『奇術師が手品のタネを全部明かしたら、商売あがったりでしょう?』


 なのだそうだ。全く、あの先輩には勝てる気がしない。


 ――さて、こうして「体操服盗難事件」は幕を閉じた。けれども、この話はここでは終わらない。

 もう少しだけ余談があるのだ。


「ええっ!? 俺が奇術部に入る?」

「うん、ぜひ入部してほしいんだけど、駄目かな?」


 事件が無事に「解決」した数日後のことだ。お礼を言う為に奇術部部室を訪れた俺に、真白先輩は、そんなとんでもない提案をしてきたのだ。

 なんでも、奇術部は現在部員不足で廃部の危機にあるらしい。真白先輩以外の部員は所謂「幽霊部員」で、生徒会や教師から廃部候補として目を付けられているのだとか。

 

「毎日来てとは言わないわ。たまに顔を出してくれるだけでいいの。事件解決のお礼だと思って……駄目?」


 可愛らしく、少しだけ首を傾げながらおねだりをしてくる真白先輩の姿に、気付けば俺は「OKですよ!」と実に気持ちのいい返事を返していた。思春期男子という生き物は、実にチョロいのだ。

 早速とばかりに、差し出された入部届に名前を書き始める。すると、真白先輩が更に意外な申し出をしてきた。


「ああ、あとね。これはお願いというよりもアドバイスなんだけど。二階堂さんも奇術部に誘ってくれないかしら」

「え、舞美をですか? どうしてまた」

「うふふ、理由は秘密よ? それと、私が入って欲しいと言ってたと伝えるんじゃなくて、『俺が入部するから、お前もどうだ?』みたいに伝えてほしいの。多分、そう言えば確実に入部してくれるから」

「はあ……」


 先輩の意図を測りかねたまま、その日は真っ直ぐ帰宅した。

 すると、いつものように舞美が俺のベッドの上に寝そべってファミコンに興じていた。

 今日は、世界一有名な「元祖落ちものパズル」に熱中している。様々な形のブロックが定期的に落ちてきて、それを上手く組み合わせると消える、例のあれだ。

 プレイし始めて結構経つのか、ブロックが落ちる速度は既に俺の目が捉えられる限界くらいに速かった。


「相変わらず上手いな」

「……」


 カバンを置きながら声をかけるが、何故か舞美の返事はない。

 そう言えば、「おかえり」の一言もない。いつもなら言ってくれるのに。

 ――心なしか、不機嫌なオーラが漂っているようにも見える。


「ええと、舞美さん……? 俺何か、怒らせるようなことしたかな」

「……別にぃ」


 取り付く島もない。それとも、ゲームに集中しているから受け答えがぞんざいなだけなのか。

 そうこうしている内にも、ブロックの落下スピードはますます速くなり、遂には姿を現した瞬間に底まで落ちているくらいになった。けれども、舞美はミス一つなくブロックを消していく。驚くべき腕前だった。

 すると――。


「真白先輩と、何話してたの?」

「えっ?」


 超速プレイをこなしながら、舞美の方から話しかけてきた。驚くべき器用さと集中力だった。


「放課後、ウキウキ顔で奇術部の部室に行ったみたいじゃん」

「ああ、この前の事件解決のお礼を言いにな。そしたら、奇術部に誘われたんだ」

「……ふ~ん。その言いぶりだと、入部するんだ」

「おう。廃部の危機らしいからな。お礼も兼ねて入ることにした――それでさ、舞美も良かったら、入部しないか?」

「はぁ?」


 俺の言葉に反応してか、舞美がゲームを一時停止して、ようやくこちらを向いてくれた。

 その顔は思いの外に不機嫌そうというか不審そうな表情で、少し驚いてしまった。


「何それ。先輩に部員勧誘してきて、とでも言われたの?」

「いや、そうじゃなくて……その、俺が舞美と一緒に入部したいんだよ。一人じゃ不安だし」

「――っ」


 今度は、舞美の方が驚いたような顔を見せた。

 しかも何故か、胡坐をかいていた足をきちんと揃えて、正座で座り直した。どうにも挙動不審だ。


「……しょ、しょうがないなぁ貴教は。保護者同伴じゃないと、部活一つ入れないの?」

「誰が保護者だ。どちらかというと、それは俺の方だろ」

「お、貴教のくせに言うじゃん」


 「にひひ」とでも言い出しそうな、歯を見せる笑顔を浮かべる舞美。先程の不機嫌そうな雰囲気はどこへやら、だ。

 やはり、女子の気持ちはよく分からん。


 こうして、俺と舞美は奇術部に入部することになった。

 そのことが、俺達を実に厄介極まりない、様々な事件の渦中へと導くことになるとも知らずに。

 思えば、色々と兆しというか、ヒントはあったのだ。そう、あれは俺が入部届を書いている時のこと――。


「そうだ、藤本君。さっきも言ったけど、部活には時々顔を出してくれればいいんだけど、もう一つお願いがあるの」

「お願い、ですか? なんでしょうか」

「うん。実はね、私――趣味で心霊現象とか、超能力とかの噂を集めているのよ。もし藤本君がそういう噂話を聞いたら、私に教えて欲しいの」

「なんだ、そんなことですか。お安い御用ですよ!」


 先輩相手に見栄を張りたい気持ちも手伝って、そんな安請け合いをした過去の自分を、今なら殴りたい気分だ。

 まさか真白先輩が心霊現象や超能力の噂を集めているのが、あんな理由だったなんて、その時は思いもよらなかったのだ。 

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