7.奇術師 vs 占い師(下)
「『名探偵』ですって? それは、兄のあだ名であって、私とは関係ないわね」
「そうですか。では、先輩という縁を伝って、お兄様のオーラを映し出してしまったのかもしれませんね」
小袋谷は「名探偵」という言葉に固執はしなかった。ただし、その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
――どうやら、小袋谷は知っているらしい。真白先輩が、一部の人間から「名探偵」と呼ばれていることを。
恐らくは、「名探偵」という言葉に対して、先輩が動揺しているとでも思っているのだろう。
だが、小袋谷の思惑とは裏腹に、先輩は至って冷静だった。
「私という縁を伝って兄のオーラを映し出した? そんなことが出来るの? それなら、この場にいない人間のことも占えるのかしら」
「ある程度は可能です。でも、占いたい相手の十分な情報と、強い縁が必要になりますね」
「具体的には?」
「お名前や誕生日、出来れば血液型も分かればいいですね。縁の方は、目の前に占いたい相手と強い縁を持つ人間がいなければいけません」
「強い縁というのは?」
「例えば血縁ですね。あとは、夫婦であるとか恋人であるとか、そういった強い結びつきが必要です」
得意そうに語る小袋谷。恐らく、口に馴染んだ説明なのだろう。
――俺の時もそうだったが、小袋谷の占いには一つの特徴がある。占っている相手自身のことを言い当てるだけではなく、交友関係等にも言及するのだ。
俺の時は、曖昧な「親しい女性」から始まり、更には俺の担任教師である納田を思わせる人物像を挙げている。
しかし、よく考えてみれば、交友関係というものは比較的入手しやすい情報だ。特に、学校内のそれは。
誰と誰が仲がいいだとか、同じ部活に入っているだとか、どの先生が担任だとか。それらは、家庭内の事情に比べれば、遥かに知るのが容易だ。実は大した情報ではない。
だが、小袋谷の語り口は巧妙だ。ただのガラス玉を宝石だと思い込ませる詐欺師の様に、なんでもない情報も核心であるかのように見せかけているのだろう。
「血縁、ね。そうすると、私の両親が既に亡くなっているというのも、血縁があったからこそ視えた、ということしら」
「はい。先輩の縁を辿ったところ、ご両親の光が弱く感じましたので。『もしや』程度ですが」
「光……。貴女、先ほども光と言ったわね。それは何? オーラとか、そう言ったもの?」
「ええ。オーラ、つまり生命エネルギーです。私はこの水晶玉を通して、その人のオーラを視ているんです」
小袋谷が、水晶玉をクッションごと持ち上げて掲げてみせる。
水晶玉は、ランタンの明かりに鈍く照らされて怪しく光っている。が、これが「オーラ」とやらという訳ではないのだろう。
「オーラは、その人の身体を包む淡い光です。私達占い師は、その色や形から様々なものを読み取ります。それはぼんやりとしたイメージだったり、言葉だったり。縁深い人間の存在だったりするんです」
「なるほど。つまり、今貴女の目には、私のオーラを通じて兄や両親の存在が視えている、ということ?」
「はい。あくまでも薄っすらと、ですが。この目に確かに」
「なるほどね」
得心がいった、と言わんばかりに先輩が何度も頷いてみせる。
その顔には、穏やかな笑みさえ浮かんでいた。
それに釣られたのか、小袋谷もたおやかな笑みを浮かべた。果たして、その笑みが意味するところはなんなのか。勝利を確信したのか、それともただ単に先輩に合わせたのか。
どちらにせよ、次の瞬間その笑みは凍り付くことになった。
「――ですってよ、真白」
突然だった。先輩が後ろを振り返り、天幕の外に向かってそう呼びかけたのだ。
まるでそこに、「真白」という名の人間がいるかのように。
すると――。
「案外、時間がかかったわね」
そうぼやきながら、何者かが天幕を押しのけながら部室の中へ入って来た。
牛乳瓶の底みたいなレンズの黒縁メガネ。
口元にはガーゼマスク。
髪は地味めな三つ編みおさげ。
その何者かは、どこからどう見ても「真白先輩」その人だった。
『えっ』
それは一体、誰の言葉だったのか。小袋谷か、それとも占い研究会の部員達か。
誰もが突然姿を現した「もう一人の真白先輩」を前に、呆気に取られていた。
俺と「先輩」以外は。
「もう。人に無理難題を押し付けておいて、その言い草? お礼は奮発してもらうからね」
「分かってるわよ。でも、そう言いつつ貴女も楽しんでたんじゃない?」
「あ、バレちゃった? 中々スリリングだったわ」
椅子に座ったままの「真白先輩」と、外から入って来た「真白先輩」が笑いあう。
一方、占い研究会の面々は小袋谷以下、呆気にとられたように口をぽかんと開けていた。
「そんな。真白恵梨香が双子だなんて、聞いてないわ! ……いいえ。いいえ、いいえ。これは……ちょっと! 入り口を開けてちょうだい!」
「あ、はい!」
怒鳴り散らすような小袋谷の言葉に怯えながら、部員の一人が例の紐を引っ張る。出入り口を覆っていた天幕の一部が開き、外の光が天幕の中を照らし出した。
明るい。今まで電池式ランタンの弱い光の中にいたから、目に痛いくらいだ。
その明るさの中で、小袋谷は二人の「真白先輩」を見比べ、目を剥いた。
「別人? なんてこと、よく見れば全然違うじゃない!」
――そう。小袋谷の言葉通り、二人の「真白先輩」はよく見比べれば「瓜二つ」ではなかった。
背恰好は似ている。声色もそっくり。パッと見なら、知り合いでさえも双子か何かと思う程に似ている。けれども、やはり違う。
よく見れば目元や細かい仕草、顔全体の造詣などが違っていることが分かる。尤も、薄暗い中ではそれすらも分からなかっただろうが。
「あら、気付かれちゃったわよ、真白。二階堂ちゃんなんて、廊下ですれ違っても分からなかったのに」
「ふふっ、そこは『流石は小袋谷さん』って言ってあげて。すぐに気付くなんて、中々の観察眼だわ」
「……その口ぶりだと、後から入ってきた方が本物の真白先輩、という理解でいいのかしら?」
「ええ。ごめんなさいね、私が本物の真白よ。貴女が今まで話していたのは、私の影武者ってところ」
ニヤリと、口元がマスクで隠れているにも拘らず、真白先輩が不敵に笑ったのが分かった。
真白先輩にしてみれば愉快で仕方ないのだろう。小袋谷が、こうも見事に先輩達の術中に嵌ってしまったのだから。
――種明かしをしよう。まず、俺と一緒に占い研究部へとやってきたのは、もちろん真白先輩ではない。
彼女の名前は岩瀬という。大鋸先輩と同じく演劇部の二年生で、真白先輩の親友だ。
真白先輩とほぼ同じ体型で、背丈は少し高い。顔立ちは真白先輩とは違って可愛い系の美人だが、今は化粧で見事に化けている。
そして、特技は「声帯模写」と「ものまね」だ。つまり岩瀬先輩は、今の今まで真白先輩に変装し、なりきっていたのだ。
もちろん、ただ化粧をして同じ恰好をしてものまねをしただけでは、他人に「真白先輩本人」と思わせることは難しい。小袋谷の様に観察眼の鋭い人間には、変装だと容易くバレてしまうはずだ――舞美はアホの子だから騙されるだろうけど、それはともかく。
小袋谷が完璧に騙されてしまった裏には、真白先輩による綿密な「トリック」があるのだ。
その一つが、真白先輩の普段の恰好だ。
真白先輩は、ただ単に素顔を隠す為だけに今の恰好をしている訳ではない。そもそも、この恰好自体が「岩瀬先輩との入れ替わりトリック」の練習なのだ。
「入れ替わりトリック」は、例えば脱出マジック等でも使われているトリックだ。箱の中に閉じ込められた人間が、遥かに離れた場所に姿を現す――が、実はそちらは別人で、本物はまだ箱の中にいる。そんな使われ方をするらしい。
実は、岩瀬先輩は、真白先輩の恰好を真似ているのではない。二人は、お互いに真似をしあって「どちらにも絶妙に似ている」姿を作り上げているのだ。
靴や服に詰め物をして背丈や体型を近付けたり。メイクで肌の色やホクロをごまかしたり。
二人は、暇を見付けてはお互いの姿が極力そっくりになるように、研究に研究を重ねてきたのだそうだ。
以前に舞美が見かけた「分裂した真白先輩」も、入れ替わりトリックの実践練習だった、という訳だ。
――ちなみに、今のところ、このトリックを使用する予定はないそうだ。いつ披露するとも知れぬ「入れ替わりトリック」の為に、日常の中でも練習を欠かさない。先輩達の恐るべきプロ意識の賜物だった。
加えて、小袋谷が全校生徒の顔を覚えるのに使ったのが集合写真だったことも幸いした。集合写真では、どうしても細かい部分は分からないものだ。
このように、二人が普段から「入れ替わりトリック」を練習していて、かつ、小袋谷が真白先輩と直接会ったことがなかったからこそ、成立したのが今回の作戦だ。
岩瀬先輩が真白先輩の振りをして小袋谷と対峙する。その間、本物の真白先輩は天幕の外で待機し、機を窺う。
小袋谷は、偽・真白先輩について占えば占う程、嘘を重ねることになる、という寸法だ。
もちろん、「本当の真白先輩の生年月日や血液型を教えられたのだから、占いの結果も本人に対するもの」と言い張られる可能性もあった。
だが、小袋谷はよりにもよって「本人のオーラを視て占っている」等と明言してしまった。あの言葉は、完全に蛇足だったのだ。
「呆れましたね。入れ替わりだとか影武者だとか、小説の中でしか見たことがありませんよ。実際にやる人がいるとは思いませんでした」
「ええ、普通はやらないわね。偶然、この子と私の体型や雰囲気が近かったから始めたことだし。――でも、見事に騙されたでしょう?」
「それはもう、完全に」
ほくそ笑む真白先輩を前に、小袋谷が「降参」といった感じに諸手を挙げた。それはそうだろう。
「オーラが見える」「オーラを通じて、肉親の姿が視える」みたいなことを断言したのに、目の前にいたのは実は他人だったのだ。小袋谷としては、自分のミスを認めるしかない。
見れば、彼女の取り巻きである一年生達は、皆一様に「どういうこと?」と言いたげに動揺を見せている。
――いや、「皆一様」というのは語弊があった。一部の女子は、悪戯を見付かった子供のような表情を見せている。
後で知った話だが、彼女達は小袋谷の信奉者ではなく、元々の「協力者」だったらしい。
彼女達は、部内で小袋谷が地位を確立しやすいように暗躍する役目を担っていた。他人のふりをして入部しつつ、それとなく小袋谷の部内での立場が良くなるように誘導していたそうだ。
それ以外にも、彼女達が手足となって学内の情報を集め、小袋谷に伝える役割も果たしていたのだとか。
更には、小袋谷の占い――いや、話術で彼女を信用してしまった生徒の何人かも、情報収集役を担っていたらしい。小袋谷に相談をする過程で、学内の噂話やクラスの話題などを、知らず知らずに提供していたようだった。
「あーあ。もうちょっとここで、遊べると思ったんだけどなぁ」
「あら、占い研究会は辞めてしまうの?」
「こんな赤っ恥をかいてしまっては、ね」
小袋谷が伸びをしてから、てきぱきと水晶玉やらクッションやらを片付け始める。
何人かの取り巻きも、気まずそうにしながら荷物をまとめている。なんだかシュールな光景だった。
「ああ、小袋谷さん」
「なんでしょうか、真白先輩」
「貴女のお母様が、『オイタは程ほどに』と仰ってたわよ」
「――母と会ったんですか?」
「ええ。上坂先生ともう一人先生に付き添ってもらって、お話を伺いに行ったわ。とても素敵な方ね」
「……悪趣味」
吐き捨てるようにそう呟いて、小袋谷達は部室を出ていった。
後に残るのは、戸惑いを隠せない占い研究会の部員達。彼女達はまだ、状況を呑み込めていないようだった。
「さ、私達も出ましょうか」
「このままで、いいんですか?」
「後は上坂先生や、部長の山崎さんの仕事よ。岩瀬も、行きましょう」
「おうさ。いい加減メイク落としたいしね~」
素の岩瀬先輩の飄々とした雰囲気は、真白先輩とは似ても似つかなかった。この人の演技力も、ある意味で奇術めいていた――。
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