3人目のリンデルを探せ!(後編)
よく分からない流れで、私はこのお屋敷にいるという『第三のリンデルさん』探しを始めることとなった。
誰にもヒントを求めずに三人目のリンデルさんを探し当てたら、ジェド様はご褒美をくれるそうだ。私の好きなものを、何でもプレゼントしてくれるとか。
(……というか、ジェド様って意外と子供っぽいところがあるのよね)
ジェド様は普段冷静な感じで振る舞っているけれど、実はゲームや遊びが好きらしい。
この前レナス辺境伯領に行った時も、マンドレイク畑で親戚の方とマンドレイク堀り競争をしたり、ペットの魔獣をからかって遊んだりしていて……ものすごく意外な一面だった。
無邪気な笑顔がかなり可愛くて、意外と子供っぽい人なんだな……とも思った。
まぁ、ジェド様が楽しんでくれるなら、『三人目のリンデルさん探し』をやってみるのも悪くない気がする。……実際、興味があるし。
「ご褒美といっても、特にほしい物なんて思い当たらないけれど。……ああ、そうだ! せっかくだから、猫ちゃんになってもらおうかしら」
ジェド様は週に一度、2分間だけ仔猫の姿に戻ってくれる。私が仔猫姿のジェド様のことを溺愛しているから、希望に応えてくれているのだ。
「2分じゃなくて1日中、猫ちゃんで居てもらえたら素敵だわ……!」
そう考えたら、俄然やる気が出てきた。
意気込んで、お屋敷の中を歩きはじめる。
「私が毎日会っている人の中にいる……というと、厨房の料理人かメイド、それか侍女あたりかしら」
リンデル家の五姉弟は、ディクスターさんとビクターさん以外は女性だという。家長であるお姉さんがこのお屋敷の使用人をしているはずがないから、消去法的に妹ふたりのどちらかだろうけど……。
メイドルームに入ってメイドや侍女たちを見まわしていると、侍女のサーシャや他の皆が声を掛けてきた。
「あら、クララ様。こちらにいらっしゃるなんて、珍しいですね」
「誰かをお探しですか?」
「いえ。大丈夫です。ノーヒントの約束なので」
「ノーヒント?」
「ええ。……こちらにはいないみたいなので、大丈夫です。お邪魔しました」
私は、メイドルームをあとにした。
そのあとも、厨房やランドリールームを覗いたりしたけれど。やっぱりリンデル兄弟と似た顔立ちの女性はいない。
というか輿入れしてから今日までの間に、一通りの使用人とは会っていると思うけれど、思い当たる人物はいなかった。
しばらく捜し歩いたけれど、結局『第三のリンデルさん』と思しき使用人には出会えなかった。
私は降参宣言をするために、ジェド様の書斎に行った。書斎では、ジェド様がディクスターさんと何かを話し合っていた。
「ジェド様、降参です」
「難しかったか?」
あはは。と、楽しそうに笑うジェド様とは対照的に、ディクスターさんは溜息をついていた。
「若……。三人目探しなんてくだらないこと、クララ様にやらせないでくださいよ」
ジェド様が、いたずらっぽく笑っている。
「――さて。それじゃあリンデル、『答え』を呼んできてくれ」
「はいはい」
いったん退室したディクスターさんが連れてきたのは、意外な人物だった。
「お呼びですか。若旦那様」
「え!? ……サーシャが三人目!?」
ディクスターさんとともに入室してきたのは、侍女のサーシャだったのだ。
ジェド様が楽しそうにしながら、説明を加えた。
「サーシャ・リンデル。彼女がこの屋敷の、三人目のリンデルだ。……まさかクララが、聞いてなかったとはな」
「サーシャがディクスターさん達の妹!? 全然顔が似てませんけど! ……それにお名前。妹さんは違うお名前だった気がしますが」
「あのですね、クララ様……」
ディクスターさんは少し気恥ずかしそうにしながら、サーシャと視線を交わしていた。
「サーシャは私の妹じゃなくて。妻です」
「え!?」
妻帯者だったんですか、ディクスターさん!
「ネコ化した若が暴れ狂ってサーシャを引っ掻こうとしたときに、たまたま助けた縁でして」
「ええ。結婚後は家庭に入ることも考えたのですが……私は長くこちらのお屋敷で働いておりますし。できれば引き続きご厄介になりたいと思いまして」
ディクスターさんが苦笑している。
「この屋敷の皆はサーシャを名前で呼びますから、姓を聞く機会がなかったかもしれませんね」
サーシャもうなずいていた。
「クララ様に初めてお会いした時に一度だけフルネームで名乗りましたが……若旦那様の体調が優れず、バタバタしていましたよね」
そういえば、自己紹介はされていた。でも、畑をもらったことが嬉しすぎて、話が半分くらいしか頭に入っていなかった気が……。
ぽかーんとしながら、私はリンデル夫婦の話を聞いていた。
ディクスターさんが妻帯者だったのは驚きだけれど。
ディクスターさんとサーシャが夫婦だったのも、すごく驚きだけれど。
……でも!
「ず、ずるいですよ。ジェド様」
と、私はジェド様に抗議をした。
「私はリンデル家の五姉弟の話をしていたのに……。あの流れで『三人目のリンデルさんがいる』と言われたら、妹さんだと考えるのが自然でしょう?」
「ですね、若。いきなり嫁の話をされても、クララ様が困るだけです」
ジェド様が、苦笑して肩をすくめている。
「ちょっと悪ふざけが過ぎたかな」
「ジェド様。このゲームは無効ですよ」
「わかったわかった、俺が悪かったよ。お詫びに、何でも好きなものをプレゼントする。……というか最初から、なにか贈りたいと思ってたんだ」
当たっても外れても、ジェド様は私に何かをくれるつもりだったらしい……。
「クララ、何が欲しい?」
私の答えは決まっている。
「じゃあ、『仔猫ちゃんの日』をプレゼントしてください」
「は……、?」
「ジェド様に、仔猫ちゃんに変身してほしいです。1日二分じゃなくて、丸一日くらいずっと愛でたいのですけど。できれば猫ちゃん姿のジェド様と一緒に、お散歩とかしてみたいです」
「いや。それは、ちょっと」
困惑しているジェド様に、ディクスターさんがにやにやしながら言った。
「良いじゃないですか、若、変身してあげれば。昔みたいに尾行して、活動記録をつけてあげましょうか?」
「そうですね。私達も久々に、若旦那様の猫さま姿を拝見したいです」
と、サーシャも笑っている。
「お、お前ら……」
赤面して戸惑っているジェド様に、私は熱視線を注ぎ続けた。
「プレゼント。お願いします」
「っ…………」
数日後――。私は仔猫なジェド様を連れて、夢のような一日デートを実現させたのだった。でもそれはまた、別のお話。
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