【30】弟、帰る。
クララが屋根裏部屋に監禁された日の、翌日――。
大雨の中、二人の少年が乗合馬車の停留所から降り立った。雨除けの外套を着こんで、マグラス伯爵邸まで駆けていく。
伯爵邸の門番が、少年の一人を見て目を丸くした。
「ウィリアム坊ちゃん!」
マグラス家の長男であるウィリアムと、その同行者を門の中へと迎え入れ、門番は屋根の下でウィリアムに尋ねた。
「急なお戻りで……どうなさいましたか、坊ちゃん」
滴る雨粒を払いながら、ウィリアムが淡々とした声音で答えた。
「別に、どうということはない。研究の都合で、実家の書庫にあった蔵書を参照したくなっただけだ。僕自身の目で吟味したかったから、急遽戻った」
「さようですか。それで、こちらの方は」
「アカデミーの友人の、シンだ」
「シンです。お世話になります」
ウィリアムが紹介すると、シンと呼ばれた少年はあどけない微笑を浮かべた。赤ワインのような深赤色の髪から雨粒がしたたり落ちている。そぼ降る雨に打たれた二人の美少年は、匂い立つような色香を放っていた。
絵画の中から抜け出てきたような少年たちの美しさに、門番がうっかり見惚れていると、
「シンもうちの蔵書が見たいというから、連れてきた」
「さようでございましたか。失礼しました。おふたりとも、どうぞ中へ」
ウィリアムはシンを連れ、屋敷の中へと入っていった。
*
屋敷の中には、どこか緊迫した空気が漂っていた。ウィリアムが「父に帰省のあいさつをしたい」と言っても、使用人たちは難色を示す。
「旦那様は今とてもお忙しく、ウィリアム坊ちゃんとお話しするお時間がないとおっしゃっています。……あと、事前の断りもなくご友人を連れてこられたことを、ご不快に思っておいででした」
「ずいぶんな扱いだな」
ウィリアムは不機嫌そうに眉をひそめていたが、シンに向かって申し訳なさそうな声で言った。
「不躾な家族ですまない、……シン」
シンはゆったりと首を振り、「僕にはどうか、お気遣いなく」と微笑んでいる。
ウィリアムは、シンに微笑み返した。
「せっかく来てくれたんだから、屋敷の中を案内するよ」
そばで聞いていた使用人が、なぜか気まずそうな顔をしてウィリアムを止めようとした。
「坊ちゃん、申し訳ありませんが旦那様のご意向で、屋敷をあまり歩き回らないようにと――」
「は?」
底冷えする眼差しでウィリアムが睨みつけると、使用人はびくりと震えた。
「友人の前で、僕に恥をかかせる気か。僕の家を、僕が歩いて何が悪い。……行こう、シン」
まずは書庫から案内するよ。そう言って、ウィリアムは友人とともに屋敷の散策を始めた。
――レナス家から連れ戻されたクララが屋根裏部屋に監禁されていることを、このときのウィリアムはまだ知らなかった。
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