クララ、美肌のひみつ。about【25】
【25】話付近。ジェドの霊獣化が暴走しなくなり、『ネコ』がクララの前に姿を現さなくなった頃のお話です。
***
とある日の夜。
「クララ様のお肌って、いつ見てもうっとりするほどお綺麗ですね……」
と、唐突にサーシャが声を掛けてきた。クララの自室で、湯浴みを済ませたクララが着替えるのを手伝っていたときのことである。
「へ?」
まじまじと見られると何だか恥ずかしい。クララはちょっと照れながら「そうですか?」とつぶやいた。
普通なら、侍女が女主人の素肌を凝視するのは失礼にあたるだろう。しかし、サーシャとクララの間柄は、今やかなり親しいものとなっていた。距離感のない付き合いを、クララ自身が望んだためである。
「どうしてクララ様は、そんなにお肌がつやつやしているんでしょうか。なにか美肌の秘訣などがあるのですか? 秘訣があるなら、教えて欲しいです」
「美肌……わ、私がですか?」
「もちろんです!」
「気のせいでは……?」
「とんでもない。とても綺麗です」
「……」
妹のイザベラと違って、クララはあまり容姿を褒められ馴れていない。だから、サーシャの惜しみない褒め言葉を聞いてそわそわしてしまった。
「クララ様は日差しにも負けずに毎日畑に出ていましたよね? なのにほとんど日焼けもしていないなんて、まるで魔法みたいです」
「あぁ。日焼けをしない理由なら簡単ですよ。実は、畑で育てたハーブで『日焼け止め』を作って、自分の肌に付けているんです」
クララの言葉を聞いて、サーシャは首を傾げた。『日焼け止め』というものを初めて耳にしたからだ。
「……『日焼け止め』とは何ですか、クララ様? おしろいのような物ですか?」
「ちょっと違いますね。私の作る日焼け止めは、透明な液体なんです。塗ると日焼けしにくくなる液体で……サーシャも見てみますか?」
言いながら、クララは引き出しから香水瓶のようなものを取り出した。
「これを、おしろいを塗る前の肌に付けておくんですよ。前に本で呼んだのですが、日差しの強い南方の国の人々は、さまざまな植物を煮だして蒸留液を作り、『日焼け止め』として肌に塗っているそうです。なので、私もそれを真似して自家製のものを塗っています」
実家のマグラス家にいた頃から、クララはずっと日焼け止めを手作りしていた。厨房の調理器具があれば、簡単に作ることができるのだ。実家のマグラス家にいた頃からずっと、自家製の日焼け止めを愛用している。
「さすがクララ様……! 本当に博識ですね」
「実は、ネコ草として育てていたレモングラスや燕麦も、日焼け止めの材料として活用してます。……最近猫ちゃんが全然来てくれないので、ネコ草がたくさん余っているんですよ。すっかり葉が固くなってしまったので、これじゃあもう、猫ちゃんに食べてもらうのは無理ですし……」
と、クララは少し寂しそうに笑っている。
クララの前に『猫』が現れなくなったのは、ジェドが霊獣化をコントロールできるようになったためである。しかし、クララはそれを知らなかった。
一方のサーシャは目をキラキラさせながら、クララの『日焼け止め』を見つめていた。じ―――っと、熱い視線を注ぎ続けている。
「あの……クララ様」
「はい?」
「私も、クララ様の『日焼け止め』を少しだけ試させていただけませんか……?」
図々しくてすみません……。と恥じらいながらも、サーシャは真剣な表情をしている。
「実は私、日差しを浴びるとすぐ肌がヒリヒリと荒れてしまうんです。クララ様のような強くて綺麗なお肌に憧れていまして……その。できれば……」
クララはにっこり笑うと、日焼け止め入りの小瓶をサーシャに手渡した。
「どうぞ! たくさん作れるので、サーシャも試してみてください! お肌に合わない人もいると思うので、最初は腕の裏にちょっぴり試す程度で。大丈夫そうなら、広めに塗ってみてもいいと思います」
「クララ様……!」
感極まった様子で、サーシャは小瓶を大切そうに受け取っていた。
「ありがとうございます、クララ様!!」
「畑のハーブで簡単に作れるので、もっと必要ならいくらでもどうぞ。でも、肌に合わなかったら無理に使い続けずに、相談してくださいね」
嬉しそうにしているサーシャを見て、クララは思った。
(やっぱり女性って、美容にかなり興味があるのね。……私は無頓着すぎるのかも。日焼け止めも、作るのが面白いからやってるっていうだけだし)
***
2週間後――。
「クララ様、……申し訳ございません」
クララの部屋を訪れたサーシャは、気まずそうな顔をして日焼け止めの小瓶を差し出してきた。サーシャの表情を見て、「なにかトラブルがあったのかな」とクララは不安に思った。
「……日焼け止め、サーシャのお肌に合いませんでしたか? ごめんなさい」
「いえ、そんなことはありません! むしろ、とても合っていて……」
サーシャいわく、日焼けしなくなっただけでなく、肌の調子が劇的に良くなったそうで。お化粧のノリがとても良くなり、他の侍女やメイド達からも褒められているそうだ。
「それで……ですね。美肌の秘密はなんなのか、と皆に聞かれてしまって。クララ様の日焼け止めのお陰だと教えたところ……」
気まずそうな表情のまま、サーシャは部屋につながる廊下を指さした。廊下には、ずらりと数十人のメイドや侍女たちが並んでいる。
「クララ様! わたくしにも、クララ様お手製の日焼け止めをいただけませんか?」
「わたしも! お願いします」
「私にもぜひ!」
サーシャは申し訳なさそうな顔をして、クララに言った。
「……彼女たちの分も、作っていただくことは可能でしょうか、クララ様」
クララは、居並ぶ彼女たちを見てぽかんとしていた。
「もちろん作れますけど。日焼け止めって、美容液とかと違いますよ? 別に塗ってもきれいになったりはしないと思うんですが……本当に欲しいですか?」
「「「「「「はい! お願いします!」」」」」」
女性の美意識って高いのね……、と他人事のように思いながら、クララは女性陣の要望に応えて日焼け止め作りをすることにした。
畑で材料になる植物を摘み取り、そのまま厨房へ。調理器具を借りて植物を煮だし、蒸留液を集めて分注していく。
「クララ様ってすごいんですね!」
「本当。こんな難しい作業をすいすいこなしてしまうなんて!」
「まるで薬師さまみたいです」
「……皆さん、ほめ過ぎですよ。はい、できました」
自家製の日焼け止めを注いだ小瓶を、メイド達は目をキラキラさせながら受け取り、口々に礼を言った。
それぞれの仕事に戻っていく彼女たちを見送っているクララに、サーシャは深く礼をした。
「本当にありがとうございました。若奥様にお願いするような仕事でもないのに……申し訳ありません」
「いえいえ。楽しいから大丈夫ですよ。必要ならまた作ります」
クララが笑顔でそう言うと、サーシャは恐縮しながら笑みを浮かべた。
「でも、クララ様が育てている大事な植物を、たくさん消費してしまいました……」
「それも平気です。むしろ、育てたものを誰かに喜んでもらえると、私も嬉しいので。……でも皆さん、本当に日焼け止めなんて貰って嬉しいんですかね。日焼けしにくくなるとは思いますけど、本当に美容液とかじゃないんですよ?」
「それでも十分です。実際、なぜかとてもよく効きますし……」
実際には、クララの作った日焼け止めに『調律魔法』が賦与されて、単なる『日焼け止め』を上回る性能が備わっているのかもしれないが。誰にも知る由はなかった。
「ともかく皆、大喜びですし。本当にありがとうございます、クララ様!」
「余っていたネコ草を全部消費できたので、私もなんかスッキリしました! ……でも、次に日焼け止めを作るときために、もう一度育てておこうかしら。株を増やして多めに栽培しておこうかな」
畑に育てる植物のことに、わくわくと思いを巡らせるクララなのであった。
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