弟と、家族の後始末。(後編)
クヴァラスカ修道院の面会室で、イザベラ姉さんは僕を待ち構えていた。
「ウィリアム!! やっと来たのね!? 遅いじゃないの!」
派手だった化粧を落とし、修道女の服に身を包んでいるイザベラ姉さんは、口を閉じていれば清楚な美人に見えたかもしれない。……が、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる姉さんはまったく気品がなくて、ただひたすらに『イタイ女』だった。
「……いい加減にしろよ、イザベラ姉さん」
僕が低い声でそう言うと、イザベラ姉さんはなぜか、裏切られたような表情を浮かべた。
「往生際が悪いぞ、姉さん。きちんと罪を償おうって気分にはならないの?」
「……なる訳ないじゃない! だって、こんなのおかしいでしょ!? わたくしはお父様とデリックに、いいように使われていただけなのに」
あんなにルシアン殿下からお説教されたのに、イザベラ姉さんは何も聞いていなかったのだろうか。……イタすぎる。
我が姉ながら、僕はドン引きしていた。
「わたくしが修道院送りなんて……しかも五年も! どうしてあなたは、わたくしを憐れんでくれないの!?」
「憐れむ余地がないからだよ」
淡々とした僕の態度が気に障ったのか、イザベラ姉さんは大きな目から涙をあふれさせて机に突っ伏した。
「ひどい……! なんでわたくしが、わたくしばかりが、こんな扱いを……」
「イザベラ姉さんの罰は軽いほうだよ。父さんとデリックなんて、鉱山労働なんだから」
「お父様たちのことじゃないわ! クララお姉様ばかりチヤホヤされてズルいって言いたいの!! いつもいつも、クララお姉様ばっかり……!」
――クララ姉さんを、また敵視してるのか!?
「……おい、いい加減にしろよ。クララ姉さんは何も悪いことをしてないんだから、罪がないのは当然だろ?」
僕は侮蔑にも似た視線で、イザベラ姉さんを睨みつけた。しかしイザベラ姉さんは、机に突っ伏したままで、僕の視線にも気づかずに泣き叫んでいる。
「ズルいわ……ズルいズルい! 同じ『姉』なのに、ウィリアムがクララお姉様ばかりを大切にするのが許せない!! わたくしだって姉なのに……!」
(……は?)
僕は驚いた。イザベラ姉さんは刑罰のことではなく、僕の態度を非難していたらしい。
「母親が違うというだけでウィリアムの態度がこんなに違うなんてズルい! ウィリアムは、いつもクララお姉様とばかり仲良くして……。わたくしのことは、ゴミ扱い。こんなのって不公平でしょ!? わたくしがお母様と同じ顔をしているから、憎んでいるんでしょ!?」
「ちょっ……。母さんと同じ顔を――って、どうしてそういう話になるんだよ!?」
僕は戸惑いながら訂正しようとしたけれど、イザベラ姉さんは聞く耳を持たなかった。
「ウィリアムの気持ちは分かるわ。家庭を捨てて蒸発したお母様を憎んでるんでしょ? だから、お母様そっくりな顔をしたわたくしのことも嫌ってる。そして、お母様とは血のつながりのないクララお姉様ばかりを好いている。――そんなんでしょ!?」
「違うっての!!」
ちょっと、聞けよ! と、僕は声を荒げた。
面会室に同席していた修道士が、「お静かに……」と僕らをなだめる。
僕は溜息を一つついてから、イザベラ姉さんに語り掛けた。
「僕を舐めるなよ、イザベラ姉さん。母さんとイザベラ姉さんは別の人間だ……顔が似てるからって、何だっていうんだよ。僕はただ、クララ姉さんが尊敬に値する人間だと思うから敬愛してるんだ。問題は、顔じゃあない」
泣きじゃくっていたイザベラ姉さんは、不意に顔を上げた。
「顔は……関係なかったって言うの!? 本当に?」
「本当だよ。てゆーか、どうしてそういう発想になったんだよ」
「じゃあ、わたくしが『きちんとした人間』になったら、ウィリアムはわたくしを慕ってくれるの……?」
イザベラ姉さんは、なぜか不安そうな目をしていた。何かに縋りたくてたまらないような、迷子みたいな表情だ。
「わたくし、土いじりなんて嫌いよ。汚い猫を拾うのもお断りだわ。クララお姉様の真似なんて、絶対にしないわよ? それでも、良いって言うの?」
「当り前じゃないか。僕は別に、クララ姉さんの趣味を尊敬してるわけじゃない。クララ姉さんの人柄とか、考え方とか。そういう全体的な――」
「じゃあ……」
イザベラ姉さんは、僕の声を遮った。
「わたくしがちゃんと反省したら、どこにもお嫁に行けなくても、あなたは……見捨てないでくれる?」
「……良いよ。僕が姉さんの住みやすい場所を用意しておく。無事に修道院を出たら、そこで暮らせばいい」
僕は当たり前のことを伝えただけなのに、イザベラ姉さんはなぜか目を輝かせた。バラのつぼみが開くように、ぱぁ……と顔をほころばせる。
「…………今の約束。噓つかない?」
「誓うよ。そちらの修道士さまが、立会人だ」
面会室の修道士に目を馳せると、彼はにっこりとうなずいてくれた。
……なんだ? どうしてイザベラ姉さんは、いきなり機嫌が良くなったんだ?
よく分からないけれど、毒気が抜けたような表情でイザベラ姉さんは僕を見つめていた。
「わたくしが修道院から出たら、今度こそ一緒にショッピングに行ってくれる……?」
ショッピング?
そういえば。この前実家に帰ったときに、僕をショッピングに誘っていたな。詐欺騒ぎのときだったから、怒って突っぱねてしまったが。
もしかすると、僕の態度はイザベラ姉さんを傷つけていたのだろうか。
「……いいよ。復帰祝いに好きなものを買ってやるから、がんばれよ」
「!」
イザベラ姉さん、なんで涙ぐんでるんだよ。意味が分からないよ。
……でも、姉さんはとても幸せそうに笑っていた。
甘えたがりなイザベラ姉さんは、『姉』ではなくてどちらかというと妹みたいなものなのかもしれない。
――イザベラ姉さんは、さみしかったのかな。
と、不意に思い至った。
ワガママで高飛車で思いやりに乏しいイザベラ姉さんは、たぶん僕によく似ている。僕も、クララ姉さんに救われなければ、今のイザベラ姉さんみたいになっていたのかもしれない……。
修道士に「そろそろ、お時間です」と退席を促され、僕は席を立った。
「……ウィリアム。また来て欲しいわ」
「姉さんが良い子にしてたらな」
じゃあ。がんばれよ――ちらりとイザベラ姉さんを振り返り、僕は面会室をあとにした。
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