【33】家族の結末。
「マグラス家には、法に照らした裁きを与えなければならないね。裁きを下す権限はもちろん
と、ルシアン殿下は穏やかな声で宣告した。
ジェド様の暴風魔法で半壊状態となった二階廊下には、使用人を含めた数十人が集合している。そんな大人数でありながら、静まり返った場にルシアン殿下の声だけが響いていった。
「まず、ドナルド・マグラス伯爵ならびにデリック・バーヴァー。この両名は、実刑判決を免れない」
父はガクガクと震えている。もう一人の当事者であるデリック様は、相変わらず気絶して白目を剝いたままだ。半壊した部屋で、瓦礫に飲まれて伸びている。
「シュバラ鉱山での十カ年労働あたりが、妥当だろうか。偽装品による健康被害の状況も鑑みると、もう少し重い罰が必要かもしれないね――その辺りは、父上のご判断だ」
「そ、そん、な……」
蒼白な顔で呻く父を、イザベラが見下ろして高笑いを始めた。
「ほほほほほ! 調子に乗って悪事を働いたから、バチがあったのよ、お父様! 御隠居なさって、デリックと一緒に罪を償ってきてね?」
……この子は、どうして喜んでいるのかしら。他人事みたいに笑っているけれど、マグラス家の危機はそのままイザベラ自身の危機でもあるというのに。
ルシアン殿下は、冷めた口調でイザベラに釘を刺した。
「イザベラ嬢。君も当然、罪を問われることになる」
高笑いしていたイザベラが、ぴたりと止まった。
「成分偽装を知りながら、君は広告行為によって販売に加担し続けていたんだろう? それはれっきとした、詐欺行為だ」
「そんな! わたくしは悪くありませんわ! 偽装したのは父とデリックですもの。わたくしは無関係……」
「そういうのは、無関係とは言わない」
ルシアン殿下は言った。穏やかな物腰だけれど、イザベラを蔑むような目をしている。
「君は伯爵家の者でありながら、『ノブリス・オブリージュ』という概念を知らないのか。社会的地位を持つ者は、相応の義務を負わなければならない。自らを律し、弱者に手を差し伸べて、社会の模範となるべく務めるのが王侯貴族だ」
「……っ」
「僕には、イザベラ嬢が伯爵という地位にふさわしいとは思えない。君は詐欺行為に加担した罪を償い、自らの言動にもっと責任を持つべきだ。――よって、イザベラ嬢のクヴァラスカ修道院での修道生活を、父上に提案したいと思う」
「わ、わたくしが修道院送り!?」
イザベラはがくりと膝をついて、「そんな。わたくしは……」と呟き続けている。
私は頭が真っ白になりかけながら、必死に頭を巡らせていた。父の実刑と妹の修道院送り……これは、本当に大変な状況だ。
ルシアン殿下は、溜息をついている。
「――さて、今後のマグラス家の扱いだが、どうしたものだろうか」
「僕が立て直します」
はっきりと宣言したのは、弟のウィリアムだった。
「ルシアン殿下。マグラス家の取り潰し並びに爵位返上だけは、ご容赦いただけませんでしょうか。僕が父の跡を継ぎ、伯爵位を継承します。ですので、僕が成人するまでお待ちいただきたいのです」
ウィリアムは言った。
「マグラス家はこんな現状ではありますが、取り潰しとなれば領民たちにも混乱が避けられません。……また、手前勝手で恐縮ですが、僕自身にとっても致命的な損失になります」
「そうだね。僕としても、君が路頭に迷うのは忍びない。今回の件でマグラス家は社会的な信頼を失い、少なからずの負債を抱えることにもなるが。そのような茨の道でも、君は努力できるか?」
もちろんです。と、ウィリアムは答えた。
「幸いにもマグラス伯爵領は肥沃な農地を多く擁しており、農法次第では収穫高を倍増させることも可能です。……僕に、お任せいただきたいのです」
「分かった。ならば君の希望が通るよう、僕も尽力しよう」
「ありがとうございます!」
ウィリアムとルシアン殿下の話は、すんなりと運んでいった。――もしかすると、最初から、こういう流れで進めるつもりだったのかもしれない。
「では。話はおおかた、まとまったね」
ルシアン殿下が、廊下の向こうに目を馳せた。ざわめきが、使用人たちの一角から湧き上がる。ざわめきの方向から姿を現したのは、王室騎士団の騎士服を纏った十人余りの騎士達だった。
「彼らは僕直属の騎士だ。父上がマグラス家の処遇を決定するまで、屋敷を監視させることにした。……あぁ、そういえばもう一人、マグラス家の関係者がいたね」
そう言って、殿下は私に視線を投じた。関係者というのは私のことらしい。
ジェド様が、その視線を遮るように私をかばった。
「ルス。クララはもう、レナス家の人間だ。今回の詐欺とも一切、関わりがない」
「もちろん、クララ夫人に責を問う気はないよ。でもウィリアムは、クララ夫人の今後について、物申したいことがあるそうだ」
「……クララの今後について?」
ジェド様が翡翠色の目を細めて、ウィリアムを見つめた。
ウィリアムは瞬きもせず、噛みつくような目でジェド様を見つめている。……睨んでいる、というほうが妥当なのかもしれない。なんで睨んでいるのだろう。
「ジェド。君があまりに非常識なやり方でクララ夫人を娶ったから、ウィリアムは心配しているんだよ。僕は部外者なので、当事者同士で満足いくまで、ごゆっくりどうぞ」
ルシアン殿下は数歩下がって、どこか面白そうな顔で私達を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます