黒猫にスカウトされたので、呪われ辺境伯家に嫁ぎます!〜「君との面会は1日2分が限界だ」と旦那様に突き放されましたが、甘えん坊の猫ちゃん(旦那様に激似)がいるから寂しくありません
【7】夫視点「違う。ネコじゃない…豹だ!」
【7】夫視点「違う。ネコじゃない…豹だ!」
――体が、重い。頭が痛い。吐き気がする。
とある日の昼下がり。
自分の部屋で目覚めた俺は、天井を仰いで「う……」と呻いていた。
十歳を過ぎた頃から、俺の体調はこんな感じだ。成長するにつれ、ますます具合が悪くなっていく。
この不調はレナス家に生まれた男の宿命なのだと、親父も爺さんも言っていた。
人間の肉体が、強大な魔力に耐え切れずに悲鳴を上げているそうだ。……ちなみに、不調の程度には個人差があって、俺の場合はかなり深刻らしい。
「お目覚めですか、若」
騎士ディクスター・リンデルが、気安い口調で声を掛けてきた。
「……俺は、また霊獣化していたのか」
「ええ。今日のは長かったですよ、一時間二三分。こちらが、本日の行動記録です」
リンデルが手渡してきた書類を読み上げながら、俺は眉をしかめていた。
「お散歩二八分、日光浴二十二分、狩り(虫三匹)十五分、クララ嬢との交流十八分。……何だこれは。霊獣化した俺は、本当に毎日こんなことをして遊んでいるのか? お前、俺を辱めるために適当なこと書いてるんじゃないか?」
「うわ。またそうやって、私を疑う! 全部事実ですってば。霊獣化した若を、追いかけまわして記録取ってる私の苦労も考えてくださいよ……まったく」
リンデルの小言を聞き流し、俺は溜息を吐き出した。
霊獣化。……そう、俺の体は勝手に霊獣『黒豹』の姿に変化してしまう。クララ嬢は黒猫と勘違いしているようだが、あれはれっきとした黒豹だ。
この世界には、神々とほぼ同格の存在である『霊獣』――獣の形をした精霊――というものが存在する。
『黒豹』は、このウェルデア王国の守護霊獣だ。
五〇〇年前の建国時に、王の妹が黒豹と婚姻を結んで男児を産んだ。生まれた男児は強大な魔力を宿し、黒豹の姿に化けて邪悪な魔物どもを討ち払ったのだという――それが、レナス家の初代当主だ。
レナス家に生まれた男は全員、黒豹への変身能力を持っている。自由自在に霊獣化し、強力な魔法を操る最強貴族――それがレナス家なのだ。
だが、俺の場合は事情が違う。俺は自分の霊獣化をコントロールできず、意識が途絶えて勝手に黒豹になってしまうのだ……しかも雄々しい成獣ではなく、もふっとした幼獣の姿に。
「くそ。何で俺だけ、こんなみっともない姿に! やっぱり出来損ないってことかよ……」
「若、それは違います。あなたの魔力量は桁違いに多いので、魔力回路が異常をきたしてコントロール不良に陥っているのです。成獣になれないのは、魔力の巡りが悪いからだと当主様もおっしゃってたではありませんか」
「それは分かってる。だが、俺が『一族の恥』ってことは変わらないだろう?」
俺がネコみたいな幼獣に変化してしまうことは、レナス家の
だから絶対に、他人の前で幼獣になるところを見せてはいけない。いつ変身するか分からないから、俺は他人といるのが怖い。
「なんで、俺なんかが次期当主なんだよ。どう考えても、おかしいだろ! 伯父貴か従兄弟に任せりゃいいんだ」
レナス家の現当主は、俺の祖父ラパード・レナス。現当主でもあり、先々代の当主でもある。
つまり祖父ラパードのあとを俺の親父が継いだが、親父が死んだので、ふたたび祖父が当主となった。……かなり変則的だが、いろいろ事情があるらしい。
そして祖父は、孫の俺を次の当主として任命してきた。
「ラパード様があなたを次期当主に選ばれたのは、一族の中でも桁違いの魔力をあなたが持っているからです」
「いくら魔力が多くても、使いこなせないんじゃ意味ねぇよ」
「今は制御できなくても、いずれ必ず――と、ラパード様はお考えです。だからこそ、『結婚しろ』とお命じになったのでしょう?」
――結婚しろ。
そうだ、祖父は俺に結婚しろと命じてきた。
……バカみたいな話だが、性的な交わりには魔力回路の乱れを整える働きがあるそうだ。父も祖父も結婚したら魔力回路が整って、体調不良も軽快したらしい。
事実、海の果ての国では房中術とかいう性医学もあると聞くし、あながち嘘ではないのかもしれない。
――だが、しかし。
「チっ、くだらない。魔力回路を整えるために女を利用するなんて。相手の女にとっても、いい迷惑じゃないか」
「考え方の問題ですよ。べつに結婚は、悪いことじゃありません。若だってもう二十歳なんだから、いつ結婚しても良い年齢でしょう? ……というか、レナス家の血を繋いでいくためには、若の結婚はむしろ義務です」
そう言うと、リンデルは嘆かわしそうな顔をした。
「……なのに契約結婚だなんて! ラパード様が知ったら悲しみますよ!? というか、激怒して半殺しに来るに違いありません」
「仕方ないだろうが、先方に婚約破棄されちまったんだから。……爺さんには言うなよ、リンデル」
「怖すぎて言えませんよ」
祖父はこれまで三度、俺の縁談を取り付けてきた。だが毎回、先方から辞退されていた――俺の性格と病弱さを考慮すれば、当然かもしれない。
「……あのうるさい爺さんを黙らせるには、確かに結婚するしかない。だが、契約結婚で十分だ。俺の体調が持ち直さず、二、三年しても子供が出来なきゃ、爺さんもあきらめて別の誰かを次期当主にするだろう」
――話すのも疲れた。
ベッドの中で寝がえりをうち、リンデルに背を向ける。
「クララ様を本物の妻にすればいいじゃないですか。気に入ってるんでしょ?」
「は?」
振り返ってリンデルを見る。リンデルは、なぜか嬉しそうにニヤニヤ笑っていた。
「霊獣化した若は、正直者ですからねぇ。あれだけニャンニャン鳴いてクララ嬢に甘えてれば、誰だって分かりますよ。実はクララ様のこと、めちゃくちゃ好きでしょう?」
「バっ……」
リンデルの顔面めがけて枕を投げつけたが、たやすく受け止められてしまった。
「馬鹿かお前は! 霊獣化はコントロール不能だ。俺の意識とは関係ない」
「それは無意識レベルで惚れてるってことですよ。良いじゃないですか、彼女。常識にとらわれないあの独特な感じが、若にお似合いだと思います。可愛いし」
口が達者な奴め! 俺は不機嫌になって、ベッドに伏した。ベッドに面した窓から、内庭が見える。『畑』で植物の世話をしているクララ嬢の姿が見えた。
土いじりなんて、何が楽しいんだか……。
そう思いつつも、彼女を目で追ってしまう。実は、部屋から彼女の様子を眺めるのが日課になっていた――べつに惚れているとか、そういうのではない。何となく、目を引くだけだ。
たしかに、クララ嬢は愛らしいと思う。俺より二つ年上だというが、小柄で幼い顔をしているし、優しげで安心感が湧く。押しつけがましいところがないのも良い。どうして二十二歳まで独身だったのか、理解できない。他の男は、どうしてクララ嬢を放っておいたのだろうか?
――だが、そのうちクララ嬢も、俺を嫌うようになる。
これまでの婚約者は俺の顔が好きだったらしく、最初は皆喜んでいたように見えたが……結局、俺に愛想をつかした。俺が距離をとっているのだから、当然ともいえる。
婚約から結婚に移る段階で霊獣化のことを打ち明けようと思っていたが、打ち明ける前に去られてしまった。
クララ嬢には、霊獣化のことを話す気はない。……どうせ契約結婚なのだから、心を開く必要もないだろう。
そんなふうに思っていたとき、部屋にノックの音が響いた。花を挿した花瓶を持って、侍女のサーシャが入室してきた。
「失礼します。クララ様が、若旦那様にお見舞いの花を贈りたいそうです。クララ様の育てたお花ですが、置かせていただいても良いですか?」
「……!」
目を見張った俺のことを、リンデルが微笑ましそうに眺めていた……鬱陶しい目線だ。
気恥ずかしさを顔に出さないようにしながら、俺は「……頼む」とだけ答えていた。
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