不浄の聖女(2)

 神聖なる教会の地下は石造りのキッチンとなっており愛しき子供達の健康を守る為、常に埃も雑菌の滞在も許さない徹底した清潔感に仕上げられている。

 時刻は午前帯。

 朝食の後片付けをするサリッサは泡まみれのシンクに溜め息を零した。

 

「よぉ、随分と浮かない顔じゃねぇか」

 

 背後から揶揄う様に話しかけて来る人物など振り返らずとも分かる。

 宗教に何の関心も持たぬ癖に聖域に侵入し荒らす無法者の様に折角、綺麗に磨いた食器棚を汚らわしい格好で台無しにする無精髭を生やした野盗の中年親父。

 他の野盗を統率し、任務の配属を振り分ける。いわゆる頭領の役割を担っている者だ。

 形式ばった契約をした時、名前を聞いたはずだが生憎サリッサは保護すべき大事な子供以外の名前を記憶して呼ぶつもりは無い。

 子供以外の人間など互いに得する為の簡易な関係。一時も経てばすぐに解消される。

 拭いた食器を丁重に扱いながらサリッサは顔を合わせずに上品な仕草に似合わない口調で文句を垂れる。


「貴方の仲間がもう少し強ければ、私が急いで侵入者に対する策の準備を考えなくて良かったんですけどね。リーダーさん」

 

 抽出に抽出を重ね、[[rb:漸 > ようや]]く完成するヴァニタスを調香するには毎日の採取が必須だと言うのに命炎の静郷にいた野盗達が捕まり、おまけに自分の分身が謎のコートの亡霊相手にしくじったせいで本拠地まで特定されてしまったのだ。

 救済の計画が狂った聖女の苛立ちは我慢の限界を超えそうになっていた。

 内心で頭を抱えサリッサは遠い記憶を引き寄せる。

 一体いつから歯車は狂い始めたのだろう。

 愛を受け止めきれなくなった子供達が安寧の地から脱走してから?

 野盗に仕事を依頼してから?

 いや、もっと前、生前のあの時からだ。

 思えば生前の半生、外見に関する苦悩に囚われていた。

 周りから奇怪だとか化物と蔑まれ、比較的美形に整っていた両親と弟からも忌避な目を向けられる。

 どれだけ優れた能力があろうとも醜い形相があれば認められる事は無い。

 自分の存在すらも否定された様なその理不尽をサリッサは酷く憎んでいた。

 学校で容姿に関するイジメに耐え切れなくなり家に引き篭っていたある日。

 気分転換に人の寄り付かない公園に佇んでいると好奇心なのか困ってる人全てに向ける親切心なのか死んだ今となっては真意は分からないが一人の子供が恐れずに駆け寄ってきたのだ。

 

「おねーちゃん何で辛そうな顔してるの?」

 

 小さな女の子が首を傾けて尋ねてきた。

 正直、見知らぬ少女と共有した所で心の悩みが晴れるとは期待してなかったが "姉さんも化粧に関心を持ったらどうだ? " と数分前に言われた弟の嫌味を思い出したサリッサは僅かな変化を望んで、生まれ持つ醜い容姿だけで判別されてきた苦悩を打ち明けていた。

 

「そんな人達、気にする必要無いんじゃないかな」

 

 女の子から返ってきたのは今までの連中と違う真摯で優しい解答だった。

 

「お父さんが言ってた。人に大事なのは内面だって。特別な美貌を持ってても中身が伴ってなきゃ意味が無いんだって」


「だから、おねーちゃんは外見に悩む時間を作り過ぎない方が良いと思う。内面を磨き続ければきっと向き合ってくれる人と会えると思うからさ」


 母親らしき人物に呼ばれた女の子はそう言って公園から去って行った。

 内面を磨き続ければ向き合ってくれる人と会える。

 乾いた大地に根を張る植物が水を吸収し飢えを満たす様にその言葉はサリッサの荒んだ心にゆっくり染み込んでいく。

 その後、内なる魅力を成長させ続け誰もが羨む才女に変貌したサリッサは専門の大学で学びを得た後、小さな保育園で勤務する事になり外見だけで対応を変えない子供達と出会った。

 それと同時に拗れた認識も持ち始める。

 

 (見た目だけで一から十を決め付けてくる存在に構う時間を作るなんて愚策だ。私には真の価値を見定めて私を必要としてくれる子供達だけがいればいい)

 

 教会上部を激しい戦闘音が揺らす。

 侵入者が[[rb:エッセンゼーレ > サリッサの手駒]]と交戦しているのだ。

 拷問の如き武士の呪怨渦巻くクジツボヶ原を越えた事、徐々に音が消え始める上部の様子から侵入者は脆い軟派者では無いと分かる。

 放っておけば二十分くらいでこちらに来るだろう。

 

「それで聖女様? 次の手は打ってあんのか?」


 後片付けを終えたサリッサは野盗に振り向かずに答える。


「抜かりなく用意してますよ。私の聖域を土足で荒らされたくないので」

 

 

 クジツボヶ原を抜けた私達の前に顕現したのは僅かな光を浴びて輝くステンドグラスが点在する大きな教会。

 ダスカ君が上の空で呟いた聖女が潜伏するには相応しい場所と言える。

 けどそれ以外が最悪だった。

 丘陵の上に立つ教会と違って厳かの欠片も無い退廃した何かは外壁に穴が空いてるし苔や蔦も張り付いててクジツボヶ原から続く曇り空と焼け野原も相まって暗い雰囲気を纏った幽霊屋敷にも見える。

 ステンドグラスや錆びた十字架が無ければ誰もこのぼろ屋敷が担っていた役割を教会だと言い当てる事など出来ないと思う。

 格子状の装飾が付いた赤い扉を抜けた先も酷い有様で、瓦礫が随所の道を塞ぎ、中で台風でも暴れたのかと疑う程、ソファや装飾が散乱している。

 

『なんだこの異臭は? 我々は死んだ身であるから良かったものの肉体を所持していたら確実に害が及ぶぞ』

 

 敏感な嗅覚を持つウィンドノートが顔をしかめる。

 確かに鼻を少し動かすだけで焦げ臭い灰が混じった外の空気の方が何倍もマシだと思える悪臭が全身を拒絶させてくる。

 大まかな埃や汚れは無いから粗方の掃除はしてると考えられるけど手入れされてない時期が長過ぎて根本のカビなんかが排除しきれなかったんだろうな。

 それか[[rb:ここ > エクソスバレー]]なら清潔じゃなくても大丈夫かと妥協したか。

 長時間の探索に向いていない劣悪な環境もだけどこの教会には更に最悪な物があった。

 

「みんな、熱烈な歓迎がやって来たよ」

 

 エマさんの呼び掛けに合わせて武器を構えるとエッセンゼーレである "薄命殺しの盗人" の集団があらゆる視覚外から飛来する。

 廃棄場に溜まった残飯を食って成長した様な筋肉質の鼠に似た義体を使った物理攻撃をウィンドノートと捌きながら改めてこの教会は普通の建物とは違う事を思い知らされた。

 進みにくい構造に行く手を塞ぐエッセンゼーレ。まるでゲームのダンジョンじゃないか。

 斬って、貫き、壊し、または属性ごとの洗礼も浴びせたりして。

 全員で協力して手厚い歓迎への返礼を終えるとウィンドノートが険しい表情を宿す。

 

『匂いは確実にここを差していた。汚染された様な室内、エッセンゼーレが牛耳る危険地帯に子供達が捕らわれているのならあまり悠長にはしていられん』

 

「そうですね。しかし予期せぬ事態に巻き込まれても対処出来るよう警戒を怠ってはいけませんよ」

 

 この "隔絶の廃聖堂" (エマさん命名)は仕える神に祈りを捧げる主祭壇が地上の階層に当たり、地面を掘って形成された階層を螺旋階段を使って行き来する構造になっていた。

 灰色の石材で形成された地下空間は外見と同じく大穴が空くほど朽ちており硝子の破片や握り拳程度の大きさのある路傍の石が随所に転がり安全が保証された場所では無い。

 未だ室内に漂う悪臭に気を取られていたら確実に躓く。

 それと入った途端に襲われた時から察していたけど多少の生活感が垣間見える建物内部はエッセンゼーレが住人代わりに住んでいて侵入者である私達を排除しようと襲いかかって来た。

 どいつもアーテスト地方の自然領域にいる奴と違い、危険度も高く強力な個体ばかり。

 燭台の光だけが頼りの廊下を渡るのは生易しい道程では無かった。

 研修期間中、UNdeadが創立してから行ってきた三年間の過去の実績を閲覧したりエマさんから話を聞いていたけどダンジョンみたいな奴に関する記録は無い。

 基本、室外にいる漂流者を助ける時も各地の厄介な問題に向き合う時も物騒な建物を通して解決していない為、ここにいる全員が手探りの初見状態なのである。

 桐葉さんへ報告とスムーズな再調査に役立てようとメモ帳で簡易な地図を書き残しながら次の階層に続く螺旋階段に併設された広間に到着した時だった。

 ウィンドノートが早急に思念波を送ってきた。


『キタザト、下がれ!!』


 指示通り背後に飛ぶとさっきまで私がいた赤絨毯の床が巨大な斧によって下の石材ごと粉々になっていて過去の処刑に使われたであろう斧は寸分の遅れも無しに私の首を刎ね飛ばそうと滑らかに振り回す。

 往復を躱し、真正面から下ろされた破壊の一撃をウィリアムさんが割り込んだ事で私は斧の使い手を知る事が出来た。

 騎士達の頂きに立つ者にしか着用が許されない純銀の鎧、絶対的防御を誇る純白の盾、謙虚なデザインながらも強者の風格を[[rb:靡 > なび]]かせる灰色のマント。

 しかし、これを纏う人間などこの中にはいない。

 こいつの名前は "ウヴリ・シュヴァリエ"

 勇敢に騎士としての使命を果たした憑代の男性が居なくなった今、聖女の呪いによって護るべき矜恃も民草も亡くなった彼が帰る意味であった恋人の存在すらも忘れ、目の前の霊体を阻む為だけに稼働し続ける傀儡でしか無いエッセンゼーレ。

 恐らくこいつがこの教会の中で一番強い、或いは戦闘を避けなければならない敵ってところか。

 加えてウヴリ・シュヴァリエに加勢しようと盾と一緒に飾られていた燻し銀の小型の鎧がインテリアの擬態を解き、棚に飾られた槍を手にして並び立つ。

  "ロイヤル・アーマー"

 こいつら二体もエッセンゼーレである。


「おいおいふざけんなよ、先を急いでる時に!!」


 ナーシャさんの苛立ちは痛い程、分かる。

 強敵に取り巻き、劣悪な環境にいるかもしれない子供の安否が気になる私達は一秒も無駄には出来ない。

 本来なら戦わずして先に進みたいが


「道を阻まれた以上、戦うしかありませんよね?」


 頑なに開かない人の心を体現した様な鎧を模したエッセンゼーレ達は固い陣形を組み地下への階段を守護している。

 鼠一匹すら通さない威圧を携え、僅かな隙間も埋めつくした鎮座を崩すには正面突破しか有り得なかった。

 私の問いかけにみんなも納得しており既に戦闘態勢を構えていた。

 まずは取り巻きのロイヤル・アーマーから打倒する。

 槍本来のリーチを活かした攻撃で中距離を支配し盾で攻撃を防ぐ熟練の騎士らしい動きと扱う雷属性は中々強い。

 おまけに物理もあまり通さない為、武器単体の攻撃だけではダメージが生みにくい。

 これだけのデータだけなら厄介そうな敵にも思えるがありふれた心の闇から量産されるエッセンゼーレがそんなに手強いはずが無い。

 こいつは炎や高温などが分類される熱属性にめっぽう弱く、炎を纏うナーシャさんの正拳突きやエマさんの摩擦熱を宿した槍の炎撃が撃破の大役を買って出てくれた。

 二体のロイヤル・アーマーが力尽き影に還るのを確認すると次の標的をウヴリ・シュヴァリエに定める。

 陽動、力業、真正面からの気迫。

 どれだけ攻撃を振るわせても騎士の頂点に立つ鎧が元になっているウヴリ・シュヴァリエは完璧に受け止め、重い冷刃で反撃を返す。

 間一髪で剣で弾いた後、ウィンドノートの風に乗って身体を捻らせる。

 足を踏み抜いて小さな竜巻をバネ代わりに使って距離を置いたと同時にエマさんとナーシャさんが突破口を切り開こうとそれぞれの得物に最大火力の燃焼を宿す。


「さぁ、エマ。派手にかますよ!!」


「オッケー!!」


 撃ち抜く軌道も灰へと転生させる正拳突き、ナーシャさんの "[[rb:焼灰 > しょうかい]]"

 摩擦熱を纏った槍を地面や敵に突き刺し爆弾並の刺激で敵を塗り潰す、エマさんの "[[rb:革新的造形 > インスピレーション]]"

 息の合ったコンビネーションで放つ爆炎がウヴリ・シュヴァリエを包み込む。

 奴は構えた盾で致命傷を免れた様だが流石に常識を超えた高熱に耐え切る事は出来ず、純白の盾は見る影もない液体金属となって絨毯に零れていた。

 しかも熱属性の大技は鎧の関節を僅かに溶かしていて動きを鈍くさせている。


「今がチャンス」


「お付き合い致します」


 アリアちゃんの鎌とウィリアムさんの細剣と共に素早く切り込む。

 守備の要だった盾を失ってもウヴリ・シュヴァリエは主の男性がこれまでの防衛で培った判断力の生き写しで効率的な動きを一瞬で指示し斧を操る。

 重厚な盾を持っていない今の状態の方が得物を振り回すスピードは一段と優れている。

 それでもずっと前から戦い続けて来た先輩達の方が一枚上手で大事な関節を切り崩されたウヴリ・シュヴァリエのパーツはあらぬ方向に曲がり大きく態勢を崩す。

 ようやく掴んだウヴリ・シュヴァリエの隙。

 私はウィンドノートに呼び掛け、立ち塞がる鎧を貫く突風を創造してもらう。


「踊れ氷刃、 "グレールエッジ" 」


 風の後押しを受けた氷の短刀が狙い通りに鎧を貫通し、ウヴリ・シュヴァリエに膝を付かせる。

 騎士達を統率し平和を守り抜いた男性を援助した鎧のかつての栄光は消えた。

 周囲のエッセンゼーレと同じ影と消え、還って行くのだ。



「はぁ・・・・・・ 気候で大変なのは多かったけど匂いで苦しむ現場は初めてだよ。翠は始めての遠征だろ? 気分が悪くなったらいつでも言うんだよ?」


「お気遣いありがとうございます。気を付けます」


 ナーシャさんの有難い気遣いに感謝を残すとウィンドノートが憑依型の霊獣にしか許されない特権を交えた補足をする。


『心配は無用だ。俺は契約を結んだ者の身と心と繋がっていて異常が生じれば瞬時に感知出来る。もし[[rb:主 > キタザト]]の体調に変化があれば俺がすぐに伝えよう』


 てっきりこの教会全域がエッセンゼーレに覆われているのかと注意していたけどその意識は次の階段を降り終えた時に一瞬、蒸発してしまう。

 それは地下五階辺りに到着した時だった。

 アーテストタウンの二階、住宅街に良く似た構造になっている円形の階層には迷路の壁みたいに私達を惑わせた積もった瓦礫や散乱した装飾など見当たらず蝋燭の火がほのかに廊下を照らし明かりに飢えていた私達を優しく導いていた。

 エッセンゼーレも見当たらず主祭壇や道中の廊下で感じた不衛生な匂いもしない人が住める環境に整備されたこの階層、最大の特徴は壁に沿って並んだ廃れた木製のドア。

 先頭に立っていたアリアちゃんが最近、取り付けられたであろうドアノブを音を立てながら適当に回す。


「鍵かかってる。当然だけど」

 

 って言いながらアリアちゃんは少しづつ開かないはずのドアから離れて飛び蹴り出来る距離を作っていく。

 

「壊せない程じゃない」

 

 尋常じゃない脚力で強引に開放したアリアちゃん。

 その怪力は組織に入る為に必須なのか、パートナーとの修行の賜物なのか。

 どちらにしろ鎮魂同盟だけは絶対、敵に回したくないと心から自覚した。

 少しだけ広い部屋の中は廊下と同じ灰色の石材で綺麗に形成されていて今までの階層よりも住居としての機能が充実している。

 なんでこの部屋だけ不備が無いのか、その理由はすぐに判明した。

 

「ん? もうお昼の時間?」

 

 中身が見えてるベッドから起き上がったのは眠気眼を擦る小さな男の子。

 アーテストタウンの民族衣装風の装いに特徴的な茶髪。

 リュークさんのデータで事前にチェックしているから彼の正体はすぐに分かった。

 集団散歩で行方不明になったモス君だ。


「もしかしてお姉さん達もこの安寧の地で過ごしたいの? 聖女様は慈悲の心を持ってるからお願いすれば匿って貰えるよ」


 モス君の状態を調べようと彼の肩に手を添える。

 身体に怪我は無いし体調にも精神にも異常は見当たら無かった事に安堵を感じながらも悪影響を及ぼしかねない廃墟の教会から遠ざかるのを最優先させようと皿のように丸い目をしたモス君を見つめる。


「ここは酷い環境に満ちてて怖い怪物もいて危険な場所だよ。一緒に早く脱出しよう」


 真摯な訴えに対しモス君はピンと来ておらず疑問しかない表情で呆然としていた。


「どうしてここから出なくちゃいけないの? 聖女様はここにいれば安全だって言ってたよ?」

 

「そ、それは聖女の嘘であって本当に危険なのはこの教会なんだよ。君は集団散歩で神隠しに巻き込まれて聖女に攫われた被害者で」


 必死に彼の記憶を戻せるかもしれない説得を紡ぐ最中、私の眼前に枕が投げ込まれた。


「・・・・・・ 坊や。いきなり物を投げつけるのは行儀よくないよ」


 迅速に枕を掴んだナーシャさんに睨まれてもモス君は物怖じせず短い怒りを呟く。


「・・・・・・ 帰れ」

 

「落ち着いて。私達は君を助けに来ただけなんだ。ここは教会なんかじゃない。一人の犯罪者が」

 

「お前ら聖女様の悪口言いに来ただけなら帰れよ!!

 聖女様はエッセンゼーレに襲われた僕を助けてくれただけじゃなくてこの教会に住まわせてくれた素晴らしい方なんだ!!

 彼女の存在意義を否定するなら僕だけじゃなくてここにいる全員が許さないぞ!!」

 

 その後もモス君から聖女の為に剥き出しにした怒りを浴びせられ部屋を出た後、他の部屋に囚われた子供達も調べたが全員が聖女に心酔していて安寧の地とは程遠い廃墟から離れるつもりは無かった。

 ヴァニタスで操られてるとは言え、まともに話を聞いてもらう努力が出来なかった自分が憎い。


「すみません・・・・・・ 私がもっと誠実に話していたら」


「スイの力不足じゃない。悪いのは香料を使って思い通りに洗脳している聖女」

 

『そうだぞキタザト。例え子供に危機を知らせようと結局、黒幕と相見えるのだ。ネガティブな感情に呑まれては戦意が揺らぐぞ』

 

 ・・・・・・ そうだよな。

 いつまでも失敗に左右されてくよくよしてたらそこらのエッセンゼーレにも勝てない。

 この教会で最後と思われる階段を降りる間に切り替えないと。

 教会の最下層と思われるフロアにあったのは細い通路と仰々しく並び立った蝋燭。

 通路の先にある大きな扉を開けた先にはステンドグラスを通した陽光と通路と同じ様に照らす沢山の蝋燭。

 今から神を呼び出す儀式を始める神聖な空間の中心には黒の聖衣を纏った女と身なりの良い男がいた。

 祭壇の前で何か話をしているのを確認した私はウィンドノートと一体し聴力を強化して話を盗聴する。


「・・・・・・そうか。君の優しさに耐え切れないなんて可哀想な子供だ」


「しかし巣立ってしまっては仕方ありません。また、救いを求める新たな子供を見つけて保護しなくては」


 小声で展開される秘密の対談から今まで子供を攫っていた所業を示唆する内容が聞こえる。

 更にウィリアムさんが黒い修道服の女を見て "彼女こそ昨日、子供を攫おうとした張本人ですよ" と教えてくれる。

 これで人違いの心配も無くなった。

 一気に詰め寄り言い逃れ出来ない様にしていこう。


「鎮魂同盟だ。逃亡なんて馬鹿なマネは止めてゆっくりこちらを振り返ってもらおうかね」

 

 ナーシャさんの警告に反応し、振り返った二人と対面する。


「ほう・・・・・・? まさかUNdeadの皆さんもご一緒とは」


 最初に口を開いたのは予想より多かったらしい来客に驚いた老紳士の男からだった。

 その隣にいるのは私達が探し続けていた聖女だろう。

 顔は黒いベールに覆われて口元しか見えないけれどようやく神隠しの首謀者と出会う事が出来たのだ。


 不浄の聖女(2) (終)

 

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