不浄の聖女(4)

 重い疲れと共に自分の霊体が再起する。

 あれ・・・・・・?

 私、確か子供誘拐犯の本拠地を突き止めて先輩達や鎮魂同盟の二人と一緒にサリッサ捕まえようと・・・・・・

 ヴァニタスを嗅がされ覚めた後、記憶を忘却させられた子供を見たから同様の被害を受けたかと身構えたけど少し前までの記憶が失ってない事に安堵したところで冷静に周囲を見渡す。

 どこを見渡しても真っ暗な闇。

 光も音も一切感じられない無の空間で一緒にいたメンバーの名前を呼ぶけど[[rb:木霊 > こだま]]しか帰って来ない。

 せめてウィンドノートはいないかと目を閉じて確認するけど身体の内から逆巻く風を感じられない私から離脱してる時と同じ反応を示す。


「あれ? ウィンドノート? どこにいるの?」

 

「相棒のワンちゃんならここにはいないわよ」

 

 暗闇からサリッサの声が聞こえ、冷徹で鋭利な剣が突き放たれる。

 正確さも殺意も分身とは比べ物にならない攻撃に剣での防御もギリギリである。

 闇で遮断された私には常に死角から攻撃されてる状態。

 頼れるのは剣を突き出した時に僅かに鳴る風切り音だけだが当然、未熟な私に全ての突きを見切れるはずも無く、一部の攻撃を許して皮膚を軽く抉られる。


「ぐっ・・・・・・ 阻め、氷樹!!」


 急所めがけて飛んで来た一撃はバームネージュでの防御を試みる。暗くて確認出来ないけど弾かれた音からしてちゃんと自生して機能したみたい。

 傷付けられ血が滲んで自分の身体から感覚が失ってゆく度、戦意が挫けそうになるが今は戦闘中、痛みに浸る時間など無い。

 闇の帳の向こう側で完全な優位に立つサリッサが笑っている。


「いい気味ね。私の善行を妨げた報いをその身に刻み後悔なさい」


「サリッサ、みんなをどこへ・・・・・・?」


「一人一人に合わせた神罰を邪魔されては困りますからね。

 貴方達が止めてくれた残りのヴァニタスを使って分散させたの。

 まずは一番ひ弱な貴方から埋葬してあげる」

 

 なるほど、さっき分身と戦わされたのは戦力を削ぐだけじゃなくて私達個人の戦力その物を測る目的もあったのか。

 そして最初の処刑執行対象に下っ端の私が選ばれたと、完全に舐められてるな。

 足下の中、立て直せる距離を取りに後退ると踵がスチール製のバケツを小突いた。

 たぷんと音が聞こえたので溶液が入ってるのは間違い無い。

 ヴァニタスに呑み込まれた信者を救った歴史を思い出した私は空いた左手をバケツに突っ込む。

 すると急激な体温の低下に霊体が反応して眠気に浸された身体を活動状態に切り替える様に私はヴァニタスの支配から脱却し幻影の闇から解放された。

 取り戻した鮮明な光は教会に入ってすぐの広間とレイピアとカンテラを携えた分身の元となった聖女を私の眼に映し出す。

 先程、突っ込んだバケツには何の変哲もない水が半分ほど。

 濡れた腕の半分と石畳に染み込んだ量から満タン近く満たされてたみたい。


「あらあら、心地良い香りに身を委ねれば苦しまずに済んだのに」


 多少の痛みに目を瞑れば夢の彼方へ沈み込む様に迎えられる処刑を拒否した私に憐れみの目を贈ってサリッサが歩み寄る。


「現実逃避のまやかしは性にあわないんで」


「貴方も理解出来ない子ね」


 切創を刻まれ若干、力が入らない私を眺めてサリッサは嘆いている。


「ダスカ君もぺーシェイちゃんも受け入れてくれる安寧があるというのにどうして自ら恐怖に飛び込もうとするのかしら。

 外の世界は理不尽に溢れてて誰もが平等に扱ってくれる訳じゃないのに」


 確かに現実は誰に対しても接する態度をころころ変える。

 心無い言葉や突発的な不幸によって悲しい思いや苦労だって背負わされる。

 私だってしくじりで好きなフィギュアを失い不運が度々降りかかる自分の性質に悩んだし恨んだ事だってある。

 でも私は全てを肯定する気は無い。


「・・・・・・理不尽しか無いって訳じゃないでしょ。

 その未知の中で同じ目標を持った友達とか一生忘れられない経験と巡り会えるかもしれないんだし、機会は[[rb:平等 > ・・]]に与えられて」


「それは生まれた時から恵まれてる者だけでしょ!!」


 平等の二文字に触発されたサリッサが穏やかな演技に隠し通していた激情を剥き出して広間を震撼させる。

 手頃な設備を壊した風の一突きは余りの激しさにサリッサの顔を覆っていた聖女擬きのベールを外し、彼女が愛しき子供達に配慮していた顔の全貌を薄暗い教会に晒す。

 それは顔の左半分を蝕む炙った様な焼け爛れた痛々しい傷。

 成長に合わせて美しく大人びているが多少の幼さも残った綺麗なサリッサの顔を皮膚が剥がれ肉が浮き上がった一生癒える事の無いであろう生々しい赤の皮膚病が侵食している。


「望んでも無い醜悪の烙印を押されただけで、周囲からも家族からも見放され居場所を失った!!

 いや、用意すらされていない!!

 社会で経験を得られる機会が平等にあるのなら物心ついた時から容姿だけで全てから弾き出された私は何なのよ!?

 前世で拭え切れない大罪でも犯したの!?」


 心から訴えかけて来るかつての苦しみ。

 彼女は子供を誘拐して家族の心を引き裂いた許されざる罪を生前と現在でも犯しているけどそれ以前は顔に刻まれた傷のせいで拒絶され居場所が無かった。

 幼心が残っていた子供時代にはとても耐え兼ねる物だったはずだ。


「私が子供達を護れば子供達は拒絶される苦しみを知らずに過ごせ私を必要としてくれる。

 必要とされれば私の存在が許される。

 この顔のせいで拒絶を受けた私にいて良い意味が生まれる」


「子供は最低の大人と違って容姿を判断基準に加えない。

 神の如き公正な目を持つ子供に仕える事こそ私の使命であり美徳なのよ!! 誰にも阻ませはしない!!」


 荒ぶる心の怒りを礎に聖域に踏み込んだ愚者を吹き飛ばす殺意を纏わせサリッサは細い刃先を突き付けるが私は一歩も引き下がりはしない。

 現実は適応出来ない者には厳しい分、乗り越えた者にはそれ以上に喜びや珍奇な発見を齎してくれて成長を助勢してくれる。

 生を受けてまだ数年しか経っていなくて酸いも甘いも知らない子供達には味わい学ぶ権利があり勿論、中には肌に合わないと知ってから内で過ごしたいと考える子だっている。

 でもそれを決めるのは子供自身であってサリッサが断定する事じゃない。

 子供を保護すると誓ったのなら身体を育み護る様に子供の意思も尊重すべきだ。

 言葉を交わす余地は無い。

 偏愛に取り憑かれた聖女擬きを止める為、氷剣を握り締める。

 

 

 浴び慣れた涼風に毛並みを揺れ動かされ、ウィンドノートは目を覚ます。

 身体が覚醒しくすぐる様な柔らかい感覚から今、自分を支える床が芝生一帯になっているとすぐに分かった。

 神に等しい力を宿す霊獣のウィンドノートも耐性を超える程に禁断の香料を多量に摂取してしまい甘い眠りに落ちてしまった。

 しかし及ぼされた影響はそれだけ。

 弱った心に付け入り戦況を不利に変える状態異常など彼にかかれば意図せずに却下され、目の前の景色がサリッサが見せる幻惑であると一瞬で把握しているウィンドノートには頭にタオルを乗せているだけの軽い洗脳など積もった塵を一息で霧散させる様に簡単に払い除けられる。

 顔を見上げればサリッサが苦痛無き夢を見せる為に個人に合わせて作ったまやかしの世界が広がっている。

 快適に走り回れる広々とした敷地に手作り感溢れる柵。近くにはベランダも確認出来る。


 (ここは住宅の庭か。この家で過ごせる動物はさぞ幸せだろうな。・・・・・・ん? )

 

 頭を浮遊させようとしたウィンドノートはリードに繋がれた様な束縛に違和感を抱いた。

 見ると数多の銃弾を受け再起不能だったはずの鋼鉄の模造品では無いかつての灰色の毛に覆われた純粋な獣の四肢が、戦時中で無い時勢であったなら命尽きるまでずっと寄り添うはずだったかつての血肉がウィンドノートにあった。

 

「お爺さん、"レギン" が目を覚ましましたよ」

 

「おぉ、随分気持ち良く眠っていたな」

 

 ベランダに用意されたティーセットを楽しむ老夫婦に見守られ朗らかに懐かしい名前で呼ばれる。

 ウィンドノートが地獄の様な生前を乗り切る為に長年の支柱にしていた輝かしい宝石と同価値の綺麗な思い出だった。

 

 (サリッサめ・・・・・・ 俺の大事な思い出をぞんざいに扱いやがって)

 

「レギン、お前も庭にいてばかりでは退屈だろう? 一緒に散歩に行こう」


 手を差し伸べる老人、唯一無二の主人はいつも外で昼寝から目覚めたレギンを呼び、近所の散策に付き合ってくれた。

 それはレギンにとっても純粋な楽しみであり待ちかねていた時間。

 好きだった過去に浸透されているレギンならば尻尾を振って更に幻惑にのめり込んでいただろう。

 そんな誘惑も霊獣の力で前持って他人の造形だと知っているウィンドノートは与えられた身体を放棄して吠える。


『貴様らに付き合う時間など無い』

 

 束縛とも呼べない偽造の世界を即座に振り払い霊力を発揮すると短時間で家すらも呑み込む巨大な竜巻を発生させ、思い出を真似た地を跡形もなく消滅させた。

 偽物とは分かっていても自分を保護してくれた大事な人達と家を攻撃対象に選んだのはウィンドノートにとっても苦渋の決断だった。

 風が止むとヴァニタスから逃れられた証明としてウィンドノートの視界は隔絶の廃聖堂の一角に切り替わる。

 

『・・・・・・ 早くキタザトと合流しなければ』


 罪悪感を誤魔化す様に埃まみれの廊下を颯爽と駆け抜けていった。


 不浄の聖女(4) (終)

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