錆びかけた時凪ぐ遺跡平原(2)

 ハロウィンを彷彿とさせるカラフルな飾りが永遠に残る廃墟の一角。

 食への感謝を捧げる楽しい装飾が施された壁を背に怯える親子を追い立てるのは巨大な斧を携えるサキュバスと乗用サイズの蝙蝠が騎士として一体となったエッセンゼーレ、名を "ドリームメイカー"

 一見、自分の夢に誘い込んだ男性を骨抜きにする人の形を保つ女夢魔と好物の血を渇望する表情を浮かべる蝙蝠に知性など無く要求を提示する言葉は話さずに斧を掲げて問答無用で命を貰い受けようとぶんぶん振り回し、羽ばたく蝙蝠の羽音で追い立てる親子の叫喚を煽り南瓜のランタンを震盪させる。

 清廉な女声と超音波を混ぜ合わせ聞き手への厚意を考慮せずに調整したノイズに合わせて誇示する圧力は新天地に戸惑い冷静が欠如した力無き人々を瞬く間に "恐怖" に堕とす。

 精神状態が即座に身体に影響されるここエクソスバレーに置いて "恐怖" は絶対に陥ってはいけない最悪の状態異常。

 目の前の困難は乗り切れないと悟り絶望し、消極思考しか考えられなくなった者の身体は石像の様に硬直し抗う気力を削ぎ、硝子のメンタルなど心を強く保てない人は衰弱死する程に危険だ。

 エッセンゼーレの中には傍観者に畏怖すべき姿を焼き付けさせるだけで熟練の戦士をも恐怖に堕とす恐ろしい強敵もいるが大抵は自ら恐怖に陥るパターンが多い。

 

「おかあ・・・・・・さ、ん」

 

 凍りついた母の腕に張り付いた小さな娘の声帯は硬直し慣れた単語を吐き出す事さえ困難を極める。

 命を軽んじるエッセンゼーレの嗜虐心を満たす食事前の余興を充分に楽しんだドリームメイカーはお待ちかねのメインディッシュを頂こうと鈍重な刃を向けるがそんな事はさせない。

 UNdeadの大義、何より近くで困る人々を守る為、私は遠隔操作型の冷気の名を紡ぐ。

 

「阻め、氷樹。バームネージュ」

 

 整備が行き届いてない石畳の道から急速に生えた大樹の結晶は頑丈な盾として凶刃を受け止め役目を果たすと自身の身と引き換えに親子の前まで私を運ぶ。


『この二人は俺が護衛する。お前は気にせず暴れろ』


 相棒の頼りある後押しに力強く頷き、私も負けじと親子に安心感を与える。

 

「もう大丈夫です。後は任せてください」

 

 楽しみを邪魔されたドリームメイカーは牙を剥き出しに排除に取り掛かる。

 私が扱う氷の片手剣とサキュバスの斧は大きさも重量も全く違う不利な組み合わせだがここはエクソスバレー。

 絶対に勝つ強い気迫を宿す私の剣は体格差のある相手を赤子の様に受け止めるし所有者の私にも軽い衝撃しか伝わらない。

 全て簡単に躱され攻撃が一向に当たらないサキュバスは黙っていれば普通にモテそうな薄化粧の美人顔を酷く歪め、やけくそ気味の重撃を振り下ろす。

 おっと危ない。

 寸で躱した重撃は背後の岩に一直線の摩擦熱を残した後、真っ二つに斬り分けた。

 実力はさすが中級以上のエッセンゼーレってところか。

 でも奴は力任せに斧を振り回すせいでガス欠状態だし本来なら遊び程度で殺せる霊体を蹂躙出来ない焦りが合わさって隙が生じている。

 壁を使って蝙蝠と同じ飛行高度まで跳ね、容赦無く偽りの美顔に回転の捻りを加えた蹴りを叩き込むとサキュバスは落馬し相棒を私に制圧される。

 当然、主以外が背中に跨る事など蝙蝠は許さず甲高い悲鳴をあげて必死に振り落とそうとするが地震にも劣るその揺れで落ちる程、日本育ちは脆く無い。

 ある程度踏ん張り、身体が平行になった瞬間に胴体に剣を突き刺せば蝙蝠の体内は冷気で蝕まれ、ふらふら墜落。実体を保てなくなり元通りの影へと還る。

 大事な機動力を失い怒り狂ったサキュバスなど恐るるに足らず。

 脳死で突撃してきたところを冷静に見極めフィギュアの動きを加えた剣技で適確に斬撃を繰り出せば、自ずとひれ伏しそこに残るのは蠱惑の女では無く無価値の霧である。


「あ、あの。助けていただきありがとうございました」


 エッセンゼーレが消失した事で恐怖状態が解除された親子が私に感謝を言ってくれるが油断は出来ない。


「お礼を言うのはまだ早いですよ。ここにいてはまた襲われますから人のいる場所までご案内します」


 エッセンゼーレが倒れ安全を確保しても慈善活動はまだ半ば。

 スマホで近くの人工領域を検索しナビゲート設定をしたら漂流したばかりの親子にも数日前から言い続けてる定型文を言った。


「ようこそ。世界一賑やかな壮美の幽谷、エクソスバレーへ」



 親子の送迎の翌日

 フレンス草原南西の割と入り組んだ森と崖を抜けた先に荘厳な景色は広がっていた。

 麦の様に輝く生え揃えた草本と透き通った水質を誇る大きな湖が作り出す雄大な自然。

 かつての街並みを予測させる様に道の端々には数々の石材に豪華な装飾を加えた所々に剥き出た遺跡の残骸が並び立っている。

 黄金色の草原と未だ新品同様の柱を撫でる心地よい風は "朽廃からは逃れられない" 自然の摂理を作用させようとする時の流れとも感じ取れる。

 それが錆びかけた時凪ぐ遺跡平原、 "アーテスト古代都市街道" に対する私の所感である。

 魅了された眼前の景色はミーティングの時に見た画像よりも遥かに圧巻で、ただただ心を揺さぶられた。

 観光地巡りはネットやテレビで眺めるよりも自分で体感する方が向いているんだなって石の椅子に座りながら再認識する。

 古代の面影を贅沢に感じながら過ごす白昼。

 この先穏やかな道程が途切れるアーテスト地方の人工領域までの旅路に備える為、私達はキャンプに最適な空地で昼休憩を取る事にした。


「絶景絶景♪ 新しい遺跡も出没したから写真に収めなくちゃ」


 エマさんはイラストの資料にする景色をスマホで切り取り、景色を堪能した私はうんと身体を伸ばす。

 昼の明るさにも負けない鮮やかな焚火の周りではみんなが思い思いの休息を過ごし、再出発に向けてエネルギーを貯め直していく。

 

「皆さん。そろそろ昼食が完成しますよ」

 

 焚火の上で調理していたウィリアムさんが二人分(ウィリアムさんは守護亡霊なので食事の摂取を必要としない)の食事を運んでくれた。

 小鍋に入っているのはインスタントの鶏塩ラーメン。

 水を沸かして乾燥麺とスープ粉末を入れただけとは思えない店クオリティの一品には付属の白ネギと鶏チャーシュー、アレンジに水菜と柚子の皮がトッピングされている。出来たての湯気に乗って凝縮された芳醇な鶏の香りを嗅ぐだけで自然と脳が絶対美味いと錯覚し期待に胸が膨らむ。

 

「さ、熱いうちにお召し上がりください」

 

 食前の感謝を捧げ、二人で彩色にも優れた淡白なラーメンを食べる。

 すっきりした味わいと鶏の濃い旨みを両立させた塩味のスープに啜りやすい細麺。アレンジの具材達もあっさりめのスープと絡んで調和し元々手作りレベルだった味を更に高めている。

 店のシェフが作ったと偽装しても常連を納得させられる味だ。

 

『ただ今戻ったぞ』


 柚子の香りを溶かして味変した鶏のスープを堪能する中、霊獣の力で視察をしていたウィンドノートが帰還する。


「お疲れ様ですウィンドノートさん。この先の旅路はどうでしたか?」


『 "ハンティングボア" の群れと "ファルコン型空中偵察機" が数匹見受けられた。早めに出発すれば戦闘は最小で済むだろう』

 

「把握しました。では十五分後にここを発つとしましょう」

 

 一礼するウィリアムさんに尊敬出来る上位存在から与えられた仕事だから遂行して当然だと誇らないウィンドノートは休息を取ろうと私の傍で楽な体勢に変える。


「スイちゃんも今の内に休んどきなよ? アーテストタウンに着くまではノンストップで歩くからね」


 組んだ腕を枕替わりに低反発の遺跡の一部にもたれ込みながらエマさんが気遣ってくれる。

 ここから先は高低差の激しい地形が続き登山の様な道程に加え、エッセンゼーレとの戦闘も予測しないといけない。

 食事を終え空いた食器をウィリアムさんに託したら仮眠でも取って私も休まないと。

 と思ったその時、私は剣を呼び出して何も言わず付き従ったウィンドノートと共に気配の方へ真っ直ぐ飛んで行く。

 旅立ち前の三日間で培った鋭い感覚が助けを求める人を察知したのだ。


「あれ、き、北里さん!? どちらへ!?」


「ごめんなさい!! 予定ルート上にいますので後で合流という形で!!」


 

 

「嫌っ・・・・・・ こっち来ないで」

 

 眼鏡の少女を見つめる卑しき眼光、剥き出しの牙に赤茶の小太り体型。群れを結成し腹を空かした猪の外形をした恐ろしい獣達は生物では無い。

 アーテスト古代都市街道に頻出する猛獣型エッセンゼーレ、 "ハンティングボア" の集団である。

 少しでも安心を得ようと遺跡で見つけた大きな本をぎゅっと抱え、逃走を図るも意思疎通に優れ統率の動きを得意とする猛獣型エッセンゼーレの円陣に囚われている。

 ネズミ一匹すら出る隙の無い包囲網は縮小され獲物に喰らいつくハンティングボアの鋭利な牙が更に際立つ。

 これには弱音を抑えていた女の子も怯えを隠さずにはいられず本で眼前の恐怖を遮った時、氷閃はハンティングボアの脳天に突き刺さる。

 

「だ・・・・・・ 誰?」

 

 女の子は眼鏡の向こうの目を潤ませ、突如現れた私に戸惑うけど疑問に答える暇は無い。

 女の子の手を取りワープ機能も搭載した防御術、バームネージュを輪の外に発動させると即座に砕き位置を入れ替える。


「私から離れないでね」


 逃した獲物を取り返そうとヤケになって怒涛の猪突を作るハンティングボアの集団。

 が単純思考なこいつらの選択など既に予想してあるのでウィンドノートに頼み、真っ直ぐ突っ込んで来たところを神風で高く舞い上がらせ空中で団子になった瞬間にグレールエッジを交錯させる。

 本来、グレールエッジは単体でないと最大威力が出ないがウィンドノートの風で一箇所に敵を集めれば風圧で氷刃が肉体を貫通する威力に格上げされるし複数処理しても劣らない。ウィンドノートとの修行と相談の上で完成した新たな強化だ。

 しかしなんだか様子がおかしい。

 さっきのグレールエッジで円陣の半分の要素は潰した筈なのにハンティングボアの数が減ってない。

 それどころか、更に増殖してないか?

 女の子から離れない様に斬っても斬っても勢いが衰えていない。


『キタザト!! 背後からも来てるぞ!!』


 慌ててそそり立つ岩山に目を向け新たな猪共が落下して迫るのを確認すると女の子を抱えて横っ飛びする。

 くっそ、何でこいつら無限湧きしてるんだ?

 エッセンゼーレの発生頻度は人間の出生よりちょっと多い位なのに数秒で影が現れては猪を形作って増殖している。

 全員なぎ倒そうにも私一人では手に負えない量に倍増され、ウィンドノート単体じゃサポートや妨害向けの風しか発現出来ないし憑依は私の身体だけじゃなくて周囲を巻き添えにする影響力もある。

 エマさん達の到着を待つ手も考えたけど向こうも増殖するハンティングボアに苦戦しているのかスマホの共有位置情報アイコンが止まったままだった。

 という訳で、もうこいつらの相手は止めよう。


「これじゃ埒が明かない。逃走プランを実行で」


『妥当な判断だ』


 剣をしまい女の子をお姫様抱っこで担いだらカモシカになった気持ちで崖を跳躍しハンティングボアの喧騒から遠ざかる事を試みた。

 でもいくら離れても行く先々でハンティングボアが量産され逃げ道を潰される。


「あ〜 もう、うざったいなぁ!!」

 

 現状に吐いたところでどうにもならない苛立ちがいもしない神に届いたのか前方を塞いでいたハンティングボア達の偽体が葵の一振りで刈り取られる。

 敵を屠った一振りの正体は神秘的な美しさを持つ巨大な鎌。

 カッコ良さと可愛らしさを両立させた取っ手に紫水晶の刃で彩られた得物の使い手は私に良く似た背格好の女の子。

 紺色の上着の袖は左右違う長さで曲げていて、所々には巻き付けられた黒いベルト。振り返った正面にはダボダボの寒色のTシャツの上に十字架のネックレスがかけられ、人形みたいな可愛い小顔には仕事の為に感情を抑制しているフェリさんとは違う自然な無感情が浮かんでいる。


「警戒しないで。敵じゃないから」


 つい後ずさったから誤解を与えちゃったのかな。

 ポーカーフェイスの彼女とちょっと気まずいやり取りをしていると慣れ親しんだ呼び掛けが私に安心を届けてくれた。


「ごめんスイちゃん!! 猪の群れ振り切るのに手間取っちゃって」


「良かった。北里さんもお客様も無事な様ですね」


 追い付いたエマさんの背後には見知らぬ褐色肌の女性もいた。

 恐らく私に加勢してくれた女の子の仲間かな。

 胸元と腕をはだけたワイシャツと赤色のネクタイを着た姉御肌気質の女性は気合いを入れ直す様にエマさんとウィリアムさんの肩に黒手袋に覆われた手を置く。


「おっ、これで全員揃ったって訳だね? だったらこの状況もすぐ突破と行きますか」


「りょかい。走る準備して」


 女の子は脇目も振らず鎌に纏わせた葵の闇を斬撃の波にすると投擲代わりに放つと、ハンティングボア数匹を吹き飛ばし道をこじ開ける。

 一時的な空洞を潜り、無我夢中で細い山道を走り抜けると何処にもハンティングボアはいない。

 どうやら追跡から外れた様で私はエッセンゼーレのいない安息を噛み締める。


「はぁぁぁ〜 当分、猪の顔は見たくない」


 幸運にも外れ過ぎずに辿り着いた予定ルートの途中にある石像に囲まれた祭壇の階段にへたり込む私の隣でエマさんも小さな身体を伸ばして勢いよく座る。


「同意だよスイちゃん。あのキャンプ地もスイちゃんが仕事しに行った後、ハンティングボアが押し寄せて来てさー」


「え? そうなんですか?」


 続きを説明してくれたのはエマさん達と一緒にいた女性だった。


「あたし達は道中、猪共に追い回されてるこの子らと巡り合わせてね。聞けば先で漂流者の保護をしてるあんたがいるって言うから派遣させたのさ」


 なるほど、だからこの子が助けに来てくれたんだ。

 厄介な事態を切り開いてくれた女の子は仕事の時と変わらないポーカーフェイスでスマホを弄っている。

 別れる前にお礼を言っとかないと。


「あの、助けてくれてありがとうございました」


「・・・・・・ あなたも漂流者も、怪我が無いならそれでいい」


 スマホから顔を離さないまま抑揚の変化が見えないたどたどしい声で話す彼女だけど決して冷たい人という訳では無い。

 不器用ながらも言葉の端々には彼女の本質である優しさが垣間見えるのだから。


「悪いね。この子、話すのは得意じゃないからさ。素っ気無い対応取っちまってもあんま怒らないでやって」


「ナーシャ、頭に体重かけすぎ」


「いえいえ!! 不快って訳じゃ!!」


 なら良かったと安堵する女性は突発的に思い出した頼みを切り出す。


「そうだ。あんたら確か、アーテストタウンに向かう途中なんだろ? 実はあたし達もそこに用があってね。同行してもいいかい?」


 願ってもいない申し出に断る者などいない。


「勿論です。お二人が一緒ならば不安定な旅路も多少は楽になりますからね」


「サンキュー。あぁ、そうだ。自己紹介しないとね。あたしは鎮魂同盟のナーシャ・ベイタロス。んでこの子も同じ組織に身を置くアリア・ガレイドだ」


「ん。よろしく」


 錆びかけた時凪ぐ遺跡平原(2) (終)

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