CHAPTER1 不浄の聖女

錆びかけた時凪ぐ遺跡平原(1)

 子供は好きだ。

 同年代の連中や大人と違って純粋で、醜い容姿を判断基準に加えず分け隔てなく接してくれる私にとっては生きる希望その物。

 無邪気に笑い、伸び伸び遊び、口いっぱいに食事を頬張る姿は全ての動物の中でも格別の癒しと慈悲を分けてくれる。

 こちらから近付くのも恐れ多い存在がもし近付き抱きついてでもしてくれたら尊いなんて安っぽい表現では例えられない最高の喜びが与えられるのだ。

 そんな天使の様な子が泣いて困っていれば何を差し置いてでも助けてあげるのが大人の役目だと私は考えているのだが、怒る様に否定してくる連中はいったいなんなんだろう?

 例え子供であろうと他人だから無闇に関わるべきじゃないとかいう冷たい血の持ち主か? 

 信じられない。困ってる人を助けるのは当たり前の行動じゃないのか?

 実際、あの老紳士は私の行いを褒めてくれたしなんならもっと精進出来るよう手を貸してくれた。


「子供の為に尽くす君の善行は素晴らしい。私の力を受け取ってくれないか? きっと多くの子供を救いたい君の助けになるだろう」


 そして力を受け取った後、老紳士は穏やかに笑みを浮かべこう言い残した。


「君ならば、気高き聖女・・になれるだろう」


 聖女か、悪くない響きだ。

 全ての子供の自由と平和を祈る私に相応しい。

 誉ある称号に恥じぬよう火が揺らめく蝋燭に照らされた神の御前で今日も祈りを捧げるとしよう。



 ビュッフェレストランの白いテーブルに並んだ数種類の朝食とオレンジジュース。

 今日から正社員として歩む日々の始まりに気合いを入れる為、いつもより多めに取った洋食のおかずやクロワッサンは先程まで保温されながら大皿で待機していたから食欲をそそる最適な熱を保っている。

 食前の感謝を言った後、毎日食べてる新鮮でカラフルなサラダから手を付けていると隣に座る犬の亡霊から声が聞こえてくる。


『全く、随分と長い期間だったな。お前には霊獣おれが付いてるのだから過度に鍛錬する必要は無いだろう』


 カリカリベーコンを咀嚼しながらウィンドノートがぼやいている。

 こんなにもイラついている理由は見当が付いている。本格的な仕事に参加出来ない研修期間が余りにも長かったからだろう。

 私、北里 翠は交通事故で現世から強制退去されエクソスバレーと呼ばれる死後の世界に迷い込んだ。

 で社長の桐葉さんに誘われて "UNdead" に入社し先輩の指導の下、研修を積んでた訳なんだけどある戦いをきっかけに同じテーブルでご飯食べてるそこのウィンドノートって名前のドラゴンとかユニコーンみたいに神話で語り継がれる様なまぁ、メチャ強い霊獣に助けてもらいまして。何故か付いてくる事になったんですよ。聞いても本人は詳しく理由を語ろうとしないし。

 共闘の契約を結んだウィンドノートも社員になったから当然、一緒に研修に参加する事になったんだけど、私の我儘でもっと強くなりたいと延長をお願いし続けた結果、本来二週間程度の研修を三週間まで延ばしてしまったのである。

 今すぐにでも戦えるウィンドノートからしてみれば窮屈で退屈な時間だろうね。


「ごめん。ウィンドノートを信頼してない訳じゃ無いんだ。でも主従関係を結んだ以上、従者より弱いなんて自分が納得出来ないから」


 ウィンドノートが扱う風の神力は憑依者の身体能力を向上させたり敵との戦闘での補助として心強い能力。

 その分、一部分でも長時間憑依し続ければ破裂しそうな苦痛が響くし全身に適用すればいつ身体が壊れてもおかしくない。

 力を正しくコントロール出来ると信じてくれたウィンドノートの為にも戦う際に常にそんな代価を背負う訳にはいかない。

 形式は主従関係と言っても私達に上下は無い。

 偉ぶってウィンドノートばかりに頼らず、自ら先陣を切る心持ちと実力は完璧に併せ持ちたかった。

 それに正社員としてエッセンゼーレを相手にする仕事をする以上、これからは常に命の危険が伴う。

 一人で働く機会も増えるだろうしウィンドノートがいつでも居るとは断定出来ないから個人の戦闘技術は必要以上に磨くべきだろう。


『そうか。お前がそう考えるなら余計な口出しはしない。だが』


 コーヒーを飲み終え私に促す様に頭を振ったウィンドノートの先には時計があった。


『早く食事を済まさないと遅刻するぞ』


 ええっ!? もうこんな時間!?

 ウィンドノートと話し過ぎちゃったからかな!?

 そろそろ準備しないとミーティングに遅れる!!

 初出勤で遅刻なんて印象が悪過ぎる!!

 慌てて残りの食事を口に入れオレンジジュースで胃に押し込むと私は急いで客室へ戻っていくのだった。



 UNdead社内六階、細長い部屋全てが藤棚で覆われたザ・和風景なこの部屋は選ばれた社員のみが入室許可を与えられた会議室。

 UNdeadでの仕事は事前に桐葉さんから連絡を受け朝食を終え次第、各自で自由に働くのだが今回は全員に共有したい事案がある為、招集されたって訳だ。

 慌ててスライド式のドアを開けると藤の花に囲まれた中央の席には全員は揃っておらず一人が座って待っているだけ。

 スマホを弄って暇を潰していた唯一の一人は研修中、何度もお世話になった馴染み深い明るい先輩だった。


「おっはよ〜 スイちゃん。ウィンドノートも元気そうだね」


 現在はUNdeadに身を置いて慈善活動とオールジャンルで活躍するイラストレーターの二足の草鞋を履くエマ・クレイストンさん。

 見かけは派手な帽子が特徴の十六歳の少女だけど生前は歴史に名を刻んだ稀代の画家でもある凄い人だ。


『うむ。貴殿の爆発的な快活の声も調子が良さそうでなによりだ』


 最初は仲良く出来るか不安だった太陽みたいな陽キャ代表のエマさんだけど、今ではこの社内で一番仲の良い友達にもなった彼女に質問した。


「もうすぐ約束の時間なのにあまり人が集まっていないような気がするんですけど・・・・・・?」


 私の素性を知っている全ての正社員とは今日の会議で会えると聞いているが約束の時間が近いのに集まってるのがエマさんだけなんておかしくないか?

 フェリさんにヘルちゃん、桐葉さんだっているんだしこんなに少ないとは思わないけど・・・・・・


「いつもの事ですよ。ここの人達は時間にルーズな方が多いので」


 人が少ない謎に返答したウィンドノートとは違う紳士的な男の声の出処を探す視線が映したのはエマさんが座っていた対角の席に立て掛けられたピーコート。


「ぎゃぁぁぁぁ!? コートが動いてるぅぅぅ!?」


 ウィンドノートみたいに生物を象った幽霊では無く命無きコートが手を上げる様に独りでに袖を動かす心霊現象に尻餅を付いた私は扉にぶつかり開けていた男性を驚かせてしまう。


「ちょっとウィリアム!! 勧告も無しに話したらダメって何度も言ったじゃん!!」


「すみません、困ってる様子だったものでつい・・・・・・」


「あー、状況理解」


 私が驚いた理由を察した男性は萎縮を和らげようと私の肩に手を置く。


「怖がる必要はねぇぜ? お嬢さん。コートしか特徴が無いあの怪奇男も頼れるお前さんの先輩だ」


 片手で担いだギターケースと頭にかけたグラサンが特徴のバンドマン風長身男性は私の手を取り爽やかな笑顔を向ける。


「ようこそ新たな心強い仲間。初めまして、だな。UNdead社員のタクト・アレイフだ。んでさっきお前さんを驚かせたコートはウィリアムって奴。宜しくな、スイ」


「守護亡霊のウィリアムと申します。北里さん、先程は大変失礼致しました」


 ウィリアムさんは唯一の衣服であるコートを器用に折り曲げ謝罪のジェスチャーを見せる。


「いえいえ、私の方こそはしたなく叫んでごめんなさい」


 この世界は物が浮いていても違和感無い光景なんだ・・・・・・

 早めに受け入れないとな。

 エマさんに手招きされ隣の席に座るとタクトさんも私の目前の席に座って他のメンバーを待つ事にした。


「そういえばアレイフさん、今日は随分と早いですね。指定より一時間遅れて来る事も多々ありますのに」


「シューイチから釘刺されたんだよ。次、遅刻したらスタジオの利用を一週間禁止するぞって」


「なるほど。それはアレイフさんにとって死活問題ですね」


「もう・・・・・・ 新入社員の前でそんなだらしないとこ見せないでよ」


 過去の告知に焦るタクトさん、常ににこやかなウィリアムさん、だらしない同僚に頭を抱えるエマさんの会話に耳を傾けている短時間の間、相変わらずつんつんなフェリさんがエマさんの隣に静かに座り、続いて駄々をこねるヘルちゃんの首根っこ(多分、連れて来ないとミーティングに参加しないんだろうなぁ)とタブレットを持つ桐葉さんが会議室に入ってくる。

 黒板サイズの電子ボード前に立った桐葉さんは全員が集まっているのを確認すると厳かに進行を始める。


「それじゃミーティングを始める。本来ならメッセージだけで済ませても良かったんだが今日はみんなに新入社員の顔を覚えて貰う為、このような機会を設けた。集まってくれた事を感謝する」


「はーい先生、アタシの場合は拉致されたんだけど?」


「それは貴方が自らの足で会議に参加する気が無いからでしょ」


 手を挙げたヘルちゃんにフェリさんの鋭い反論が刺さる。


「もう知っているかと思うが紹介しよう。僕と同じ日本から来た北里 翠さんだ。仲良くしてくれ」


 既に社員の皆さんが私の事を把握していた為、簡単な挨拶だけで自己紹介は終わる。

 少し堅い歓迎の雰囲気が落ち着くと桐葉さんが手を叩いて注目を集める。


「では本題に入ろう。と言ってもすぐに終わる知らせだ」


 桐葉さんが慣れた手付きで電子ボードを起動させると、エッセンゼーレ各地の地図や伝えたい情報を簡潔にまとめた文字列が鮮烈に光る。

 その中の黄金色が埋め尽くす画像を指で運び、拡大させると石造りの建物の残骸が所々に立つ不思議な平原の全貌が明らかになった。


「最近、 "アーテスト地方" で少年少女の子供霊が行方不明になる事件が発生したと人工領域の町長から連絡と調査依頼を受けた。今回も他の地方へ被害が広がらないよう依頼を受け、最小被害で抑えるつもりだ」


「被害って具体的にどのくらいよ?」


「現在十人が行方不明だ。しかも一斉に姿を消したから犯人の特徴等は一切目撃されていない」


 和気藹々と会話していた先程までとは違う真剣な話し合いの中、タクトさんからの質問で事態の規模を重く知る。

 この事態は所謂、神隠しって奴だろうか?

 ほんとに神様の仕業なのかどこの誰かがやってるのかは知らないがどちらにせよ非力な子供だけをターゲットにしているのが余計にタチが悪い。

 子供霊の保護をする際は一層気合を入れないと。


「今回も通常業務に加えてアーテストタウンからの依頼調査と行方不明の子供の救出を並行して行う。その役目は北里さん、エマさん、ウィリアムさんに。手の空いたみんなはいつも通りの業務をお願いしたい」


 その後、アーテスト地方に行く日程と必需品の簡単な説明があり桐葉さんの合図の元、多少の時間を要したミーティングが終了し各々が好きなタイミングで会議室を後にする。

 アーテスト地方への出張は今日から三日後。

 UNdead支社に呼び掛けて準備してもらう間に私も大仕事をこなす準備を整えないと。

 会議室を出た私はウィンドノートに呼びかける。

 

「初仕事、気張って行きましょう」


『うむ』


 大仕事も重要だけどまずは散々、予習を重ねた漂流者保護の仕事を果たさなければ。

 支給されたスマホで目的地を設定しブレスレットを起動するとすっかり慣れた歪みが体を包み一瞬で跳躍する。


 錆びかけた時凪ぐ遺跡平原(1) (終)

 

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