霊獣との邂逅(2)

 ラブポーションに軍配が傾き掛けた戦場に波乱を[[rb:齎 > もたら]]した渦巻く神風。

 私に反逆の兆しを生み出した風は空気と同化し散った。

 その中心にいたのは、頭から首回りを切り取ったシベリアンハスキーの幽霊。

 如何なる状況でも沈着を欠かさない自身を示す様な薄い緑の体毛は風の霊力でそよそよと[[rb:靡 > なび]]き、潮流を見極める目は冷淡な青と透き通った朱色、所謂オッドアイを持っていた。


『危ない所だったな。少女よ』

 

 私の背を遥かに超える頭部から唸って発音した言葉は他を寄せ付けない信念が重くのしかかる一本の芯を通した誇り高き男の声。

 話さずとも常に突風を纏った堂々の姿勢を見せる凛々しい獣をフェリさんは物怖じせずに観察する。

 

「 "霊獣" って御伽の話だと思ってたんだけど」

 

 霊獣、確か天地を揺るがす能力を持ち俗世から外れた領域で暮らすとされる幻想の生物だったはず。

 人間の想像を上回る生態を持つ為、実在すると信じる人はごく僅かだからエクソスバレーの大半の人は規格外の物語として伝聞されている。

 現世で言うならユニコーンやドラゴンなんかと同じ存在。

 

『霊獣は自分の住処に篭る奴が殆どだからな。貴殿の他にも会った事の無いヒトは多くいるだろう。しかし今は俺について尋問している余裕は無いだろう』

 

 用があるのはこっちだとじっと私を見据える霊獣。

 え、わ、私に用? さっきまでここ一帯の砂を根こそぎ浮かせそうな巨大な風を巻き起こしたワンちゃん? がなんで私に?

 家で飼ってた猫にすら無視される程、全動物との相性が最悪だから懐いたとかは無いと思うけど(そもそも初対面だし)。

 って考えてる余裕も無さそうだ。ラブポーションが気絶から立ち直ったらしい。


「・・・・・・クッソが!!!! 良くもアタシの体に傷を付けやがったなぁ!?!? 泣いて詫びたくなる程の心体の苦痛を与えてやるから覚悟しやがれ!!!!」


 最悪の目覚めを迎えて不機嫌になってるラブポーションを眺め、浮いた双剣をキャッチして整えたフェリさんはちょっとだけ棒読み気味に笑う。


「ははっ。あのぶりっ子野郎、珍しく怒鳴り散らしてるね」


「笑ってる場合じゃ無いですよフェリさん!! あれ、絶対巨大エッセンゼーレよりやばいですって!! 戦って勝てる相手とは」


 アイドルの皮が剥がれたラブポーションはひた隠しにした醜い残虐性を獣の様に剥き出し、どう痛め付けて屠るかしか考えてない。

 通常時でも危険と言われているラブポーションの全力に果敢に挑むなんて普通なら命を粗末にする愚行だけどそうも言えない現実を霊獣が無情な指摘で直視させる。


『だが逃げる事は出来んだろう?』


 霊獣の言う通り、戦場を囲う電気柵はまだ消えておらず抜け出す隙は一切見当たらない。

 それどころかラブポーションの激怒に連動して電圧は折れた枝を一瞬で灰に変える程に上がっている。掠りでもしたら火傷では済まないだろう。

 さながら飢えた猛獣の檻の中に入れられた草食動物、死を伴う罠が仕掛けられた密室に閉じ込められた被害者と同じ根性論ではどうにもならない危機的状況に幽閉されどうするべきか迷う私に霊獣は語る。


『勝手ながらだが俺は残響の空谷の時から観察させて貰った。

 お前は未知の場に飛ばされその先でエッセンゼーレに襲われたにも関わらず、現世で培った一握りの感情のみでその危機を乗り切った。

 本来ならば街に着いた時点で平穏な生活を送れたにも関わらずお前は自らの意思で戦う道を選んだ。

 困窮する者を助ける為、受けた恩義を果たす為。如何なる理由を抱えていようと道を選んだ以上、責任は果たさねばならん。

 お前はここで終わりたくないだろう? ならば剣を取れ。死ねないと願い自らを救ったその意志を、俺が "力" に変えてやろう』


 霊獣はずいっと頭しか無い霊体を私に近付ける。

 精巧に作られた様な美顔からは私がまだ自覚していない困難にも立ち向かう覚悟を持てとひしひしと漂っている。


『お前も一端の戦士を名乗るなら臆せず力を示せ。でなければ、命が無駄になるだけだ』


 そうだ。私はまだ一人で誰かを助けてもいないし自分の恩義も果たせていない。霊獣の言う通り、この[[rb:戦い > 生き方]]は自分で選んだんだ。

 超危険人物に運悪く会ってしまったからと潔く諦め切れるかなんて言ったら嘘になる。

 生憎、負けず嫌いなもんなんで。


「アンタら遺言残すのにどんだけ時間かかってんだぁ!? あぁ!?」


 バチバチの剣を掲げ紫電の一撃を繰り出そうとするラブポーションをフェリさんが迅速に止める。


「早く済ませて」


 直感で霊獣の頭に手を伸ばすと荒れ狂う風が身体能力を飛躍させる血流として私の肉体に流れ込む。

 周囲に溢れる程の旋風に包まれ少しづつ弱まる頃には霊獣の姿は無く、それと一体になった私の肉体は現役時代よりも軽い肉体になり、戦士の自覚が芽生えた自分がラブポーションに抗う姿勢を構えていた。

 一体した事で感じた霊獣、 "ウィンドノート" さんは私の頭の中で鬼気を宿す咆哮を放つ。


『さぁ行くぞ、キタザト!!』

 

「はい!!」


 ウィンドノートさんは孤独でも天変地異を引き起こす他の霊獣と違い、誰かの霊体に思考、力を預ける事で真価を見せる憑依型の霊獣。

 見た目の変化は無いものの鎧を装着した様な一体の効果は地面を蹴った瞬間から実感する。

 思い描いた動きをすぐ実践出来る程に筋力も速度も桁違いに向上し、一陣の風の如きスピードで戦場を撹乱していた。

 強化されているのは私の肉体だけでは無い。剣から放出される氷雪もウィンドノートさんの神技によって風と融合し速度と威力が増強している。グレールエッジも命令すれば風の後押しで音速で飛び、簡単に崩された強化前よりもラブポーションの髪を掠る僅かな成果を残した。


「チィィッ!! ちょこまかとうざってぇ・・・・・・」


 やはり超危険人物の名は伊達じゃない。

 怒りに囚われても辛うじて理性を維持するラブポーションはフェリさんとの超速連携も冷静に捌き、脇腹の蹴り以外の攻撃を全く受けておらず逆に帯電の剣でのカウンターを狙う余裕すら持っている。


「参ったね。このままじゃ体力を消耗するだけだ」


 埒が明かない強大な敵との戦闘中、ウィンドノートさんが思念で提案した。


『・・・・・・ 一度きりの技に賭けるか』


 ウィンドノートさんの見立てによれば憑依した事で自分の考えを感覚で読み取れるようになった使役者の私なら、今から指示する動きを実現させ奴に一泡吹かせる一撃を与えられると言う。

 しかし堅牢なラブポーションに付け入る隙を作らなければならないし、一番の問題は憑依したばかりの私が持たないという点。

 強大な力には相応の代償が必要なように神話の題材になる霊獣を人の身で宿せばすぐに壊れる負荷が重く載る。

 十分以上、纏っている肉体は疲労が痛く積み重なり最早、自由に動かせる体力は残っていない。だからこそウィンドノートさんは一度きりと言ったのだろう。

 このまま状況を打開出来ずにジリ貧が続けばラブポーションの攻撃を受けずとも私の体が持たない。ならば賭けるしか無いだろう。


「分かりました。私とウィンドノートさんで、逆転を引き寄せます」


 私の判断を聞き、それが合理的だと判断をしたフェリさんも準備万端である。


「私が適当に斬り合っとくから、絶対成功させてよ」


 影の様に消えラブポーションに再び刃を振るうフェリさんの傍から防御が緩む瞬間を狙う。

 多方向から飛び込む連撃を超人越えの反応で変わらず全て弾いていくがよく見るとラブポーションのキレは少々、落ちている。

 強力な戦闘能力を持っていても普通の女の子と変わらないってちょっと安心したけどまだ大技を叩き込める体勢に至っていない。

 斬り合いの果てに少し距離を置いたフェリさんは低空飛行で地面を駆け、左に持つ水色の剣と蹴りを織り交ぜた突進技 "[[rb:白 > はっ]][[rb:鳩 > く]][[rb:低突 > ていとつ]]" を真正面からぶつける。

 猛スピードの車に衝突された並みの人間では耐える事も叶わない衝撃を受けた少し困憊気味のラブポーションは流しきれず膝を突き掛ける。待ちに待った一瞬の隙が生まれた瞬間であった。


『よし、今だ!!』


 ウィンドノートさんの合図で駆け出した私は鋭い一閃を仕掛け脳内から伝達される指示通りに剣を振るう。

 突風で走りアクセルの要領で回転。縦横無尽にこの動きを繰り返し標的の周囲を冷たい斬撃を置いて過ぎ去ればそこに残るのは痛みと結晶の残像のみ。

 肥大化した冷気は風と交じり乱舞を終えて背を向ける頃には凍てつく嵐となって私達が技の名を叫ぶと同時に標的を慈悲無き氷獄へ閉じ込めていく。


「『轟け、氷害。アイスストーム』」


 ぐるぐると吹き飛ばされたラブポーションは仰向けでぐったりしていた。

 限界ギリギリの肉体からウィンドノートさんが憑依を解除すると多量の酸素を求めて私の呼吸も早くなる。これ以上はもう戦えない。

 後は任せろと背中で語るフェリさんの裏を覗くとラブポーションがゆっくりと起き上がっている。

 まだ襲って来るのかと身構えるが奴に戦闘する意思は無かったようで表情や語気は偶像の外面を被っており呑気に砂を落としている。


「も〜 特注の服がボロボロになっちゃった〜💦 こんな惨めな姿じゃ殺す気も起きないよ・・・・・・」


 あれだけの大技を無防備に受けたラブポーションだったが被害は服の一部が破れて隠された腕や横腹、太腿の肌が見えてしまった程度で目立った傷は一切見当たらない。

 超危険人物は攻撃だけで無く耐久にも優れていると言うのか。


「ま、結構楽しめたしちょっとご褒美をあげちゃおっかな? [[rb:残響の空谷 > ここ]]にいるエッセンゼーレはね。み〜んな飼い慣らされてるんだよ♪」


 エッセンゼーレを飼い慣らしている? それってつまり


「へぇ・・・・・・ 糸を引いてるご主人様がいるって事だよね? ラブポーション」


 エッセンゼーレは霊体を見境無く襲う獣の様な存在とネットにあった。

 誰かと友好関係を築く習性も無い化け物が従順になるなど有り得るのだろうか。

 ラブポーションは私を指差しながら現実味の無い虚構を話し続ける。


「その人はね、この女がエクソスバレーに着いた時、殺すように命令したんだって♪ けど抵抗されるしUNdeadの社長が来るしで計画は失敗。あ〜あ、怒ってんだろうなぁ、彼」


 こちらの反応を気にせず話し終えたラブポーションは、あっという間に木の頂上に登り振り返って見下ろす。


「じゃあね♪ キタザトさん。次に会った時は下らない信念ごとぶっ壊して殺してあげるからもっと強くなっといてよ?」


 囲った電気柵と共にラブポーションが去ると空谷に再び静穏が戻る。

 武装を解除し実りある報告が出来る安心を共有し緊張を緩める私達にウィンドノートさんがすっと賞賛してくれた。


『悪くない戦いだった』


「助けていただきありがとうございます」


「私からも礼を言わせて。あいつを早く撃退出来たのは貴方の尽力があったから」


『謙遜するな。貴殿らの精神が優秀だった故に得た結果だ。俺は力を分けたに過ぎん』


 この戦いは制したとまでは言えないが生き残れたのは間違いなく彼のお陰だ。

 誇るべき戦績を残した闘犬にこれからどうするのかフェリさんが聞くとウィンドノートさんははっきりと要望を伝える。


『俺は、キタザトと共闘したい』


 思いがけない短な願い。

 神話級の力を持つ霊獣からの共闘要請は重度の戸惑いを招くには充分だった。


「わ、わわ私と共闘ですか? 一体、なんで?」


『特別深い理由は無い。お前なら正しく力を扱えると思ったからだ。拒否を望むなら当然、無理強いはしない』


 いやいや、ラブポーションを撃退させる程の力を宿す霊獣を仲間に加えられるなら寧ろこちらからお願いしたいくらいなのに。


「良いんじゃない? 霊獣の力を借りれるなんて千載一遇のチャンスだよ。

 でも霊獣と言えどキタザトさんはUNdead社員だから仕えたいなら社員になってもらう必要があるけど了承出来る? ウィンドノート」


『キタザトと戦えるならばどんな条件も飲もう』


 契約の準備を終えたウィンドノートさんに向けて苦楽を共にすると決心した私も深々と頭を下げる。


「未熟な私ですがこれからよろしくお願いします」


『こちらからも頼むぞ、キタザト。それと俺に丁寧な振る舞いは要らん。名も呼び捨てにしてくれ』


「え、あー、・・・・・・うん。ウィンドノート、で良いの?」


 久々に使ったタメ口はちょっとぎこちなかったけどウィンドノートは嬉しそうに軽く頷いていた。


 霊獣との邂逅(2) (終)

 

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