研修期間(3)

 室内の天井から大音量アラームと機械音声が寝ている私を心地良い眠りから現実へ激しく連れ戻そうとする。

 

『お早うございます。設定された午前七時になりました。起きてください』

 

 ゴーストに教えて貰った客室機能の目覚ましスピーカーは付属のパソコンからスマホの目覚まし時計と同じ要領で設定が可能で昨日、エマさんと約束した集合時間の一時間前に起こしてくれるよう予めセットしておいた。

 ぼやけた目を擦ってベッドから体を起こすと枕元に置いたリモコンを使ってスピーカーを止める。ベッドに不思議な魔力が込められてるのか単純な質の高さか不明だがついつい二度寝したくなる疲労は全く残っていない。

 カーテンを開けると生きてた頃となんら変わりない眩しい光が入り、窓を覗くと昨日と変わらないテツカシティの街並みがあった。

 もしかして一夜の夢・・・・・・ かと淡く期待したけどしっかり現実だった。あんなハイテク目覚ましうちには無いし車に撥ねられた感触を嫌に覚えてるしな。

 ま、現世の事を引き摺ってても仕方無い。ゆっくり朝の準備をするには急いで着替えないと。

 切り替える様に私は昨日買った服を持って洗面所に入っていった。



 UNdead社内三階は和食、イタリアン、中華にインドまで様々な食文化を取り揃えた食の都。

 普段は十店舗全てがUNdeadの社員食堂だが昼から夕方までの限られた時間には適正な対価を支払えば一般人も利用出来るレストラン街にもなる。

 貴重なUNdeadの収入源の一つだ。

 エレベーターから降りた私は昨日の案内通り唯一朝から開店しているビュッフェ形式のお店を目指す。白を使った上品な門構えで丁度、食事を終えたばかりの長身の女性とすれ違う。

 深い青の長髪に肩を出して羽織ったファー付きの短い闇夜のジャケット、焼けてない皮膚が垣間見えるダメージスキニーをすらりと着こなすカッコ良さと妖艶の両立は星が瞬く夜空を体現した様な大人の女と言える。

 この時間帯からレストランを使えるのはUNdeadの社員だけだからこの人も社員さんだよね? 先輩に当たるんだし挨拶しとかなきゃ。


「おはようございます」


「・・・・・・? おはよう」


 す、凄いこんな奴いたっけって顔で見られた・・・・・・

 まだ私がUNdeadに入社した事は知られてないのかな? けど挨拶は返してくれたし根は悪い人じゃなさそうだ。

 入口と同じく落ち着いてて高級感のある店内には既に和・洋・中の朝食達が並んでおり魅惑の匂いが寝起きの食欲を刺激する。

 チェーフィングから目星の付けた料理を盛り終え空いている席を探していると少し離れた所からお世話になっている弾ける様な明るい声が私を呼ぶ。


「やっほ〜♪ こっち空いてるよ」


 数々の名作を世に送り歴史に名を刻んだ画家であり現在は会社の先輩として研修を指導してくれるエマ・クレイストンさんはデザートの一つ、いちごヨーグルトを食べながら手を振ってくれている。

 確かに割と多めにある席は大半が利用されており、エマさんの近くならすぐに座れそうだった。お言葉に甘えて同伴させて頂こう。


「おはよ。ちゃんと早起き出来てるみたいで感心感心♪」


「おはようございます。エマさんはいつもこの時刻に起きるんですか?」


「そだね。昔は夜更かし出来る程の娯楽も無かったからノルマを終えた十一時にはすぐに寝て朝の五時に起きる。今も続けてる習慣だよ」


 なんて健康的な生活ルーティンなんだ。昨日は早めに寝たけど生きてた頃はスマホの見過ぎで午前一時まで起きていた私には耳が痛い。


「そうそうスイちゃん。ここのご飯はおかわり自由だからゆっくりいっぱい食べるんだよ〜 でも、昨日伝えた時間までにはちゃんとエントランスに来る事。会社での約束の時間には重い意味がある事を心得て貰わないと。じゃ、また後で〜」


 最後のフルーツを食べ終えプレートを持って立ち上がったエマさんを見送った後、一瞬時計を見ると時刻は七時十分を少し過ぎた所。

 まだ味わう猶予は残ってるけどまだまだ食べたいメニューが多すぎる。

 一品でも多くのメニューを味わおうと味噌汁を少し早いペースで飲み進めた。



 白とピンクのブレスレットに実装して貰ったワープで到着した場所は見た事ない植物が鬱蒼と生え茂る原生林。

 ジャングルみたいな自然領域は昨日のプカク峰よりも過ごしやすい涼しさだが若干、湿度が高いのか少し蒸し暑い。

 エマさんによるとここは南西に位置する小さな人工領域ポヴィット村の近く、ポピューケイ[[rb:泥 > でい]][[rb:林 > りん]]。

 ここも例に洩れずエッセンゼーレが多く住み歩行者の足を絡め取るぬかるんだ泥が広がる危険な環境だが別の人工領域の中継地点も担う旅路になっている為、泥の上の遊歩道や定期的なエッセンゼーレ避けスプレーの散布と一般人用に整備された部分も多々見られる。

 ちなみにスプレーにはエッセンゼーレが尤も嫌がる楽しい、嬉しい等のポジティブな心象成分が多く含まれており人の闇を狙って襲うエッセンゼーレは近付く事すら出来ないんだとか。

 多少の暑さは我慢しないと駄目だけど自然領域の中では快適に移動出来る方じゃないかな。

 今日の研修は現場での空気を感じながら基本的な武器の扱いをマスターして貰おうとエマさんが受けた護衛依頼に付いていく事となった。

 しかしエッセンゼーレに襲われないという確保された利便性があるのに何故、護衛を頼むんだろ? エマさんに聞いてみてもはぐらかされるだけである。


「訓練は突発性の方が効果が高いからね〜 それにお楽しみが開示された時のスイちゃんのリアクションに興味あるし」


 エッセンゼーレの奇襲に備える為にもタイミングが知らされない戦闘訓練も積むべきだとは思うけど、後半はただのエマさんの個人的趣味だよね?

 命の危険は無いはずだけどなんか心に暗雲が立ち込めてきたがそれはあながち勘違いじゃ無かったかもしれない。

 迅速に草木を掻き分ける足音に注視すると緑の絨毯から忍者衣装を身に付けた木の人形が飛び出し安全と謳われていた橋の上に降り立つ。


「エマさん!? 話が違いますよ!?」


「こんなエッセンゼーレはあたしも初めて見るよ!? とにかくスイちゃん構えて!!」


 武器を取り出し初めて持つ剣をアニメキャラっぽく振り抜いてみたが、石にぶつけた様な本来の材質とは違う硬さで攻撃は弾かれ人形忍者が持っていた小刀で反撃を受けそうになる。


「大丈夫?」


 別の個体を相手取っていたエマさんが間一髪で助太刀に入り、炎の槍で刺して固定するとスマホで写真を撮る。


「写真はこれで良しと」


 画像が報告に値する品質になった時、エッセンゼーレは瞬時に灰となった。


「ごめんねスイちゃん。本来の想定と違う戦闘をさせちゃって」


 エマさんが平謝りするけれど私は気に出来る程の身分でも無い。

 ここでの戦闘の難しさは前もって聞いていたし、それにさっきの戦闘はただ武器を振るだけで敵にダメージを与える事は出来ないこの世界での厳しさを思い知る良い機会だった。

 さっきのエッセンゼーレについて考え込むエマさんの背を追い汗ばむ額をハンカチで拭いながら数時間移動すると遊歩道の途中にある休憩所っぽい円形の台座が見えてきた。

 そこで待っていた夫妻が私達を発見するとこちらに手を振る。


「おはようございます!! 本日もしっかりお守りしますね♪」


 エマさんの笑顔に釣られる様に中年の男女も朗らかな空気を演出するメンバーに加わる。


「えぇえぇ。いつもありがとね」


「この前の鮭は美味かったか? 今日もなんか持ってっていいぞ。その新入りさんの分も含めてな」


「ホントですか!? じゃあお言葉に甘えて」


 大きなクーラーボックスを抱えたヨーロッパ人の男女はポヴィット村で鮮魚店を営むチルル夫妻。

 毎朝、店で販売する新鮮な魚を仕入れる為にポピューケイ泥林を越え港町タイプの人工領域 "シャトライシティ" に行くのを日課にしているのだそう。

 休憩所の先にある大橋を越えればシャトライシティまではすぐに着くそうだ。

 依頼人と合流を果たしたのでこのままシャトライシティに向けて進むかと思いきやエマさんが私に小声でアドバイスする。


「スイちゃん、武器の出し方は覚えてるよね? 橋に入ったらすぐに出せるようにしといて」


「わ、分かりました」


 アドバイスを受け止め休憩所から続く順路を少し歩けば遊歩道と同じ茅色の木材で作られた立派な大橋が見えてくる。

 怒涛の濁流にもびくともしない頑丈な橋に乗り込んだ瞬間、魚屋ご夫婦が護衛を頼んだ理由を思い知る。

 なんと生物が住むには酷であろう流れの川からパステルピンクの体色を持った小型犬サイズのカエルが私達を抱き締める体勢で大きなお腹をぶつけようとして来たのだ。

 身近なカエルが大きくなった事に恐怖しガチで驚いたが慌てて宙で柄を握る構えを作り思念で呼び掛けると別空間に滞納させた氷の剣がすっぽり私の手に具現化しラバーフロッグの攻撃を辛うじて防ぐ。

 出発前に何度も練習した武器の取り出しが本番でも成功したのだ。


「どう? スイちゃん。この "ラバーフロッグ" ってエッセンゼーレ、結構可愛いと思うんだけど」


「どこがですか!? 人によってはトラウマになる奴ですよ!!」


 化け物ガエルに驚愕した私を楽しそうに笑うエマさん。

 キモカワにも到達してないこの容姿のどこが可愛いんだろ?

 エマさんのセンスは私よりも一足先を行っているらしい。

 波状攻撃で襲いかかるラバーフロッグは滅多に川から出てこないが増殖期を迎えるとラバーの由来の通り、橋を渡る旅人達が持つ動物の肉や野菜、巣を作る材料として装飾品や服を略奪する危険な集団となる。普段は川底で大人しく過ごすエッセンゼーレの中では数少ない温厚な種族だが産卵を控えたラバーフロッグは絶対に所持物を奪おうと躍起になって見境無く襲う。


「はぁぁぁぁ!!」


 物品にしか眼中に無いラバーフロッグを威勢と共に薙ぎ払った芸術品にも等しい冷寒の細剣で倒そうとするが


『ゲコ?』


 全く効果が無い上に返り討ちを受ける。エマさんからこの世界での攻撃に大切なのは強力な武器では無く目の前の障害を打ち破る気概と言われていたが、闇雲に武器を振るうだけでは本当に効果が無い。剣を使った私自身、プラスチック製の玩具で叩いた程度の手応えしか感じなかった。

 曲芸でも披露する様に長槍をトリッキーに操りながらラバーフロッグに向けて次々と刺激的な焔を完成させるエマさんに比べて新米の私は状況確認と並行して剣を振ることも儘ならず、ラバーフロッグに剣が当たっても腹立つ[[rb:剽軽 > ひょうきん]]な鳴き声と共に首を傾げて弾性のある腹で跳ね返される。雪山での体力育成のおかげで深刻なダメージに至っていないが橋との衝突は結構、身体に来る。


「ほらほらスイちゃん!! そんな心持ちじゃエクソスバレーでの戦いは生き抜けないよ!!」


「は、はい!!」


 エクソスバレーでの戦闘で何よりも重視されるのは感情、精神の強さである。

 目の前の敵を倒す闘志を燃やせば身体中に力が巡り戦闘力を倍増させられるが、諦め、辛い等ネガティブな感情を抱けば当然、逆の作用が発生する。

 剣を振る動作一つをとっても斬撃に相手を倒したい意思や覚悟が伴ってなければ雪山の強者の牙から作った強力な武器も何も斬ることの出来ない[[rb:鈍 > なまくら]]と化す。

 なので戦場で有利に立ち回るには自信を付ける為の訓練を重ね常にポジティブな感情を宿せるよう自身でコントロールしなければいけない。

 ポピューケイ泥林の道中でエマさんから教えて貰った[[rb:エクソスバレー > この世界]]で生きる鉄則だ。


「くそっ、あっち行けカエル共!!」


 橋を蹴り、舌で服を奪おうとするラバーフロッグに必死に抵抗するチルル夫妻の下へ飛ぶと次こそ切り払う強い意志を振りかざして剣をラバーフロッグの腹に割り込ませるが切断は発動せずただカエルが吹き飛ぶだけで終わり、次第にエマさんを襲っていた残りの奴らが剣を支えにやっと立ち上がれる私を囲おうと加勢し始める。


「スイちゃん!! 焦っちゃ駄目だよ!! まずはやってやるぞって意志を剣に宿らせなきゃ!! 感情を気迫に変えて初めてエッセンゼーレに対抗出来るんだからね!!」


 頭では分かっているんです、エマさん。

 今度こそはと意識して剣を振るってもこれでは駄目だと言われるんです。

 こんな疲弊した体で脳内会話しても解決出来る問題では無いのは分かるのに焦りは更に加速していく。

 そんな中で私の目に入ったのはじりじりと詰め寄るカエルと震える足で抗う依頼人のご夫婦。

 旦那さんが奥さんを庇いながら力強い笑顔を返すけどすぐに痩せ我慢だと分かる。

 私の力不足のせいで招いた依頼人の危機である。

 駆け出しと言えども私は助力を求める人達を助けるUNdeadの社員だ。

 この会社で助けられた恩を返す為にこれから一人でも多くの漂流民の手を差し伸べられる力となりたい。

 なのに実際は先輩が優しく丁寧に教えてくれた[[rb:攻撃 > やり方]]が出来ず目の前の人を危険に晒している。

 これに "悔しい" 以外の感情が浮かぶだろうか。

 でもまだ反省会を開く時では無い。

 ちょっとキツい身体に負けん気を滾らせ重い荷物を一時的に下ろした私はラバーフロッグとご夫婦の間に割って入る。


「絶っっ対・・・・・・助け、ますから・・・・・・!!」


 ラバーフロッグは全員揃って疑問符を浮かべてそうなきょとんとした顔で私を見たり仲間内で顔を合わせたりしている。

 きっとカエル共はなんで弱い癖に俺らに歯向かうんだ? とか考えてんだろうな。

 確かに今の私は擦り傷すら刻めない戦士を名乗るのも[[rb:烏滸 > おこ]]がましい雑魚だろう。

 今もエマさんが助太刀に入れる準備をしているし。

 でも格下しか襲わないお前らには有り得ない話だろうけど、人には無謀でも不可能な状況でも逃げずに挑まないといけない事があるんだ。

 現役の時、ぶつかりそうになった女の子と同じ様に手の届く範囲で困ってる人がいる。

 そんな状況で見て見ぬふりをしてはもっと深い後悔が残るだけだ。そんなのは絶対に嫌。

 だからこそ私は、心が挫ける限界まで何度でも立ちそして役目を果たす!!

 例えこの身に変えてでも!!

 強い決意を込めて閃かせた氷神の剣はチャンバラごっこに使う様なちゃちな玩具では無い。

 冷たい斬撃と同時に寒風が吹き荒れラバーフロッグ全員を川に押し戻した後、濁流の一部を茶色い氷で堰き止めてしまう。


「す、凄いなぁ母さん。新入りさんカエル共一掃しちまったぜ」


「そうねぇ・・・・・・これはUNdeadさんも安泰ねぇ」


 これが私の剣の力なのかとさっきまでの泥林には無かった冷たい風を浴びながらぼうっと眺めているとエマさんが賞賛と労いを交えた小さな手で背中を叩く。


「やったねスイちゃん!! 取り敢えず今日のノルマは達成!! まだまだ成長が見込めるけど今は一歩前進した事を喜ぼ!!」


 ・・・・・・そうか。私、ちょっとだけ力を扱えるようになったんだ。

 まだ実感が湧かないけど人を助けられる可能性を磨けたんだ。

 よし!! この調子で早くUNdeadに貢献出来るようにならないと。


「よし!! このままシャトライシティまで同行頼むぜお二人さん!!」


 ちっぽけな自信が宿った私は力強い了承を返した。


『ふむ、あの者ならば俺の力を・・・・・・』




「思ったより早かったね」


 チルル夫妻から頂いた報酬金と大きな鮭を抱えてUNdead本社に帰還した私達を出迎えたのはエントランスの柱に[[rb:凭 > もた]]れているクールビューティお姉さんだった。

 印象に残ってる紺青の髪から察するに今朝すれ違った人で間違いない。


「あれ? フェリちゃん、珍しいね。普段は全体ミーティングの時しか顔を見せないのに」


 容姿も性格も全く違う二人、例えるなら太陽と星空。光を振り撒くエマさんのフレンドリーな対応とは別にフェリと呼ばれた女性は夜空が覆う落ち着いた闇にも似た冷淡な物言いで溜め息をついている。


「仕方ないでしょ。戻ったらシューイチに伝言を頼まれたんだから。ついでだよ、ついで」


 どうやらこの人はあまり他人と関わるのが嫌っぽいけど頼まれた仕事はしっかりこなすタイプらしい。その証拠に伝言の伝え方も要点を抑えて簡潔に説明してくれてるし。


「エマ宛てにイラスト制作の依頼が入ったから明日、一日空けとけって。詳細はスマホで確認しときなさい」


「えぇっ!? じゃあスイちゃんの研修はどうするのさ!?」


「心配しなくてもシューイチがちゃんと手配してくれてるから」


 そう言ってフェリさんはモデル並みの綺麗な足並みで私の前まで近付く。


「シャム・フェリティア。名前のシャムを使ってなければどう呼んでも良い。明日、貴方の研修を担当する事になったから一応、宜しく。キタザトさん」


 研修期間(3) (終)

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