CHAPTER2 幻想の侵略者

緊急の別件(1)

 交通利便性の高い都心にある一般的な進学校の教室。

 午前の授業を終え、待ちに待った一時間の昼休みを無駄にしまいと多くの生徒は購買の戦利品を求めて廊下を駆け回る者もいれば持参した弁当を片手に共通の趣味や世間の流行について語っている。

 気の置ける複数の仲間と集まり思い思いに過ごす大抵の場所は賑やかに笑い声を発するが、教室の一角には大人数集まってもずっと閑静な雰囲気に包まれた男女のグループが存在していた。


「・・・・・・」


 クラスのムードメーカーとして一役買っている陽気者と教室の影でひっそり過ごす博識な少年が入り交じった特殊なグループは鈍重な沈黙がのしかかり、誰一人話題を切り出そうとしない。

 彼らが静かなのは異なる性格が混ざらず気難しい雰囲気が生まれているからでは無い。寧ろ休日は一緒に遊びに行く程、仲は親密である。

 根本的な原因は異なる性格の彼らを繋ぎ合わせ、いつも輪の中心にいた影響が欠落してるからだった。


「・・・・・・だぁぁぁ!!!! なんで俺らのグループ、こんなに静かなんだよ!!」


 大勢いたはずのメンバーは自然とほつれ通夜にも似た静かさに耐えきれなくなった長身で鮮やかなパーカーを羽織ったグループのサブリーダー的存在の男、貝塚の慟哭は教室中にいたクラスメイト達の肩を震わさせ、隣でスマホを弄っていた清純風なギャルの女、清水の手を煩わす。


「ばっか、大声出すな!!

 ゴメンね。気にしないで」


「はぁ・・・・・・ 俺達、北里がいねぇと全然盛り上がんねぇんだな」


 北里 翠が齎した影響は本人が自覚してるよりも色濃く残っていた。

 陰と陽の垣根を越えた友人関係の架け橋となったのも北里であり、貝塚達の学校生活が楽しく順調に進む為に指導したのも彼女。

 ゴールデンウィーク前の中間試験で成績が向上し学校や親からの評判を上げてくれた友達に恩義がある彼らは予測不能な不運に対処出来る援助をしたり、内緒で来たる五月の北里の誕生日を祝う用意もしていた。

 しかし不運は思わぬ形で牙を剥き、貝塚達の介入を許さなかった。

 北里に突如告げられたバイト先の "ステーキハウス オーガスト" の閉店。

 最後のバイト帰りの途中で車内で流していたヘビメタの音楽に集中し、前方不注意だった男が引き起こした交通事故にあった悲報。

 清水は北里に送った最後のメッセージを見て溜め息を零す。


「まさかこの助け舟が最後の会話になるなんてね・・・・・・」


 自分勝手な他人の所為で大事な友達の人生が翻弄され生死をも秤にかけている。これを怒らずに寛大に許せるのは聖人を超越した者と言える。

 しかし言葉で表現しきれない怒りを迸らせ憎悪の炎を燃やしても友達の命は帰って来ない。そのやるせない無念がかつて学校中で羨まれていた人気グループの活気を縮ませた要因の一つだった。

 実際、北里が欠落した事で彼らは痛感する。

 下らない話でも自分達が明るく笑い合えるように慎重に場を調整していた功績を。

 そして自分達がどれだけ先導の期待を彼女に一任し過ぎていたのかを。


「なぁ、橋本君。君が話題出してくんない? 今、ハマってるゲームとかで良いからさー」


 北里がいれば笑われそうな雰囲気をどうにか変えようとした貝塚の指名の方向にいる物静かなゲーマーの男、橋本は掴んだ卵焼きが弁当箱に逆戻りする動転を見せる。


「えっ? え、えぇ?」


 ゲームで勝った相手からチートを使ってるんじゃないかとしつこく問いただされていたところを助けてくれた北里に恩がある橋本も好きな居心地のまま彼女が招いてくれたグループを存続させたい願望はある。

 しかし持ち前の人見知りが発揮されずっと話題に乗っかり相槌を送ったり時々、考えを呟く立場だった橋本にとって万人受けする話題を即座に提供するのは厳しかった。

 混乱する橋本に清水が泣いている子供をあやす様な口調で強ばった心をほぐそうとする。


「あー、真剣に悩まなくて良いよ。どんな話題でも責任持って最後まで聞くし。なんならエロゲーでも良いよ」


「いや、僕やった事ないんですけど」


「嘘? 色んな種類のゲームやってるって聞いたからそっちも網羅してると思ってた」


「そもそも高二じゃ購入出来ませんよ・・・・・・」


 普段の橋本からは絶対出ない新鮮な指摘は若干、雰囲気が柔和し貝塚達が忘れかけていた小さい楽しさを満たし思わず笑いが噴き出た。


「・・・・・・ぷっふふ。やっぱ橋本君って真面目だよね」


「ま、それが魅力なんだけどな。

 俺や清水だけじゃふざけ過ぎて収集つかんし軌道修正してくれる奴がいないとな」


「なんで私がお前と同類なんだよ」


「ちょっ、痛ぇ!! 暴力反対!!」


 児戯に等しい可愛げな小突きの痺れる感覚で貝塚はハッとする。


「なぁ、俺ら三人で北里がいた頃の居心地を取り戻さねぇか?」


「へぇ、良いじゃん。どうせなら翠が羨んであの世から戻って来るくらい超えてやろうよ」


「どうだ、橋本君? 君の力も貸してくれよ」


 橋本は後込んでいた。

 グループでずっと静かに佇んでいて貝塚と清水よりも話ベタな自分が積極的に動き、北里の統制から外れ散り散りになったメンバーを集め直す手伝いが出来るのかと。

 だが橋本は北里がいる間に恩を形にして返せなかった。

 ならばこの復興を手伝う事こそ唯一の恩返しであり憧憬に近付ける一歩になるのでは無いかと、そう考えた橋本の選択は弱々しくもしっかりと意志を固めた。


「ぼ、僕で良ければ、お手伝いさせてください」


 存在を失い痛みを感じ、人は故人の偉大さ、唯一の価値を初めて知る。

 しかしそれは取り返しのつかない事では無い。

 その命尽きても遺した意志は託された者が気付き育めば色褪せず残る。


「よーし、そうなればまずは作戦会議から」


「あっ、あの、この後って確か漢字の小テスト、じゃありませんでしたっけ?」


「へっ? あっ、やべぇ!! 全然勉強してねぇ!!」


「ふっふーん。私、範囲を把握してるんだけど教えよっか?」


「マジ!? 頼む教えて!!」


「橋本君に教えるから彼に教えてもらえば?」


「なんでだよ!? 一緒に教えてくれよ!?」


 北里が築いた友達のグループ復興はまだまだ始まったばかりである。



 エクソスバレー、魂達が最後に行き着く未開の仙境。いわば現世から外れた死者の楽園。

 しかしここに定まった環境など無い。

 死者の心持ちで絶えず変化し拡大し続ける世界は植物が覆う緑豊かな領土から雪や氷、高音に覆われた山脈まで点在する。

 丁度、現世で火災に呑み込まれ意識を失った男性二人が降り立った場所も誰かの無念か動かされた心情が描いた唯一無二の大地。

 体感の気温は少々乾燥気味。長い間、風雨に晒されていたからか床の隙間には短い草が生え建物だったはずのなにかは誰にも真実を見抜けない程に崩壊し屋外と同体している。

 さっきまでいた燃え盛る建物のその後かとも思った男性達だったが全焼するにはまだ時間がかかるだろうと考え、別の予想を立てる。


「お・・・・・・おやびん? あっしら生きてるっぽくないです?」


「馬鹿を言うな。儂らはポックリ逝ったんじゃ。ならばこの身は魂の状態と捉え、ここは天国か地獄と考えるべきじゃろう」


「じ、冗談きついっすよー へへっ・・・・・・ ん? おやびん、ありゃなんでしょうね?」

 

 まだ死を受け入れきれない子分らしく低頭な姿勢を振る舞う小柄な男性が見つけたのは悲惨な建物に鎮座する謎の機械。

 時計塔のパーツを繋ぎ合わせ人型に模した機械は男性が近付いても展覧される作品の如く微動だにせず観覧客が珍奇に向ける目を受け入れている。

 赤銅しゃくどう色の煉瓦で覆われた機体と随所に見られる時計と融合したフォルムは子分の心を奪っていく。


「おやびん、スゲェですよ!! こいつの造形、安物のプラモデルよりもかっけぇ!!」


「おい、無闇に近付くんじゃあ」


 親分の忠告も虚しく子分は警戒心を抱かずに時計塔の機械の細部や手触りを堪能している。

 既に機械に魅入られている子分を見守る中、親分が些細な変動を感知した。

 先程まで彫像の様に決まったポーズで座り込んでいただけの機体の目に電光が点灯し時の枷を外された様に制限を解除された後、再起動の準備を始めた。

 時計塔の機械を観察していた子分が異変に気付いたのは機体に触れていた体位が再起動と同時に発生した振動が揺れ伝わった時。

 子分が慌てて離れると人が柔軟体操をして筋肉をほぐす様に時計塔の腕を振り始め、完全に立ち上がった機体はロンドンのビック・ベンを彷彿とさせる全長となって男性達との圧倒的格差を視覚的に訴えるエッセンゼーレ、 "クロックタワーゴーレム" へと変形した。


「びぃやぁぁぁぁぁ!!!! なんでぇ!? なんで起動したんだぁぁぁぁ!?!?」


「んな慌てふためいてる場合かい。さっさとズラかんぞ」


  "恐怖" に陥り体が強ばって声にならぬ悲鳴をあげるしか出来ない子分を予想外のハプニングに耐えた親分が引っ張って走って行く。

 その影を追いかけ自分の機体に惹かれ手に触れるという罠にかかった愚者に破壊を齎そうとクロックタワーゴーレムは周囲の地形すら掘削しじわじわと男性達に迫る。

 力の限り走り続ける親分だがそこそこの重量がある子分を連れるにも体力は幾許か消費される。

 度重なる大量の汗と帯同する疲労によって親分にも限界が訪れた。 "恐怖" で腑抜けた子分は後の祭りの経を唱え続けるばかり。


「くそっ。まだ動けねぇのかあんたは」


 大地を震撼させようやく楽しみに辿り着いたクロックタワーゴーレムは時計塔の腕を振り上げる。

 鋭利に尖った屋根で突き刺しながら何度も叩き付ける細い腕部は本人から見れば槍と鈍器を混ぜ合わせたちゃちな破壊兵器。

 しかし矮小な人間から見ればそれが眼前に迫る様は天から飛来する巨大な神剣。墜落した後の結末など目に見えている。

 それでも親分は一縷の望みを賭けて必死に祈る。


「か、神様〜!! 儂らまた死ぬのは御免じゃぁ!! 運を使い切っても構わんから、この窮地なんとかしてくれぇぇ!!」


 都合良く願いが通じるはずもなく、クロックタワーゴーレムの腕は問題無く侵攻する。

 漂流早々、二度目の命日を経験する羽目になるかと思いきや心細い霊体の奉仕を目的とする別の存在により運命は逆転した。


「踊れ、氷刃」


 凝結された冷気の刃が時計塔の腕に複数本、突き刺さり痛覚に似た寒気がクロックタワーゴーレムの動きを鈍らせる。

 その僅かな隙を狙い吹き荒ぶ旋風が銀氷髪の少女と目の色が異なる犬の亡霊を運び、風を巻き起こした犬は唯一、存在する頭を器用にぶつけクロックタワーゴーレムの体勢を僅かに崩した。

 少女は振り返って男性達の無事を確認しつつ "どうも" で挨拶を済ませる。


「な、なんだいあんたらは?」


 戸惑う親分に少女は敵意の無い笑顔でにっこりと名乗る。


「迷い込んだ魂を保護する者です」



 仕事が終わった帰りに豪快な騒音が流れてるから何事かと思って駆け付けたら漂流したばかりの霊体を狙ってクロックタワーゴーレムが暴れてたとは。

 恐らくかっこいいとか気になるなんて好奇心が生まれてつい機体を触ってしまったから起動したんだろうな。

 奴の攻撃の途中で阻害出来て本当に良かった。

 クロックタワーゴーレムの標的も無事、私に変わったし思いっきり暴れましょうか。


「い、一体、あの化け物はなんなんじゃぁ?」


『あれは "エッセンゼーレ" と呼ばれる災いだ』


 世界の事象を覆す程の神力を司る霊獣である私の相棒、ウィンドノートが男性の隣を浮遊しながら説明する。

 エッセンゼーレとはエクソスバレーの自然領域に棲みつくモンスターみたいな存在。

 己の本能を満たす為だけに徒に魂を貪る影の異形を見ればエクソスバレーに辿り着いたばかりの無知な霊体は "恐怖" に陥ってしまう。そうなれば僅かな幸運に当選しない限りばくっと喰われて二度目の命日だ。(エクソスバレーで死ぬと言語や知識以外の記憶を失って蘇る)

 その為、エッセンゼーレに抗える者は心を強く研ぎ澄ませて自在に昂らせる事が出来る者と極めて限られている。

 そこで私達の出番。霊体の奉仕を生業にする企業、UNdeadの社員である私、北里 翠とウィンドノートは戦う力を持つ者の使命として一人でも多くの霊体を救えるよう討伐と漂流者の保護を中心に活動している。


『貴殿らが起動させたエッセンゼーレ。

 あれはクロックタワーゴーレムと呼ばれる機械型の敵で機体に触れて起動させぬ限り、比較的安全な部類なのだが一度目を覚ませば厄介になる。

 なにせ我々、専門家の間でも出来るだけ戦闘を避けるように勧告されてる強敵だからな』


 声だけ聞いても明らかに青ざめているであろう男性は慌ててウィンドノートに捲し立てている。


「いやいやいやいやいやいや!?!?

 あの女の子、向かってたんじゃが!?

 あんたらが相手すなって言われてる敵に剣構えて突っ込んでったんだが!?

 あんた、なんで止めんだんじゃ!? このままじゃ女の子が死んじまうが!?!?」


『心配は無用だ』


 男性の動転した早口長文とは対照にウィンドノートは落ち着いた声色、一文で沈静させる。


『日々、研鑽を怠らぬ俺の相棒があの木偶の坊相手に惨敗どころか手間取る事も無いからな。貴殿は身を隠せる場所で待機をしてくれ。

 キタザト、今行く』


 言ってくれるね。

 じゃあ期待を裏切らない様にしっかり責務を果たさなきゃね。

 公正に時を刻み伝える本来の役目を忘れた時計塔を完全に破壊する為の剛腕に変えたクロックタワーゴーレムの腕がぎこちない動作で標的を圧迫する。

 攻撃力は申し分無いけど、振り下ろす時のスピードと的を狙う正確性が全く足りてないんだよな。

 鈍重なパンチの反動を利用して通常よりも高い宙へ跳ね上がるとウィンドノートの風が私の霊体を支える。

 風の流れに支えられクロックタワーゴーレムの腕に着陸すれば後は首の後ろまで走るだけ。勿論、奴も簡単に自分の命を攻略されまいと空中で爆裂する小型ミサイルを散布したり配下のエッセンゼーレを呼んだりするがそこもコンビの力で障害を越えていく。

 飛来するミサイルはフィギュアの基礎要素と神風で強化された肉体を合わせて常人を超えた反射神経とアクロバティックな動きで躱し、エッセンゼーレは氷象の牙と鉱石を加工した片手剣を構え一振りで薙ぎ払う。

 クロックタワーゴーレムの肩まで踏破すると思いっきり蹴り、首の後ろを見定めると前情報通り人間のうなじに当たる部分にある青いコアが如何にも弱点ですと教えるみたいに煌々と輝いている。

 冷たく研ぎ澄まされた剣先を下げ、突きの構えを取った私は背後のウィンドノートと最後の攻撃の準備をする。


「後押しお願い」


『任せろ』


 鍛錬と研究の成果により神話並の風を操れるウィンドノートだからこそ扱える風の邁進を合わせた事で本来、地上でしか使えなかった突進技は相棒がいる時、限定だが空中でも発動出来るようになった。

 既に二、三回実施し全て成功している。成功した時と同じ理論を構築し剣先が確実にコアを貫ける位置に固定したら目にも止まらない冷風を放つ。


「写せ、氷鏡。 "アイシクルロード" 」


 通り道に視認出来る霜を残しながら人の何倍もある首筋をコアごと打ち砕くと風穴の空いたクロックタワーゴーレムは耐えきれなくなり、地に巨体を傾けながら影に還っていく。

 これにて戦闘は終了。


「お待たせしました。もう安全ですよ」


 剣を虚空に仕舞い呼び掛けると茂みに隠れていた男性は "恐怖" から立ち直った連れと一緒に出てきた。


「ほ、ほんとにあんなデカいの倒しちまったのか・・・・・・

 お嬢ちゃん達、強ぇんじゃのぉ」


『誇る事でも無い。仕事を果たしてるだけだからな』


 ま、果たすべき仕事はまだあるんだけどね。

 これからエクソスバレーに着いたばかりの男性達を近くの人工領域、人が住める街まで護衛しなければ。


 緊急の別件(1) (終)

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