渇いた孤独を癒すには(2)

 出現当初の古く荘厳な面影を完璧に保存し、丹念に手入れされ、花々が自由に鮮色と香気を塗り広げる神秘の庭園が合体した石造りの宮殿は全てが脱出ゲームの舞台。

 四階建ての本館、三階建ての別館、それらを行き来する為に繋げる中継地点として通過者を感動させる庭園。

 そのままでも観光資源として注目を集めそうな構造の数々に謎が仕掛けられていて解き明かす度に手に入るホログラフィーのスタンプを全て集めると脱出。ゲームクリアって訳だ。

 ちなみに霊獣がいると他の人が驚いてゲームどころじゃ無くなるのでウィンドノートには今回、参加を自重して貰った。


「よし!! 最速クリア目指そうぜ!!」


 現世と変わらないルールを集合したエントランスで専属の係員から聞き、ゲームが始まるとダスカ君が最初の謎がある場所へ走っていこうとするが彼の師匠が制止する。


「こら、ダスカ!! 他の人の迷惑になるでしょ!!」


「すみません、華仙さん。急なお誘いにも関わらず快く参加して貰って」


 実はニコールちゃんとの謎解きの演習中、ウィンドノートが "五人以上での参加のみ受付" って書いてるのを見た時、焦って伝手を探ったんだけどずっと家に籠ってたニコールちゃんには当然いなくて、私の方で思い付いたのが華仙さん達って訳だ。

 もうすぐ退院出来るって言ってたし帰りの医務室で無理を承知で誘ったら二つ返事で応じてくれてダスカ君とぺーシェイちゃんはわくわくで目を輝かせていた。

 二人の退院祝いにどこか遊びに行こうと考えていたけどめぼしい場所がすぐに提案出来なかった華仙さんにとっては渡りに船だったそうな。


「いやいや予約の取れにくい人気脱出ゲームの参加とかこちらからお願いしたいくらいだから。

 さ、早く私達も行かないとほんとに時間切れだよ」


「頑張ろうね、スイちゃん!!」


 気合い十分なニコールちゃんにも引っ張られ最初の謎がある応接室へ。

 柔らかな木材で作られた家具が整列する上品な小部屋には解読のヒントになる肖像画が四枚ある。

 手元の暗号文と壁に掛けられた特殊な肖像画を交互ににらめっこしながら頭を捻ってると早速、ニコールちゃんが本領を発揮する。


「あっ、こうやって考えれば・・・・・・ 分かった!! 左から二番目の貴婦人の絵を調べてみて!!」


「よっしゃ!! 任せろ!!」


 謎を見て早々、思考を投げたダスカ君が何とか役に立とうと肖像画前のボタンを弄ると、新たな紙が出てきた。

 文面にはスタンプの一つがキッチンにある事を示唆する内容が書いてあり、新たな謎を解いて水道を修理すれば一つ目のスタンプが手に入った。

 その後も宮殿の各所を探索し、謎を見つけては解く度に子供達の親交は固く結ばれ変え難い絆へと成長する。


「凄いよニコールちゃん!! あっという間に謎を解いて私達にも分かりやすい様にヒントを仄めかせるなんて!!」


「そ、そうかな? えへへ・・・・・・」


「頭脳面では頼りにしてるぜ、ニコール!! その代わり力仕事は俺が受け持つからな!!」


 子供達がはしゃぎながら進む背中を眺め華仙さんは感慨深く呟く。


「良かった。ダスカにも友達出来そうで」


「どういう事です?」


「アイツさ、強くなる事しか頭に無くてあたし以外の霊体と友好関係持とうとか一切考えて無かったのよ。

 可能ならあたしもアイツの面倒、ずっと見てやりたいけど仕事受け持ってる身としてはそれは無理じゃん?

 既に家族も決まってんのに無理矢理引き剥がすのも酷だし」


 急に我に帰った様な感覚に陥った。

 今、私がニコールちゃんと交流出来てるのは会社から貰った二日の休暇があるから。

 そんな短い時間が終わりテツカシティに帰る事になれば殆どの時間、保護者が家にいないニコールちゃんはまた独りぼっちになってしまう。

 それに友人とは言え私みたいな歳上の相手ばかりしてたらニコールちゃんだって疲弊するだろうしもっと伸び伸びと子供時代を過ごして貰いたいし同年代の友達は作って欲しいところ。


「きっとあそこにヒントがあると思うんだけど・・・・・・」


「よしっ、任せとけ!!」


「待ってよダスカ!! 私もニコールちゃんの助けになりたい!!」


 ・・・・・・あんなに和気藹々と協力しているんだ。 この様子なら心配しなくても仲良くなりそうだね。



 休暇二日目、昼過ぎに帰社する私に合わせて華仙さんがニコールちゃん達も招いたランチに誘ってくれた。

 手頃な値段でありながら料理の量と質も大満足なアーテストタウンの屋外フードコートにあるパスタ屋さんは華仙さんがエクソスバレーに来た当初から通い帰る度に必ず食べる行きつけって奴で他人に紹介するのは初めてなんだとか。

 先輩からこんな穴場を教えて貰えるなんて光栄だよ。

 発想豊かな創作人が観察すれば作品が思い浮かびそうなバザールを行き交う人々の喧騒に包まれながら子供達と一緒に映像で流れるメニューを眺める。

 トマトソースにクリームソース、バジルにペペロンチーノまで。こんなに選択肢があると優柔不断じゃなくても数分は迷ってしまう。


「ナナミ、肉とか無いのか?」


「パスタ屋さんが大きな肉取り扱ってる訳無いでしょ。ベーコン使ってるカルボナーラで我慢しな

 翠ちゃん、今回の事件解決と脱出ゲーム分誘ってくれたお礼には足りないけど好きなだけ注文していいからね。勿論、ウィンドノート君も」


『気を遣わせて済まないな。では遠慮なく好意に甘えよう』


 食べたいメニューも決まり各自の注文と華仙さんの一括支払いも済ませた数十分後。

 現世では追加料金を払うと出てくる麺とソースを二倍盛った量の全員分のパスタとドリンクが行き届き、食事会が始まった。

 意図してないのにみんなそれぞれ違うソースを頼んでいたテーブルの上は簡易な絵を描いた様にカラフルでただでさえ期待で飢えさせていた食欲を視覚面から更に増進させる。

 沢山の魚介の旨味、じっくり立たせたにんにくの香り、濃厚なトマトソースが絶品のペスカトーレに舌鼓を打っていると横目から物欲しそうな視線を感じてちらっと右隣を見ると海老とパスタを巻いたフォークをニコールちゃんが見つめる。


「食べる?」


 羨んでたのがバレて謝り倒すニコールちゃんにいいから、いいからとフォークを下ろさずに保つとニコールちゃんは意を決してかぶりついた。

 暫く咀嚼すると彼女はぽっと笑顔を灯らせる。


「・・・・・・美味しい」


「ねぇ、そのジェノベーゼも一口頂戴」


 食べあいっこに応じてくれたニコールちゃんはバジルソースで鮮やかな緑に染まったパスタを巻いて私の口元まで運んでくれた。

 バジルの風味だけで無く木の実の食感とまろやかなチーズが調和した濃厚な味わいが生み出す調和を友達と食べてるひと時が更に美味しさを引き立てる。

 少し照れ臭そうにニコールちゃんが言う。


「なんだか・・・・・・友達みたいな事、やってるね」


「既に友達じゃん」


 憧れていた友達のやり取りが実現し私達に和やかな雰囲気が流れていく。

 私にとっては良くある休日のワンシーンだけどニコールちゃんにとってはずっと切望していた瞬間だ。喜びも他の難題を達成するよりも価値有るもののはず。

 帰る前にこの笑顔を創造出来てほんとに良かったな。

 さて、楽しい食事も最高潮だけどそろそろ終わりが近付いている。

 一足先に食べ終わったダスカ君が神妙な面持ちで子供達に尋ねる。


「なぁぺーシェイ、ニコール。明日の予定は空いてるか?」


「えっ、特に何も無いけど・・・・・・」


「私も暇だけど、何かイベントあったっけ?」


「脱出ゲームを経て俺は痛感した。自分の知識と発想力の無さに。

 だから、勉強会をするぞ!! ニコール、先生になってくれ!!」


「せ、先生!?」


 あまりにも躍進した指名に慌てふためくニコールちゃんとは反対に名前が上がらなかったぺーシェイちゃんはちょっと頬を膨らませてる。


「ちょっとダスカ? 私には教えを請わないの?」


「お前だって俺と変わらないぐらいだろ、一緒に教えて貰おうぜ。

 ・・・・・・頼む!! 友達と一緒じゃなきゃ俺、多分、勉強長続きする自信無いからさ・・・・・・」

 

 友達の二文字をニコールちゃんは感慨深く呟いた。

 この世界に来てから初めて友達として認定されたのが凄く嬉しかったんだろう。


「う、うん。良いよ

 私で良ければ」


「ふふっ、みんなすっかり仲良しだね」


 私も遠目で見守る華仙さんと同じ微笑ましい気持ちになっていた。



 食事会はお開きになり明日の勉強会の段取りを立てたところで解散となった。

 華仙さんとは同じ帰路のニコールちゃんとぺーシェイちゃんを送っていく為に別れ、私にもアーテストタウンから離れる時間が近付いて来た。


『キタザト、そろそろ出立しないと』


「もう帰るんだな・・・・・・ あんたにはほんとに世話になったよ」


 一緒にいたダスカ君は名残惜しそうに佇むけど決意を固めて彼は宣誓した。


「俺、キタザトさんを支えられるくらい絶対、強くなるから!!

 実現にはまだ時間かかるかもしんねぇけど困った事あったら友達として助けに行くからな!!」


『良い心意気だ。その向上心ならばすぐに強くなるだろう』


「まじか!? そう言われると成就出来そうだ」


 霊獣によるお墨付きを貰えて嬉しそうに興奮するダスカ君なら私が目を離す一瞬で強くなってくれるだろう。

 私も負けない様に研鑽を積まなきゃな。


「じゃ、約束ね」


 次の再開を願って私とダスカ君は大きさの違う手をコツンとぶつけた。


 ワープ機能を使えばすぐに帰れるけどその前にアーテスト地方の景色をもう一度見たくてアーテストタウンの断崖に寄り道している。

 適当に見つけた地形だけど高所にあるだけあって最初にアーテスト地方を訪れた時と同じ絶景が広がっている。

 人々の思いが生み出した雄大な自然。草花を揺らす風。程よく肌に当たる日光。

 現世と変わらない感覚を浴びてるとウィンドノートがそっと隣に立つ。


『この世界にも少しは慣れたか?』


「まぁ、現世と似通った部分もあったから割と適応出来てるよ」


 最初は理不尽な事故で転送され、エッセンゼーレに殺されかける不運を呪ったが僅かな不屈の精神と溜まりに溜まった幸運によって生き永らえた。

 それにUNdeadに入社したお陰で生活の当ても見つかったし様々な出会いもあった訳で、そんな彼らを助けるってやり甲斐も見つけた。

 これからの生活は決して苦だけで満ちた毎日にはならないはずだ。


「じゃあ帰りますか。UNdeadに」


 黄金色の草原と大きな湖に別れを告げブレスレットのワープ機能を機能させる。

 正直、現世での生活に未練が残ってないと言えば嘘になる。

 でも当時の思い出を鮮明に振り返ったって過去にこの身を戻す事は出来ない。こうなってしまった以上、後悔しないように全力を尽くすだけだ。

 エクソスバレー、永遠の幸せと一瞬の危険が隣合わせの霊達の楽園で私は生きていく。


 渇いた孤独を癒すには(2)

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