渇いた孤独を癒すには(1)

 不浄の聖女を倒し身勝手な救済は砕破された。

 攫われた子供達が無事に家族の下に戻り、アーテストタウンに歓喜の声が随所に湧き上がる。

 小さな身体を手繰り寄せて体内を循環する命の躍動を全身で感じる家族達の姿を見るとようやく事件が終結したのだと実感する。

 お祭りにも似たこの賑やかな幸せムードは暫く続くだろうね。

 被害者家族と同じ目線でバザールに出てきた町長のリュークさんも涙混じりに私達の手を握ぎりこの街に平和が戻った安堵を噛み締めている。


「本当にありがとうございます。

 これも皆さんのご助力があってこそです。

 キリノハさんにお願いして本当に良かった」


『困ってる人を助けるのがうちの事業の一部ですから、また何かありましたら是非ご連絡を。

 エマさん、画面を鎮魂同盟の方々に変えて貰いたい』


 エマさんのスマホがアリアちゃんとナーシャさんの顔を映せる角度に変わる。

 社長席に座る桐葉さんは会社の代表として誠実な自己紹介を終えると上半身を巧みに動かし形式ばった一礼を捧げる。


『この事件は我々UNdeadだけでは簡単には解決しなかった事態です。

 お二方の御助力、会社を代表して改めて御礼を申したい』


「そりゃこっちも同じ気持ちさ。

 あたしらも高名なUNdeadの手を借りられたからこうして事件を素早く処理出来たんだ。

 些細な礼だが犯人の処理はこちらに任せてくれないかい?」


『えぇ、専門の方に一任します。

 しかしこれからが大変だと言うのに我々の手助けはここまでで良いんですか? リュークさん』


 多くの町民は誘拐犯にぞんざいな扱いをされたかと心配してたがサリッサが手厚い保護を施していたからか子供達全員、栄養失調も病気も患ってなかった。

 完璧な健康体で医務室の必要が無かったのは幸いと言うべきだがサリッサが保護していた子供の中には迷い込んですぐ彼女の自作自演によって教会に入らざるを得なかった子供も多く混じってるから人工領域が決まってなかった子への対応で忙しくなる。

 本来ならそういった復興のちょっとした手伝いもUNdeadは受け持つがリュークさんはそれを断っている。


「これ以上、手助けして貰ったら払いきれない恩になってしまいます。

 後は我々の力だけで日常に戻していきますよ。では私はそろそろ失礼させていただきます」


『承知しました、ご武運をお祈りします。

 ・・・・・・通話を切る前にUNdeadのみんなに聞きたいんだがこれからどうする?』


 ん? これからってどういう事だろ?

 仕事が終わったのなら基本は帰宅するはずだけどUNdeadは違うのかな。


「UNdeadの仕事終了後は選択の幅が広いんです。

 勿論、そのまま帰って休む方もいますが数日の休暇を申請すれば気に入った未知の人工領域で泊りがけで観光するのも許可されてるんですよ」


 ウィリアムさんが説明してくれた。

 人の助けになれる上にちょっとした旅行も楽しめるなんてUNdeadは仕事のやり甲斐も余暇の制度も充実してるなんてこんな優良企業、現世でも中々見当たらない。

 新参者の私がすぐにそんな制度を利用していいのか躊躇したけど仕事をこなした者に与えられる当然の権利だから遠慮はいらないと言われた。

 行使出来るのなら折角だし利用させて貰おう。まだこの街に心残りもあるし


「ねぇ、ウィンドノート。二日ほど休みを貰っちゃおうか?」


『相棒の要望に従おう』


『分かった。有意義に過ごしてくれ

 エマさんとウィリアムさんはどうする?』


「あたしは帰ろうかな。スイちゃんの休日を邪魔したくないし」


「僕も本社に帰還しようかと。あ、北里さん少し寄って貰えませんか」


 言われるままにコートの襟部分に耳を寄せると虚無にしか見えない空間から彼の小声が流れ込んで来る。

 ・・・・・・全く、この人にはほんと敵わないな。


「北里さん、アーテストタウンのワープ地点登録を忘れないようお願い致します。帰る際はブレスレットのワープ機能を使ってテツカシティに戻ってくださいね」


 桐葉さんとの通信を切断するとアーテストタウンに残る事にした私と鎮魂同盟の二人に別れと感謝を告げエマさん達はワープで帰っていった。


「ナーシャ、私達もそろそろ手伝いに行かなきゃ」


 スマホで鎮魂同盟の仲間から連絡を受信したアリアちゃんが急かす。

 二人もこの場から離れないといけなくなった訳だ。

 この二人とは一時の共闘とはいえかなりの親しみを築き本当にお世話になったからもうすぐ別れが近いと認識するとちょっと寂しく感じてしまう。


「なに、寂しがる必要は無いさ。連絡先も交換したんだし近い内にまた会えるっしょ? その時はまた仲良くしてね〜」


『無論だ。また会う日まで息災でな』


「ナーシャさん、アリアちゃん。また会おうね」


 立ち止まって手を振った二人は蘇ったバザールの喧騒に紛れていった。

 優秀な彼女達には余計な世話かもしれないけど願わくば仕事が上手く運ぶように祈らせて貰おう。



 アーテストタウン二階。

 大小、色も様々なレンガの家が建ち並ぶ住宅街。

 三階にも同じ構造でレンガを使った家で生活を支える住宅街があるけどそれはお金に余裕のある富裕層の人達が住むちょっと高級嗜好な階層。

 私が今居る二階は現世でも良くある馴染み深い住宅街だ。

 訪ねたのは周りの住居よりも年を重ねた二階建てオレンジ色の家。


『ここで間違い無いか?』


「うん。上層部の人に教えて貰った住所と一緒」


 門のインターホンで突然の来訪を伝えると何も知らないか細く戸惑った少女の声が機械越しに私達の正体を探ろうとする。


「どちら様ですか?」


「ニコールちゃん、北里だけど」


「・・・・・・帰ってください」


 やはり拒んでくるか、頑固者め。

 でも私だってすぐに帰る訳にはいかない。

 てなわけでインターホンに向けてクジツボケ原前の道で拾ったボールペンを突き出す。


「隠し通せると思わないでよ。落とし物を受け取って貰わないと帰れないんだ」


 あのボールペンを見せたらニコールちゃんは観念してお家の中に招いてくれた。

 鞭ばかり振るっていた親と違って親身に付き合ってくれた友達から貰って以降、肩身離さず付けている大事な物だって教えてくれたからどうやって取り戻すか焦っていたと睨んでたけどビンゴ。お陰様でもう一度ニコールちゃんと向き合う大事な機会を獲得出来た。

 リビングに入ると穏やかな音楽がレコードから室内の雰囲気を飾っていて机の上には先程まで読んでたであろう数冊の本が未読と既読の法則に従って両脇に積み上がっている。

 どうやらニコールちゃんが独占して使ってるらしい。


「あれ? 他の家族は出かけてる?」


「・・・・・・ここに住んでるのは私とおばさんだけ。おばさんはアーテストタウンの四階で雑務をしてるから夜遅くまで帰ってこない」


 四階は確か市役所みたいな場所で集団散歩の担当さんも在籍してた階層だったな。

 て事は保護者さんはリュークさんの部下みたいな感じなんだ。

 ここの四階、現実の市役所と違って夜二十一時まで営業してるしエッセンゼーレの撃退といった力仕事も役員自ら受け持ってるから多忙だろうなぁ。


「あの、ボールペン拾ってくれたのは感謝していますがあまり長居されるのは」


 俯きながらもすぐに帰って欲しいオーラを押し付けるニコールちゃん。

 でも私はここで従順に引き下がり大切な友達を失いたくは無い。

 大切に思ってるからこそ自分がどれだけ馬鹿な真似をしたのか、二度とこんな危険は犯さないで欲しいと釘を刺さないと。


「用は落とし物の返却だけじゃない。言ったでしょ? 隠し通せるとは思わないでって」



 ボールペンを見せながらのお説教はウィンドノートが口火を切る。


『こいつはクジツボケ原前の道中で拾った。それが何を意味するか、アステル殿は存じてるはずだ』


 ニコールちゃんは黙ってるけど内心では理解してるはず。

 子供の神隠しが解決していないアーテストタウン内部では更なる犠牲者を生まないよう子供の外出は固く禁じられていた。アーテストタウンの依頼で仕事する私達も規則の破綻を防止しなければいけないが、子供の違反がばれれば保護者にも重罰が有り得る。

 しかしクジツボケ原前、つまり自然領域にボールペンが落ちていたのはニコールちゃんが街の外に出た何よりの証拠。

 ウィリアムさんはニコールちゃんの名誉の為に "勇敢なる人間" ってぼかしてたけど真相が判明した今はサリッサの誘拐に巻き込まれそうになった愚か者。

 こっそりと規則を破り、わざと危険に身を晒した理由。納得いくように説明して貰おうか。

 そう凄んでいるとニコールちゃんは注意しないと聞き逃しそうな途切れ途切れの発音で必死に自分の思いを形に変えようとしている。


「サリッサさんは、悪い人、なんかじゃない・・・・・・」


 予想外の擁護に私達は面を食らってしまった。


「確かに、危険な香料を使って勧誘したのは褒められる事じゃない。

 けど、サリッサさんは子供の事を考えて愛情を注ごうとしていた。

 だから、私は彼女についていきたかった」


『何を言っている? ウィリアム殿がいなければどの様な目に遭ったか想像するのは容易いだろう?』


 子供の神隠しは社会から拒絶された哀れな女が起こした犯罪だという事実は、既にアーテストタウンの町民に知れ渡っている。

 それを知っても尚、ニコールちゃんはサリッサの事を悪い人だとは見ていないと言う。


「醜い容姿を非難され何処にも居場所が無かったサリッサさんだからこそ、親に愛を注がれなかった私の気持ちを理解して代弁してくれた。代わりの愛を教えるとも言ってくれた。

 だから・・・・・・」


「だから勝手に抜け出してまでサリッサの下に行ってなりたかったの? 他人の子供を攫ってまで承認を求める身勝手な女の存在理由に?」


「サ、サリッサさんと会ったのは、偶然」


「それでも知らない人に付き合うなんてどうかしてるよ。寂しいからってそんな危険な事をする意味だって分からな」


「スイちゃんみたいに普通に生まれた人には分かんないよ!!」


 普段のニコールちゃんから出たとは思えない叫びがリビングに響いた。

 宴会場での怒り、いやそれ以上に音量が増幅された轟く雷鳴の如き怒声は心に封した最大限の苦しみと感情が上乗せして鼓膜だけでなく心までもグラグラと揺らす。


「私だって普通が欲しかった!!

 家族の温もりも家族でしか得られない愛情だって!!

 でも、親には自分達と似てないダメな我が子を思いやる心情なんて一片も無いし自分の都合と名誉しか考えてないし弱音と甘えを言えば怒られて殴られる!!

 僅かな安寧を得る為に親の理想を演じて精神すり減らす生活のどこに愛情があるって言うの!?」


 募った寂しさが収縮された怒髪に割り込む猶予も資格も無かった。

 有難いことに家族から愛情を注がれ、ある程度の自由も許されて育てて貰った私と違い、想像を絶する過酷で虚しい家庭環境で過ごしたニコールちゃんは人一倍、愛に飢えている。

 その立場は自分自身に置き換えた程度で完全に理解して共感出来る範囲じゃない。


「エクソスバレーに来てから優しさに触れて私も普通の日常を得られるんだって舞い上がってた。

 でも勝手に期待を高めて勝手に裏切られた癖にあんな取り返しのつかない事をしてみんなを困らせた!!

 清算出来ない罪を犯しても尚、暴力と罵声が怖くて謝罪も出来ない我儘な悪い子に出来る贖罪はひっそりと姿を消すか、自然領域で野垂れ死ぬだけ!!

 人に会えば我儘しか言わない私には誰かと一緒にいる価値は無いの!! なのに・・・・・・」


「なんで自分を軽く見るの!?」


 毒親によって要望も甘えも悪だとする植え付けられた歪んだ思想に我慢出来なくなった私は思考を介さず思いの丈を躊躇なくぶつけていた。


「なんで親と呼ぶのも烏滸がましい奴らの発言が異常だと知っていながら忠実に守ろうとしてるの!?

 拒絶が心理に張り付いて抗えないから!? 痛みを刻まれたから!?

 子供は親に守護される立場だけど所有物じゃない!! 全ての言いつけを守る義務なんて無いんだよ!!」


「えっ・・・・・・?」


 見上げた小さな顔には戸惑いながらも今まで苦悩させた闇の中に光明が差された様な暖かな表情が僅かに悲しみを払拭させる。


「確かにタイミングを弁えずに部屋に入ったのは褒められる事じゃないけど、我儘を言う事自体は悪い事じゃないんだよ。

 子供にだって意思はある。食べたい物もやりたい事も、自由に言っていい権利がある。

 例え、すぐには叶えられなくても本当に君の事を思ってくれる人間は絶対に君の望みを忘れないし実現させようと画策してくれる」


 ニコールちゃんは私のスマホの画面を見て驚く。

 そこには来る途中で手続きを済ませ、日付指定項目まで進んだ購入前の脱出ゲームの入場券の詳細が表示されている。

 予約はネットでのみ対応。

 人気がかなり高く無防備に検索するとサーバーの混雑に巻き込まれる為、午後十四時から午後十六時辺りを狙うのがオススメ。

 チケットの価格は子供(十二歳以下)は千五百円、大人は二千円。

 ウィリアムさんに教えて貰った情報を基にニコールちゃんが行きたがってた脱出ゲームの公式サイトで買った物だ。


「チケット、まだ買ってないでしょ?」


「覚えてて、いたの?」


 当然の如く、私は頷く。


「当たり前じゃん。友達との大事な約束なんだから。で、明日の予定は空いてる?」


「・・・・・・うん!! 勿論!!」


 この後、興奮に身を任せたニコールちゃんから脱出ゲームのいろはを叩き込まれる事になった。

 良かった。雁字搦めだった親の呪縛から見事に抜け出せている。

 ぱっと晴れた笑顔、小動物みたいに寄り添う歳相応の在るべき子供の姿。

 ニコールちゃんは明るい感情に戻ってくれた。


 渇いた孤独を癒すには(1)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る