緊急の別件(2)
スマホを取り出して現在地から近い人工領域を検索する。
ネットが処理に要する数秒を経て千五百件以上の人工領域が検索結果に表示されたところで見比べると数分歩けば辿り着く近場に小規模の集落がある事が判明したので体力が回復した男性達を連れて目指す事にした。
幸いこの辺りはクロックタワーゴーレムの暴走を警戒していたからか大した実力の無い雑魚は全く見当たらず護送は安全に遂行出来た。
水場に近い僅かな草本が残った荒野に建つ簡素な集落はエッセンゼーレの少ない地域を移転する為に遊牧民の移動式住居、ゲルを含めた展開や後片付けしやすい設備で生活要素を構築していて、主に羊乳や卵などで活用される羊や鶏も伸び伸びと小円の中で過ごしてる。
想像と違う街に男性達は "まさか中国出身のわしらが遊牧民暮らしを体験出来るとはのぉ" とか "あの世でもこんな現実味のある暮らしが出来るんですねぇ" などと目を丸くしてたけど漏れ出る感嘆はいずれもこれからの暮らしに期待する内容だった。
族長さんと話し無事に受け入れが決まったところで私達もお役御免である。
「私達に出来る事はここまでです。後は入居手続きを済ませればあなた達もエクソスバレーの住人です」
「助かりましたよ。あっしらでもすぐ馴染めそうな環境を案内していただいて」
「あんたらには世話をかけちまったなぁ。この恩を忘れずに精一杯、この世界で生きていくよ」
『貴殿らの今後に幸が訪れる事を祈っている』
集落の子供達が作った力作の門構えで別れを告げたら追加の仕事も終了。
通話を起動し予め登録しておいた十一桁の番号にかければ通話したい男性はツーコール以内で応答してくれた。
『はい、桐葉です。北里さんお疲れ様』
主に慈善活動を中心に事業を展開する大企業 "UNdead" の創立者であり本社の代表取締役、エクソスバレーに着いたばかりの私を助けてくれた男性、桐葉 透一さんは柔らかな口調で労ってくれた。
「お疲れ様です。桐葉さん。
すみません、もうすぐ帰ると言っておきながらまだ自然領域にいまして」
『気にしてはいないさ。
新たな漂流者を見つけて保護してくれたんだろ?
追加の働きに僕は感謝を述べたいよ』
相変わらず社員を尊重した謙虚な物言い。
社員としてでは無く一人の人間として気遣って接しているこの態度は出会った当初から変わらない。
既に仕事を終わらせてる私に気を付けて帰って欲しいって言いたそうだった桐葉さんは口籠らせて慎重に厳選した丁寧な言葉で恐る恐る聞いてくる。
『本来なら今日の業務は終わりなんだが・・・・・・
実は異変を検知した場所の近くにいる北里さんに緊急で頼みたい事があってね。引き受けて貰えないだろうか?』
今日はハードワークじゃなかったから相棒共々、まだ体力には余裕がある。何より信頼する桐葉さんからの頼みだ。
ウィンドノートの了承も得た今、引き受けない理由は無い。
「えぇ、勿論。仕事の内容を教えていただけますか?」
『そう言ってくれて助かるよ』
しばらくしてスマホの地図に異変が起きた地点を示すマークが共有された。
示された場所は "メデルセ鉱脈" に含まれる鉱山の一つ。前もって調べた情報によるとゴールドラッシュの時に偶然、沢山の金を掘り当て一大の富を築いた男の喜びが隆起して出来た自然領域。
元々は金が湯水の様に湧き出ていたが他者の思念が入り交じってからは特異な鉱石も採れるようになったそう。
目的地までは目と鼻の先。
私とウィンドノートに頼む道理も納得出来る。
『警備を担当していた管理者や新入の鎮魂同盟が倒れたと報告を受けたんだ。
盗掘者にやられた可能性が高い。戦闘になる覚悟を持って悪質な採掘から鉱石達を守って欲しい』
「了解です」
一刻を争う事態が一層、深刻にならない様にウィンドノートの力を借りて空中浮遊しながらも通話は続く。
『それとメデルセ鉱脈の坑道についてなんだがまだ探索しきれていない謎が多くてね。
くれぐれも警戒の心を忘れずに。特に』
桐葉さんの忠告は続くけど思い切り開かれた扉と続く怒り気味の少女の駄々で遮られる。
『シューイチ!! キャンディーがどこにも無いんだけど!!』
声の主は私達と同じUNdead社員の一人で桐葉さんの側を自由気ままに仕える女の子、ヘルちゃんだ。
声だけでも分かる程に天真爛漫な可愛い女の子だけど実際はかなりの戦闘ジャンキーで仕事では漂流者の保護よりもエッセンゼーレとの戦闘を重視する事も。
ちなみにキャンディーっていうのは彼女が好んで口に転がせてるグレープ味の奴だ。
一緒に仕事した時に一粒貰ったんだけど砂糖の甘みが強かった印象がある。
『今、通話中だ。声を落とせ。
それから他人の部屋に入る時はノックしろ』
『なんでシューイチ相手に気を遣わないといけないのさ』
『親しき仲にも礼儀ありって奴だ。飴の補充ならゴーストさんに頼みなさい』
渋々、理解したヘルちゃんの興味は通話相手に移り、向こうの声が私と知ると通信端末を桐葉さんからひょいと盗んだらしく通話の権利を制圧した。
『スーイー!! 遅くまでお疲れ〜!! これから帰り?』
「いえ、メデルセ鉱脈に行って盗掘者の捕縛を」
『え〜っ!? 盗掘者をボッコボコにするとかめっちゃ楽しそうじゃん!!
アタシも行きたいけど多分、間に合いそうに無いしスイに全部任せるよ。
アタシの分まで暴れてきてね〜』
『北里さんに君の戦闘狂を感染させようとするな』
生意気で歳下の女の子に振り回されて大変そうだな、桐葉さん。
通話の声は通信端末を取り戻した桐葉さんに変わる。
『まぁ、簡単に言えば迂闊に鉱石に触るなって事を伝えたかったんだ。分かったかい?』
「はい、分かりました。もうすぐ目的地に到着します」
"頼んだよ" と背中を押されてから通話が終わると私は高度にいる利点を活かして足下の開けた広場を見た。
鉱石の選別と鉱夫の寝泊まりを兼ねた事務所と入退場の管理の為のスペースが完備されたバリケードがセットになって坑道のトンネル前に聳え立っているけど、城壁にも似た厳しい入場口の周りには数人の霊体が倒れていて許可を得ないと入れない小さな出入口は強引に突破されている。
盗掘者の侵攻は坑道まで及んでいるらしい。
地面に衝突しないようふわりと降り立った後は襲撃に遭った霊体の様子を確認する。
倒れている男性達は全員、気絶してるだけで命に別状は無い。ウィンドノートに思い悩む気分を晴れやかにする爽涼な風を吹かせて貰うと傷を負った精神に治癒効果を促し、霊体は継ぎ接ぎの言葉を発する程度に回復した。応急処置としては充分なはず。
治療が終わると傷が塞がった事で唯一、朧気な意識を取り戻した男性がいたので早速、話を聞く事にした。
「大丈夫ですか? 盗掘者は既に中に?」
「あぁ・・・・・・ だが、相手するには危険過ぎる連中だ」
「どういう事」
男性はまた気絶してしまった。
出来るなら相手の傾向を明らかにしてから坑道に潜りたかったけどもう話せる人はいないしこれ以上、盗掘者を野放しに出来ないしウィンドノートの探知を頼りに乗り込むしか無い。
坑道の内部は岩肌と砂で覆われている普通の洞穴だけど光度の高い特殊な鉱石が昼間と同じくらい輝いていて明かりの携帯など必要無かった。
これもこの鉱脈を生み出した男が願った金を使って人の助けになりたい利他主義とご先祖様の思念さまさまである。
「どう? ウィンドノート」
純粋に自生するだけの鉱石とは違う欲望まみれの盗掘者の匂いを嗅ぎ分け終えた相棒が訝しげな顔で報告する。
『先に二人、更に奥に五人以上の霊体を確認した。
それと奥にいる奴の内の一人は高級素材の服を召している様だ。盗掘者のボスと想定して行動しろ』
岩陰に身を潜めながら進んでいると通ってた学校とは違う学ラン形状の服に所属する組織を表す記章を首元に付けている軍人の男達が手当り次第に鉱石を割っているところだった。
金銭的価値がありそうな鉱石でも目当ての物じゃ無ければ投げ捨てるぞんざいな扱いをする当たり、あいつらは金稼ぎで坑道を荒らし回ってる訳じゃ無さそうだ。
「おい、そっちにあったか?」
「どれも外れだ。本当にこの坑道に畜生共が住む楽園へ通じる石があるのか?」
楽園へ通じる石? メデルセ鉱脈のまだ明らかになってない謎の一つだろうか?
それに畜生、って確か人以外の動物を指す言葉だったよね。動物も生きてるんだし家族として大事に育った子や野生で逞しく生き抜いた子がいてもおかしくは無いけど住むのに色々不便に縛られそうな岩山に住むかな普通。
ま、無力化させた後に聞けば分かるか。
「阻め、氷樹」
坑道を襲撃した意図も聞きたいし気絶しない力加減で霊体を傷付け無いように捕縛モードのバームネージュを片方に発動。残念ながら一つしか出せないからね。
男の足下に集った冷気は一瞬にして半身を縛る氷の根になり身動ぎも許さない強固な縄となる。
「馬鹿な!? 坑道の前を陣取ってた奴らは一人たりとも動けぬはず!? どこから攻撃されて」
いきなり仲間が凍結されて戸惑う奴にも同じ加減でバームネージュを発動させる。もう一人の男もあっという間に氷の根に絡め取られこけた体勢で捕縛された。
「動かないでください」
「なんだきさ、ぐふっ!?」
私を睨んだ男の顔面に髪が乱れる強風、威嚇射撃ならぬ威嚇風撃が撃ち込まれる。
自らが望む風を生み出せる強大な力の持ち主、神話で語り継がれる偉大なる題材、霊獣の姿を一見し男達は有り得ないといったかおをしている。
『今の貴様らは相棒の機嫌次第で簡単に命が溶ける。痛い目を見たくなければ大人しく情報を提供する事だ』
「れ、霊獣だと!? 何故、貴様の様な少女が従えて・・・・・・」
どことなく縋る様に尋ねてる風にも聞こえるけど無慈悲に拒否した。
「今はそんなの説明する時間は無いんですよ。答えられる範囲で早く教えてください」
男達から大まかな情報は聞き出せた。
まず彼らはミツクリ トウヤという人物が結成した数多の侵略行為を繰り返す軍事組織 "
その鉱石は希少なだけで無く秘密の楽園に導いてくれるとの信憑性に欠ける伝説も秘めてるそうでミツクリって人は組織を率いてそれを追い求めて来た。
あの男達ミツクリの事、王様を持ち上げる様に尊敬を示してたけど強引に鉱夫の人達を排除してまで調査する倫理観の持ち主だ。同じ常識を持ってるとは思えない。
鉱夫達でも開拓しきれていない最奥まで来ると視界を支えてくれた鉱石の輝きも弱まってきてるけど大部分の暗黒も見通せるウィンドノートの心眼に助けられ道中は危なげなく切り抜けられた。
そして刻一刻と深くなる自然の暗黒を掻き消す科学の照明の向こうに滅星の軍人達を確認する。
その中でも異彩を放っていたのが卓上ライトを手に持ち採掘する部下達の様子を徹頭徹尾監視する男。
パステルカラー調のサラサラしたショートにちょっとだけ大人びたベビーフェイスと男性の中では低くも高くも無い中間の身長。
あれこそ滅星を束ねる人物、ミツクリ トウヤだろう。
これだけの特徴なら男よりも少年の方が当てはまるけれど周りの部下よりも格式高い軍服と矜恃を示す豪華な記章を見ればおいそれとそんな扱いは出来ない。
「許された時間も多くは残っていない。
鎮魂同盟の応援が来るまでになんとしても
そして俺達の手で憎き畜生共を殲滅するのだ」
少年よりも成熟している男声がミツクリから響く。
野望を成し遂げる決意を空気を摩耗する静電気の様な気迫に変えて放つと鉱石の厳選に集中していた部下達に更に緊張感を張り巡らせる。
人心を掴みコントロールする威厳の振る舞い方、腰に提げた細身の刀、歴戦を重ねた猛者であることに間違いない。無鉄砲に突っ込めばこちらが返り討ちに遭う。
幸いにも周囲を警戒してるのはミツクリだけで他のメンバーは作業から目を離せずにいる。ミツクリにだけ対処すれば他の軍人は不意打ちで無力化出来るかもしれない。
「どう攻める?」
『俺が先に出て場を撹乱する。キタザトはその隙を叩いてくれ』
作戦に頷くとウィンドノートは軍人達の足下に向けて風を流す。
元々、肌寒く感じる程、涼しい洞窟だ。
足下の体温が僅かに変動しても余ったズボンの裾が揺れたとしても採掘を疎かに出来ない軍人達は気にも留めないはず。てかしたらボスに叱られるでしょ。
そうして軍人達の隙をくぐった風は壁に激突し低音を奏でる。
それはまるで先の見えない闇の中で寝起きの悪い野獣が滅星の騒音によって無理矢理叩き起され機嫌を損ねている危機を演出した。
「あ? これ、獣の唸り声か?」
有りもしないエッセンゼーレの存在は軍人達に効果抜群でみんな採掘の手を止めちゃう程に疑惑を抱いている。
「む? どうしたお前ら? ここはエッセンゼーレが生息していない数少ない自然領域だと調べが出ていたはずだが」
やっぱミツクリは事前に下調べを済ましてたらしく冷静に部下を諭してる。
しかしどんな言葉をかけられてもあのいかつい鳴き声の持ち主が気になって手に付かない、調査すべきと疑り深い軍人達は闇の向こうが気になってるご様子。ブラフが効いてる内にミツクリと一対一の状況を作りにいかなくては。
身体を軽く解し、剣を構えた私は一人ずつ剣で気絶させて戦場を駆け回る。
バッタバッタとドミノ倒しで倒れていく同僚を見て戸惑う内にそいつも一緒の体勢に変える。ミツクリとのサシまで残り一人になり最後の軍人に一時的な眠りに誘う一撃を叩き込もうとした時、氷雪の剣は細身の刀によって寸で止められる。
「・・・・・・何者だ?」
ミツクリが臆病者を選定し適合すれば空気ごと灼き尽くす凝視を向けている。
その鋭さに刺された私は蛇に見込まれた蛙の気持ちが体感で理解出来た気がする。それほどまでに軍事組織を統一する一級の軍人の男が放つ敵意は痺れる眼光だった。
「UNdeadに所属する者です。通報を受けて盗掘者の確保を果たしに来ました」
「アンデッド・・・・・・? 君達が相手するのは漂流者を襲うエッセンゼーレではなかったかな?」
窓縁に積もった埃を指で絡め取る様な簡単な仕草で払い除けたミツクリは逆手に持っていた刀を迅速に持ち直す。
困ってる人を助けるのが奉仕なんだから人の尊重を無視して好き勝手する人を止めるのも奉仕でしょうが。
「お前は下がってろ」
ミツクリは簡潔に軍人に命令する。
「え? でも」
「正道では無いとはいえ一人で部隊の半分を壊滅させたんだ。
お前では彼女の足下にも及ばんさ。
ここは俺に任せて撤退の準備でもしてろ」
「・・・・・・了承しました。ミツクリ殿」
へぇ、随分とかっこいい事をするじゃん。
さっきの二人組が崇めるのもちょっと納得出来るかも。
ここに来る前から鎮魂同盟の援助は手配済み。気絶した仲間を引き連れて坑道奥深くから出たところで待ち構える鎮魂同盟によって現行犯逮捕になるだろう。後は親玉を倒し、鎮魂同盟の前まで差し出すだけだ。
まぁ、相手も簡単に捕まるつもりは無くミツクリは構えた刀を撫でて戦闘態勢に入る。
「さぁ、来るといい。この
緊急の別件(2) (終)
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