緊急の別件(3)

 鉱夫達にとっても未知でしかない静謐の最奥で剣の衝突が響く。

 霊獣の神力、腰に付けた明かりと音だけが頼りの暗黒の戦場でスピードを活かした戦い方をする私と違い、均衡を保つ天秤の様に満遍なく戦法、体術を極め、全ての状況において理想の動きが出来る能力を持つ御造はどんな連撃も搦手も跳ね除けてしまう。

 御造の刀に僅かに空洞を照らす鉱石よりも照度を帯びた髪色と同じ蒼電が刀身を覆い、空を斬ると苛烈に焼き殺すお手軽衝撃波として空路を走る。

 身体を傾けて避けると一息つく間も無く御造の追撃が来るからすぐに氷剣で弾き返す。

 でも暫くの撃ち合いに没頭している余裕は無かった。

 背後で避けた筈の蒼電の衝撃波が再燃する音に嫌な予感を感じその場を離れると衝撃波が私のいた地面にぶつかり火花を残して散った。どうやらこの電気は一回限りの消耗品じゃなくて消滅されずに漂えたら時間差で自動的に攻撃するみたいだ。

 御造は新たな衝撃波を作り置き、地を蹴る。

 御造の攻撃の手を補う様に迫る蒼電の衝撃波はまるで僅かに生じた反撃の芽を徹底して潰す援護射撃の様で私は攻勢に転じる事が出来ない。

 御造の刀と衝撃波の毀懐。捌かなければいけない攻めの種類に追いきれず私は隙を晒してしまう。


「隙あり」


『させるかっ!!』


 対応出来ない致命的な一撃は怪物の唸りを思わせる風を引き起こす為に潜んでいたウィンドノートの上昇気流が間一髪で止める。

 自然に溶け込ませた風を纏めあげ具現化するウィンドノートを見た御造はシベリアンハスキーの頭部に戻った相棒を見て、戦闘で一切崩さなかった冷酷さを崩し嫌悪感を示す。


「・・・・・・ 霊獣だと? 君はこんなけだものと一緒に行動してるのか?」


「どんな逆行にも共に抗う誓いを交わした戦友をけだものと呼ばないでください」


 もう他者の声に耳を傾ける余裕も無いらしい。

 御造の顔、口調から好機を阻まれただけでは生じない尋常じゃない怒りが顕現し、やがてその怒りは刀に纏う蒼電にも比例していく。


『何故、そこまで怒っている? 貴様も軍人ならば軽率な感情表現は死に直結すると心得ている筈だろう?』


 ウィンドノートの疑問を無視し御造の語気はどんどん鋭くなっていく。


「失せろ。俺の大事な物を奪った畜生と酷似した面を見るだけで吐き気がする」


 接近すればこっちが危ない肥大する蒼電は広くない空間を埋め尽くすのに秒もかからず坑道全体の揺れは急激に大きくなる。放置すれば内部が崩壊して全員仲良く岩の下だ。


「ちょっと、そのまま力を放出したらこの坑道が壊れて」


『奴に制止の声などもう届かん。すぐにこの場を離れるぞ』


 ウィンドノートへの憎しみが籠った御造の罵声を背に受け、口答えする間もなく私の身体は既に風に浮かびウィンドノートの導きの下、坑道の出口を目指していた。



「あれ? こんな所通った?」


『いや、俺も全く記憶に無い』


 崩落が始まった坑道からの脱出は難航を極めていた。

 鉱夫達の手も届いていない最奥は同じ景色が続き、分岐や角が多すぎてまるで迷宮の様に入り組んでいる細道はウィンドノートでも的確に全貌を見通せない。

 スマホもワープ機能も圏外だし頼れるのは自身の方向感覚なんだけどお互い、既に掻き乱されている。

 新発見の道を行っても正解の確信も持てないし真っ直ぐ行ったり曲がったりしても行き止まりにしか到達しない事による自信の喪失と取り残されたら命を落とす焦燥が私達の中で渦巻き、緊急事態の解決に大事な冷静さが欠けているのが要因の大半を占めている。

 ここまで複雑な構造になってるのは鉱脈を作った男の過去が根強く関係してる。

 貧窮だった自分の村を救おうと男はゴールドラッシュの世界に飛び込み、金を見つけて故郷を救った。

 しかし人生が一変する財産を手に入れた彼の周りには規格外の富のお零れに預かろうと邪な欲しか持たない俗人で溢れかえり男の心にはいつしか警戒を抱えていた。その心情が路頭に迷った様な入り組んだ地形って事だ。

 自分を産んで育んでくれた村や人の為に使いたかった収入が卑しい俗人に消えるのを恐れているのは分かるけど私達、鉱石には興味の無いのでどうか安全に帰して欲しいのですが。


『この坑道に奥深く踏み入った時点で下心所持扱いだと思うぞ』


 ですよねー、あはは。って突っ込んでる場合じゃないよ!!

 このまま押し潰されるなんて私は御免だよ。例え泥臭かろうとも最後の一秒まで生きるのを諦めたくは無い。難局に右往左往して立ち止まるくらいなら一歩でも前に出して歩きたい。

 と意気込んで奔走を続けても一向に出口に近付いた感触が無いまま猶予を数分無駄にした時、ウィンドノートが眼下の小さな存在に気付く。

 少し離れた通路の真正面に混じりっけの無いつぶらな目と純白の毛並みを持つ兎がこちらを不思議そうに観察しているけどどう見ても普通の兎じゃない。

 身体の至るところにタンザナイトが埋め込まれていて星を際立たせる夜空の様に心を鎮める暖かい光を絶えず発して明かりの弱い坑道で目立っている。

 カーバンクルの伝承をなぞらえたこの子はいったいなんなんだろう?

 近付こうとすると兎は小さい鳴き声を残して走って行くが少し距離が離れると立ち止まって振り返る。

 もしかして付いてこいって態度だけで指示してるんだろうけど得体の知れない存在に霊体の行く末を委ねていいのか不安になる。

 でも闇雲に坑道内を駆け回っても生存する道が見つからないなら別の可能性に賭けるしか無い。


「行こう、ウィンドノート」


『あの兎の後を追うのだな。了解した』


 天井、岩壁にもひびが走り坑道の耐久値もいよいよ限界に達しようとしている。

 そんな緊迫した状況でも現実離れした兎は目的地までの時間配分とゆく道に揺るぎない確信を持っているのか慌てること無く私達と付かず離れずの距離を保っている。

 本当にこの状況を打開してくれるのかと期待半分で兎の案内に従って錯綜した道を進んでみるが窮地の私達を何度も悩ませている行き止まりの一つに突き当たる。

 さっきまで突き当たってたのと何の差異も無い行き止まりのはずだが兎が額の宝石を輝かせると進めないはずの壁に光の亀裂が生まれた。

 タンザナイトが持つ深い青よりも淡く水色に近い光に満ちている為、中が見えない空間は部屋の内部を照らす為に圧倒的な明度を求められる生活の明かりと違って入った人を優しく包み込む様に明滅を繰り返している。


「入って、大丈夫なのかな」


『分からん。だが俺達にはどうしようもない痛みを受けている坑道が悲鳴をあげてる以上、選択肢も無いだろう』


 ここまで案内した兎はというと光の傍に立ち、早く入れと言わんばかりにじっとこちらを見ている。

 ぺちゃんこになるのを避ける為にも今は覚悟を決めて光の向こうに飛び込むしかない。

 決意を固めた私達は足に勢いを纏わせて光に身をぶつけた。


 緊急の別件(3) (終)

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