誘いの異香(3)

 身体中を覆った怠いもやが取り払われ、鈍重な目を覚ますとそこは綺麗で豪華絢爛な客室。

 赤と金の家具や絨毯で飾られた世間一般で言う高級ホテルみたいな部屋。

 テレビで謳われる非日常で夢みたいな空間。

 誰もが泊まってみたいと目を輝かせる金持ちのステータス。

 実際、俺も憧れを抱いていて餓死してここに来るまでの生前は沢山勉強して稼げる仕事に就いていつか行きたい場所だと願っていた。

 でも理想が実現されたのに今は全く喜びを実感していない。

 寧ろなんでここにいるのかって疑問とベッドから身体を起こせない不安だけが頭の中で渦巻いている。

 こんな風に至った原因をはっきりさせようと寝ぼけた頭で俺は今日一日の行動を振り返ってみる。


 アーテストタウンに住む俺、ダスカ・マッカレイは街で行われるアーテストタウン在住の十歳以下の子供を対象に毎日行われる集団散歩に今日も参加していた。

 塔みたいにワンフロアが狭く全ての施設を一本で積み重ねたあの人工領域では自由に運動する場所は全く無く、外でしようと思っても一歩塔から出たら危険な自然領域。未熟な子供が大人一人を余裕で殺されるエッセンゼーレに遭遇すれば玩具で遊ぶように蹂躙される。

 幸いにもアーテスト古代都市街道にいるエッセンゼーレは複数の大人でも倒せる相手が多いし、生息数が少ない珍しい自然領域だ。

 その特性を活かしアーテストタウンでは子供達の健全な発育と密閉に近いアーテストタウンに篭もりすぎて身体が鈍ら無いようにと時々の外出を目的に毎日、午後十五時に数人の保護者の引率の下、アーテスト地方を散策する運動と気分転換の催しを開催している。

 エクソスバレーに迷ったばかりの時に助けてくれたUNdead社員に憧れて強くなろうと散歩に欠かさず参加していた俺はアッテム講堂跡で過ごす自由時間中、あいつと鍛えていた。


「ほらほら!! それで強くなりたいとかほざいてるの!?」


 余裕の無い俺と違って澄まし顔を宿し赤いネイルと質素なアクセサリーを着けた指で挑発する姉ちゃんは日本人の華仙かせん 七実ななみ

 女子ボクシングでチャンピオンを勝ち取った経験があり人助けでついつい参入した無法な喧嘩でも負け無しと言う実績がある贅沢な師匠だ。

 アーテスト地方の遙か南方にあるUNdeadペティシア支部に所属する彼女はアーテストタウンに帰郷した稀に散歩に同行してくれ、その度に俺の鍛錬に付き合ってくれる。

 対エッセンゼーレ用に研究所で開発された特殊なナイフと身軽なフットワークだけで圧倒する強さに見初められ、この人に指導してもらいたいと俺は何度も頭を下げて "どんなにキツいトレーニングでも音をあげない" 条件を受け入れる事でようやく弟子にして貰った。


「・・・・・・っつ!! まだまだぁ!!」


 へとへとの身体に鞭を打ち、ちょっとだけ見れる動きになった体術でナナミに飛びかかるがどれも赤いポニーテールを揺らすだけで簡単にいなされどこに筋力を秘めてるのか謎な細腕で受け止められ、身体の弾みだけで吹き飛ばされる。

 今日こそ、今日こそは一撃を入れてやるって執念で再び立ち上がろうとしたが遠くからでも聞こえる鈴の音がそれを中断した。


「おっと、呼鈴ね。今日のお散歩は終わりだって」


 鍛錬が終わるとナナミは俺の目前に屈み優しく頭を撫でる。

 ご褒美感覚で鍛錬が終わると恒例でやってくれるんだ。


「さっき受け止めた蹴り、結構いい線行ってたよ。特訓の成果は上々ってとこ?」


「お世辞はやめてくれよ。あんた、虫を払う様に防御してたじゃん」


 あの蹴り、全力を賭して撃ったのにナナミは平然としてたし・・・・・・

 ちくしょー!! 次は絶対目に物見せてやるからなー!!


「えー、ホントだよ? あたし、嘘付くの苦手だし。てかいつまで寝てんのよ」


 確かにこれ以上、ここにいたら待ってるみんなに申し訳ない。

 ナナミの手を掴み立ち上がろうとしたその時、僅かに鼻腔をくすぐった甘いけど変な香りで異常に気付いた。

 けど気付くのが遅すぎた。


「あれ? ダスカ? ねぇ、ダスカったら!?」


 ナナミの懸命な呼びかけも虚しく俺の身体は抗う間も無く強制的な眠りに堕とされていく。

 瞼が閉じる半ば、ピンクと薄紫が混じったドーム状の香りに覆われたアッテム講堂跡。

 彼女の周りを囲むバレットファントム。

 それが俺の最後の光景となった。



 あれからナナミは、みんなはどうなったんだろうか?

 まともな訓練を積んでいないアーテスト地方の民達はエッセンゼーレの襲撃と言う緊急事態に対応出来たのだろうか?

 今すぐ確認しに行きたいけど身体は粘着されてるみたいにベッドから離れない。

 気味悪い拘束に悶えていると静粛な靴音と共にカンテラの明かりとあの世から迎えに来た天使の様な優しい声が焦る俺に接近して来る。


「あら、目が覚めたのね」


 全ての回想を捲り終えた俺の顔を覗き込んだのは教会で見かける黒い服の修道女。

 頭巾は頭よりも顔を重点的に隠してて緩い波を描いた茶髪が見えてたり片側にスリットの入ったスカートを履いてたりと所々が聖職者っぽくない規律正しい格好じゃないけどそれ以外は想像してる清廉な格好で合ってると思う。

 聖女は安楽を与える穏やかな囁きで俺の様子を尋ねてくる。


「気分はどうかしら? 身体に異常は無い?」

 

「だ、大丈夫です。あのここって?」


「私の教会よ。倒れてたところを偶然見つけちゃって、保護させてもらったの」


 アッテム講堂跡で眠ってた俺を匿ってくれたって事はこの聖女様は俺の命の恩人って訳か。

 念の為に診察すると聖女が俺の肩に軽く触れ特殊な能力か何かで全身を確認し終わるとさっきまでの苦労を疑いたくなる程に上体がスムーズに持ち上がる。

 何故か足だけは解放されてないけど。


「あら、きっと体調が万全じゃないのよ。暫く滞在すると良いわ。もうすぐ夕食が完成する頃なの」


 聖女の勧めで滞在することになった教会は楽園の様だった。

 聖女は作るメシも美味かったし身の回りの世話も献身的にやってくれる慈愛の化身で第二の母と思える様な存在だ。人によってはずっと居たいと思える程に教会は心地のいい住居だったんだ。

 でも、次第に俺はこの教会に不信感が募り始めた。

 客室は聖女が出入りに使う扉以外の通用口や窓は無いし外出の要請は頑なに拒否され食い下がってくる時にはキツい物言い(渋々了承したら優しい抱擁と謝罪もくれたが)もして来る。

 聖女は俺が教会から出るのを阻止したいのか?

 それに就寝前の夜になると廊下から呻き声や獣の狂騒、誰かを思って泣く子供の声が不気味に響き渡りまるで幽霊屋敷にも思えてくる。

 綺麗だった部屋の一部も日が経つ事に所々に欠陥が見えてくるし、このままいたら危険だって本能が訴えていた。

 教会に滞在してからおよそ一週間近く経った昼。


「今日の昼食はリゾットにしてみたわ。口に合うと良いのだけど」


 煮立った米から沸き上がる濃厚なクリームとチーズの誘惑を振り切り俺は思い切ってまた帰宅の意思を聖女に切り出した。

 今度は億さず最終的にはナナミから教えて貰った力で押し通るつもりで。


「あのさ、聖女様。怪我も治ったしそろそろ帰りたいんだ。知り合いの顔も長いこと見てねぇし心配なんだ」

 

 聖女は戸惑い内心、不安を渦巻かせ戦慄した顔で俺の肩を掴む同じ反応を見せた。

 

「何を言ってるの? ダスカ君。外は危険よ? どうして自分から危険に飛び込もうとするの?」


 やっぱり心配してる風を装って俺をここから出したく無いって魂胆らしい。

 下手に刺激しないようまずは聖女の情に訴えかける説得を試す事にした。


「あんたが気遣ってくれてるのは分かっている。面倒を見てくれた事も感謝してるんだ、本当にありがとう。

 けど俺には家族が待ってるんだ。生前と違って血の繋がってない人達だけど帰って来たら暖かく迎え入れてくれる人達だ。あんたにだっているだろ?」


 これだけ優しく諭せば聡明な聖女ならすぐに理解して解放してくれるかと思ったけど予想は複雑に捻じ曲がった。

 聖女は葛藤する素振りも見せずに何がなんでも俺の説得を受け入れない姿勢を固め、献身的だった天使の様な優しい仮面を脱ぎ捨てていた。


「私の家族はダスカ君だけよ。貴方だけが私を認めて生きる意味を与えてくれるの」


 一瞬、ドロドロした執着と歪んだ愛情が混ざった恐ろしい何かが俺の背筋を駆け抜ける。

 ここまで来れば人と偽った怪物とも錯覚する。

 聖女は頭巾で深く隠された顔を更に近付けて矢継ぎ早に狂気が滲み出た優しさ紛いの言葉を投げかける。

 

「ねぇダスカ君、私、貴方に嫌な事をしたかしら? すぐに改善するわ、お詫びだってする、もっと色んな要望も叶えるよ、だからお願い。帰るなんて、私の手元から離れるなんて言わないで」


「外に広がってるのは理不尽な災厄なの、貴方には危険過ぎるわ、だからこそずっとここにいるべきなの。貴方は何も考えずにこの安息の地で夢を見続ければ良いの」


 神に仕える聖女から乖離した闇を纏う悪魔の甘言に聞く価値などない。

 確かに教会の外には様々な危険が蔓延している。エッセンゼーレなんて言う霊体を見境無く襲う災害に近い存在もいれば少数の犯罪に巻き込まれる事だってあるだろう。

 でも "未知" にばかり怯えてたら前進など出来ない。

 自分の力で世界を知り、習得した見聞を活かし憧れを抱いたいつかのUNdead社員と同じ誰かの手助けになれるよう俺は鍛錬に時間を注いできた。

 他人にとやかく言われようと俺はみんなから貰った力で俺の望むままに未知を切り拓くんだ。


「馬鹿にすんのも大概にしろよな。あんたは善意のつもりでやってるのかもしれないが他人の意志を尊重しないで無闇に引き留めるのは過保護だぜ?」


「過保護・・・・・・? 私の慈悲を、拒絶するの?」


「そもそもあんたが俺を引き留めようとすんのは慈悲や優しさじゃなくてお気に入りの玩具を手離したくない様なもんなんだろ? 世話になった身とは言え俺はあんたの従僕にも愛玩動物になるつもりは無い。それでも止めるならよ」


 と拳を握り徹底抗戦を構えた時だった。

 聖女から演じていた敬虔の光がふっと消滅し底の見えない異様な執着を剥き出しにする。


「そう。貴方も私を否定するのね」


 俺が彼女への信頼を失うと同時に夢みたいなホテルの個室は幻となってぼろぼろ崩れていき覆い隠された殺風景で古臭い石だけで出来たみすぼらしい部屋になっていく。


「な、なんだよ!? 急に廃墟みたいな部屋になりやがった!!」


 この部屋、聖女への信仰に応じて変化する幻惑の類がかけられてたのか!?

 いや、それよりも聖女の方に気をかけないと。

 静かな怒りを語気に乗せて、洗練された鳥の羽の装飾付きのレイピアを虚空から出し最悪、俺を殺しかねない行動力を示しながら聖女だった悪魔はじりじり近寄る。

 

「先程の発言を今すぐ撤回しなさい。私もお仕置以上の事はしたくないの」

 

「・・・・・・とうとう本性現しやがったな!! お前の目的はなんだ!?」

 

 悪魔は不気味な笑いと一緒に自分が抱く欲望を恥ずかしげも無く晒していく。

 

「私の理想は唯一つ。子供の笑顔を護ること。子供が私に向けて笑ってくれ、名を呼んでくれ、私の下で安心を抱えながら過ごしてくれる。そうする事で、私は生きる意味を得るの!! 周りの連中から蔑まれず、生きていい許可が下りるのよ!!」

 

 轟く雷鳴の如き悪魔の叫びに呼応する様に周囲から三体の小さな悪魔が影を裂いて形作られていく。

 左眼はバツ、右眼は丸のパンクデザインな顔に身に付けたギター。威嚇代わりに弦を掻き鳴らすあいつらは "パンクデビル" と言って俺も良く知っている。

 けど目の前にいるのが本当に同一存在ならこの光景はおかしいぞ。


「なっ・・・・・・!? お前、なんでエッセンゼーレを従えているんだ!?」


 もう正常じゃない悪魔は俺の疑問に答えるつもりは無いらしい。


「さぁ、私の籠から出ようとする悪い子。ちょっとだけ痛い目を見てもらおうかしら」

 


 無我夢中で部屋から飛び出すと教会内は既に悪魔の仲間であろうエッセンゼーレが手配され俺の行く手を阻んで来る。

 螺旋階段を登り切る途中でもバレットファントムが怨念の炎を乱れ打ち、瓦礫だらけの内部でもそれを苦境と見ずレスラーみたいに肉弾戦で有効活用する砂塗れの軽装を身に付けた鼠の様な獣型エッセンゼーレ、 "薄命殺しの盗人ぬすびと" が俺の命を奪おうと強烈なタックルを仕掛けてくる。

 ナナミ直伝のボクシング式フットワークで躱し、まだ倒すには物足りないけど気絶くらいなら出来る格闘術で生きて帰る為の道を切り開いて行く中、俺は一人の少女を見つける。

 あの子は確か俺と同じ歳でアーテストタウン出身、生前は発展途上国に住んでいたと何かと共通点が多かったから印象に残っている。確か "ぺーシェイ" って言ってた。

 きっとあの子も悪魔の籠に囚われていた被害者の一人で何とかして脱走したのだろう。

 奴に飼い慣らされた薄命殺しの盗人の攻撃を必死に避け続ける彼女に助太刀しようと俺は割って入り鼠みたいな汚らしい造形の顔にパンチを撃ち込む。

 薄い桃色の髪を持つぺーシェイは礼を言いながら吹き抜けを指す。


「ねぇ、出入口みたいなのをさっき見つけたの。あそこから脱出しよ」


 脱走途中の会話で分かったがぺーシェイも頑なに外から出そうとしない言動と幻惑の一部が剥がれた部屋からシスターの異様な執着に勘づき慌てて飛び出したそうだ。

 急な脱走で呆気に取られたお陰でエッセンゼーレの招集が間に合わず暫くは遭遇せずに済んでいたが薄命殺しの盗人が仕掛けた罠で足を転ばされ俺と会った状況になったらしい。

 なんにせよ彼女に大きな怪我が無くて良かった。

 彼女を信じて階段を走ると久しぶりに浴びた天然の陽光が強く差し込み、地上に建てられた主祭壇へ辿り着いた。


「これでお家に・・・・・・」


 長い身廊の先には探し求めた外への出入口。

 でも執着に身を染めたあの悪魔が易々と逃がすはずが無い。

 大量発生したパンクデビルが挟み撃ちの形で俺達の道を塞ぎ、演奏者の命であるはずのギターを鈍器に変えて次々に振り下ろして行く。

 戦闘技術に慣れてないぺーシェイをエスコートしながらギターによって割れていく絨毯越しの石畳を眺め、蹴りを当てようとするが素早さの高いパンクデビルは大胆な動きで躱しながら幼稚な笑いで煽ってくる。

 思わず煽りに乗りそうになるが "激昂" 状態に陥るリスクを思い出し俺は気分を落ち着かせる。もし怒りの歯止めが効かなくなりパンクデビルを倒す事しか考えられなくなれば、ぺーシェイを守る事が出来なくなるからな。

 踏みとどまったは良いものの戦況では最悪の危機が訪れていた。

 一体のパンクデビルが俺ではなくぺーシェイに向けてギターを振り下ろしていたのだ。

 考えるよりも先に身体を飛び出させ咄嗟に庇った俺に避ける暇など無く、頭で直撃を受け止めた。


「駄目でしょ貴方達。子供は丁重に扱いなさいと何度も指導したはずよ」


 天使気取りで優雅に降り立った悪魔は脳震盪の鈍い痛みに必死に耐える俺の下へゆっくりと近付く。


「痛いよね、ダスカ君? 二回も死の苦しみを味わいたくないでしょ? だからね。大人しく私の下に戻って適切な治療をしましょう? そして再び、私に輝く笑顔を見せて私に意味を与えて? 勿論、ぺーシェイちゃんも一緒にね」


「・・・・・・ふざけんな。子供を都合のいい自己肯定の材料としか考えてないお前の隷属になるくらいなら、俺は死んだ方がマシだ」


 息も絶え絶えに必死に絞った声が気に入らなかった悪魔は俺の足下を狙って、鳥のくちばしよりも鋭い風の刺突を床に繰り出す。


「それ以上の侮辱は、本当にお仕置きじゃ済まなくなるわよ?」


 正直、怖いけど悪魔が怒り狂っている今、これはチャンスかもしれない。

 更に怒りを誘発させて悪魔を激昂状態に堕とせば敵と味方の分別も付かなくなるかもな。そこまで持ってけたら出口まで走るだけの時間は確保出来るかもしれない。


「なぁ、ぺーシェイ。お前、走れる体力は残ってるよな? 俺が合図したら動けるようにしといてくれよ」

 

 秘密の打ち合わせを終えると、俺は頭部に貯まった尋常ではない痛みに耐えながら血を吸い込んで重くなった服を持ち上げて分かりやすく悪魔に挑発する。

 

「おい、聖女気取り!! あんたさっきから生きる意味を探してるみたいだけどよぉ・・・・・・

 そんなもん他人から貰うんじゃなくてさ、自分で創るもんじゃねぇのかよ?

 お前は大人なんだろ? もう俺達ガキみたいに自由に経験を積む事は出来なくなったかもしれねぇけどよ。死んだ今の内に子供に依存して周りの物事に関心持たなくなったら、本当に居場所無くすぞ?」


 悪魔の身体が怒りに震えている。

 よし、狙い通りに激昂状態に近付かせた様だ。


「ふざけないでよ・・・・・・ 子供の癖に、子供の癖に。私の苦労も知らずに説教を垂れないでよ!!」

 

 眼前に刺突を放つ事を予測していた俺は射出と同時に顔を軽く傾ける。

 すると鋭い風の一撃は背後で飛んでいたパンクデビルに突き刺さり、影へと還る。

 突然の同胞の消滅に悪魔もパンクデビル達も動揺を隠しきれていない。

 今しか好機は無い。

 俺は急いでぺーシェイの手を握る。

 

「行くぞ!! 走れ!!」


 必死に走る背後で悪魔の荒げた声が教会に響いていた。


「ま、待ちなさい!! 二人共!! くっ、手の空いてるエッセンゼーレを追跡に向かわせなさい!!」

 

 

 それから俺達は大事な家族に会う為に、緊急事態を知らせようと愛しきアーテストタウンを目指して足が棒になるまで走り続けた。

 恥ずかしい話、執拗に追いかけて来る悪魔の刺客から逃げるのに必死で周りの景色は殆ど覚えていない。

 再び記憶がはっきりし始めたのはバレットファントムの炎弾を左腕に受けた時だった。

 

「ぐっ・・・・・・ あっつ」

 

 身を蝕む高温と鳴り止まない恨み辛みが肉を抉る様な痛みを与えてくる。

 でも俺は歯を食いしばりバレットファントムから姿を隠せそうな手頃な鬱蒼とした森の中に隠れた。

 

「ごめん、ダスカ・・・・・・ わたし、もう限界」

 

 泣きそうな顔に不安定な息遣い。

 どこから見てもぺーシェイの身体は疲弊しきっている事が手に取る様に分かる。

 ナナミと鍛えている俺はまだ軽度で済んでるけど素人の彼女にこれ以上付き合わせたら先に疲弊した彼女が捕まってしまうかもしれない。

 でも、このまま放置って訳にも・・・・・・ と悩む前に俺はポケットに入れていたナナミのペンダントを思い出し、そいつを取り出すとぺーシェイにしっかり持たせる。

 

「こいつはお守りだ。エッセンゼーレ除けの効果があるから暫くは気付かれない。

 お前はここで潜めてくれ、大丈夫だ。俺がすぐにアーテストタウンに行って大人達に助けを求めるからさ。それまでここで待っててくれ」


 ぺーシェイの不安を押し切って鬱蒼な森から焼け焦げた平野へ踊り出た俺は上空から捜索するバレットファントムに呼び掛ける。


「おいエッセンゼーレ共!! 俺はここだ!!」

 

 そこから俺の記憶はまた霧に閉ざされて思考と記憶を強制遮断された。

 あれからぺーシェイは生き延びれたのだろうか? 俺の判断が間違いだったせいで苦しい思いをさせて無いだろうか。

 生死の境が朧気な闇の中、聖女の振りした悪魔が反響する言葉だけで俺を手招きしてくる。

 

『ダスカ君。戻って来なさい。貴方に相応しいのは安息の地。現実ここじゃないの』

 

 脳裏に語りかけてくるような悪夢から逃れようと意識が急速にはっきりしてくる。

 まさか教会に引き戻されたのかと思ったけど俺がいたのは医務室のベッドの上。

 ギターの重みを受けた頭と恨みの炎を受けた肩に巻かれた包帯。

 周りには見知った大人達と一緒に心配そうに眺める知らない姉ちゃん達。

 幻惑では無い正真正銘の機械装置といつもの部屋の内装。

 俺の望んだ別の安息の地だった。

 

 誘いの異香(3) (終)

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