誘いの異香(6)
スイちゃんと露店で偶然出会ったあの日から数日が経ちました。
時刻は午後二十三時。
学術書、作って貰った朝ご飯のサンドイッチとトマトスープ、スペアの眼鏡、そして電化製品の露店で買った懐中電灯を確認しこの日の為に準備しておいたリュックに詰め込んだ私、ニコール・アステルはこっそり我儘を実行します。
お昼寝で眠気を消化させてまで誰もが寝静まる夜遅い時間帯を選んだのにもちゃんと理由があります。
今、アーテストタウンは子供の神隠しの二次被害を抑える為、一人は勿論、大人の同伴があっても子供の外出が固く禁じられてます。
なので街の至る所で警備兵の人や町長の部下さんが厳しく監視し、勝手な抜け出しを防いでいるのです。
しかしアーテスト地方にある遺構に興味を持った私は医学研究者だった親から遺伝した好奇心が抑えきれず、エクソスバレーに来てからもほぼ一人暮らし状態の私を止める人はもういないので、警備が少ないこの時間帯にこっそり知識欲を満たす一人旅に出るのです。
「誰も・・・・・・ いないよね?」
玄関扉の隙間からそっと伺うと住宅街になっている二階のアーテストタウンは閑静と作り物の月明かりに満ちていて人の気配は一切感じません。
このフロアはUNdead社が開発した最先端のセキュリティを施しているそうなので事前に調べた通り、見張りの人は少なく自由に探索出来ます。
自分の足音だけが聞こえる二階を巡る中で私は生前の頃を嫌に思い出してしまいました。
私の両親はどちらも医学研究者で大病に寄る苦しみから多くの人々を助けるといった大層な正義感は持っておらず如何に自分の見栄を張るかしか考えていませんでした。
名声だけを追求し続けた両親は家事代行サービスに私を預け、仕事ばかり打ち込みます。
長い時間、共にした家事代行サービスのお兄さんは嫌いではありません。家事だけで無く勉強のお世話もしてくれ仕事の範囲外のはずの入院のお見舞いにも来てくれた彼には寧ろ感謝しています。
ですが私が求めた愛情はこれじゃなかった。
『・・・・・・パパ、今度の土曜日公園にお出かけしたいな』
パソコンのキーボードを打ち込むパパは目を離さないものの明らかに不機嫌な顔をします。
こういうお願いをするといつもする顔です。
『それが俺にとって何の得になる? お前如きが俺の貴重な時間を浪費するな』
ソファで雑誌を読んでいるママにも同じお願いをするとうーんと困って暫く考えた振りをしますが、返事は変わりません。
「ごめんねニコール、その日はママの上司と飲みに行かなきゃいけないの。ママが権威を掴む為の第一歩だから我慢出来るよね?」
こんな感じで自分の研究と出世に関係しない私のお願いは
お金に関しても同様で最低限の生活が送れる環境の製造以外に彼らが私の為に出費する事は殆どありません。
記念日の時でも欲しい物を挙げれば物欲を発散させる名目で理不尽に殴られました。そして常套句の様にパパはこう言います。
『我儘など自分で勝ち取る事の出来ない脆弱な奴が考える甘えだ。
俺と母さんも欲しい物は誰にも頼らず自分の力だけで手に入れたんだ。
俺達と同じ様に聡明に生まれたお前も欲しい物くらい自分で手に入れろクソガキ』
パパは頭を抱えていつも嘆きます。
『・・・・・・あぁっくそっ、これだから神ってのは嫌いなんだ。こんなに手間のかかるクソガキを寄越しやがって』
『本当ね。私達からこんな意志のなさそうな甘えん坊な子供が産まれるなんて。私達ってこんなに我儘だったかしら?』
『仕方ない、次に出生する子に期待するか』
時々、学校で両親から愛を貰った友達の話を聞く度に自分の両親と比較する事もありましたが両親の思い描いた理想の子供になれば私もこんな風に愛情を注いで貰えるのだと信じ、我儘を我慢して良い子に見えるよう努力しました。
そんな過去を乗り越える様に私は下り階段を降り、一階バザール会場に向かいます。
転ばないように慎重に暗い闇の中に足を置き人の気配が無いかやり過ぎなくらい探ってから闇に包まれたバザール会場に降り立ちました。
昼は活気に溢れたバザール会場も夜になれば人の声は一切聞こえません。
狙ってこの時間を選択しましたが、これだけ無音で暗かったらお化けが出そうでちょっと怖いですがどこかで味わった様な闇にも感じました。
・・・・・・あぁ、思い出した。入院していた私が死ぬ前に感じたあの苦しみです。
『急いで空いてる看護師を招集して。後、ご家族にも緊急連絡を』
急な容態の変化で対処に追われるお医者さん達が慌てる中、家事代行のお兄さんが私の手を必死に握り続けています。
私はずっと願っていました。
パパ達の言う通り、我儘を捨て優秀な結果を自分の力で勝ち取ったんです。最期くらいお見舞いという名の愛情が貰えると信じていました。
だから家事代行のお兄さんが携帯でパパ達と連絡を取っている時、期待を膨らませていました。
『・・・・・・はい、はい。少々お待ちください。ニコールさん、今お父さんと繋げますね』
通話機能がテレビ電話モードになりパパとママが映ります。
数日前、授賞式に参加する為に外国へ滞在している二人の背景は立派なホテルの個室になっています。
ここで二人から私を心配する言葉を贈られたら気力が取り戻せたかもしれません。
それだけにあの対応は親からの愛を信じ過ぎていた私の内心に反動を齎しました。
『よう、クソガキ。今死にそうなんだって? 最近勉強頑張ってたし仕方ねぇから少しだけ構ってやるよ』
『残念ね。無事に退院出来たらあなたの悲願だった公園の散歩に連れて行こうと思ってたのに』
『ま、来世では良い生活を送れるといいな。少なくとも俺達の所には帰ってくんじゃねぇぞ』
返って来たのは子供の身を案じる優しい親では無く、不出来な子供が死ぬと聞き清々とした親がにやけながらせめてもの文句を言う隙も与えず強制的に通話を切る非情な現実でした。
その時、私はやっと思い知ったのです。
我儘を受け入れてくれないのは最初から大事な家族として愛して無かったからだと。
家事代行のお兄さんが凄い剣幕で携帯に話していますが私に詳細は分かりません。
既に重く冷たい闇が身体を蝕んでいき私の命を終わらせようとしているのです。
こうしてニコール・アステルは家族からの愛を知らずにこの世を去り、エクソスバレーに漂流しました。
霊体って凄い物です。
我儘を言う度に冷たい拒絶や頬をぶたれた生前の嫌な記憶がトラウマとして精神に染み付いているのですから。
お陰で他人にお願いするのを躊躇するようになってしまいました。
もしスイちゃんと会わなければ勇気を出して要望を言うことも無く、遺言代わりに親にぶつけたかった怒りを爆発させず、夜遅くにこっそり外出をしない良い子のままでいられたのでしょうか。
「おい、そこに誰か、んぐっ!?」
ひぇっ!?
・・・・・・だ、誰もいない。
一瞬、見張りの人に見つかったかと思いましたがバザール会場は変わらず静寂です。
一息置いてから出入口を目指しましょう。
スイちゃん達と一緒に入った記憶を手繰り寄せ、私はアーテストタウンと自然領域を隔てる扉の前に到着します。
エッセンゼーレの撃退効果を持つ懐中電灯が点くのを確認し、いよいよこの扉を開ければ秘密の冒険が始まるのです。
どうですかパパ? あなたはきっと気にも止めないでしょうが不出来な娘は自分の力だけで旅に出る程に強い子になりましたよ。
欲しい物は自分で手に入れろ。
あなたが教えてくれた事を胸に私は好奇心を満たしてきますよ、誰の手も借りずに。
「凄い・・・・・・!! やっぱり現地に来て正解・・・・・・!!」
最初に訪れたアーテスト地方近郊にある遺跡から早速、大発見です。
図鑑の写真よりも迫力があり実物を見ないと気付かない細かな差異まで興味深い事ばかり。
何時間でもいられますが夜が明ける前に目星を付けた残り二件も調べてアーテストタウンに戻らなければ。
駆け足気味に遺跡を巡っては気になった点だけ調べてメモに書き留めたらすぐに出発して次の目的地に着いたら同じ事の繰り返し。
こうして三件の遺跡調査をある程度満足に終えた私は帰りの山道を慎重に降りていきます。
「バレない内に早く帰らなきゃ」
暗く深い足下を懐中電灯で照らそうとしたその時です。
まだ電源を入れてないのに周囲がじんわり明るくなり見知らぬ三つの大きな影が映り込んでいたのです。
恐る恐る背後を振り返ると蝋燭が入ったランプを持った鳥型エッセンゼーレ、 "幻灯のクロウ" が優雅に地上の私を見下していました。
急いで懐中電灯を向けて撃退させようとしても幻灯のクロウは足で持つランプの光で掻き消し、機敏な動きで霊体との格差を思い知らせてきます。
一般霊体と変わらない私に対等に渡り合う能力などあるはずも無くただ後退り必死に懐中電灯を振るだけです。
そろそろ遊びに飽きた一体の幻灯のクロウが低空飛行で舞い、成仏出来ない魂の未練を何でも叶える闇へと案内するランプで私の腕を殴打させると武装を解除させます。
「・・・・・・っっつ」
思わず泣きそうになる痛みに歯を食いしばりエッセンゼーレ達を睨み付けても彼らを怯ませる事など出来ません。
寧ろ今いる三体が私の頭上にカラスっぽい嘴を突き刺し無理矢理にでも闇に引きずり込もうとしているのです。
本で読んだのですがエクソスバレーで命を失っても長い時間をかけて再びこの世界に蘇生されるそうです。ここで死んだ所で次に魂が行き着く地は無いからだそうです。
しかしその代償は極めて大事な物を要求されます。
著者が目の当たりにした実体験に寄ると著者の代わりにエッセンゼーレに刺し貫かれた男の友人は完全に生命活動を終えると霊体は衣服を残し炎天下に置き忘れたアイスの様にドロドロに溶けたそうです。
それから一年後、墓参りに向かった著者はとんでもない光景を目撃します。
命を落としたはずの友人があの日と同じ場所で生まれたままの姿でぼーっと突っ立っていたそうです。
何はともあれ、再び友人に会えた著者は喜びと一緒に向かいますが彼は馴染みある言語や知識以外の全ての記憶を失っていました。
そう。エクソスバレーで蘇るには死ぬまでに築いた思い出と人間関係全てを忘却する必要があるのです。
人との繋がりを絶たれたこの孤独は著者が作った表現を用いて "二度目の命日" とエクソスバレー全域で呼ばれる様になりました。
もうエッセンゼーレに対抗出来ない私もすぐに二度目の命日を迎え、嫌な事ばかりの生前の記憶もスイちゃんに助けて貰った恩も忘れるのでしょう。
これは我儘を言ってみんなを困らせた私に対する報いなのでしょうか。
そう考えると幻灯のクロウが放つ攻撃は自分勝手な私に下された断罪にも見えます。
やっぱり我儘を言う子は悪い子
と判決を受け入れようとした私の目の前で幻灯のクロウ達が一瞬で風の刃で貫かれ、形を無くしていきました。
「あら、子供が真夜中に何をしてるの?」
蝋燭と違うガスの明かりが戸惑う私に近付くと優しい声で話しかけてきました。
顔が全く照らされないので容姿は分かりませんが声質や周囲に漂うフルーツフレーバーの香水を使用している点からして女性の方だと思います。
人見知りだった私ですが何故かこの人になら全てを託しても問題無いと判断した脳が目の前の人物に全てを打ち明けます。
生前に置かれた環境。
持ち前の好奇心に突き動かされアーテストタウンの規則を破って外出している事。
父の言い付けに従って遺跡調査をしていた事。
全てを聞き終えると女性は感慨深く首を振っていました。
「あらあら、可哀想に。何を差し置いても子供に絶え間無く愛を注ぎ続けるのが親の役目なのにね」
「・・・・・・やっぱり、それが普通なんですよね」
暫く考え込む私に女性がこんな提案をしてきました。
「ねぇ、うちの教会に来ない? 私はエクソスバレーで一人になった子供を保護して一緒に生活を営んでるの。
私なら貴方に家族の在り方を教えられるし不自由にはさせないわ。気になる遺跡があるなら護衛として同行するわよ」
それは私にとってまたと無い誘い。
生前で与えられなかった親からの愛を正当に受けられる機会。
エクソスバレーでも孤立した私にとって断るなんて選択肢は無く、甘く
「心持ちは立派ですがその香料をぶら下げてたら台無しですよ?」
女性がランタンを掲げ周囲を警戒すると、闇の中から矢を使ってターゲットを狙う射手の様に音を殺した銀製の剣が女性の腰に突き刺さり何かが砕けた様な音が響きます。
それと同時に私の脳が緊急伝令を発し、女性から私の身体を遠ざけます。
一人でに香料の付いた剣が踊り、私の近くまで飛ぶとその剣は幽霊みたいに突然現れたピーコートの袖に収まりました。
「ふむ、これだけ濃ければウィンドノートさんも感知出来るでしょう」
「貴方、私の救済を邪魔するの?」
「子供を誘拐しようとしてたら誰だって止めると思いますけど?」
UNdeadって確かスイちゃんが所属してた会社・・・・・・ って事はこのコートだけの幽霊さんもエッセンゼーレと戦える力がある人、なんですよね?
「幽霊では無く亡霊ですよお嬢さん。どちらで呼んでいただいても構いませんが」
私の心の中を透かした様な囁き声には顔らしき物は見えないけど不思議と柔らかな笑顔が想像出来ました。
「私の救済を下衆な言葉で例えるとは、いい度胸ね!!」
怒りが止まらない女性はレイピアを取り出すと同時に幻灯のクロウも含めた多数のエッセンゼーレを呼び寄せます。
「さぁ、僕の背中にどうぞ。にしても自作自演の為とは言え躊躇無く
あんなに多くのエッセンゼーレがいるのにコートの幽霊さんは的確に急所を斬り裂いていて、一撃で敵を撃墜させています。
「あんまり私の心証を落とす様な発言は止めてくれない? 私は常に聖女として子供の最後の希望で居続けたいんだから」
「そうやって優しい人間を演じて何人の子供を攫ったんですか?」
最後に飛来した幻灯のクロウを真っ二つにし幽霊さんが向ける剣先は偽りの優しさを脱ぎ捨てた女性に向けられます。
ただならぬ強さを披露する幽霊さんに私を誘拐しようとしていた女性もたじたじです。
「くっ・・・・・・!! ちょっと、野盗共!! 作戦を忘れたの!? 今こそ貴方達の出番の筈でしょ!?」
「野盗? あぁ、そういえば道中で見掛けた男の人ならば」
その言葉の終わりと同時に傍の森から様々な体格を持つ小汚い格好の野盗達がドミノ倒しでなだれ込みました。
ざっと見ただけで数十人はいるこの数を一人で打ちのめした幽霊さんはとんでもない力の持ち主である事をすぐに確信出来ます。
「物騒な武器を持ってるし危険ですよって言っても殴り掛かってきたので前もって鎮圧しておきました」
念の為に設定しておいた備えの策も前持って潰され、これ以上は作戦を実行出来ないと考えた女性は取り繕った優しさが見えない冷たい舌打ちを残しました。
「良いでしょう、今日の所はひきましょう」
ランタンの明かりを落とし完全な闇となった周囲に溜め息を零して、女性は挑発に近い形で話します。
「貴方達UNdeadは慈善活動と称して先程、私の香炉を破壊した際に付着したヴァニタスを使って救済を邪魔するつもりでしょう?
来なさい。この "サリッサ・アマス" の目の前に二度と立たないように調教してあげます」
そしてサリッサさんは人間の形を崩して木々の葉をたなびかせる風と同化してその場を去りました。
「やはり幻影を使ってましたか。大事な保護でも遠隔操作で実行する辺り相当、用心深いですね」
「あの・・・・・・ 助けて頂きありがとうござい、ます」
「お礼は必要ありません。進展に踏み込める証拠を手に入ったので」
幽霊さんは剣先に付いた視認できる程、濃い危険な香りを見せてきます。
「ですが、もし身勝手な外出に罪悪感が芽生えたのなら一緒にアーテストタウンに戻りましょう。それと今夜の思い出は二人だけの秘密って事で」
幽霊さんはこんな夜中に一人でいる私に対して深く追求する様子は無く、アーテストタウンに戻るまでの護衛も受けてくれました。
「あ、あの、私の事は聞かなくていいんですか?」
「事情は何となく察しております。子供の時って秘密の大冒険とかしたくなりますよね」
振り返った顔の無いコートはニコリと微笑んだ気がしました。
「僕もそう言う経験あるので」
誘いの異香(6) (終)
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