獣人の楽園(3)
ワープに付随する一瞬の浮遊が終わると紺青の竹林に囲まれた巨大な湖が姿を現す。
月光が水面を反射し巨大な真珠を沈めたに透き通った白熱の湖は美しくて
この湖の底にはエッセンゼーレが潜む地底湖が存在しており月の満ち欠けの様に日によって変わる干潮から地上に侵攻する。
本来なら四臣の一人である
巨大な石造りによる重厚な装いと大砲、電磁波の重装備で歪な侵略者を迎え撃つ畔の砦では負傷した兵士達が治療台に向かない固い床の上で寝そべり治療の施しを受けている。
「なんで、人間がここに・・・・・・?」
長年、人間のいない環境に身を置いた過去とサメノキ地方の方針に密接に関与している人間に見慣れていない兵士達は調子を伺いながら砦に入った私に対し警戒心を剥き出しながら困惑していたけど前に出たウィンドノートが堂々と真っ向から一喝した。
『我々はキリノハ シュウイチが代表を務めるUNdead所属の社員だ。統主の要請に応じ、助太刀に参った』
同時にポジティブな感情をそよ風に載せて行き渡らせ治癒を促進させる。
ふかふかの毛布に包まれた様な心の奥からじんわりと伝導する熱を浴び兵士達の表情は痛みの束縛から解放された温和に切り替わる。
「あぁ・・・・・・ さっき統主から連絡があったな。薄氷の様な少女と風の霊獣の手助けを疑心を持たずに受け入れろって」
もしかしたら連絡がまだ届いてないかもと清華さんは懸念していたけど間に合っていたらしい。
多少の緊張がほぐれたのを確認し助けに来た自分達まで危機に陥らないようウィンドノートは大まかな情報を手短に聞き出そうとする。
『戦況はどうなっている?』
「奴らの攻勢を落とそうと根源を断ちに行った碧櫓様と
『大まかな場所を覚えているか?』
「人間が好んで飲むペットボトル飲料を大量に保管した倉庫群だ。巨大な浅瀬に浮かんでいる場所は一つしか無いからすぐに分かる、と思う。
今日の干潮は東南東だ。武運を祈る」
『状況共有、感謝する。行くぞキタザト』
「あぁ、あと少し伝えないと行けない事が。
中に潜む形骸はいつにも増して凶暴だ。戦う時にはより一層注意してくれ」
地底湖は一足先に鎮伏に向かった四臣の二人だけで無く全域で緊迫した状況になっているらしい。これはより早く救援に向かなければ。
鉱山の昇降機をリノベーションした装置で砦の最下層に降りると新品の鏡みたいな湖面が目前に迫る。
言われた東南東の方角には他の水位よりも低くなってぽっかり空いた虚無が静かに佇んでいて一抹の不安が残る階段だけが唯一、地底湖へ誘う手段になっていた。
地獄への入口?
ホラー映画の参考資料になった危険な地域に繋がるトンネル?
いや、それだと重すぎるから怖がりの人から見たお化け屋敷の入口とかだろうか。
ピタリと当てはまる形容の言葉が見つからないけど地底湖へ続く穴は精神に貯蓄されている全ての勇気を振り絞らないと踏み入ろうとする足が拒絶する恐怖で守られていた。
「・・・・・・よし。行こう」
覚悟を決めて足を乗せる度に小さく揺れるスチール製の階段を降りること体感十分。安定した湿りの岩盤に着地すると結晶の光と今にも消え入りそうな照明によって月光に覆われた湖の地下が明らかになる。
吸吞湖月の地底湖は廃棄された煤まみれの工業地帯。
錆と同棲する鉄柵、老朽化の進んだ機械、千切れ項垂れる電線、水滴滴る鉱石に侵食され化学成分と油の僅かな臭いが混じった街並みの中には建設途中の工場も点在していた。
純粋な水流と舞う薄い埃。清潔と不衛生が相反する街並みの中には住民気取りのエッセンゼーレが人の営みを真似するように住み着いていて幾度も私達を妨害する。
これには私の苛立ちも募っていく。
「人が急いでる時に・・・・・・」
水を浴びても錆る事の無い魚人タイプのメッキのボディに銀の槍がトレードマーク。連携を組み怒涛の波状攻撃で地上を征服しようと砦の精鋭達と敵対した物質型エッセンゼーレ "マーマンマシン"
赤黒いフードを浮遊させ、暗黒に包んだ長袖から血に塗れた怨念を銃弾の様に放出するバレットファントムの別種 "ブラッドガンナー"
姿形、習性はハリネズミのそれだけど大量の火薬を含有していて外敵に出くわすと背中の針を弾き飛ばし閃光手榴弾並の光量を発する物質型エッセンゼーレ "発破のチェグル"
水辺から急に飛び出しトルマリンの触手に帯電した一撃を喰らわせようとする物質型エッセンゼーレ "スピニング・メデューズ"
機械、不特定型、鉱石に身を包んでいる者。
霊体よりも生の鼓動を感じられない奴らが多いエッセンゼーレ達はいずれも力を温存しながら対処出来たので脅威はそこまで高くないがあの兵士が教えてくれた通りいつもより本能を抑えきれず凶暴性が沸き立つエッセンゼーレはスピードもパワーも桁違いで押し寄せる数も半端じゃない。ここまで勢い付けるのは四臣の二人と戦っている指導者が優れた実力とカリスマを身に付けているからだろう。お陰様で廃れた街並みの探索は全く進んでいない。
『まだ出てくるか。貴様らの駄々に付き合える時間など俺達には残ってないというのに』
あまりの敵の多さに普段より増量したサポートを続けるウィンドノートも舌打ちを残して呆れている。強引に突破しようにも前進の道も退路も高いコンクリ壁の様な硬い陣形で防がれて容易に乗り越えるのは不可だ。
また別の個体を掃討しても間髪入れず別のスクラップの山から新たなマーマンマシンが奇襲してくる。
一時的な安全確保の為、私は生存本能と戦闘訓練で培った反射に従い槍の雨を躱した後、従業員の行きつけになっていたであろう定食屋の窓ガラスを割って中に避難した。
『先程、濃度の高い水の匂いを感知した。恐らく倉庫群が近くにあるのだろう』
それは良い事を聞いた。
近くに目的地があるのならこれ以上雑魚に力を振るう必要は無い。今いる群れを欺いたらダッシュで直行しよう。
少し乱れた呼吸を落ち着かせ足下を見ると呑気にお昼寝している発破のチェグルが一匹。
一時的に姿をくらませた事でエッセンゼーレ達は周囲をキョロキョロ警戒するプチ怠慢状態。不意打ちに持ってこいの好況だ。
折角整った舞台が変化する前に思い付いた作戦を実現出来るか相棒の方を見る。
「こいつをさ、あいつらの目の前で起きるように運搬する事って出来る?」
『なるほど。完璧に遂行してみせよう』
ウィンドノートは心地好い眠りを阻害しない散り積もった紅葉の様な柔らかな感触の風で発破のチェグルを支えると迅速かつ非振動の絶妙な調整で夢の中にいるハリネズミ鉱石をエッセンゼーレ達に接近させる。
私が顔を伏せたのを確認し敷いていた風を霧散させると発破のチェグルは宙に浮いた自分の身体に違和感を感じ目を開ける。すると外敵が自分の周囲を囲む夢であって欲しい地獄の光景に意識がはっきりした怯えまくりの発破のチェグルは早業で背中に装填していた岩の棘に光エネルギーを収集して飛ばす。
コーン付きアイスと同じ太さの棘に詰まった閃光が零れると周囲を真っ白に塗り替えエッセンゼーレ達に数秒の強力な目眩を煩わせる。
偶然の産物から思い付いた作戦は見事に成功した。
物理的な多量の光を浴び正常に状況を視認出来ない今、私達が戦わずしてエッセンゼーレの包囲から離れられる唯一の機会が生まれた。
『今だ!! 撤退するぞ!!』
ウィンドノートの先導に続き、私は所々に水溜まりが残る憩いの場を抜け出した。
全方位確認。追跡中のエッセンゼーレ無し。
ウィンドノートと共に警戒しながら洞窟に覆われた鋼鉄の細い通路を抜けると踏み抜きにくいレザーブーツの感触に違和感を感じる。
今までの地底湖の地面は濡れていたり大小異なる水溜まりが点在する程度だったけどこの辺りは足首まで溜まっていて感じる冷たさも動きにくさも比にならないレベルの冠水だ。
水の上に並んだ真四角の小さな建物に私が現世で飲んでいたスポーツドリンクや缶コーヒーなどの飲料の箱が形を保ったまま浮いてたり傍に積み上がる不思議な空間こそ兵士が言ってた倉庫群だろう。
透き通る浅瀬が広がる更に向こう。私の予想に環境が無言で正解だと告げる様に他の倉庫よりも大量の商品を積んでそうなメインの大倉庫の前に二つの人影がある。
一人は特殊な意匠を施した巨大な剣を水面に突き立てる大男、碧櫓さんだろう。百九十越えの体躯を誇り全身に筋肉と隙のない紺の軍服を纏い小心者を屈服させる威圧と融通の効かなそうな堅苦しさの印象を持つ彼は、蛇の様につり上がった細目で目の前の敵を睨んでいた。
「あれだけの猛攻を受けながらも未だに平静に振る舞えるとは・・・・・・
他の手立ては無いか、白波」
「いえ、持てる策も援軍もこれ以上は・・・・・・」
隣の淑女、白波さんは同行させている青白い人魂っぽい子と首を横に振る。
ウミネコが人間に転生した様な姿を持つ女性は品行方正な武人らしく鞘にしまった黒い刀を携え落ち着いた雰囲気と微かな大人の色気を両立した着物を着用している。
二人共、大怪我はしていないけど何らかの理不尽が施された外殻に対抗する手段が思い浮かばずエッセンゼーレと戦う際に大事な抗う心持ちが少し折れかけている。
このまま再戦に突入すれば国で実力がある四臣でも危険に晒されてしまう。急いで合流しなければ。
「遅れて申し訳ありません。UNdead、ただいま到着しました」
二人に呼び掛けると案の定、定められた秩序の例外を認めないであろう碧櫓さんから厳しい追及を受ける。
「・・・・・・貴様、人間か? 獣人では無い者が何故サメノキ地方にいる?」
こ・・・・・・ 怖い!!
清華さん程じゃないけど真面目な装いの人間が放つヤの付く人と同じくらいの威圧感、ギャップが激し過ぎてマジ怖い!!
『貴殿は不服かもしれんが俺達は統主の正式な依頼を通してこの場にいる。後に追加の援軍と共に清華殿からの
ウィンドノートがそう跳ね返しても守り続けたルールから外れた統主からの緊急指令に納得しかねる碧櫓さんは固い頭を抱えて深刻に悩み始める。
「統主は血迷われたのか? どこの馬の骨とも知れぬ人間と霊獣に助けを求めるなど・・・・・・」
「碧櫓様、善意で窮地に赴いて戴いた勇敢な方を格式ある伝統で拒むべきでは無いかと。今はそちらの人間様に助力を求めるべきです。
・・・・・・形骸が再び攻撃を開始します」
白波さんの注意で剣を呼び出しながら前を見据える。
そこにはサファイアで出来た巨大な貴婦人。
地底湖に潜むエッセンゼーレ達を強化し兵士達と四臣二人を追い込んだ親玉が全身と同じ青い扇を扇いで次に自分を楽しませてくれる行動を待ちながら悠然と倉庫前を陣取っていた。
獣人の楽園(3) (終)
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