獣人の楽園(2)

 統主との初対面を終えた後、私達は賓客をもてなす際に利用される庭園に招待された。

 小規模のサッカーコート並にある庭園には見ただけで水質の良さが分かる清い水流が張り巡らされていて至る所に川の上を渡す石橋や絶えず満開に咲く桜、子気味良い音を刻む鹿威しなどがある。

 どの装飾もサメノキ地方の特色である終わらない夜と淡く存在し続ける満月とぴったり合うように配置されてて高級料亭や由緒正しき名家でしか見られないで美しいお庭を造り上げている。

 そして私の目の前にあるガーデンテーブルにはシュークリーム、エクレア、マカロン、更に豊富な種類のケーキまで載った大きなケーキスタンド。

 お茶でも飲みながら話しましょうって言うから軽い物を考えてたのに蓋を開けて見ればこの豪華さ。

 卓上のお菓子はどれも芸術品みたいに精巧に作られてて専属の職人の技が光る高級品の数々が上品で甘美な色香を漂わせている。

 死んでから本場のアフタヌーンティーを味わえるなんて誰が想像出来るだろうか。


「遠慮せずお召し上がりください。UNdeadが提供する食事にも劣らない品質を保証します」


 角砂糖一つを淑やかに底に沈めくるくる溶かした紅茶を静かに啜りながらサメノキ地方の人工領域、栄遠の銀峰の統主である清華さんがそう仰った。

 本人は善意で薦めてるはずなんだろうけど幼い容姿に似合わない冷淡さがあってちょっと怖い。


『キタザトも食ってみろ。こいつは菓子の概念を変える一級品だぞ』


「え、いや、うん。自分のタイミングで食べる」


 さっき従者さんに切り分けて貰ったガトーショコラを頬張りウィンドノートが薦めるけど私が食べるのを躊躇し小刻みにストレートの紅茶を口に運ぶ事しか出来なかったのにはたった一つの原因があった。

 どう食べればいいのかが分からない。

 こういう品性が重要視される格式ある場所には食べる順番、姿勢にもマナーがあってもおかしくないんだから軽はずみな行動を取ってUNdeadの印象を悪くしたくない。

 決して静かな怒りが苦手だから清華さんを怒らせて怖い目に遭いたくないからじゃない。

 かと言って調べようにも食事中にスマホは開けないしどうするべきか。


「もしかして和菓子の方が好みでしたか? でしたら従者に用意させますが」


「ち、違います!! 洋菓子も大好物です!! よ、良ければ統主様のオススメを教えて貰えればなー なんて」


「私のオススメですか? でしたらこちらのベリータルトはいかがでしょう。甘みと酸味のバランスが絶妙で気に入っている一品です」


 あぁ、この数種類のベリーがナパージュで艶々してる赤紫の奴ね。

 早速、従者さんに切り分けて貰って食べるとベリーと間に挟まれたクリームの対比が私好みの甘さを作ってて気を緩めると子供みたいにわんぱくに食べ進めるところだった。

 清華さん、純真な子供みたいな外見だけど顔の表情と声の抑揚が全然変わらないから今の気分が全く読めない。フェリさんと良く似た怖さがあるんだよな。


「北里 翠さん」


「は、はい!?」


 も、もしかして清華さんに怯えてるって顔に出てた!?

 それとも内心を読む能力を持ってて私の心を見透かされたのか!?

 安堵状態を鋭く刺した呼び声に動揺した私に清華さんは真意が掴めない凛とした大きな目を向ける。


「まずはメデルセ鉱脈を悪しき者からお守り戴きありがとうございます。栄遠の銀峰を代表してお礼を述べさせてください」


「あっ、はは・・・・・・ 特別な事はしてませんよ」


 これは謙遜じゃないよ。

 自分の中で正しいと思った事を選択して行動に移したんだからほんとにそう思ってるだけです。

 決して清華さんが怖い訳じゃない、断じて。


『疑問に思っていたのだがこの世界は人をよく思わない民を護る為に他の地方とはほぼ隔離してるのだろう? 何故俺達の存在を知る事が出来た?』


 私と違ってどんな相手にも臆せず話せるウィンドノートはやっぱ凄いなぁ・・・・・・

 なんて考える傍で清華さんによるサメノキ地方の説明が始まった。


「サメノキ地方は人の皆様が電車と駅を使って気軽に移動するように様々な場所に私自らが認めた者しか使用を許可されない極秘のポータルを設置しエクソスバレーの各地に赴ける環境を整えています。メデルセ鉱脈にあるのも二十四ある内の一つです。

 そして統主である私にはそれら全ての全容を監視出来る自由と管理しなければならない責務があります」


 一息置いてから清華さんはゆっくりと口を開く。

 外部から強い衝撃(今回の場合は御造の暴走によるメデルセ鉱脈の震盪)が起きればサメノキ地方側にあるポータル周辺にもその影響が顕著に現れる。

 瞬間のブザーで速報を掴んだ清華さんは至宝である市民が危険に晒されるか調査する為、内外の様子を遠隔で監視し場合によっては直接対処するか決断している。

 共愛願う思想全域での地震は栄遠の銀峰から離れていたので何の影響も与えず要因の御造が崩壊した岩に押し潰されようが自業自得なので本来ならば関与するつもりは無かったそうだが奴と戦いサメノキ地方を守った私達の様子を見てこのまま巻き込むのは恩義を裏切る行為に値する事から緊急で保護した。

 これが崩壊寸前のメデルセ鉱脈に取り残された私達を間一髪で救った経緯だった。


「仕事から戻ったらいきなりご主人にメデルセ鉱脈で人探ししてって言われた時はびっくりしたね〜」


「手間をかけさせましたね。猶予も少なく動けるのが貴方しかいなかったので」


 清流の様に透き通った紅茶のおかわりを用意する従者さんを待ってると華を浮かばせる水面の様に静謐な時間が流れる。

 ふんだんに突き抜ける茶葉の香りの中、ウィンドノートが小首を傾げる。


『しかしいくら恩義があるとはいえ考えなく人間を招き入れて良かったのか? 俺達が行儀良くいるとは限らないというのに』


「あまり私を見誤らない方が良いですよ。仮に邪な企みを持っていても私や雪菜、優秀な四臣ししんが迅速に無力化します」


 彼女の顔は一滴の水滴すら流れていない氷の様に変動していなかったが混ざった殺気から先程の言葉が本気であることが察知出来た。

 でも牽制の敵対心はほんの一瞬でそれにと付け加えて否定すると口調に若干の柔和が見受けられた。


「桐葉 透一さんが認めた社員ならそんな事はしないと断言出来ますから」


『余程、キリノハ殿を信頼してるのだな』


「彼ほど実績と経験を持ち誠実な方は存じ上げません。それに娘が世話になってますので」


「え? む、娘!?」


 幼い容姿の清華さんから飛び出た "娘" というワードに思わず驚きを露呈させてしまう。

 発言後に思い返したけどエクソスバレーに漂流した魂は全盛期の年齢(私の場合はフィギュアで三位に入賞した十五歳だった)に沿った姿で形成されるから没後までに子を設けていてもなんらおかしく無いのに今のは軽率な対応だった。

 今度こそ機嫌を損ねたかもと必死に謝り倒していても清華さんは一向に顔色を変えておらず全く気にしない様子で茶菓子を一摘みする。


「お気にならさず。子供みたいな見た目をしている者が四児の母だなんて誰も想像出来ないでしょうし私自身も母親らしい示しも愛情も見せていないと自認してますから」


 そう卑下する少女の顔は統主として揺るがずに保ち続けなければならない厳格な鉄仮面を形成しておらず誇らしさと寂しさが共存する母の慈しみが現れていた。

 メッセージや電話などで近況は聞いていると仰っていたが成長と息災を知る為にもやっぱり直接会って聞きたいはずだけど統主として威厳ある大人としてそんな甘えを晒す訳にはいかない清華さんはぐっと堪えようと紅茶と一緒に呑み込んでしまう。

 気付けば用意されたお茶もお菓子も少なくなりお茶会をお開きにしようとした時、どこからともなく伝令兵が報告しに参上した。


「統主。四臣が一人、碧櫓へきろ様よりご報告が」


 狩りを行う猛禽類の様に鋭い眼光を持つ伝令兵の男性から渡された偵察結果をまとめた書状を開くと清華さんは素早く決断を下した。


「雪菜、今すぐ援軍の手配を」


「はっ」


 切り替わった声で命令を受諾した雪菜さんと従者さんは颯爽と急務に取り掛かる。

 清華さんは客人を巻き込まないようこっちだけで迅速に解決出来ると宥めたり今日手配した民宿や明日の送迎の説明を始めたりして徹底的に情報を伏せようとしているが私達は霊体の奉仕を中心に活動する会社、UNdeadの社員。目の前に困ってる人がいるのに見て見ぬふりなんて出来るはず無い。


『随分、慌しくなったな。俺達に手伝える事はあるか?』


「これは私達、栄遠の銀峰が解決しなければならない問題です。お二人の手を煩わせる訳には」


 余程、重い事態なのか清華さんはなんとしてでも遠ざけようと焦っている。

 ここは清華さんの意思や責任感を尊重しつつも少しだけ彼女の重荷を下ろせる手伝いを申し出よう。


「無理にとは言いません。

 ですが私達は桐葉 透一が立ち上げたUNdeadの社員。困難に直面し迷っている人を見て見ぬふりは出来ないんです。

 簡単な雑事でも構いません。どうか私達に気が楽になるお手伝いをさせていただけませんか?」


 何かを思い出したような清華さんは思考に耽る為に唸り始めた。

 葛藤の呟きの中にはメデルセ鉱脈で見た私達の戦い、私達の長所や能力、どのように配置すれば最大限の効果を発揮出来るか等の論理的に考えた結果が入っていて数十秒の沈黙の後、反応が発せられた。


「・・・・・・ ふふっ」


「えっ、なんで笑うんですか!?」


「すみません、桐葉 透一さんとの過去と貴方達を照らし合わせてしまって。

 その根っからの人助け精神で理解しました。貴方達は彼の下に集う運命だったのだなと」


 救助を申請する事にした清華さんは服装と同じ純白のケースをはめたスマホを取り出す。

 栄遠の銀峰に住む多くの獣人達は生前を技術とは縁遠い動物として過ごしていた為、複雑な機械を扱える人は数える程しかいないが清華さんは元飼い猫とは思えない流麗な手付きで私のアカウントを友達登録し必要な情報を送付した。


「今、位置情報を共有しました。

 どれだけ未知数の危険が秘められているのか不明です。

 くれぐれも身の安全を確保するように」


 獣人の楽園(2) (終)

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