研修期間(1)

 最初にエマさんに連れてこられた場所は赤と紫の薔薇で彩られた二階建てのブティック "ロージア"

 大人向けの商品やブランド物のスーツなどを多く取り揃えた男女問わない大人気のチェーン店でテツカシティにあるのは本店だそう。

 上品なライトで照らされたシックな店内は商品の一例コーディネートを着ているモデルの宣材写真が壁一面に並んでおり配列が分かりやすい仕組みになっていて、店員と思われる魂やマスコットみたいに愛嬌あるゴーストが忙しそうに働いていた。


「まずはUNdead入社記念って事で、もう何着か服を買っとかないとね!!」


 そういえばここに来るまでに荷物を確認したけど財布、スマホ、バイトで使う道具が入った鞄は消失して事故当時に着ていた私服しか持っていない。

 身の回りのお世話をしてくれるゴーストに洗濯をお願いするとなったら一着だけでやり繰りするのは厳しい。

 もう二、三着は持っておきたいけどこの世界のお金なんて持ってない。買い物はどうすれば良いんだろ?


「費用は全部、経費で落ちるから普段着も寝間着も購入してね。特に毎日洗濯してもらう下着類は多めに買っといた方がいいよ」


 太っ腹な会社に驚嘆しながらも感謝した私は直感で惹かれた適当な服を持って試着室に入る。

 現世では見なかったボタンやベルトの締め方に苦戦し多少の時間はかけちゃったけど着替え終えた私は恐る恐るカーテンを開きエマさんに披露した。


「どうでしょう、変じゃないですか・・・・・・?」


 着てみたのは雪の結晶をイメージしたシースルーの七分袖ブラウスと白いキャミソールを合わせた清涼風衣装。

 前から挑戦してみたかった程よい露出の服をこの機会に思い切って着てみたのだ。

 死ぬ前から鍛え続けたし余計な肉は付いてない・・・・・・はず。

 特にお気に入りなのは腰回りの布。動く度にひらひらと優雅に舞う姿はフィギュアスケートでスピンした時の躍動感を想起させる。

 もうスケートは滑れないかもしれないが昔の思い出をすぐに思い直せるポイントが欲しかったのだ。


「うんうん。凄く似合ってるよ!! ほっそりだけどしっかり筋肉がついてるスイちゃんの腕が薄っすらと見えるのもまたいいね。あ、そうだ。そのファッションに似合いそうなブレスレットが・・・・・・」


 エマさんがアクセサリーコーナーから持ってきたのはパステルピンクや肌に近い白色の模造石が控えめに輝くブレスレット。

 普段はトレーニングの阻害にならないようヘアピン以外のアクセサリーを付けないがこのブレスレットは手首に通すと装着しているのを忘れてしまう軽さがあって現時刻の確認や登録地点のワープも出来る優れた実用性を会社で追加できる点、何より心を落ち着かせる色遣いが気に入った。


「ワンポイントで明るい色を入れるのも良いと思ったんだ〜 どうかな? お気に召した?」


「はい。これに決めます」


「よーし、じゃあお会計しよっか。すいませーん!! これくださーい!!」



 UNdead専用のクレジットカードで支払いを済ませ、次に向かった場所は大通りから外れた隠れ家的カフェ。

 まだ昼前だと言うのに店内やテラス席は既に半分の席が埋まっていた。


「ここのランチは見た目も綺麗で美味しくて、更に栄養バランスもしっかり考えられた人気店だよ。 後もう少し遅かったら長蛇の列に巻き込まれてたね!!」

 

 店員のゴーストにお洒落なガーデンパラソルが差す白いテラス席まで案内してもらいエマさんオススメの日替わりランチ(ドリンク付き)を二人分頼む。

 私は砂糖入りの紅茶、エマさんはパイナップルジュースを食後に運んでもらう詳細を承認した後、ゴーストは厨房に戻って行く。

 吹き抜ける風の中、エマさんが頬杖を突いて私を見据える。

 

「スイちゃんは生前、どんな人生送ってたの?」


 エマさんの雑談のきっかけはすっかり忘れかけた現実を呼び起こした。

 エクソスバレーは死後の世界だからここにいる人達、みんな死んでるんだよね。

 って事はエマさんも・・・・・・ と先に質問に答えなきゃ。

 

「えっと、学生ですね。バイトの帰り道に轢き逃げに遭いまして・・・・・・」

 

「はぁぁぁ〜!?!?!?  事故を起こした癖に被害者を気にかけずにその場を走り去るとか無責任にも程があるでしょ!!」

 

 勢いよく怒鳴ったエマさんの声はカフェ中を震撼させ目を丸くした他のお客さんから注目を集めてしまう。

 わ、私の為に怒ってくれるのは嬉しいけど取り敢えずこの悪目立ちに収拾をつけなきゃ。てな訳でエマさんと一緒に平謝りしこの場をなんとか乗り切ると、席に着いたエマさんが頭を抱えて悔恨の情に呑まれていた。


「ごめん。スイちゃんみたいな良い子がそんな身勝手な犯罪に巻き込まれたのが許せなくて・・・・・・ つい怒りを」


「いえ、よく考えたら青信号だからって周りも確認せずに進んだ私も悪いですから。今まで上手く行き過ぎたから不運が怒ったのかもしれませんね」


「不運ってどゆこと?」


 不運に疑問を示したエマさんに過去の実例を挙げて説明した。


「私、生まれてから事ある毎に不運が発動するんです。小さい頃は踊り場の床を磨いていたワックスが乾ききって無かったのか滑って階段から転落しかけたり、ランニング中に水やりしてた女の人が手を滑らせて落としたジョウロが真上に落ちた事。後、カラオケ店のキッチンから起きた火事現場に遭遇した事もあります」


「よ、よく生きてたね・・・・・・」


 不運と言っても命に関わる事態は階段と火事現場だけで、それに比べたら残りは命を脅かす危険は無いからなぁ。

 私的には多すぎる反動があったから二度目の死を迎えなかった幸運を拾えたと捉えてるし。


「ちなみにエマさんのお話を伺っても?」


「あたし?  あたしはドイツ出身の絵描きだよ。粗方のジャンルは得意だし町長に頼まれて路地の壁にグラフィティ描いたこともあるよ」


 ストリートアーティストっぽい風貌から美術関連の仕事をやってそうだと思っていたけどオールジャンル行けるタイプか。多彩な方なんだなぁ

 ん? 待てよ? ドイツの絵描き? エマ・クレイストン? え? も、もしかして!?


「あ、あの。エマさんが描いた作品の中に "聖なる灯火" って絵画あります?」


「お〜、そういえばそんなの描いた事あるね。聖職者さんに教会の象徴になりそうな作品をってお願いされて描いたっけ。懐かしいなぁ」


 なにせ百六十二年も前の事だからなぁと懐かしむエマさん。

 やはり私の予想は正しかったらしくエマ・クレイストンは歴史の教科書に作品と共に載っていた稀代の画家と呼ぶべき偉人だった。

 彼女の代表作の一つになっている "聖なる灯火" はドイツの農村にある教会に飾られた長方形の絵画でこの作品を一目見ようと多くの観光客を呼び寄せ、農村を一大観光地にまで発展させた名作でもある。教科書の写真で見た時は火(希望)が灯った中央の蝋燭に左右の信者が祈る構図になっててどこと無く神秘的だった印象があったな。

 料理を待つ間にと常備しているであろうメモと鉛筆を徐ろに取り出したエマさんは、手元の紙に目を落とさず私の顔を観察しながら手際良く鉛筆で撫でていく。


「はい、今日仲良くなった記念。名刺がわりの絵描き流の挨拶、受け取って欲しいな」


 メモから破り取られた一枚の紙には鉛筆一本で短時間で描いたとは思えない顔立ち、特徴を踏まえたアニメ調の私の似顔絵が描かれている。

 芸術が全く分からない素人丸出しで申し訳ないが私からはただ綺麗で上手いの一言しか思い付かない。


「最近のエッセンゼーレはこういうポップな絵が流行ってるみたいでさ。スイちゃんの友達もこういうのが好きな子いる?」


「うーん・・・・・・ 好きかどうかは分かりませんが友達が読んでた本の絵はこんな感じでした」


 言われてみればこの似顔絵、ライトノベル好きの友達が読んでた表紙絵と少し雰囲気が似ている。目は輝きが散らばって宝石みたいだしマスコットみたいな可愛さも共存している。題材が自分の顔になっている絵は少し恥ずかしくて素直に受け取りにくいが、別人を映した様なこの絵ならぜひ額縁に納めて飾りたい。


「ありがとうございます、エマさん。会社に戻ったら早速飾らせて貰いますね」


 エマさんの絵描きとしての実力の片鱗を垣間見た所で食欲を唆るスパイシーな香りが濃くなっていく。


「お待たせ致しました。こちら、日替わりランチでございます」


 テーブルに並べられた瑞々しいトマトのサラダ、黄金色に輝くオニオンスープ、そして本日のメインである目玉焼き乗せキーマカレーは付け合わせのグリル野菜も乗っていて色味も抜群。

 女子会映えしそうな配膳は一種の芸術作品ともいえ、対面のエマさんがスマホを構えてカシャカシャ鳴らすのも納得。

 勿論、味も文句無し。端に飾られたトマト以外にサラダに入っていた胡瓜やレタスの新鮮な歯応えとイタリアンドレッシングが好みの味だったし、オニオンスープも濃厚なコンソメの中に玉ねぎの甘さがじっくり溶け出している。

 そしてメインのキーマカレー。一口含む度にカリカリ食感の合挽き肉とほんのり辛さを感じるカレーの味が絶品で、オーブンで焼かれ薄く塩を散らしたズッキーニやパプリカとも相性が抜群。食後に飲んだ紅茶も高音で抽出された茶葉の味と大好きな甘さの広がり方。

 何度も通いたくなる秘密がたっぷり詰まった最初から最高のエクソスバレーでのランチだった。



「さ、お昼も食べ終わったし休憩はこの辺にして研修と行こうか」


「研修って具体的に何をするんですか?」


 エマさんはにっこり微笑み、研修開始時点で聞こえるはずの無い衝撃の一言を投下する。


「取り敢えず、雪山・・行こっか」


「は? え? それってどういう意」


 有無を言わさず私の手首を掴んだエマさんがスマホをワンタッチした瞬間、意味を問い質す暇もなく目の前の景色が縮れて吹き飛んだ。


 プロローグ2 研修期間(1) (終)

 

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