【中編版】百合な活動者とリスナーの私
刻露清秀
二人の出会い
百合坂ゆりことリスナーの私
「今日もお仕事お疲れさま。疲れた貴女のお耳をい〜っぱい、いいこいいこしてあげようね」
甘くて柔らかくて綿菓子みたいな声。私の癒し。バイノーラルマイク越しの声は優しくてくすぐったくて気持ちが良くて……あぁ……幸せだなぁって思う。
「今日は耳かきをしていくよ〜。こしょこしょ」
冷静になってはいけない。これは会社員の私が恋人のゆりこに耳かきをしてもらう……というテイのASMR 配信である。いわゆるロールプレイASMR。癒しの声の持ち主、百合坂ゆりこはフリー台本を使用した百合ASMR配信を中心に活動する、ボイス活動者である。
「はい、じゃあおしまい! 今日もよく頑張りました!」
ぽんっという音と共に耳かき棒が引きぬかれる。あれ、今日はちょっと短いな……。ちょっともどかしさを感じてしまう。ほぼROM専だし黙っているけど……。
「うん? どうしたのかな?」
画面越しに彼女は笑顔でこう言った。ような気がする。顔出し配信してないから配信中の表情は知りようがないんだけど。
「そうだよね。もうちょっとしたいもんね」
この小悪魔が。絶対分かってるくせに。……まぁ台本なんだけど。可愛いからいいけど。
「えへへ、わかってるよ。じゃあ次は梵天ー」
柔らかいふわふわが耳の中を埋め尽くしていく。至福のひと時。これだから止められないんだよなぁ……。中の人知り合いなのに。
※※※
百合坂ゆりこの配信内容は、女性同士の恋愛もの、いわゆる百合に偏っている。ごくたまに配信している雑談で語っていたところによると、少女漫画のキラキラした女の子が好きで、女の子と女の子の関係性を突き詰めた結果、百合好きになったらしい。つまりガチガチの百合オタクなのだ。一人でも百合の世界を表現したくて活動を始めた結果、視聴者をお相手女性に見立てて恋人っぽく配信する今のスタイルになったのだとか。男性の百合好きにも楽しめる内容ではあると思うけど、ゆりこ自身が少女漫画好きの女性であることからか、内容は女性向けのソレである。うまく説明できないけど、胸を当てるとか着替えを目撃しちゃうとかラッキースケベ的なお色気展開はまったくなくて、その代わりに壁ドンと甘やかし溺愛要素がある……みたいな。少女漫画のイケメンがはちゃめちゃに可愛い女の子になったみたいな内容が多い。
ボイス活動者、それも女性向け百合ボイスなんていう、言い方は悪いがニッチなジャンルを聞くようになったのは、彼女の配信がオススメに出てきたからだ。私はちょっとショタコン気味の腐女子で、百合は嫌いじゃないけどそんなに好きでもなかった。
夢女も兼任しているのでASMR配信は好きな方だが、男性向けのはなんかそれで興奮するオタクが透けて嫌だし(失礼な話だが! 別にバカにしてるわけではないしソフトなものはたまに聞く。単に私が苦手なだけである)、女性向けのいわゆるイケカテはSっぽい態度がムカついてきて嫌という難儀な性癖を抱えていた。だってイケボは可愛くないし吐息厨多いんだもん。そんな私にとって女性向け百合ASMRというものは新鮮だったのだ。
今こそコメントも同接も数が安定してきたゆりこだが、私が初めて配信をのぞいた時はコメントはなく、同接は0から2を行ったり来たりしていた。興味本位で入ったので少し気まずかった。私が配信に入ったことは絶対に気がついているだろうし、抜けても気づかれるし。でも配信は魅力的だった。しっかり彼女の世界観があったし、音質も凝ってたし、何より声がいい。終わりを告げる声とともに無言でリスナーが去っていくなか、私はこの感動を伝えたくなった。良かった、好きです、配信楽しかった……いろいろ考えたけどとりあえず『初見です。素敵な配信でした』と凡庸なコメントをした。
「ありがとう藤岡さん!」
ゆりこは顔が見えなくてもわかる嬉しそうな声で答えてくれた。ROM専の私はコメントがチャンネル名で表示されること、チャンネル名は変更しないかぎりG××gleに登録した名前であることを知らなかったので、思いっきり本名を晒してしまったことが顔から火が出るほど恥ずかしかった。
だけどそこからは沼である。ちょうど受験期で癒しに飢えていた私は、ゆりこの配信アーカイブを聴きまくり、配信は必ずといっていいほど視聴し、SNSのアカウントを鍵垢でフォローして彼女の一挙一投足を供給としてとらえるという気持ちの悪いオタクに転がり落ちていった。でもちゃんと志望大学に合格した私は偉いと思う。とはいえ、私が本格的に受験期だった時期は、ゆりこもリアルの事情で配信が少なかったのだけれど。
そんなゆりこの『中の人』と知り合ってしまったのはつい先月のことである。
「こんばんは〜! 今日も一日頑張って偉いね」
耳元で甘く囁くようなゆりこの言葉を聞いて思わずうっとり……。入学式からの新歓コンボで社会性のHPがゼロになった私は、駅のホームでアーカイブをキメていた。癒される……。だけど私の至福の時間を邪魔する人間がいたのだ。
「……あの」
話しかけてきたのは、同じく新入生らしい女の子だった。金色に染めた髪をショートカットにした色白の女の子。髪を染めるような陽キャにめっぽう弱い私も、思わず見惚れるような美人だった。ちょっとギャルっぽいけど、品があるというか、カッコ良さも可愛さも漂わせた女子が好きな女子という感じ。まあ話しかけられたら無視するわけにはいかないので、私はしぶしぶアーカイブを停止し、イヤホンを外した。
「……っ!?」
イヤホンを外して気がついたことがある。アホの私はBluet××thの接続を確認しないで再生していたのだ。つまり駅のホームに配信を響き渡らせていたと言うこと。穴があったら入りたい!
「あっ、あっ、あっすみません。うるさかったですよね……」
「いえ、大丈夫です。その……百合坂ゆりこのリスナーさんですか?」
「へ? あ、まあ、はい」
この子もリスナーなのかな、意外。私は最初そう思った。そのわりにはゆりこのことフルネーム呼び捨てとか、リスナーにさん付けとか、おかしなところはあったけど。
「わぁ! 超うれしい!」
「え?」
目の前の美人が何ではしゃいでいるのか全く理解できなかった。理解できたことは美人の笑顔はみんなを幸せにするということだけだ。
「あ、ごめんなさい。いきなりこんなこと言われても困りますよね……。えっと、あたし、百合坂ゆりこです」
……うん?
「ニッチなことはよくわかってるんですけど、配信がすごく楽しくて、できればいろんな人に聞いてほしくて……やっといつも聞いてくれるリスナーさんがついてくれて本当に嬉しくて……会えたら感謝したいな、なんて思ってたんです」
な、なに言ってるのこの人。え? つまり? 目の前の美人は推し……ってコト?!
「え……じゃあ、あなたゆりこ……百合坂さん?」
「はい! いつも聞いてくださってありがとうございます。あと、敬語じゃなくていいよ! ゆりこって呼んでくれた方が嬉しいかな!」
これがリアル百合坂ゆりこと私の出会いだった。
「違ったらごめんだけど、藤岡美咲さんだよね?」
コメントのせいでバッチリ名前もバレてた。……穴があったら入りたい!
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