高坂まゆりと定期公演会

 今日は演劇同好会の定期公演会。まゆりの所属する演劇同好会は、いまだに同好会扱いながら、私の所属する映画研究会とは違って、定期公演でお金をとって集客し、合宿や大会への出場もするガチサークルである。


 まだ一年生ながら名前付きの役がついたまゆりは、張り切って練習をしていた。内容は教えてもらえなかったけど、ゆりこの活動と並行して頑張っていたので、かなり忙しそうだった。


「まゆり、無理しすぎないでね」

「だいじょぶだよ。美咲こそ、勉強がんばってね。そっちの学科、試験難しいって有名だから」

「うん。ありがとう」


 まゆりと同じ授業を受けることはほとんどない。演劇同好会のレッスンが放課後に入るようになり、一緒に帰ることも難しくなった。でも、まゆりは私との時間を減らさないように努力してくれていたし、それが嬉しかった。まゆりは本当に努力家だ。


 そんなまゆりに影響されて、私も始めたことがある。大学の自治会だ。要するに高校まででいう生徒会のようなことをやっていて、学生生活のサポートやイベントの運営を行う。あまり社交的な性格ではないし大丈夫かな、と不安もあったのだけど、いざ入ってみると楽しくてやりがいがあるものだった。


 今日の定期公演会も少しだけ手伝っている。といっても本当に大したことはしない。受付や案内をしたり、機材の準備を手伝ったりする。もちろん舞台袖で演者を眺めたりもできる。開演前のざわついた雰囲気。みんなで一つのものを作る高揚感。私はこういう空気が好きだ。


 幕が上がる。


 シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のアレンジ、という色々な意味で大学の演劇部らしい題材で、まゆりは名脇役ぶりを発揮していた。アレンジというのは、原作だとロミオがとった行動がジュリエットに、ジュリエットがロミオに、という男女逆転である。まゆりは原作だと男性で、ロミオの親友のマキューシオの役だった。決闘騒ぎで命を落とし、ロミオが追放されるきっかけを作る重要な役どころだ。


 正直なところ学生演劇らしい粗はあった。例えば男女逆転の意味があまりないこととか、セリフがシェイクスピアをリスペクトするゆえなのか文語調で、なのに衣装がわりと現代風で時代設定が不明瞭なところとか。でも、十分面白い作品になっていた。それは関わっている人間の熱量の高さが、伝わってくるからだろう。まゆりの演じるマキューシオ改めマキューシアは、とても生きいきとしていた。


 上演後、タカちゃんに声をかけられた。


「教えてくれてありがとう! 演劇同好会に友達いないから、藤ちゃんに言われなかったら見逃すとこだったよ〜」

「来てよかったでしょ?」

「うん! あ、あの人カッコ良かった、決闘で死んじゃう人。女子役の女子にキュンキュンするの新鮮だったわ。どうよ、藤ちゃんから見て」


 やっぱりまゆりって他の人から見てもかっこいいんだな、と思うと勝手に鼻がたかい。そうだろう、そうだろう、まゆりはカッコよくてかわいいんだよ。


「その人、私の……」


 言いかけてはたと気がついた。


 彼女、と勝手に言ってしまっていいんだろうか。でも友達だよ! というのも、恋人であり親友みたいな側面はあると私は思っているので、別に嘘ではないんだけど、まゆりに悪い気がする。


「私の何?」


 タカちゃんが不思議そうな顔をしている。


「……推しなんだよね! 今回の公演会のこともその人づてで知ってさ。高坂まゆりっていうんだけど、まだ一年生なのにめちゃめちゃ存在感あって光る演技してたよね。いや何様って感じだけど」


 自分で言って、すごくしっくりきた。まゆりは恋人で親友で、推し。これだ。世界一かっこよくて可愛い推し。


「ふーん。藤ちゃんに推しねぇ」


 タカちゃんがニヤリとした。


「藤ちゃんってあんまり推し作らないタイプじゃなかった? 今までここのストーリーが〜、とか、ここの演出が〜リアクションが〜みたいにコンテンツの中身で喋ってた気がするけど」


 な、なんかバレてる? 私ってわかりやすいのかな。……自覚あるけど。


「い、いや、私も推しくらいいるよ。オタクだし」


 誤魔化せているんだか、いないんだかわからないけど、タカちゃんはそれ以上追求してこなかった。タカちゃんがまゆりの演技を気に入ったのは本当のようで、私と一緒に楽屋に挨拶までして、鼻歌まじりで帰っていった。


「嬉しいな、褒めてもらえると。タカちゃんとは仲良くなれそう」


 まゆりとタカちゃんは、わりと相性が良さそうだった。先ほどのやりとりのことを話すと、まゆりはちょっとあざとい、私が好きな表情で言った。


「ふうん、推しかぁ」

「え、気に入らなかった?」

「ううん。嬉しいよ」


 でもね、とまゆりは私の背中に手を回して、きゅっとハグをした。


「今度は彼女って言っていいからね」

「う、うん」


 至近距離のまゆりは、落としかけの舞台メイクがキラキラ光って、いつもよりちょっと色気があった。……この感想は自分で自分が気持ち悪いけども。推しで親友で、私の恋人。やっぱり高坂まゆりは世界一かっこよくて可愛くて最強なのだ。

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