SNSと藤岡美咲

 ネット活動者あるあるだと思うけれど、あたしが朝起きて真っ先にやることはコメントとSNSのチェックだ。


 コメントは、と。お、タイムスタンプをコメントしてくれてる人がいる。もちろんコメントはいつでも嬉しいけれど、タイムスタンプコメントは、気になるところだけ聞くことがでいるので、アーカイブの再生数が上がる効果も期待できるコメントである。嬉しい。返信しちゃお。丁寧なタイムスタンプありがとうございます、っと。


 ツブヤイターのタイムラインを眺めていると、相互フォローのネット声優さんが動画をアップしていた。時計を確認する。うん。今日は一限がないから、見てから仕度しても大丈夫。


 そのネット声優さん、ふわり夏美さんというのだが、いろいろ活動されているけど、七色の声と言って差し支えない声幅がある方で、あたしがひそかに憧れている声優さんである。男の子も女の子も、お姉さんもお婆さんもこなすその演技力。もともと演劇部で、今も演劇同好会に所属するあたしとしては、見習っていきたいところ。なぜあたしと絡みがあるかというと、女の子の友情ものの動画をアップされていたことがあり、良い動画だったのでそれを拡散したのが縁である。


 SNSももうちょっと頑張った方がいいのかもしれないけど、あたしは自分の発信というよりも、好きなコンテンツの共有に使ってしまっている。バズったら宣伝、とかちょっと憧れはあるんだけど、怖いリプついたら嫌だし、変な人に絡まれたくないし、一生懸命ネタを考えて呟くのも時間がもったいないし、なんて考えてしまう。……あたしってもしかして、ネット活動者向いてない?


 まあ、それはよくないけどいいとして、ふわりさんの動画を見よう。


 あたしは一人で配信をしているけれど、ふわりさんは一人芝居や掛け合いなど、いろいろなタイプのお芝居を十五分から三十分ぐらいの動画にしている。今回の動画は別のネット声優さんとの掛け合いで、動画の尺は十五分ほど。写真を使ったおしゃれなサムネイルで、どうやら一夏の恋をテーマにした、ちょっと大人な恋愛ものらしい。お相手の男性声優さんは知らない人だけど、ふわりさんのお姉さんキャラというだけで、一見ならぬ一聞の価値があるというものだ。


 あたしはワクワクしながら、再生ボタンを押した。


「忘れられない人がいるの」


 ふわりさんのセリフから始まるドラマは、ツブヤイターの宣伝通り、切ない恋愛ものだった。シナリオも素敵だし、相手の男性声優さんもお上手だ。


 やっぱりいいなぁ、掛け合い。


 演劇をかじっている人間として、やっぱり掛け合いはお芝居の華だとは思う。あたしの配信を見に来てくれている人に需要があるかは別として。でも百合ものの掛け合いとか絶対いい……。


 十五分はあっという間だった。ベッドから出て、軽く朝ごはんを食べて、メイクして出かける仕度を整えても、あたしの頭の中にはグルグルと動画のことが渦巻いていた。一旦心を落ち着けて、コメントとツブヤイターで感想を書いたけど、まだ足りない。


 あたしは感想を伝えるのがあまりうまくない。ただのお喋りは得意な方だと思うけど、きちんと文章にしようとすると、何を書けばいいのかわからなくなってしまって、無難なことしか書けないし、言うこともできない。


 そういえば美咲も似たようなことを言っていた。思っていることの三割くらいしかコメントに書けない、とかなんとか。あたしと美咲が違うのは、美咲は思っていることをそのまま口に出せば、十割の感想がでてくるところ。本人はオタク長文で恥ずかしいと言ってたけれど、熱量の高さをそのまま表現できるのは、正直うらやましい。あとキモくはないと思う。美咲はかわいいから。


 そうだ、美咲の感想も聞きたい。あたしは動画のURLを美咲に送りつけてから授業に出ることにした。


 美咲はチャットを見るのが早いし、返信も早い。三限が始まる直前に送って、お昼休みには感想が返ってきていた。


『ふわりさんのチャンネルはそんなに見ないんだけど。でも、ふわりさんの演技がすごいのはわかるのね。あ、まゆりに言われたからってだけじゃなくてってこと。それでふわりさんのすごいところって、息遣いだと思うんだよ。この動画だと「忘れられない人がいるの」の「の」が天才なのね。最初ちょっと鼻にかかってからの、強調すると、「んの」になること「ん」のところがすごい印象的なのね。私がイケボ好きじゃないのはご存知だと思うんだけど、なんでかってこの「んの」みたいな息遣い? イケボ文法の「ん」が苦手だからなの。でもそれこのお相手の人をdisってるわけじゃなくて、disじゃなくて素敵なお声だとは思ってるけど、このイケボ文法じゃないところも良かった。あとシナリオいいよね。題材は王道だと思うし、言い方選ばないならちょっと古臭いとこあると思うのね。でもそこを感じないし、掛け合いの妙というか、こう言葉遣いに古さがなくて新しい感じで聴けるというか。時たま古風というか文語っぽい表現が入るんだけど、多分意図的なんじゃないかな。そのセリフだけ凄く印象に残るもん。それこそ「忘れられない人がいるの」とかサラッと日常生活では使わないでしょ? でも冒頭でこっから入るからすごい印象的だし引きつけられる。これで十五分なの凄くない? 教えてくれてありがとう。長文ごめん』


 想像の三倍は長いチャットに、思わずニヤついてしまった。そうだよね、いいよね。うんうん。


 好きを言語化できるっていいな。そしてそれを共有できるってもっといいな。長いチャットが愛おしい。ニヤニヤを隠すために、あたしはカバンからマスクを一つ取り出したのだった。

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