あたしの配信と藤岡美咲

 定期公演会も終わり、それまでより余裕もできた。配信にももっと力を入れたい。あたしは張り切っていた。


「こんばんは、百合坂ゆりこだよ」


 ふわりさんの動画や演劇同好会での練習で、あたしは演技熱が高まっていた。台本なんか書いちゃって、張り切っていた、のだが。


 コメント欄に見慣れないユーザー名がある。『sfeG2357』という無機質な文字列は、あまりネットになれてない人かな? という印象だ。ロールプレイの性質上、配信中のコメントは最後にまとめて読むので、気が付くのが遅れてしまった。


 遅れてしまったといっても、別に卑猥な言葉を連投してくるとか、リンクを貼り付けてくるとか、そういった荒らし行為ではない。ただ『初見です』といった無難なメッセージはともかく、『いつもこの時間に配信しているんですか?』など空気感を壊しかねないメッセージや他の活動者さんと比べるメッセージなど、一人で連投している。


 なんだこれ? ちょっと気味が悪い。空気が読めていないのはともかく、他の配信者さんのことをコメントで書かれても対処のしようがない。百歩譲って、ふわりさんのようなあたしが『百合坂ゆりこ』として仲良くしている人、絡みがある人のことならわかるけれども、書き込まれているコメントに名前がある活動者さんは知らない人だ。そもそも、この手のコメントを、初めて見る配信でコメントするのはどうなんだろう。こういう人は苦手……あたしって性格悪いんだろうか。


 もしかして初見詐欺ネタをしているいつものリスナーさんだろうか。『sfeG2357』という文字列には覚えがないけど、別の配信でやったネタから拾ってきてる可能性も……あるけど本当に覚えがない。それにしたって、初見だと嘘をつく必要はあるんだろうか。初見詐欺ってわりと嫌われるし。そのあたりの心理はわからないけれど、なんだかゾワゾワするコメントだ。でも明確に荒らしている訳じゃないし、ブロックするのは粘着されそうで怖い。いや、特に興味ないからこういうコメントなんだろうか。うーん……。


 気もそぞろになって集中できないでいるうちに、その人はコメントをしなくなり、なんとなくシラけた空気でもう聞いていないであろう人のコメントを読む、というグダグダした配信になってしまった。楽しみに見てくれてたリスナーさんには本当に申し訳ない。

 

 こんなんじゃダメなのに。


 なんだか空回ってるな、という自覚はある。ちょっと前から数字に目が眩んでいるのも自覚してる。もっと良い配信がしたいと思えば思うほど、空回ってしまう。でも今回のはあたしのせいでは……って、あたしはいつまでこうやって、うまくいかないことを他人のせいにして生きていくんだろう。自分の中に渦巻く黒い感情に蓋をして、あたしはパソコンの前から離れた。


 あ、でも配信終了ツブヤキしてないや。


 あたしはベッドに寝転んでスマホを見る。ツブヤイターを起動すると、直近の配信告知にいくつかいいねがついている。いいねをつけてくれたアカウント名を確認していると、美咲のユーザー名『ふじっこ』もその中にあった。先ほど読んだコメントの中にも一つだけ美咲のコメントがあったし、見てくれてたんだろう。かっこいいとこ見せたかったなぁ。


『配信終わりました。聞いてくださってありがとうございます』


 色々考えた挙句、使い回し見たいなツブヤキになってしまった。例のコメントじゃないけど、他の配信者さんがどんなコメントしてるか参考に……。いや、インプレッションの違いとか見て落ち込みそうだからやめよう。モヤモヤしながら薄めでタイムラインを眺める。読みたいような、読んだらまずいような……。ふわりさんが動画についての感想に引用している。いいなぁ……ってやめやめ!


 これ以上、闇堕ち状態でいてもしょうがない。切り替えだ切り替え! 決意とともにアプリを閉じようとすると、ふじっこさんが配信終了ツブヤキにいいねを押してくれてることがわかった。っと、いうことは今、美咲はスマホを見ているということだ。美咲はツブヤイターアプリ派だから。


 思い切って通話をすることにした。


「もしもし」

「もしもし、急にかけてごめん。今通話して大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 そういいながらも、美咲は家ではないようだ。ガヤガヤと声がする。


「まだ外にいるの?」

「うん。自治会の仕事でまだ大学。でも作業進まなくてみんなで休憩してたとこだから」


 ふじっこさんはROMが多いとはいえ、一つしかコメントがなかったのは、作業しながら聞いていてくれたからだったのか。というか一つコメントをくれたのは、あたしがグダって落ち込んでいるのを察してくれたからなのだろうか。


「……作業の邪魔しちゃ悪いから切るね。声聞きたかっただけだから」

「あ、うん。まゆりはなんか落ち込んでそうだけど、私はさっきの配信、楽しく聞いてたよ。せっかく通話かけてくれたのにごめんね」

「気にしないで。それじゃ」

「また明日」


 通話を切ると、なんだか寂しい気持ちになった。あたしは枕を抱えてベッドの上をごろごろ転がる。あたしが話している間、美咲はいつも通り優しい声で相槌を打ってくれていた。美咲も最近忙しいみたいだし、あんまり頼るのも悪いなぁ。でも癒された。もうちょっと、頑張ってみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る