高坂まゆりと水族館デート

 今日は久しぶりにまゆりとデートの日。水族館に行く。


 浮かれて眠れない、なんて小学生の遠足みたいなことになるくらい、私は楽しみだった。待ち合わせ場所に着いて、珍しくまゆりを待つ間もソワソワしてしまう。時計を見て、まだ時間があるなと思った瞬間にまゆりが来た。


「お待たせっ!」

「全然待ってないよ。まだ約束の時間前だもん。」

「美咲、早かったね」

「楽しみで」


 定期公演会だったり、私が新しく入った自治会だったり、お互い忙しくてこうして二人で出かける時間を取れなかった。といっても一ヶ月ほどだけど。水族館はずっと行きたかったし、楽しみで仕方ない。


「美咲、久しぶりだからはしゃいでる?」

「うん!」

「……あたしも」


 まゆりがはにかんで笑うと、頬にうっすらチークを塗っただけの自然な血色が、女の子らしくかわいらしい。たくさんのときめきに胸を躍らせながら、私たちは水族館に向かった。


「クラゲ綺麗だね」

「ほんとだ。大きい水槽もいいなあ。あっ、こっちの小さいのもかわいい。ねえ、まゆり、あれは何だろう?」

「どれ?」

「ほら、あの水槽の端にいるやつ」

「う〜ん、魚?」

「それは流石にわかるよ。あ、ここに書いてあった。カエルウオだって」

「へえ」


 私は水族館の中でも水槽を見るのが好きだ。小さな魚が群れになって泳いでいるのを眺めたり、大きな魚のダイナミックな動きに見惚れたりするのは楽しい。それに、こんなにたくさんの種類の生き物がいるのに、どの生物もみんなガラス越しの水の中だけで生きている。限られた空間の中での営みが、神秘的で美しい。


「あ、見て、あそこ」

「ん?」

「ほら岩のかげ」

「ああ……」


 水槽の中の魚、一匹一匹に反応したくなってしまうし、まゆりについ話しかけてしまうのだが、なんだかまゆりは上の空だ。もしかして私、はしゃぎすぎ? もしかして、まゆりはそんなに水族館好きじゃないんだろうか。だとしたら悪いことしたな。


「ごめんね、ちょっとはしゃぎすぎたかも」


 私は慌てて言った。


「違うよ! そうじゃないの! もうすぐイルカショー始まるから、時間調べようと思って」

「そっか。よかった」


 ほっとして、思わず笑顔になった私を見たまゆりが、なんだかバツが悪そうな顔をしていたけれど、知らないふりをしてしまった。


「わー、すごい人だね。最前列いけるか心配だよ」

「後ろの方なら大丈夫じゃないかな?」

「どうだろう? でも座れた方がいいよね。頑張ろう」

「うん」


 なんだか妙にギクシャクしてしまったけど、私たちは最前列をゲットするために頑張った。結果、なんとか最前列に二人並んで座ることができた。水しぶきがかかるくらい近い席で、ドキドキする。


「美咲、濡れちゃわない?」

「私は平気。まゆりは? カッパ借りようか」

「そうしようかな」


 そのやりとりで私はまゆりが踵の高い靴で来ていることに気がついた。スニーカーで来ている私とは歩くスピードが違うから疲れたのかも。悪いことしたな。ショーが終わったらカフェで休もう。


「えー、本日は当館におこしいただきありがとうございます。これから、イルカによるショーを始めます。皆さん拍手でお迎えください」


 アナウンスのあと、軽快な音楽とともにイルカが五頭プールから飛び上がった。水面から二メートルくらいのところでくるっと回って、着水する。続いてジャンプ。空中でぐるりと一回転。それから、輪くぐりをしたり、ボールにタッチしたりする。観客の声援に応えるように何度もパフォーマンスを繰り返して、会場は盛り上がっていた。


「すごいね!」


まゆりに声をかけると、


「あ、うん」


 と気の無い返事が返ってきた。なんだかスマホを気にしているようだ。あちゃあ、なんか私、空回りしているな。


 イルカショーの明るい空気感が、なんだか居心地が悪かった。そういえば私、そんなにイルカショーは好きじゃなかったな。すごい技がいっぱいで、全力で盛り上げようとしているスタッフの人たちの熱気に、居心地の悪さを感じていることが申し訳なくて、せめて盛り下がらないようにしようと無駄にはしゃいで、水がかかったら大袈裟に驚いて、楽しもうと頑張れば頑張るほど、妙な気分のままで、モヤモヤしたままショーが終わってしまった。


「ちょっとトイレ行ってくるね」


 気分をリセットしようと、一人でトイレにいった。鏡の前で髪を整えて、メイクをチェックして、リップも塗り直す。よし、完璧。


 席に戻ると、まゆりは真剣な顔でスマホを見ていた。取り憑かれたみたいな、話しかけにくい雰囲気で、驚いてしまった。


「お待たせ」


 内心おそるおそる声をかけると、まゆりはハッとした様子で、私の方を振り向いた。


「おかえり」

「疲れてない? カフェで休もうよ」

「そうだね」


 まゆりは立ち上がって、歩き出した。私もそのあとに続く。


「ねえ、まゆり。あのさ……」

「うん?」

「いや、なんでもない」


 言いかけて、やめた。カフェでゆっくり聞こう。こんな時に限ってカフェが混んでいて、なかなか席につけない。まんじりともせず、席につける時を待った。

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