あたしの悩みと藤岡美咲

 打ち明け話をしたのは、夕暮れ時のカフェだった。


「活動が伸び悩んでる……?」


 美咲は不思議そうな顔をしている。


「私からはそんな風には見えないけどなぁ」


 水族館の中のカフェは、家族連れがいっぱいで、悩みを打ち明けるには賑やかすぎたかもしれない。美咲にはあたしの悩みが伝わったのか、伝わっていないのか、のんびりした様子だった。


「変わらず素敵だし、好きだよ、ゆりこの配信」


 美咲の言葉に嘘はないと思う。でも、あたしの欲しかった言葉はそれではなかった。


「うーん、なんていうか、数字がともなってないんだよね……」


 あたしがそういうと、美咲はゆっくり瞬きをした。


「そっか、もうすぐ収益化できそうだもんね」

「……そうだといいんだけど」


 あたしはため息をつく。あたしはもっとたくさんの人にあたしの好きな百合の良さを知ってもらいたくて、それで始めたはずなのに、いつの間にか、自分の承認欲求を満たすために活動していたのだろうか。美咲が楽しみにしてくれていたデートも、空気を悪くしてしまった。


「ごめんね、デートの最中なのにスマホ触って。コメントついてないか気になっちゃって」

「あ〜気にしないで」


 美咲はそう言って笑ってくれたけど、あたしは申し訳ない気分でいっぱいになる。


「まゆりは、自分がやりたいようにやっていいんだよ」


 美咲が優しく言う。


「無理することないよ。自分のペースでいいんじゃない」


 美咲の言葉を噛み締める。あたし、何を焦ってるんだろう。


「そうだね。あたしらしくやっていくことにする」


 あたしは笑顔を作って言った。だけど……内心思ってしまう。あたしらしくやって、それが受け入れられるとは限らない。そういうエンジョイ気分だから伸びないんじゃないのか。この前のコメントだって、たくさんあるうちの一つだったら気にならなかった。


 あたしは今まで、自分なりにやってきたつもりだった。でも、本当にこれでいいのか、自信がない。


「でも、あたしらしいってなんだろうな」


 つぶやくと、美咲は少し考えてから口を開いた。


「……好きなものに真っ直ぐなところ。それを伝えるのに真剣なところ」

「それは活動者はみんなそうじゃない?」

「でも、すごいことだよ」

「そうかなぁ」


 そんな人いっぱいいる。むしろ、あたしよりも上手に活動している人は山ほどいて、その人たちはみんながみんな熱意があるわけじゃないのかもしれないけれど、伝わらない熱意なんてないも同然だ。あたしにできることって何?


「まゆりは、配信者としてすごく真面目だと思うよ。一生懸命で。私も見習わなきゃって思う」

「そんな立派なものじゃないよ」

「まゆり……」


 美咲は心配そうにあたしを見る。


「大丈夫だよ。あたしはちゃんとわかってるから。あたしにしかできないことをやればいいんだよね」


 自分に言い聞かせるように呟くと、目の前に座る美咲が微笑む気配がした。そしてゆっくりと首を横に振る。


「そうやって気負う必要ないんじゃないかな。演劇同好会の活動も忙しいだろうし、ちょっとペースを見直してみたら?」


 目の前が暗くなった気がした。


「……休めってこと?」


 美咲はのんびりと答える。


「それもアリなんじゃない?」

「そう……そうだね。そうかも」


 あたしは動揺を隠すためにコーヒーを口に含む。美咲はそんなあたしの様子をじっと見つめている…‥ような気がする。


「どうしたの?」

「……なんでもない。美咲はいつも、いやいっつもじゃないけど、配信きてくれてるしさ」

「うん」


 なんでもない反応にどうして苛立ってしまうんだろう。でも堰を切ったように、感情が溢れてしまって、止められなくなってしまった。


「あたしの配信、楽しんでくれてると思ってた。なくなってもよかったんだね」


 美咲がようやく驚いた顔になった。


「そんな意味じゃないよ。ただ私はまゆりが追いつめられてそうだったから」

「でも、最近コメントも少ないし。自治会いそがしくて、配信のことなんて忘れちゃってたでしょ」

「いや、そうじゃなくて」


 美咲が慌てて否定する。あたしは唇を引き結んだまま、うつむいた。


「……まゆりが頑張ってるのはわかってるよ。でも、私の行動に口出しするのは違くない? コメントが荒れてるからモデレーターやってとか、そうじゃなくても何か手伝ってほしいことがあるとか、そういうお願いならいくらでも聞くよ。だけど私は一リスナーであって、私には私の事情があるし、これない時はあるよ。そういう事情を愛のあるなしにつなげるのは違くない?」


 美咲が珍しく早口にまくし立てる。あたしはびっくりして何も言えないでいる。美咲はあたしの沈黙を見て、ハッとした表情になって、それから静かにため息をついた。


「ごめん。責めるつもりじゃなかった。キツい言い方になっちゃったね」


 美咲が優しい声で言う。その優しさが、今のあたしにはすごく辛い。


 美咲が楽しみにしてたデートを台無しにしてしまった。八つ当たりをしてしまった。何も悪くないのに謝らせてしまった。申し訳なくて、自分が惨めだ。


「……あたしが悪いの」

「まゆり」

「ごめん。少しだけ距離を置かせて。本当にごめん。でもあたし、今日みたいに美咲に八つ当たりとかしたくない。気持ちが落ち着いたら、あたしから連絡する」

「……わかった」


 泣きたかったけど、これ以上自分のこと嫌いになりたくなくて、あたしは瞬きを繰り返した。

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