距離をおこう

百合坂ゆりこと私の関係

 まゆりと喧嘩……はしていないけれど、距離をおこうと言われてしまった。


 まゆりが活動のことであんなに思い詰めていたなんて、仮にも彼女なのに全然知らなかった。私の『休んだら?』という趣旨の発言は軽率だった。配信にいけないのは愛がないからじゃない、なんて逆ギレまでしてしまった。痛いところを突かれたからつい語気が強くなってしまったのだ。私は自分の無力さに絶望していた。謝りたいけど、当のまゆりに距離をおこうと言われてしまっている以上、こちらから連絡をとることもできない。


 私は、ただ悶々と日々を過ごし、気がつけば二週間も経っていた。その間、一度も百合坂ゆりこの配信を観ていない。連絡がこないかチェックは欠かさなかったけど、ゆりこのSNSをのぞく勇気は出なかった。


 ゆりこのツブヤキが見れないので、ツブヤイターは『ふじっこ』とは別の、ソシャゲのフレンド募集などをしているゲームアカウントのタイムラインばかり見ている。そのアカウントの方にゆりこと相互フォローのネット声優さんのツブヤキが流れてきて驚いた。アカウントを間違えたかと思ったけれど、どうやら拡散されているからおすすめに出てきたらしい。


『リスナーの皆さんへのお願い:コメント欄にて他者を不快にするような発言は絶対にしないでください。また、誹謗中傷等の過激な書き込みも同様にご遠慮ください。』


 なんの変哲もない注意喚起コメントだけれども、別の活動者が引用して拡散し、リプ欄に賛否両論さまざまな声が寄せられたことによって、プチバズ状態になっている。この内容に否定的な意見がつくのってどうなんだろう……。活動者って大変なんだなぁ。私にはわからない苦労がたくさんあるんだろう。


「はあ……」


 ため息をつきながら、ツブヤキを辿っていく。ツブヤキには、たくさんのリプライがついている。


『ふわりさん、大変でしたね、今後も応援しています』


 ゆりこのリプを見つけてしまった。自分も悩んでいるだろうに。


 そんなこともあって、自治会の活動も、映画同好会の活動にも身が入らない。ついにはタカちゃんに心配されてしまった。


「藤ちゃん夏バテ? 体調悪いんじゃないの。最近元気ないよ」

「ううん、平気だよ。心配してくれてありがと」


 何かあったの? と直接的に聞かないあたりがタカちゃんの優しさなんだろう。


「そう? ならいいんだけど」

「うん。大丈夫だから」


 と答えてからふと気がついた。まゆりもこうやって、相談したいけどできなくて、困っていたことがあったんじゃないか。その時、私はどうしたらよかったんだろう。


「藤ちゃん、なんか悩み事? 無理してますって顔に書いてあるよ」

「……うん、まあ、そんな感じ」

「えっ、マジで! うちで良ければ聞くよ? なんでも言ってみ」

「んー、でも……」


 何から、いやどこから話せばいいのかな。話さない方が楽だな、なんて思ってしまったけど、ここで話すことをやめたら何も解決しない気がして、私は言葉を選んだ。


「実は……」


 ベタだけど、友人の話ということにしてしまった。タカちゃんは一方的に責めたり偏見があったりするタイプの子じゃないってわかってるけど、タカちゃんが私に気を使ってまゆりのことを悪く言ったり、逆に打ち明けることで私が嫌われてしまったりすることが怖かったのだ。


「ふうん、そういうこともあるのか」


 私の話を聞いたタカちゃんは、腕組みをして考え込んでしまった。


「わ、友達は無神経なこと言っちゃったのを謝りたいと思ってるみたいなんだけど、向こうから連絡するって言われてるから動けないって」


 補足説明をして、タカちゃんの反応を伺う。


「その子はその子なりに反省してて、仲直りしたくて仕方ないみたいだし、早く行動しなよって思うけどね。別にいいんじゃない? こっちから行動とっても」

「……やっぱりそうだよね」

「その子はさ、自分が悪いことをしたって思ってて、それで落ち込んじゃったり悩んだりしてるわけでしょ。やきもきすんのは精神衛生上よくないと思うよ。しつこいって嫌われたら、その時はその時でしょ」


 嫌われたら、の一言できゅっと胸が痛くなった。そっか。私はまゆりに嫌われるのが怖いんだな。


「わ、友達は、彼女に嫌われたくないんだよ。そんなに割り切れないと思う」

「それはわかるけどさぁ。ほっといても何も変わらない気がするんだよ。その二人。お互い傷つけたくないって距離おいて、そのせいで近づけなくなってる。ぶつかり合ってやる! って気概もたまには必要なんじゃないの? これからも恋人付き合いしていきたいなら」

「……うん」


 お互い傷つけたくない、か。そうかもしれないな。この前の水族館のことだって、ちゃんとした喧嘩にならなかった。それだけ、私も、そしてまゆりも、言い合いになって相手が傷つくのを見たくないってことだ。もちろん喧嘩がしたいわけじゃないし、尊重しあうのは大切なことだけど、そうやって遠慮しあっているからこそ、悩みを打ち明けるのも難しい関係になってしまったのかもしれない。なんでも言える関係だけがいい関係じゃないけど、私はまゆりにとって、なんでも打ち明けられる存在になりたい。


「ありがとうタカちゃん」

「どういたしまして。がんばれ藤ちゃん」

「ん?」

「あ、いや、ご友人によろしく」


 ……いろいろバレてる気がするけど、ま、いっか。

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