新たな一歩
活動休止と藤岡美咲
「私たちはお互いを思いやっていて、それが逆に言い合いにくくしていたんだと思う。これからも大切なことは変わらない。ちょっとカッコつけてもいたい。でも私は、美咲が何でも話してくれる存在でありたいし、長く付き合っていきたいから、喧嘩も愚痴も言い合えるようになれたら嬉しい」
泣く予定はなかったのに、美咲の言葉があんまり優しかったから、少しだけメイクが崩れてしまった。
「そうだね、美咲。これからは、遠慮せずに何でも話し合える関係でいたいし、美咲と一緒に成長していきたい。あたし、ちょっとカッコつけすぎだったんだね。言われてはじめて気づいたよ。……ほんとに、ありがとう、美咲。一緒にいることが、本当に幸せ」
あたしたちはしばらく、手を握りあっていた。美咲には、言わなきゃいけないことがある。
あたしは、カフェのテーブルに向かい、深いため息をついた。ここのところそればっかだけど、すごく動揺していた。
「美咲、実は…」
言葉が詰まってしまう。美咲は静かに待ちながら、あたしの手を温かく握り返してくれた。
「活動を、一時的に休止しようと思っているんだ」
ついに言葉にしてしまった。あたしの胸の内を反映してか、カフェの店内に微妙な緊張感が漂った、気がした。
美咲は驚きの表情を浮かべ、しばらく口を開かなかった。かなりの時間、美咲はあたしと目を合わせて話さなかった。心を読み取られている見たいで落ち着かないけど、美咲はあたしの決断の背後にある理由を知りたがっているようだった。
「なんで? 私が言ったから?」
言葉に反して、口調はやわらかかった。あたしは大きく息を吸って、一気に吐き出す。
「美咲に言われて考えたの。配信のプレッシャーだったり、自信喪失だったり、けっこう悩んでいるんだ。やればやるほど焦るし、美咲にも八つ当たりしちゃった。だから、少し距離を置いて、自分を取り戻す時間が必要だと思ったんだ」
あたしが言葉を選びながら話している間もずっと、美咲は黙ってあたしの目を見つめていた。さっきの探るような視線とは違って、その表情は理解と共感に満ちていた。
「まゆりの言っていること、わかるよ」
美咲が相変わらず穏やかな声で言った。
「本当に?」
こういう確認をするの、我ながらめんどくさい女だと思うけど、美咲は微笑みながら頷き、あたしの手をきゅっと握りしめた。
「実はね、まゆり。私は最初、百合にあまり興味がなかったんだけど、ゆりこの配信を聞いてから、その魅力に引かれていったんだ。なんていうか、可愛くて癒されるのはもちろんそうなんだけど、繊細な表現だったり、まゆりが頑張ってる演技だったりを、ゆりこの配信っていう一つの作品で感じることができるっていうか。良い作品作りには、休養も必要でしょ? だから、休んで自分を取り戻そうとしてること、私は全然悪くないと思う……っていうか休んだらって言ったの、もともと私だしね。休むことは全然悪くないよ。あれだけ休んじゃいけないって凝り固まってたみたいだから、急に方針転換してて驚いただけ。自分を大切にすることも大切だし、必要な時だと思う。」
「……ありがとう、美咲。そう言ってくれて、すっごく楽になった」
言葉にしてみて、ふと思った。こうやって、共有するだけで、解決するモヤモヤがもっとあるんじゃないか。
「愚痴っぽくなっちゃうんだけど、いい?」
「もちろん」
「あのね……」
日が傾くまで話してしまった。数字で悩んでいること、ふわりさんの動画をみて感動したこと、変なコメントに戸惑ったこと、いろいろ。美咲はずっと穏やかに、静かに聞いてくれていた。
「なんか、ごめんね。つまんない話して」
「ううん」
今日はじめて美咲は首を横に振った。
「まゆり、それは違うよ。楽しい話をしてくれるのは、そりゃ嬉しいけど、私のこと楽しませるために話す必要ないよ。配信じゃないんだから。喧嘩も愚痴も言い合えるようになれたら嬉しいって、私言ったでしょ」
ちょっとドヤ顔で、美咲は続ける。
「まゆりがお望みなら殴り合いの喧嘩だってできるよ、私。河原でクロスカウンターとかさ。真っ白に燃え尽きるまで付き合うよ。意外と体力あるんだよ、私」
「それは別にいいかな……」
ドヤ顔は可愛いけれど、美咲のいうことはちょっとずれてる。天然というか。そこがまた可愛いんだけどね。
あたしと一緒に買ったワンピースは、ちょっとお嬢様風で品がある美咲の良さをひきたてていた。でも、お上品でかわいいところも、おっちょこちょいで天然なところも、何より優しくって誠実なところも、ひっくるめて美咲という人間で、好きだなぁなんてベタな感慨にひたることしかできないけれど、わりと本気で、美咲に会えたことは奇跡だと思う。
「喧嘩は別にしないけど、そうだね、美咲も愚痴を言ってくれたらおあいこかな」
「あ〜私は………今はないかな」
「そのタメ何?」
「いやいや、言いたくなったら話すってこと!」
こういう何気ないやり取りが宝物。
「美咲」
「ん?」
「大好きだよ」
「……私も!」
隅っこで二人して惚気てニヤニヤして、今までのモヤモヤが嘘みたいに晴れやかな気持ちで、あたしたちはカフェタイムを過ごしたのだった。
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