高坂まゆりとオープンキャンパスの準備

 大好きな彼女と無事に仲直りして、いざあま〜い女子大生ライフ……なんて、そうは問屋とんやおろさない。


「藤岡! サボらない!」


 美人のゲキが飛ぶ。美人で声もいいけどあんまり嬉しくない……。


 私にゲキを飛ばしてきた美人は、笹原綾乃ささはらあやの先輩といって、自治会の先輩である。美人だけどザ・体育会な厳しい人で、ちょっと苦手。


 何をサボってゲキを飛ばされたかといえば、オープンキャンパスに向けたサークル紹介冊子のホチキス止めである。なんで大学生にもなってそんなアナログな手法に頼っているのかと言えば、全団体の規程の紹介文がなかなか揃わなかったから。冊子の発注をかけるには遅すぎたので、こうして人海戦術……というほど人手もないけど、人力でどうにかしようとしているわけである。


「なんで一年の出席率がこんなに低いかなぁ。ちょっとやる気なさすぎじゃない?」


 笹原先輩がぼそっと呟いている。怖い怖い。あなたのせいだと思います、なんてとてもじゃないけど言えない。同じ一年生と目があい、お互い首をすくめてしまった。


 フォローしておくと笹原先輩は怖いだけの人ではない。すごく真面目で、イベントも良いものにしたいと思えばこその言動である。


 笹原先輩は身内には厳しいが、他の団体にはかなり融通を利かせて、なるだけ全団体が損をしないように気を配る人である。今回だって、締め切りを守らなかった団体は冊子に載せないという選択肢もあったけれど、それだと冊子にのらなかった団体のかぶる損が大きすぎるという理由で、先輩自ら頭を下げてまわり、規程の文章を書いてもらったという経緯がある。しわ寄せは身内にくるのだが……って悪口になっちゃった。


「応援に来ました〜」


 と、ここで人手がやって来た。


「美咲、手伝いに来たよ」


 本当にいろんな意味で天使に見える。


 まゆりが演劇同好会の人たちを連れてきてくれた。


「並べてある順番でまとめてホチキス止めすればいいんだよね?」

「そうそう。ありがと、まゆり〜」


 これで少しは楽になるな、とほっとした。


 まゆりと演劇同好会の皆が手伝いに来てくれたおかげで、作業は格段に進んだ。演劇同好会の人たちは話がうまい人が多くて、順番に紹介文をホチキス止めしていく単調な作業は、途端に楽しい会話や笑い声で包まれながら行われた。カタブツな笹原先輩も、こうした和やかな雰囲気に少しだけ笑顔を見せているように感じた。


「美咲、これからちょっと一区切りつけて、休憩しようか?」


まゆりが手を止めて微笑む。


「いいね、ちょっと疲れたし」


 私はほっと一息つきながら、まゆりと一緒にテーブルに座った。周りでは他の団体のメンバーたちも一時の休息を楽しんでいて、活気と賑わいが広がっていた。笹原先輩も休むなとは言わなかった。


「まゆり、ありがとう。助かった……」

「いいよ、美咲。お互いに困ったときは助け合うのが私たちでしょ」


 まゆりの優しい笑顔が染みる。


「私ってほ〜んと幸せもの」


 そう言いながら、周りを見渡すと、さっきまで殺風景だった自治会の会議室は、学生たちの笑顔や楽しそうな声で満ち溢れている。その光景を見ると、自分がこの仲間たちと共に過ごせることに、ありがたさというかやりがいみたいなものも感じる。


 休憩が終わり、再び作業に取りかかる。一つ一つの紹介文がホチキス止めされていく中、私は心地よい疲労感と達成感に包まれていた。


「やっと最後の一冊だね。お疲れさま、みんな。」


 笹原先輩が声をかけてくる。


「お疲れさまです!」


 まゆりたちと共に皆が元気よく返事をする。


「ほんとうにありがとう、みんなのおかげで無事に終わらせることができたよ」


 笹原先輩の言葉に、美咲と一緒に頬を緩ませた。こんなに多くの仲間と協力してイベントを成功させることができる喜びと幸福感に、心が満たされていた。


 作業が終わり、私はまゆりたち演劇同好会の人たちと一緒に帰ることにした。


「あ、藤岡」


 部屋を出る直前に、笹原先輩に呼び止められた。


「演劇部よんでくれたの、藤岡だよね。……そのおかげで順調に進めることができた。ありがと」


 美人って笑顔になるだけで許せちゃうんだからずるいな。なんだか照れくさくて、私は笑って頭を下げた。


「いいえ、笹原先輩。みんなで協力してできたんですよ。」

「でも藤岡が率先して手伝ってくれたおかげで、スムーズに進められたんだ。本当に感謝しているよ。きついこと言ってごめんね」


 珍しく優しい笹原先輩の言葉に、胸が熱くなった。こうして先輩に認めてもらえる喜びと、役に立てた実感が心に響いていた。


 帰り道でまゆりと歩いていると、まゆりがふとこんなことを言った。


「美咲、美人な先輩に褒められてたね。ニヤニヤしちゃってさ」

「そうだった? でもみんなで協力してやったんだから。笹原先輩、普段は怖いからたまには褒めてくれないと、ね」


 本音である。


「まあまあ、でもさすが美咲ちゃん。みんなを引っ張って進めるリーダーシップって大事だよ」


 まゆりがからかうように言う。私は軽く肩をすくめて応じた。


「そう言ってくれると嬉しいけど、リーダーシップとは違くない? まゆりも同じくらい頑張ってたでしょ」

「そうだね、でも美咲の頑張りが一番目立ってたよ。」


 まゆりはにっこりと笑って、私の肩に軽く手を置いた。


「ありがと」


 その手を軽く握った。


「これからも頑張ろうね。」


 まゆりの言葉に、心からの安心感と幸福感を抱えながら、二人で歩いた。たまにはこんな日も悪くない。

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