ボイスドラマと藤岡美咲

 美咲にボイスドラマについて相談して、一緒にメールの文章を考えた翌日。ふわりさんから返信がきた。あんなに不安だったくせに、根拠もなく良い返事な気がして、あたしはワクワクとした気持ちでメールを開いた。


※※※


ふわり夏美@宅録声優(@Fuwari_voice)さんからダイレクトメッセージが届きました。


ふわり夏美@宅録声優 (Tubuyaiterより)

To: 自分


こんにちは、ゆりこちゃん!


まず最初に、ご連絡いただき、ありがとうございます!私の作品に興味を持ってくださって、とても光栄です。


ボイスドラマ制作のアイディア、とても楽しそうですね。私も興味津々です! 今までご縁がなくて演じる機会がなかったのですが、百合作品も興味があったので、声をかけてくれて嬉しいです。もしゆりこちゃんさえよかったら、私のチャンネルで公開する分と2本ボイスドラマを作りませんか? それからゆりこちゃんがすごく褒めてくれたボイスドラマの台本師さんと仲がよいので、彼女に台本を作成してもらえないか打診しようと思うのですが、どうでしょう?


お手伝いさせていただけることがあれば、何でも教えてくださいね。共に素敵な作品を生み出すことができる日を楽しみにしています!


それでは、どうぞよろしくお願いいたします。


ふわり夏美


※※※


 どうしよう。ニヤニヤが止まらない。


『ふわりさんから返信が来たよ!  しかも、快諾! ふわりさんも楽しみにしてくれてるって!』


 思わず浮かれたチャットを美咲に送ってしまった。返信はすぐに来た。


『よかったね! 応援してる!』


 というシンプルな文章とともに、美咲が最近ハマっているソシャゲのキャラのスタンプが送られてくる。あたしは好きの共有がしたくてボイス活動者をしているけど、嬉しさの共有は身近で大切な人とするのがいいのかもしれない。


 その後は真剣にボイスドラマの制作に取り組む日々が続いた。台本師さんとやり取りをしながら脚本を練り、役柄に合ったセリフを考える。動画編集にもチャレンジすることになったので、あたしは背景音楽や効果音の選定にも力を注いだ。


 カフェやあたしの部屋で、時には図書館や大学の演習室でも、制作作業に没頭した。慣れない作業に四苦八苦するあたしを、美咲は優しく見守ってくれたし、特には相談相手にもなってくれた。


 ふわりさんや台本師さんと進捗を報告し合い、アイディアを出し合いながら、私たちのボイスドラマは次第に形を成していった。時折、難しい局面に立ち向かいながらも、ふわりさんの前向きな姿勢と、美咲の応援があたしを鼓舞し続けた。


 そしてついに、あたしたちの努力が実を結び、新たな一歩を踏み出す瞬間が迫っていた。


「き、緊張する……」


 ツブヤイターでの告知も、宣伝文も考えた。あとは投稿ボタンを押すだけ……。それだけなのに緊張する。


 あたしはワクワクとドキドキの入り混じった気持ちで、投稿ボタンを押す瞬間を想像していた。でも、同時に何かしらの不安も抱えていた。あたしたちの作品がどれほどの反響を呼ぶのか、みんなの反応が気になって仕方がない。


「美咲、本当に……大丈夫かな……?」


 自分の顔に情けないくらい、緊張の色がにじみ出ているのがわかる。また空振りになったらどうしよう、今回はあたし一人の失敗じゃ済まされない。ふわりさんにも台本師さんにも、あたしと一緒にやってよかったって思ってもらいたい……。


 美咲は少し照れくさそうに微笑みながら、あたしの肩を軽く叩いた。


「まゆり、大丈夫だよ。まゆりはすごく頑張ったもの。努力が形になって、きっと素晴らしいものになるから。心配することないって」

「……ありがとう、美咲。美咲がそう言ってくれると、ちょっと自信が湧いてくるかも」

「当然だよ。私は百合坂ゆりこの作品を楽しみにしている、古参のリスナーだからね! そのうえ、一番近くで応援してきた彼女ですから!」


 最近美咲のドヤ顔を見る機会が増えた気がする。それだけ元気づけられる機会が増えたってことかな。


「……あたしもね、美咲が応援してくれてると思うと、ますます頑張りたいって気持ちが湧いてくるんだ。あたしたちの関係、お互いを高め合って成長させてくれる素敵なものだから。なんてね、えへへ」


 しばらく返事がないな、と思うと、美咲はあたしから目をそらしてあらぬ方を向いている。その耳がうっすら赤い。


「美咲? こっち向いてよ」

「……やっぱ、まゆりはまゆりだなぁ」

「当たり前でしょ」


 美咲はこちらを向いて微笑んだ。


「そうね、私たちって本当に特別な関係だよね。どんなことがあっても、お互いに支え合って、未来に進んでいこう! 握手しよ、握手!」


 握手した手を引き寄せて、美咲の華奢な肩に顔を埋めた。シャンプーのいい匂いがする。


「え、え〜と。まゆりさん?」

「もうちょっとこうさせて。ASMR配信でしょっちゅうやってるでしょ」

「アレはロールプレイというか、どちらかというと、ゆりこがしてくれるがわっていうか……まあいいけど」


 この緊張感と希望に満ちた瞬間を、私はずっと心に刻んでいくことに決めた。ボイスドラマの公開を前に、私たちの絆はさらに深まっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る