百合坂ゆりことボイスドラマ

 美しい朝日が街を照らしている。


 オープンキャンパスが終わり、日常に戻るなか、私はまゆりに話がしたいと言われ、大学近くのカフェに向かっていた。なんだかまゆりは、胸の中で新たな一歩を踏み出す覚悟を決めているような、そんな文章だった。なんだか今日は特別な日になる気がする。まゆりといれば、いつだって特別な日だけど。


 カフェに到着すると、まゆりは既に到着していた。まゆりはいつも集合時間より前に来ている。私に遅刻ぐせがあるわけではないけど、大概まゆりの方が早く着く。


「おはよう、美咲。ちょっと相談があって。そんな深刻なことじゃないんだけど」

「おはよう、まゆり。相談って何?」


 まゆりはひとつ深呼吸をしてから、言葉を続けた。


「実はね、最近考えていたんだ。私、新しいことに挑戦してみたいと思ってるんだ」


 新しいこと。私の胸はわくわくと高鳴った。


 なんだろう。お休みしている『百合坂ゆりこ』関係の何かだろうか。リスナーとしてはすごく嬉しいけれど。それとも何か別のこと? 演劇同好会関係のこととか。それとも全く別の本当に新しいことだろうか。なんにせよ、私に相談してくれるということが、本当に嬉しい。最近の私たちの関係は、お互いを刺激し合う場となっていることを実感している。


 新しいことに挑戦すること。成功するかどうかは分からないけれど、でもそれがきっと成長につながるんだろうな。まゆりの晴れやかな顔を見ているとそう思う。まゆりの前向きな姿勢は、私にも勇気を与えてくれる。まゆりから学ぶことはたくさんあるな。彼女にとっての私も、そうだったらいいな。


「新しいことって、具体的には何?」


 踏み込んできいてみる。待ってましたとばかりに、まゆりは目をキラキラと輝かせた。


「それがね、ボイスドラマの制作なの。私のチャンネルで、百合作品をボイスドラマとして制作してみたいと思ってるんだよ」


 今までの百合坂ゆりこの活動は配信が中心だったし、休止前のゆりこは雑談や企画に力を入れて、配信者として伸ばしていこう、という方針をとっていったように思うから、結構な方針転換だと思う。確かに新しいこと、新しい挑戦だ。


 まゆりは少し照れくさそうな表情で説明をつけくわえた。


「実は、自分の配信活動へのモチベーションが下がってて。でも、数字を伸ばさなきゃって焦って、よくない方向にいっちゃったから休止したんだけど、また好きなことに向き合えば、もしかしたら自分の気持ちが変わるかもしれないって思ったんだ。そうやってここ数日、自分の好きなものだけ見たり聴いたりして、いろいろ考えたんだけど、あたし、百合と同じぐらい演技が好きだなって」


 まゆりの瞳はいつだってキラキラだけど、ここまで熱がこもったキラキラは、久しぶりに見た気がする。


「確かに、好きなものをもう一回摂取することで、刺激を受けることってあるよね。そういえばふわりさんだっけ? 声優さんのボイスドラマにすごい感動してたし。でも、ボイスドラマってどうやって制作するの?」


 私の質問に、まゆりは少し考え込んでから、眉をさげた。


「それがね、ボイスドラマって実はちょっと、いやかなり複雑みたいで。台本の制作から、相手役をつけるなら声優さんのキャスティング、収録、編集、効果音の追加……全部考えないといけないんだ。でも、それがやってみたいんだから困っちゃうよね。イメージばっかり充実しちゃってさ」


 まゆりの情熱が伝わってきて、私も興味津々になった。商業作品はいくつか聴いたことある程度だけど、ボイスドラマという新たな世界に足を踏み入れてみるのも悪くないかもしれない。


「それにね、声優さんとのコラボを考えてるんだ。相手役の女性にも声をつけたいなって。というか、ふわり夏美さんみたいな声優さんと一緒に作品を作ってみたいなって思ってて」

「ふ〜ん」


 照れるまゆり。ちょっと嫉妬しちゃうなぁ。ネットの繋がりとはいえ、私も最初はそうだったわけだし。私の表情に気がついたのか、まゆりは慌てた様子で言葉をつなぐ。


「あの、美咲も覚えててくれたみたいだけど、彼女の作ったボイスドラマに感動したことがあって。その影響で自分でもやってみたいって思ったんだ。だから、声優さんと一緒に何か作ってみたいなって。でも、どうやって声をかけたらいいのか分からなくて……」

「あのね『声優さん』じゃなくて、『ふわりさん』とやりたいんでしょ? 正直に言ったら?」

「そ、それは……そうだけど」


 まゆりの顔に、少し不安そうな表情が浮かぶ。その表情に、なんだか嫉妬するのもバカらしくなってしまって、私は思わず笑みを浮かべながら、彼女の肩を軽く叩いた。


「大丈夫だよ、まゆり。難しく考えすぎなんじゃない? まずは声をかけてみることから始めればいいし、ふわりさんとはたまにやりとりしてるんでしょ?」

「百合の相手役やってくれませんかって言って、ドン引きされないかなぁ。狙ってるとか思われたらどうしよう……」

「大丈夫だって。まゆり……ゆりこが百合が好きっていうのは先方も知ってるだろうし、ちゃんと説明すればそんなこと疑われないよ」


 まゆりの目が輝き、自信に満ちた笑顔が戻ってきた。


「そうだね、美咲。ありがとう。ちょっと背中を押して欲しかったんだ。相談してよかった」


 新たな挑戦をするまゆりの目には、希望と情熱が溢れていた。私は彼女と一緒に未知の世界へ踏み出すことを楽しみにしていた。その後、まゆりは決意を固めたように言葉を紡いだ。


「ねぇ、美咲。私、ふわり夏美さんに声をかけるメールを書こうと思ってるんだけど、アドバイスを聞いてもいいかな?」


 私はうなずきながら、まゆりの隣に座った。


「もちろんだよ、まゆり。一緒に考えよう。どんな内容にするの?」


 まゆりは考え込むようにしばらく黙っていたが、その後に微笑みながら言葉を続けた。


「まず、挨拶から始めて、自分のことを簡単に説明して……あ、時間大丈夫?」

「大丈夫、今日は午前が休講なの」

「よかった。それでね……」


 私たちはカフェのテーブルに向かい合って、まゆりのメール作成に取り組んだ。新しい挑戦への第一歩が、まさに今始まろうとしていた。

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