百合坂ゆりこと動画の反響

 ボイスドラマの反響が広がる中、私とまゆりは大学の図書館にいた。


「美咲、見てみて! 再生数がすごいことになってるよ!」


 まゆりがスマートフォンの画面を私に見せてくれた。数字を気にしているまゆりの姿はちょっと心配だったけど、実は私もちょくちょく覗いている。ふわりさんのチャンネルとまゆりのチャンネル、二本とって連日公開した動画は、どちらも再生回数が伸び続けている。特に今まで配信が中心だったゆりこの動画は、その新鮮さが良かったのか、コメント数を過去最高を更新しつづけている。


「確かに、すっごい伸びてるよね」


 私の心配をよそに、目標だった収益化ラインまで登録者数を増やしたまゆりは上機嫌だ。


「アナリティクスを楽しみに見れる日が来るなんてね」


 ニコニコと画面を見ているまゆりを見ると、否定はしづらいけれど……。


「そうだね、まゆり。これからもっと、反響が大きくなるだろうし」


 まゆりの喜びようが、嬉しくないわけじゃない。ボイスドラマ制作の成果が形となって、たくさんの人たちに届いていることは、本当に素晴らしいことだと思う。


「でもね、そうやって反応気にしてるの見ると、ちょっと心配だよ」


 い、言ってしまった。でも、まゆりは私の反応を予想していたようで、特に驚いたり怒ったりすることはなかった。


「えへへ、心配されちゃった」


 小首をかしげる、としか形容できない、美女の破壊力を百倍にするあのポーズを、まゆりは嫌味なくやってのける。かわいいな、なんて思わず見惚れてしまうのが、手のひらの上で転がされてる気がしてなんだか悔しい。


「でも心配しなくて大丈夫。あたし、もう数字病み終わったから。活動者だから数字も反響も大好きだけど、あたしには力になってくれる彼女がいるし、表現したい世界があるし、何より好きなこと好きなようにやればいいやって吹っ切れたから」


 おかわりとばかりに、まゆりはかわいい小悪魔のような、あざとい天使のような、そんな笑顔をこちらに向けた。


「また病んじゃった時は、美咲に甘えちゃうもんね」


 勝負なんてしてないんだけど、まゆりには敵わないな、とつくづく思う。


「美咲が困った時は、あたしが力になるからね」


 こういうことをサラッと言えるのが特に。


 その後、私たちは再生数やコメントを確認しながら、ボイスドラマの反響を感じた。温かいメッセージばかりで、まゆりはますます制作に力を入れる決意を固めた見たいだ。


「美咲、あたしこれからも頑張るよ。新しいアイディアも出して、たくさんの人たちに笑顔や感動を届けていきたい」


 私は笑顔で頷いた。


「そうだね、まゆり。声も作品も、みんなの心に響くこと、楽しみにしてる。絶対響くよ。百合坂ゆりこは私の推しだから」

「ん? どういうこと」

「た。タカちゃん?!」


 なんでここに、と思ったが、ここは大学の図書館。午後はタカちゃんと一緒に受けてる授業。当然タカちゃんも使う場所だし、もう大学にきててもおかしくない時間だ。急に入ってこられて驚いたけど、タカちゃんにしてみれば図書館にきたら友人と知り合いがいたから声をかけたにすぎないのだろう。


 まゆりとタカちゃんは公演会のあとも、会ったら挨拶はするくらいの関係を維持しているらしい。


「あ、ごめんね、割って入って。でも藤ちゃんの推しってまゆりさん本人じゃないの? 気になっちゃって挨拶の前に声に出てた」

「あ〜。これは〜。その……」


 慌てている私の反応を、まゆりがじっと見ている。


「まゆり」

「ん? どうしたの美咲」

「タカちゃんなら話していいよね」

「あたしはいつだってウェルカム」


 まゆりはパチンとウインクを決める。


 私はまゆりと私の、と言うか百合坂ゆりこと私の、複雑なようで単純な関係について説明した。私は要点をまとめるのが上手くないので、馴れ初めから今まで全部話してしまった。言わなくてもいいことまで喋った気がする。イヤホン事件とか……。


 タカちゃんは相槌は打ちながらも、静かに聞いていた。どう思ってるのかちょっと不安だな、なんて思っていたら、


「なるほど? 百合な活動者と百合百合してるってわけですな?」


 タカちゃんの第一声はそれだった。タカちゃんらしいと言えばらしいけど。緊張が一気に緩んだ。


「……タカちゃん普段はそこまでキモオタ喋りじゃないでしょ」

「いやいや。茶化してるように聞こえたらごめんだけど、そう言う意味はないよ」


 タカちゃんは顔の前で手を振った。


「そして、そんなにってことは、いつも少しはキモオタ喋りだと思ってるんでござるな? 藤ちゃんはオタ仲間だと思ってたのにひどいでござる〜。拙者泣いちゃうでござる〜」

「こっちこそ、そう言う意味じゃないってば!」


 グダグダとくっちゃべっている私とタカちゃんを、まゆりは笑って見ていた。


 世界一素敵な私の彼女、高坂まゆり。そして、私の推し、ボイス活動者百合坂ゆりこの未来に向けて、新たな冒険と挑戦を共にすることを、私は心から楽しみにしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る