活動者のあたしと藤岡美咲

 あたしがリアルでも女の子を好きになると知ったのは、つい最近のことだったりする。


 中学、高校と女子校に通っていたあたしは幸いにもオタ友に恵まれ、男の子に興味なくても当たり前の環境だった。百合が好きと気がついたのは早かったけど、百合オタクの延長線上に止まっていた。


 高校生になってから自分の好きなことを発信したくて配信をするようになった。演劇部で主役を張っていたあたしは、今思うと完全に調子に乗っていて、きっとウケるに違いないと思っていた。実際演劇部のメンバーには褒められたし、良いものが作れたと言う自負があった。しかし、結果は散々だった。コメントはないし、同接も伸びなかった。正直落ち込んだ。だけどあたしは自分の好きなものを、自分の言葉で誰かに伝えたいと思ったのだ。だから諦めず配信を続けた。そのうち同接が増えてきて、コメントも増えてきた。そしてついに、リアタイ視聴者からコメントをもらった。


『初見です。素敵な配信でした』


 本当に嬉しかった。藤岡美咲。たぶん本名でコメントしちゃったおっちょこちょい。さすがに登録名とアイコンは変えてたけど、ちょくちょくコメントをくれる文体から、彼女が応援を続けてくれていることはわかっていた。


「どんな人なんだろうなあ」


 あたしは名前以外何も知らないリスナーに勝手な妄想を膨らませていた。あたしの配信を見にきてくれるってことは百合が好きなんだろうな、とか。美咲って名前はただのハンドルネームで、本当はおじさんだったらどうしよう、とか。会うこともない人のことを、あれこれ考えている時間は楽しい。


 配信活動を楽しみすぎていざ受験が始まると勉強のできなさに焦ったけれども、早く活動を再開したくてがんばった。その成果は出せたと思う。


 あたしは大学生になった。入学式の日、あたしはガラにもなく緊張していた。女子の花園から共学に通うようになったのもそうだけど、ずっと同じ人間関係の中にいたので新しい人と良い関係を築けるか心配だったのだ。高校の卒業式はわんわん泣いたし、友達も泣いてたし、ブレザーのボタンはむしられた。そんな思い出も今は笑い話だけど。


 入学式も新歓も楽しかった。隣の席に座っていた子とは今度カラオケに行く約束をしたし、入りたいサークルも決まった。何人も連絡先を交換したし、朝は不安だったのに、昼頃にはすっかり大学生活というものに期待が高まっている。あたしって単純なのだ。演劇同好会のちょっとイケメンな会長の連絡先をもらった時は、こうやって恋がはじまるんだろうかなんて考えたりもした。別に会長を好きになったわけじゃないけど、そのシチュエーションは美味しい。なんせあたしは少女漫画脳。なんでも恋愛に結びつけがちなのだ。


 恋愛もの大好きなわりに、女子校時代後輩から猛アタックされる……なんて美味しいシチュエーションに縁のなかったあたしは、大学ではなにかが起きる予感がしていた。しかし、現実は予感の斜め上の出来事を運んでくる。


「こんばんは〜!  百合坂ゆりこだよっ! 今日も一日頑張って偉いね」


 駅のホームで自分の配信を聞くことになるなんて誰が予想するだろう。ボイス活動者なんてやるくらいには自分の声も演技も好きなあたしだけど、不意打ちで聞かされるとさすがに恥ずかしいものがある。あちゃ〜、気をつけてるけど、結構ノイズ入ってるな。


 一瞬あたしの鞄に入ってるスマホを確認したけど、配信を垂れ流したおっちょこちょいはベンチに座っている、たぶん同じ大学の一年生の女の子だった。まとめた黒髪に黒のスーツをきて、就活用スーツのコマーシャルに出れそうな真面目な雰囲気だけど、丸いぱっちり二重はキラキラ輝いていた。


「……あの」


 話しかけるのに、少し時間がかかってしまった。活動者というものはやっぱりリスナーに楽しんでほしくてコンテンツを提供しているし、それが現実になっている様にあたしはものすごく感動してしまって、この一瞬だけリピートし続けたいと思った。


「……っ!?」


 イヤホンを外してBluet××thの接続がされていないことに気がつき、女の子は赤面して慌てていた。


「え? あっ、あっ、あっすみません。うるさかったですよね……」


 表情がくるくる切り替わって、パタパタ手を動かしてるところとか、ちょっと小動物みたいで可愛い。


「いえ、大丈夫です。その……百合坂ゆりこのリスナーさんですか?」

「へ? あ、まあ、はい」


 きょとん、と顔にかいてある。可愛いなあ、もう。あたしは笑いそうになるのをグッと堪えた。


「わぁ! 超うれしい!」

「え?」


 何を言っているのか理解できない、とまた顔にでている。


「あ、ごめんなさい。いきなりこんなこと言われても困りますよね……。えっと、あたし、百合坂ゆりこです。配信とか動画とか作るのがすごく楽しくて、できればいろんな人に聞いてほしくて……やっといつも聞いてくれるリスナーさんがついてくれて本当に嬉しくて……会えたら感謝したいな、なんて思ってたんです」


 ポカンと口が半開きになっている彼女に向かって、あたしはまくしたてた。あたしはおしゃべりのくせに肝心なところで語彙力が足りない。本当はその場で抱きしめたいくらいの嬉しさだったんだけど、それでドン引きされたら悲しいので拙い言葉を連ねた。


「え……じゃあ、あなたゆりこ……百合坂さん?」

「はい!  いつも聞いてくださってありがとうございます。あと、敬語じゃなくていいよ! ゆりこって呼んでくれた方が嬉しいかな!」


 この時点であたしは、一つ確信していた。


「違ったらごめんだけど、藤岡美咲さんだよね?」

「えええええええ、な、ななななんで知ってるの?!」


 これまたわかりやすく驚いてくれる。わかるよ、だって、あたしのリスナーでホームに配信響き渡らせちゃいそうなおっちょこちょいそんなにいないもの。


 ああ、たぶん、あたしこの子のこと好きになる。朝とは違う、暖かな予感が、あたしの胸を踊らせた。

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