百合な活動者とリスナーの私

 ゆりこの中の人と知り合ってほぼ1ヶ月経つ。ちょっとした罪悪感を覚えつつも、私はリスナーと友人の二重生活を続けていた。


 彼女は見た目の通りの人気者で、明るくて裏表がなくて華やかで、私の友達にしておくのはもったいない美人だった。でも、ゆりこの中の人というバイアスを無意識のうちにかけてしまっている気がして、なんだか申し訳ない気持ちになる。


「今日はね〜、大学の帰りに猫カフェに行ってきたんだ〜」


 そんな彼女はよく私に通話をかけてくる。通話という文化に縁のなかった私だけど、話上手で声が良い友人との通話は楽しい。


「ふーん」

「あれ、興味なさげ?」

「いや、そ、そういうわけじゃないよ! 猫とか好きなんだなって」

「あ、そうなの。あたし動物全般好きなんだ! 美咲も今度一緒に爬虫類カフェ行かない?」

「なんで爬虫類カフェ……。私は爬虫類は得意じゃないなあ」

「じゃあ猫カフェ行こうよ!」

「いいよ」


 美人と猫……良い……とか思ってしまったこのクソオタクを誰かぶん殴ってください、お願いします。うん、でも、美人が猫ちゃんと戯れているところを見たくないかと言われれば、見たいにきまっている。私も猫は好きだ。飼ったことないからうまく触れるかちょっと不安だけど。


 彼女は友人で、でも推しで、だけど素がゆりこそのまんまってわけでもなくて。だからなんだって話だけど、すごく脳みそがバグる。トキメキの脳汁が大量に分泌されて、収集がつかなくなる感じ。


 美人でちょっとギャルで、でも素の声のふとした響きにゆりこを感じる。例えば話はじめの息遣い。あとはテンションが上がってる時の、さっきの会話だったら、『行こうよ!』の『よ』が跳ね上がるとこ……。ゆりこの配信では聴けない、ちょっと掠れたテンション低い声も好きだけど。……このクソオタクを誰かぶん殴ってください、お願いします。


「そういえばさ〜、最近あたしの配信にコメントしてくれてる人がいてね、それがすっごく面白いんだよ」

「へぇ」

「その人はね、なんかこう……あたしのことをすごく褒めてくれるの。『推せる』とか『かわいい』、『最高!』みたいな」

「……ふーん」


 配信見てるからその人知ってるし、まあそのくらいなら私も言ってるけどな……。なんか面白くない。もしかして、これが…………これが噂の同担拒否?!


「それでね、すごい嬉しいんだけど、やっぱ初めて言ってもらった時の感動って違うなって。美咲、ありがとね」


 声が良い〜〜〜〜。オタクが死んぢゃう〜〜〜〜。尊死。


 私は壁になりたいタイプのオタクで、ゆりこのシチュボも女主人公とゆりこ演じる女の子の百合作品として聞いてて、自分に感情が向いてると気恥ずかしくなってしまうのだけど、オタクごときに感謝しちゃうゆりこという概念は尊い。好き。


 私のシチュボの聴き方は、自己投影しない夢主がいるタイプの夢女といえば同胞にはわかるだろう。わからない人は、う〜ん、主人公を生やして妄想するタイプといえばいいだろうか。あとはなんだろう、観葉植物とか? 


「美咲、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

「ほんとにぃ? ……あ、そうだ、あたし美咲に聞きたいことがあったんだ」


 何気ない風を装いながら、彼女の声には少しだけ緊張が滲んでいた。オタクスタンスの解説とか脳内でしてる場合じゃなかった。


「なに?」

「美咲はさ、あたしのことどう思ってる?」


 え、ええ……!? 何この質問。いや、待て、落ち着け私。キモオタが身近にいたことないから戸惑ってるんだよ、たぶん。だから調子のんな!


「えっと……」

「あ、ごめんごめん。言いにくいよね。ごめんごめん」


 そんな謝られるとこっちが申し訳なくなっちゃう。なんか言わないと……


「えっと、その……あの……すごく……可愛いと思うよ?」

「ありがと」

「……」

「…………」


 なんだ、この間は。どーせ私はキモオタですよーだ。なんだよ、可愛いと思うよ?って。当たり前でしょうが。


「ねえ、美咲」

「うん」

「猫カフェ行くのデートってことにしない?」


 ……はい? 思考停止。意味がわかんない。


「い、いきなり何を言っているのかわからないんですが……」

「だからぁ、あたしと恋人にならないかってこと」

「え……ええええええ?!」


 いやいやいやいやいやいやいやいや。ちょっと待って。待って、待って! 何が待ってかわかんないけど待って!!!!!


「あはは、ごめん、びっくりさせちゃった?」

「い、いえ……えっと……」

「ダメ……かな」


 ずるい。そういう小悪魔ボイスに私が弱いこと、この人はよく知っている。本当にずるい。ずるくてあざとい、そんなとこが大好き。私はあくまでリスナー、でも彼女は友達……。出会ったのも偶然、たんに出会った友達がたまたま活動者だっただけ。


 私は彼女に会った時から、もう運命が始まっていたのかもしれない。


「うぅ……わ、わかった。いいよ」

「やったー!」

「よろしく……まゆり」

「うん! よろしく美咲」


 私の大好きな声でそういう彼女の名前は高坂まゆり。私の推し、百合坂ゆりこの中の人であり…………私の彼女になりました。

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