高坂まゆりとマイ・バースデー

「うわー、すごい! 本格的な配信部屋だー!」

「でしょ? 自由に見ていいよ」


 まゆりの部屋に来ている。


「すごいなぁ、どういう機材なの、これ」


 私は純粋なるリスナーなので、配信する人がどういう機材を使っているのかは、なんとなくしか知らない。バイノーラルマイクとかダミーヘッドマイクとか、有名なやつはわかるけど。まゆり、というか百合坂ゆりこはバイノーラル配信をよくしている。


 そういうことを伝えると、まゆり直々に機材の説明を、軽くだけど、してくれた。


「このいかにも配信者っぽいマイクは?」

「このマイクは、聞いたことあるかもしれないけど、コンデンサーマイクって言って……。バイト頑張ってちょっといいやつ買ったんだ。普通のボイスマイクよりも感度が高いから、細かい音や微弱な音も拾えるってわけ」

「じゃあ、マイクとセットみたいなこれは?」

「それはポップガード。ポップガードは、マイクに向かって話したときに、息を吐き出すときの音を軽減するための、なんて言うか、ガード? 細かい音も拾うマイクだと、口元で話すと息の音がマイクに直接入って、聞き苦しい音になっちゃうことがあるんだよね。コンデンサーマイク使ってる人はほぼ持ってるんじゃないかな。これも意外と高かったんだよね〜」


 あとね〜、といいながら、まゆりはマイクを支えている棒を指差した。


「地味に高かったといえば、これだな。マイクを置くためのスタンド! あたしはアームって呼ばれるのを使ってるんだけど、マイクに付属してたのだと使い勝手が悪くて。配信中にマイクの位置を変えたりする必要があるから、自由に調整できるアームの方がよかったんだよね。マイクみたいに音質に直接関わるもの買うのとちょっと心持ちが違うって言うか……。手痛い出費だったよ」

「へぇ〜」


 私は感嘆の声をあげるしかない。


「この配信部屋、本当にすごいね。私の部屋なんかより全然綺麗だし、広いし」

「そりゃあ、この設備揃えるために、結構節約してバイトしてたもん。出費する一方だけど、良い配信にしたいからさ」


 百合坂ゆりこの配信者としての意識の高さを垣間見た気がした。オタク側からは見えてこない努力を積み重ねて、まゆりは私の大好きな『ゆりこ』をやってくれてたんだなぁ。


「……すごいなぁ、まゆりは」

「えへへ、惚れなおした?」

「うん」


 しばらく返事がないな、と振り返ったら、珍しくまゆりが顔を赤くしていた。


「……まゆりも照れることあるんだね」

「あるわい! だってサラッと返すんだもん。美咲の天然!」


 肩を軽く叩かれた。


「ほら、早くケーキ食べよ。せっかく買ってきたんだから」


 まゆりは配信部屋を出て行ってしまった。


 そうなのだ。実は今日は私、藤岡美咲の誕生日。まゆりが自分の家で、誕生日会を開いてくれることになったので、こうしてお呼ばれしている。ディナーは二人で外食し、予約していたケーキをピックアップしてまゆりの家にきた。


「紅茶で良かった?」

「うん、わざわざごめんね」

「改めて、お誕生日おめでとう!」

「ありがとう」


 まゆりが差し出したのは、小さな箱。


「はい、プレゼント」

「開けていい?」

「もちろん」


 中には、ピンクゴールドのネックレスが入っていた。ハート型のチャームが可愛らしい。


「かわいい! ありがと、嬉しい」

「良かった! 美咲が好きそうだな、と思って買ったの!」

「私、こういう女の子っぽいデザイン好き」

「でしょ? 美咲に似合うと思ったんだよ」


 早速首につける。まゆりが出してくれた鏡を見ると、今日私が着てきた、二人で選んだ服にもぴったりマッチしていて嬉しかった。


「どうかな」

「うん、とっても似合ってる」

「ありがと」


 今日、私は何回ありがとうと言っただろう。ニコニコしているまゆりは、やっぱり最高に可愛かった。と、同時に、裏での金銭面の出費を知ってしまうと、このネックレスも高かったのではないか、なんて。


「どうしたの? 急に難しい顔して」

「……いや、なんでも」


 誤魔化しては見たものの、まゆりはなんでもお見通しみたいだ。


「どーせ高いもの買わせちゃったな、とか思ったんでしょ」

「……そ、そんなことないけど」

「いーの! 美咲はそんなこと気にしなくて! あたしはあたしが買いたいもの買いたい時に買いたくてバイトしてるんだから! あと、あたしの誕生日に無理して同じ価格帯のプレゼント用意しようとか、そういう気遣いはナシだからね!」


 ぷくっと頬を膨らませる仕草がリアルに可愛いのは、まゆりくらいのものだと思う。


「プレゼントありがとう。嬉しい」


 今日で私は十九歳になった。三ヶ月だけ誕生日が早いので、私の方がちょっとだけ年上だ。でも、活動への考えとか、プレゼントのスマートさとか、比べるのがおこがましいくらいまゆりはしっかりしている。


「まゆりは偉いね。ちゃんと自分でお金稼いで、それで好きなことして」

「まぁねー。でも、楽しいことばっかりじゃないよ。辛いこともあるし、嫌なこともある。でも、自分で決めたことだからさ」

「そうだよね」


 かわいくて、しっかりものの彼女に、釣り合うようになりたい。同じ道を歩いてるわけじゃないけど、せめて私は私で頑張っていることがあるって、胸を張れるようになりたい。十九歳の目標にしよう。


「あのね、まゆり」


 自分からまゆりの手を握った。軽く私の方に引き寄せると、驚いた顔と目があった。


「大好きだよ」

「……うん」


 私達は付き合っている。でも、恥ずかしさが勝ってしまって、なかなか好きだと言えなかった。慣れてはきたけれど、それでも口にするのは照れ臭い。今だから言える気がしたのだ。どちらともなく唇を寄せた。柔らかな唇は、人工的な甘さのリップグロスと、少しだけクリームの味がした。

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