【喫茶店】

・【喫茶店】


 私、正太郎、義友さんで、喫茶店の中へ入ることにし、お姉ちゃんは車の中で待機することになった。

 正太郎はバッグの中から帽子を出して、その帽子を深くかぶって変装した。

 それに対して私は、

「何で変装しているの?」

 と聞いたら、

「いや、タイミングを見計らいたいから」

 と答えた。

 私だったらすぐさまお母さんに抱きついちゃうなと思いながら、三人で喫茶店の中に入っていった。

 厨房から遠くの席に座った。

 正太郎が奥で、私は正太郎と並んで座り、義友さんは正太郎の正面に座った。

 すると、すぐさま義友さんがどこかへ指を差した。

 その先を見ると、なんと正太郎の写真の人物が接客をしていた。

「あっ!」

 つい私は大きな声を出してしまった。

 その女性は私の声に気付き、なんとこっちへ近寄ってきた。

 どうしよう、どうしよう、変なキッカケによる感動的な出会いの場面になっちゃう。

 その女性はこちらに来て、

「どうしましたか?」

 と聞いてきたので、義友さんが笑いながら、

「コーヒー一つとオレンジジュースを二つ、お願いします」

 と答えた。

 その女性は「はい、かしこまりました」と答えて、厨房に注文を通した。

 正太郎はチラリとその女性を見てから、ずっと俯いていた。

 その女性とは違う女性がコーヒーとオレンジジュースを持ってきた。

 その時には顔を上げていた。

 私は正太郎がどう言うだろうと思って待っていると、正太郎がゆっくりと口を開いた。

「元気でやっているのなら、それでいい」

 ちょっとした間のあとに、義友さんが、

「そうか、じゃあ飲んだら帰るかっ」

 と言って優しく微笑んだ。

 それに小さく頷いた正太郎。

 いや、違う、そんなの正太郎じゃないと思う。

 だから、

「正太郎、ちゃんと気持ちを言葉にした? ことば探偵なんだからちゃんと言葉にしないとダメだよ」

 黙って俯いた正太郎。

 私は続ける。

「言葉は伝えるためにあるんでしょ、正太郎。私には正しい言葉を伝えて。私は正太郎の言葉が好きだから」

「……俺は、やっぱり、お母さんにちゃんと挨拶がしたい」

「じゃあしようよ!」

 私は正太郎の手を握って、

「正太郎ならきっと良い言葉をお母さんに言えるよ!」

 義友さんは真剣な表情で正太郎を見ながら、

「じゃあ呼ぶよ、いいかい?」

「はい、お願いします」

 義友さんは手を挙げて、通路側に上半身を倒し、

「すみません! 最初に注文を取りに来た店員さん、来て下さい!」

 と言うと、その店員さん、というか正太郎のお母さんが不可思議そうにやって来た。

 お母さんが来たところで、正太郎は深くかぶっていた帽子を外して、こう言った。

「お母さん、探したよ」

 その瞬間だった。

 お母さんはバッと走り出して、なんと店の外へ出るため自動ドアのボタンを押したのだ!

「ちょ! ちょっと!」

 義友さんが急いで立ち上がろうとしたが、奥のほうに座っていたせいで、ギリギリで逃げられた。

 私も正太郎も義友さんも追いかけようとすると、外のほうで「キャー!」というお母さんと思われる人の声が聞こえた。

 もしかすると飛び出した拍子に車に轢かれそうになったのか、とか思っていながら外に出ると、お姉ちゃんのデカい声がした。

「絶対逃げると思った! ドアの前で待機してて良かった! コイツだろ! エプロンのヤツ! エプロンのヤツ!」

 お姉ちゃんが正太郎のお母さんを抱きしめて食い止めていた。

 正太郎のお母さんも必死に叫んでいる。

「正太郎に合わせる顔が無いんです! どうかどいて下さい!」

「逃げるな! 逃げるな!」

 お姉ちゃんは必死の形相で止めていた。

 義友さんが小さな声で、

「少し失礼します」

 と言ってから、正太郎のお母さんの腕を掴んだ。

 それで観念したかのように、正太郎のお母さんは暴れることを止めた。

「お母さん……」

 正太郎はお母さんの目の前に立とうとするが、お母さんはそっぽを向く。

 それに対してお姉ちゃんが、

「正太郎の気持ちも考えろよ! バカかよ!」

「合わせる顔が無い……」

 そう唇を震わせるお母さんに正太郎はゆっくりと口を開いた。

「知ってるよ。だってお父さんは失踪届け出していないからさ。どこかで生きていることは分かっていたよ。でも、でも、俺はもう一度会いたかったんだ」

「ゴメンね……正太郎……私、あの人のことが……」

「不仲だったことも分かるよ、でも俺、俺は、お母さんとずっと一緒に居たかった」

「ゴメンね……」

 さっきと同じ『ゴメンね』だったけども、さっきよりもずっとずっと重い『ゴメンね』ということは私でも分かった。

 正太郎が言った。

「でもそっちで幸せなんだね、それなら良かった。俺はお父さんのことも好きだから、お父さんと一緒に暮らすからさ。とにかく元気で良かった」

「ゴメンね……正太郎、私は正太郎のことは好きだからね……」

「でもさ、たまには元気でやっているという手紙は出してよ。気が向いた時でいいから。これ、住所と、俺のメールアドレス」

 そう言って正太郎はお母さんにメモを渡した。

 お母さんは小さく頷いた。

「じゃあね、お母さん。俺は元気だから。お父さんもまあそれなりに。俺からはお父さんに居場所を言ったりもしないからさ」

「ありがとうね……正太郎……今度、二人で会おうね……正太郎が良ければ……」

「モチロンだよ!」

 そう言って笑った正太郎。

 でも、でも、ううん、笑ったんだ正太郎は。

 正太郎は笑ったんだから、勘ぐっちゃいけない。

 お母さんは喫茶店の中へ戻っていき、義友さんは、

「じゃあ会計払ってくるから」

 と言って喫茶店の中へ。

 正太郎からは、やり切った笑顔と同時に、大きな悲壮感を私は感じた。

 だから、

「正太郎」

 私は正太郎を抱きしめた。

 正太郎は小さな声で「大丈夫、大丈夫」と言ったので、私は、

「私が大丈夫じゃないから」

 と言うと、

「じゃあ、そうだね……」

 と言って抱き締め返してくれた。

 義友さんが戻ってきたところで、お姉ちゃんが義友さんへ飲み物代を払おうとすると、義友さんが、

「これくらい全然大丈夫。お嬢さんはこの子たちの傍にいてあげて」

 と言って義友さんは私たちから離れて、スマホでタクシーを呼び始めた。

 私と正太郎、微妙な距離感で立っていると、お姉ちゃんが私たちの肩を抱きながら、

「哀愁かよ。帰るぞ」

 と言って、三人で車に乗り込んだ。

 まさか一日で終わるとは、とちょっとだけ思った。

 あとはずっと正太郎のことを考えていた。

 家へ戻って来て、お姉ちゃんが正太郎を車で送ると言うと、私もずっと車に乗っていることにした。

 別に正太郎と会話をするわけじゃなかったけども、ずっと一緒に居たかったから。

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