【怪しい数値の配置】

・【怪しい数値の配置】


「なぁ、鈴香」

 真剣な表情で私に話し掛けてきた正太郎。

 一体どうしたのだろうか。

「石のゲーム、あれ難し過ぎだろ」

「石のゲームの話はもういいでしょ、あれはそもそもコツがあんの」

「そうなのか……そうだったのか……いや、今はそれ以上に言いたいことがあるんだ、まあ両方真剣だけどな、ダブル真剣」

「両方って何、石のゲームの話はじゃあいいのね。そのもう一方のほうも早く言いなよ」

 正太郎は少し沈黙し、間をとってから、真面目な顔をして口を開いた。

「鈴香にも七色ゼリーに投票してほしいんだ」

「いや! 給食のデザート・アンケートの話かい! めちゃくちゃ真剣そうな表情でどうしたのかと思ったら!」

「いや真剣になるだろ! これから出る給食のデザートをアンケートで決めるんだぞ!」

「でも実際、これって、給食センター公式のヤツじゃないんでしょ? 給食委員会が自主的にアンケートをとって、それをただ給食センターの人に見せるだけでしょ」

 私は冷静にそう言ったが、正太郎の首は横に動いた。

「でもそれが民意ってわけだから給食センターの方々も見過ごすことはできないだろ!」

「意味無く熱いわっ、こんなことでよく熱くなれるな!」

 と正太郎と会話していると、後ろから誰かの声がした。

「……こんなこと? モグモグ、いやこれはとても重要な! モグモグ! 案件です!」

 華絵が大きな声で叫んだ。

 全クラスに轟くほどの声で叫んだ。

 モグモグごと叫んだ。

「給食のデザート・アンケート、こればっかりは負けられない……モグモグ!」

 あまりの華絵の威圧感に、少し怖くなりつつも、私はおそるおそる聞いてみた。

「……華絵は何推しなのっ?」

「まあ箱推しってヤツね、モグモグ」

「……箱推しってどういう意味?」

 と私が聞いたところで、正太郎が何か改めて、

「おまちどおさま! ここはことば探偵の出番だな!」

「いやおまちどおさまって! いつも待ってないし、今日に至ってはずっといただろ!」

 そんな私のツッコミは意に介さず、説明を始めた正太郎。

「箱推しというのは、好きなアイドルグループの個人を好きになるんじゃなくて、グループごと好きになるという意味だ」

「じゃあ、それを給食のデザートで言うとどういう意味になるの?」

 と正太郎に言うと、

「それは華絵に聞いてくれよ」

「じゃあ正太郎が割り込んだ意味全く無いじゃん!」

「うん、全く無い」

 何だこの意味無い会話……と思いながら、ゆっくり華絵のほうを見ると、

「私が、モグモグ、説明するわ、モグモグ、給食のデザートの箱推し、つまり、全部!」

 いや!

「アンケートで一番やっちゃいけないヤツ! 全部に投票って要は全てに-1と効果は一緒だから!」

 と強めにツッコんだんだけども、華絵はもっとパワフルな勢いで、

「全然違う! モグモグ! とにかく何でもいいから給食にデザートを付けてほしい! モグモグ!」

 それに対して正太郎は斜め上を見ながら、

「まあ複数回答OKだから、全部に投票でもアリなんじゃないかなぁ」

 と言うと、華絵はめちゃくちゃ嬉しそうに正太郎の手を握りながら、

「さすが正太郎! モグモグ! 私の肯定! 私の肯定! モグモグ!」

 ……何か、華絵と正太郎が仲良くしていると、心のどこかがモヤモヤしてくるんだよなぁ。

 これ一体何なんだろう、まあいいや、そんなことは後回しにして。

「というか正太郎って七色ゼリーが好きなんだね」

「モチロン! 七味あるってことだぞ! もう七味唐辛子以来じゃないか!」

「そんなこと無いよ、八宝菜なら八味入っているよ」

「でもそれは全部同じしょっぱい味で味付けされているだろ!」

 正太郎は力説しているけども、いやいや、

「七色ゼリーだって、全部甘い味で味付けされているでしょ」

「分かってないなぁ、分かってないなぁ」

 そうブツブツ言って自分の席に戻った。

 いや分かっていないのは正太郎のほうでしょ。

 まあいいか、私はどうしようかな。

 私は何だかんだでフルーツポンチが好きだし、複数回答アリなんだけども、ここは一番効力が大きくなる一答のみにしようかな。

 こういうアンケートは本命を、他と差を付けることが大切だ。

 仮に持ち点を配分する方式なら、持っている点を全て本命につぎ込む。

 そうすることによって、本命を勝たせる確率を一番上げることができる。

 いろいろ迷って、複数回答してしまうことは、ナンセンスなやり方なのだ。

 ちなみに、逆に、最下位を作りたい場合は、それ以外の回答全てを選ぶといい。

 そうすることにより、-1票を入れることができる。

 だからなんというか、正太郎の思い通りにならないようにしたければ、七色ゼリー以外、全部を選ぶことも手だなぁ。

 まあ結局こんなアンケート、給食センター主催じゃないからどうでもいいけどね。

 ――そしてアンケートはつつがなく終わり、そして結果が次の日には出た。


「結果発表早いね」

 美代が私にそう言った。

 主語が無かったので、最初何を言ったのか分からなかったけども、華絵の声でよく分かった。

「全体の投票数が多い! モグモグ! これはいける! モグモグ! 伝わった! 総意が!」

 正直あんまり興味が無かったけども、廊下に貼りだされた給食アンケートを一応見ると、何だか違和感を抱いた。

「七色ゼリーが妙に低い! 七味だぞ! 七味! おかしい! このアンケートおかしいぞ!」

 隣で正太郎がやいやい怒っていた。

 いや七味だからってどうした、という気分だが、まあ確かにこのアンケートはおかしい。

「不正だ! 不正だ! 七色ゼリーは一位に決まっているんだぁっ!」

 と言う正太郎に脳がインスパイアされたのか。

 つい本心がポロリと出てしまった。

「うん、これ不正してるね」

 小さな声でポツリと零れ出てしまったことには気付いたが、それ以上に気付いた人がいた。正太郎だ。

「鈴香! これ不正なのかっ! やっぱりそうなのかっ! どういうことなのか教えてくれぇぇええ!」

 私の肩を掴み、めちゃくちゃ揺らしてくる正太郎。

 いや酔うわ。

 まあ私は説明することが好きなので、説明をするか。

「このアンケートは数値の配置が不自然なの」

「数値の配置が不自然? いやまあ確かに七色ゼリーがこんなに低いことは不自然だな」

「いやそういうことじゃなくて、こういう数値にはベンフォードの法則というものがあるのぉ」

 また語尾が上がっている。

 でもいいんだ、それはもういいんだ、もう悩む段階の私ではないんだ。

 正太郎もそんなことは気にせず、オウム返しをし、

「ベンフォードの法則?」

「そう、ランダムな数値は1から始まる数値が一番多くて、次が2、次が3……となるようになるの。でもこのアンケートは1と2と3と4がほとんど同数で、本来ならもっと1が多くなるはずなの」

「じゃあこのアンケート結果は不正している確率が高いということか?」

「まあそうなるねぇ」

 私は知識を披露できて少しホクホクしていたが、それ以上にホクホクしていたのが正太郎だった。

「やったぁっ! 七色ゼリーの一位の確率がまだまだ出てきたぞ!」

 いやまあ不正を喜ばれても困るけども。

 この話を聞いていた美代が言った。

「実際そのベンフォードの法則では、最初に1が出る確率ってどのくらい高いの?」

「単純に考えると、数字は1から9で9個だから、一つの数字につき11%と思いがちだけども、このベンフォードの法則からいくと、1は約30%近く無いとおかしいとされているの。ちなみに2は約18%。身の回りの数字はほとんど1か2から始まっていないとおかしいのに、このアンケートは1から4の数字から始まる数値が同数で、明らかにおかしいの」

 私が美代にそう答えていると、華絵がカットインしてきた。

「でも本当にそうなのかなぁ、モグモグ、複数回答アリならこうなるんじゃないのかなぁ、モグモグ」

「だって現に私は複数回答アリでも一つしか答えていないよ」

 と私が答えると、美代もパッと顔を明るくしながら、

「あっ、私もそう、やっぱり本命一つでありたいよね」

 私と美代で共感し合っていると、正太郎も入ってきた。

「俺も七色ゼリー、一本だったぜ! ということは鈴香! オマエ! 七色ゼリーだけに投票してくれたってことだな!」

「いや普通にフルーツポンチだけども」

 それに大きく頷く美代が、

「あっ、私もそう! やった! 鈴香と一緒だ!」

 と言うと、正太郎はその場に膝から崩れ落ちて、

「何故だぁっ!」

 何故だ、て。

 普通に自分が好きなヤツに投票したからだよ。

 まあとにかく、

「このアンケートは投票数が多すぎるよね。変に拮抗しているし」

 と私が言うと正太郎は演劇部くらい声を張って、

「いやでも七色ゼリーだけは妙に低いぞ!」

 確かに七色ゼリーだけは妙に低くついているが、そこはまあいいとして。

「何に投票したか聞いて調べなくても、何個投票したか聞くだけで、これが不正かどうか分かるかもしれないね」

 私がそう言うと、正太郎はすぐさま紙とペンを持って走り出した。

 どうやら聞いて回る気だ。

 まさか給食センターの公式じゃないアンケートでここまで本気になれるとは。

 そこはまあ普通の男子なんだなって思った。

 ――そして正太郎の結果が出て、そして全ての結果が出た。


「やっぱり不正していたぞ! このアンケートを発案した人たちが食べたいデザートを上位に置いていたらしい! 今からちゃんと集計するそうだ!」

 正太郎の元気が良かったのは、ここまでだった。

 廊下に貼りだされた本当のアンケートの結果を見た正太郎は、静かに静かに、誰よりも静かにクラスに戻り、静寂の象徴のように席に着いていた。

 いや七色ゼリーの本来の票数、二票じゃん。

 正太郎と箱推しの華絵だけじゃん。

 最初はそんな正太郎を心の中で笑っていたが、あまりにも落ち込んでいるので話し掛けることにした。

「正太郎、七色ゼリー、いつか給食で出るよ」

「そんな気休め……民意だ……これが民意なんだ……」

「……七色ゼリーじゃないけども、五色ゼリーなら売っているお店知ってるから、私」

 すると正太郎は目を見開きながら、

「……! 五色でもいい! 五色でもいい!」

 やっと元気が出てきた。

 もう一押しだな。

「だから今度、一緒に買いに行こう」

「……っ! 鈴香! 本当か! 一緒に買いに行ってくれるか! ありがとう!」

 そう言って無邪気に笑った正太郎。

 そうだ、やっぱり正太郎には元気な笑顔が似合う。

 でも何で私は正太郎の笑顔が見たかったんだろうか。

 いまいち分からないなぁ。

 いやいや、そりゃ暗い顔よりも笑顔のほうが見たいに決まっているか。

 この感情に意味は無いに決まっている。

 言葉だって無いだろう。

 でも。

 でも。

 正太郎ならこの感情の言葉を知っているのかな。

 今度、聞いてみようかな。

 言葉に詳しいことは間違いないし。

 よしっ、じゃあ、今度聞いてみようっと! いつになるかは分からないけどもっ!

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