【メジャーは無いけども、物差しはある】

・【メジャーは無いけども、物差しはある】


 放課後。

 華絵がモグモグしながら、私に話し掛けてきた。

「モグモグ、メジャー、モグモグ、ある? モグモグ」

 いやモグモグの率が高いなっ。

 もう授業無いからお菓子で糖分を摂取する必要無いでしょっ。

 まあ

「メジャーは持ってないよ」

 そう言うと、モグモグごとシュンと肩を落とした華絵。

 一体どうしたのだろうか。

「何か測りたいの?」

「うん、モグモグ、机の中の高さを測りたくて、モグモグ、この中に入るサイズのお菓子しか持ってこれないから、モグモグ」

 いやまあ本来、お菓子は持ってきちゃいけないモノだから、どのサイズのお菓子も持ってこれないんだけども。

 まあ暗黙の了解みたいに、お菓子くらいならってなってる学校だからいいけども。

 私はすぐに代替え案を出そうとしたその時、邪魔が入った。

「おまちどおさま! 話はなんとなく聞こえたぜ!」

 いやもう私が答えを出そうとしていた時なのに、正太郎がまた割って入ってきて、

「あれだろ! お菓子作りをするんだろっ?」

「いや違うし!」

「大規模な製造ラインを敷いてお菓子作りするんだろっ?」

「そんな大企業みたいな話は一切していないし!」

 と、ツッコんでも正太郎は止まる素振りも無く、

「北海道工場と関東工場と関西工場と九州工場、そしてNASAに」

「NASAて! お菓子の宇宙食でも作るんかい!」

「NASAの職員に食べてもらいたいお菓子、そう、水まんじゅう」

「しかもお菓子って水まんじゅう! 夏の生菓子!」

 と、ツッコんだところで、華絵がモグモグしながらカットインしてきた。

「モグモグ、そんなおいしそうな話をしないで、モグモグ、食べたくなる」

 すると正太郎は無表情で、つまりまたボケのテンションで、

「じゃあおいしくなさそうな話をするか、刺身に餡子を付けて食べる家族の話なんだけどさ」

 私は少し強めにツッコむ。

「いやだからって意味分かんない話する必要無いわ!」

 正太郎は少し語気を強めながら、

「めんつゆに餡子を少量混ぜたモノとタコが意外と合う」

「しかも意外と合う話なんかい! じゃあおいしくなさそうな話じゃないじゃん!」

「どうしても、おいしい話がしたい。男子だから」

 と正太郎が訳分からんことを言うと、華絵が嬉しそうに、

「モグモグ! 女子も好きだから! モグモグ!」

「じゃあ一緒に食道楽へ洒落込もうか、華絵」

「モグモグ、いいね、いいね、モグモグ」

 と言ってどこかへ行こうとしたので、私はかなり強めに、

「……いや! 長さ測る話はどうしたんだよ!」

 華絵はハッとしながら、

「それは忘れていたわ、モグモグ」

「何で華絵がそれを忘れちゃうのっ!」

 それに対して正太郎は何か口をモゴモゴしながら、

「そういう話だったのか、モグモグ」

「正太郎、アンタは何を急に食べ始めたのっ」

「空気」

「空気は吸え!」

 そうツッコんでも正太郎はいつも通り無表情で、

「歯だって喜びたいじゃん」

「空気に噛み応え無いだろ!」

「でもここの空気、何かバリバリするなぁ」

「そんなことないだろ! そんな煎餅みたいな空気無いから!」

 正太郎は何かキョロキョロ教室の上を見る演技をしながら、

「醤油の香りもするし、米の香りもするし」

「いやもう完全に煎餅じゃん! そんな空気ありえないだろ!」

 と、ツッコんだところで華絵が、

「モグモグ、今、私、煎餅食べ始めました、モグモグ」

「いや華絵のお菓子の香りからきているボケ! って! もはや、やっぱり糖分補給関係無くなってる!」

「モグモグ、米も結構糖分あるし、モグモグ、味も変えたいし、モグモグ」

「いろいろ回り回って味を変えたいだけでしょ!」

 それに対して華絵は申し訳無いといった感じに、

「そうでした、モグモグ」

 と言い、正太郎も何か同じように、

「そうだって、モグモグ」

「いや正太郎のモグモグはいらないから!」

 すると正太郎がキリッとした目になりながら、

「いや俺実は、華絵から今煎餅もらったんだ」

「マジで食べているんかい! というかじゃあ私にもちょうだいよ、華絵!」

 華絵は少し懐疑的な表情を示しながら、

「モグモグ、いや鈴香はお菓子否定派なのかなと思って、モグモグ」

「お菓子を否定する小学六年生なんて存在しないわ!」

 と、マジで強く言うと、正太郎が無表情で、

「じゃああげる、俺の食べかけだけども」

「いや正太郎の食べかけじゃなくて、本来の丸さを持った煎餅もらうわ!」

 華絵はマジの煎餅を掴み、

「はい、鈴香、モグモグ」

 そして私と華絵と正太郎は、モグモグするだけの時間へ。

 何この時間。

 早く答えを言いたいな、メジャーが無い場合に長さを測る方法の。

 とにかく早めに咀嚼して、私は喋りだした。

「はい! 食べ終わった! じゃあメジャーが無い場合の長さを測る方法を教えるねっ!」

「早いね、モグモグ、鈴香、モグモグ、まあ私は三週目に突入しているだけだけども、モグモグ」

「いやじゃあ食べすぎだよ! 華絵!」

 そうツッコむと、正太郎が割って入ってきて、

「俺はゆっくり唾液で溶かすほうだから、飴みたいに煎餅食べるほうだから」

「バリバリさを楽しめ! 歯だって喜びたいじゃん、と言ってた頃のオマエどうしたっ?」

「最初少し噛んで、そのあと唾液で溶かす。それが俺流のお菓子の食べ方」

「まあそんなことは良いんだ、私が長さを測る方法教えるからねぇ!」

 またちょっと語尾が上がってしまったが、そこはもう気にしないことにする。

 それよりもまた正太郎が無表情で、

「えっ? 大規模な製造ラインの長さを測る方法?」

「だから大規模な製造ラインでお菓子は作らないんだよっ、もっと短い長さを測ることに適した方法の話っ」

 私がそう言うと華絵が少し驚きながら、

「モグモグ、そんな方法があるとは、教えて、教えて、モグモグ」

「私が手をグーにした時、人差し指から小指までの長さが6cmなのっ。そして親指が1cmだからそれで微調整しながら測ると……というわけ!」

 と説明すると、華絵がデカめに驚愕しながら、

「えっ! モグモグ! 鈴香ってロボなのっ! 長さが決まってるのっ? モグモグ!」

 その言葉におののく正太郎が、

「大規模な製造ラインで作られた人間、鈴香……」

 いや!

「そういうことじゃなくて! こういう簡単に長さを測りたい時の用心に、たまに自分の体の長さを測っているのぉっ!」

 また語尾が上がってしまったが、もうそんな自分を認めようと最近は思っています。

 華絵はうんうん頷きながら、

「モグモグ、たまに自分の長さを測るとは……さすが、さんすう探偵ね……モグモグ……ありがとう、これで長さが分かった! モグモグ!」

 話はこれで終わるかなと思ったその時だった。

 正太郎が叫んだ。

「さぁ! ここから、ことば探偵のパートだ! 鈴香! それに名前が付いていることを知っているかっ?」

 うっ、急にイキイキし始めた。

 嫌な予感。

 名前?

 うわっ、どうしよう、知らないかも。

 でもここで知らないって言ったら、またドヤ顔をされるに決まっている。

 いやでも知らないわ、知らないしなぁ。

 と、うんうん、唸っていると、さっさと答えを言われてしまった。

「人差し指から小指の長さが、つか! 親指の長さは、寸!」

 それに対して華絵がピンと何か思いついたような表情で、

「モグモグ、あっ、寸って聞いたことある、モグモグ、一寸法師とかの、寸?」

 それに大きく反応する正太郎。

「まさにそう! つまり一寸法師というのは、親指くらいの大きさって意味だ!」

「すごい! すごい! モグモグ! モグモグ!」

「これはもう、ことば探偵の勝ちだなぁ」

 そう言って私のほうを偉そうに見た正太郎。

 いやいや。

 全然違うから。

 だって、

「正太郎、長さを測ったヤツの勝利だから。つまり私の勝利」

「でも言葉も分からないなんて」

「じゃあアンタは自分の長さ、分かっているの?」

「いやまあそれは分からないけども、ほら、俺って日々成長するじゃん?」

 そう妙に自慢げに答えた正太郎。

 私は語気を強めながら、

「みんな日々成長するわ! でも変わる度に測るという努力をしているから! こっちは!」

「でも言葉を知っているって高尚なことだから」

「そこに実用性が無きゃ意味無いから!」

 と言い合いになりそうになったところで、華絵が、

「モグモグ! 急に喧嘩しないでー! モグモグ!」

 絶対私の勝ちなのに、華絵が困ってしまったので、このへんで収めた。

「まずはみんなでお菓子を食べて、仲良くしよう! モグモグ!」

 そして私と華絵と正太郎で、サクサクしたチョコクッキーとブルーベリージャムの入ったマシュマロを食べた。

 いや、お菓子のバリエーション豊富っ。

 それにしても正太郎ってどうでもいい時だけ勝利宣言してくるな。

 まるで『チヤホヤされたくて探偵をやっています』という隠れ蓑を使っているような。

 だからできるだけ自然に聞いてみることにした。

「正太郎ってさ、ことば探偵としての勝ちを積み上げていって最終的にどうなりたいの?」

 すると正太郎は急に『うっ』という詰まるような表情をしてから、妙に大きな声で、

「元気マン!」

 と答えた。

 意味分からない、ボケとしても雑過ぎるし。正太郎らしくない。

 華絵は相変わらずモグモグしながら、

「元気マン、もうなっていると思うよ、モグモグー」

 と言うと正太郎は照れている演技を明らかにしながら、

「やったぜぇ!」

 と言いながら、ランドセルを整えて、帰り支度をし始めた。

「ちょっと! ちゃんとした理由を聞いていない!」

 と私が言っても、

「じゃっ! また明日! 最高の明日!」

 と言って飛び跳ねてから走っていなくなった。まるで韋駄天。急に。怪しい。

 私と華絵は教室にポツンと残った。

 華絵が私のほうを見ながら、

「何かたまに正太郎くんへ探偵の話するね、モグモグ、正太郎のこと気になるの? モグモグ」

「まあ、何か気になるかなぁ」

「私も気になるよ! 正太郎くんのこと! モグー!」

 そう言って満面の笑みをした華絵。

 でもその顔はただ笑っているだけじゃなくて、何だか気恥ずかしそうな表情でもあった。

 不思議な顔。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る