【私の家族】

・【私の家族】


 家へ帰って来ると早々にお姉ちゃんがこう言った。

「男子の家に行ったのに、もう帰ってきたんだ。オマエ、アタシと一緒でモテないな。家系かよ」

 するとお母さんがすぐさま、

「私はお父さんと結婚できました!」

 それに対してお姉ちゃんが、

「両親のそういう話キモイだろ、勘弁してくれ」

 すぐさまお母さんが、

「アンタが家系なんて主語を大きくしたんでしょ! 最近のネットか!」

「最近のネットは主語大きくするとすぐ叩かれるから、そんな大きくしないんだよ。二年前のネットな」

 いやそんなお母さんとお姉ちゃんのやり取りはどうでも良くて。

「お母さん! 私ちょっと学校休んで友達のお母さん探す旅に出るから!」

 それにお姉ちゃんがポツリと、

「壮大かよ」

 と言い、お母さんはポカンと開いた口が塞がらない。

 私の説得はまだ始まったばかりだ、という気分で、

「友達はお母さんを探すために引っ越しを繰り返しているんだって! それを止めたいんだ!」

 お姉ちゃんはまた、

「輪廻からの脱却かよ」

 と言い、お母さんはまだまだ固まったままだ。

「お母さん! 私本気だから! 何ならお母さんが車の運転を担当していいからね!」

 お姉ちゃんは笑いながら、

「アシ扱いかよ」

 と言ったところで、お母さんが叫んだ。

「ダメ!」

 まあ最初はそうなるだろうな、と長期戦の予感を抱いていると、

「私はペーパードライバーなんだから! 佳子をアシにしなさい!」

 とお母さんはお姉ちゃんを指差しながら、そう言った。

 お姉ちゃんは目を丸くしながら、

「そっちかよ」

 と言った。

 やった、ダメじゃないんだ、と思いながら、私は、

「というわけでお姉ちゃん! よろしくお願いします!」

 と頭を下げると、お姉ちゃんは髪をボリボリ掻いてから、

「友達ってその男子だろ? 大学生に小学生の恋路を託すのかよ、いやなぁ、面倒、これはただただ面倒なんだよ」

 それに対してお母さんがすぐさま、

「でも鈴香がこんなこと言い出すなんてないから! お母さんは鈴香を尊重します! こういう若い時の恋愛! 応援するほう!」

「いや何が悲しくて小学生の妹の恋愛応援するんだよ、大学生のお姉さんが」

「どうせアンタ、単位余裕あるんでしょ! 面倒臭がり過ぎて、面倒なこと誰よりも早く終わらせてるんでしょ! ちょっとくらい良いでしょう!」

「アタシの性格、把握済みかよ」

「当たり前でしょ! 私は佳子のお母さんなんだから!」

 何だかいい感じだ。

 お母さんがこのまま押し切ってくれないか、と、心の中で応援していると、お姉ちゃんが私のほうを見ながら、こう言った。

「得は? アタシには何の得があるんだよ」

 甘いパンをあげる、というカスみたいな選択肢が浮かんだので、それはすぐさま頭の中で消え去らせて、私は叫んだ。

「お年玉の貯金! 全部あげる!」

 その言葉に一番驚いていたのはお母さんだった。

 お母さんはあわあわしながら、

「鈴香! アンタは貯める子なんだから相当あるわよ! 私が使い込みたいくらいあるんだから!」

「いい! お金より大切だから! 正太郎はお金より、ずっとずっと大切なんだからぁ!」

 それにお姉ちゃんが、

「永遠の愛かよ」

 と呟いた。

 お母さんは目を泳がせている。

 それを見たお姉ちゃんはニヤリと笑ってから、

「いいよ、相当あるんだったら。そうだよな、鈴香は何でも貯めこむほうだもんな。使う時は安っい甘いパンを買う時だけだもんな」

 するとお母さんが声を荒らげた。

「私から佳子に給料を出します! それでいきます!」

 急なカットインに私はただただ驚いていると、お姉ちゃんは腕を組み、ふ~んと悩んでから、

「まあそれでもいいか、家族奉公だもんな、これは。よしっ、面倒だが家族奉公だからしょうがない。やってやるよ」

 お母さんはまるでお姉ちゃんのように、

「お金のためでしょ」

 とポツリと呟いた。

 でも私としてはもうアシが手に入れば何でもいいので、素直にバンザイして喜ぶと、お母さんは目頭を押さえながら、

「手の掛からなかったほうの娘が初めてのワガママ、それが人のため……」

 と言い、お姉ちゃんは、

「アタシは手の掛かるほうかよ」

 と言った。

 というわけで私はお姉ちゃんの車で旅に出られることが確定した。

 ちなみにお父さんの意見は全然大丈夫なので、マジで大丈夫だ。

 そういうパワーバランスでやらせてもらっています。

 私は早速正太郎の家に電話を掛けると、近くにいたお母さんやお姉ちゃんが聞き耳を立て始めた。

 何がそんなになんだよ、こちとら小学六年生だぞ、と思いつつも、私はまず、すぐに正太郎へアシを手に入れたことを知らせると、

「さすが鈴香! 本当にすごい! 大好きだ!」

 と言ったので、私は『ワッ』と思った。

 おそるおそるお母さんとお姉ちゃんのほうを見ると、お母さんは感動しているような表情をして、お姉ちゃんはケッといった感じに荒れていた。

 私は顔を真っ赤にしながら、正太郎のほうはどうなったか聞くと、

「俺のほうも大丈夫だ、一週間くらいなら引越し自体も遅らせることができるって」

「じゃあ思い立ったが吉日! すぐさま明日から旅に出よう!」

「そちら様は本当にいいのか?」

「大丈夫! 大丈夫!」

 と元気に答えて電話を切り、改めてお姉ちゃんのほうを見ると、かなり面倒くさそうな顔をしていた。

 いや、

「お姉ちゃん、お金がもらえるからいいんでしょ?」

「いやラブラブ過ぎかよ」

「それはいいじゃない! 気にしないでよ! 大人の余裕で気にしないでよ!」

「まだこちとら大学生なんだよ、別れたばっかでオマエらの健気が染みるんだよ」

 そんな消毒液みたいに言われても。

 でもまあそれは仕方ないとして、無視するとして、旅の準備段階として、まず私は大学生であるお姉ちゃんにこれを聞いてみることにした。

 正太郎から受け取っていた写真をお姉ちゃんに見せながら、

「この人を、知ってそうな人を紹介してくれない? お姉ちゃん」

 お姉ちゃんは小声で、

「普通の女性かよ」

 と言った。

 いやそういうオフビートのツッコミじゃなくて、

「この人が正太郎のお母さんなんだけども、こういう人を知ってそうな人っていない?」

「どういうことだよ、よく直通でいけると思ったな。鈴香の計算どうなってんだよ」

「直通じゃなくて」

 ここから私はお姉ちゃん、そしてお母さんに六次の隔たりの説明をした。

 するとお母さんが手を叩きながら、

「すごい! あと私もそれ何かテレビで見たことある! そっかぁ! それを使うんだね! さすが賢い! 鈴香賢い!」

 お姉ちゃんは、

「机上の空論かよ」

 と言うと、お母さんが即、

「いやだからテレビでも見たことあって成功しているんだって」

「いや無理だよ、無理」

 そんなお姉ちゃんに私は、

「私はこの理論を信じる。証明している映像も知っているし。だからお姉ちゃん、この人を知ってそうな人を紹介して」

 お姉ちゃんはちょっと悩んでいる。

 いや、結構悩んでいる。

 六次の隔たりのこと信用していないと言っていた割に、結構真面目に考えてくれているようだ。

 何だか額から汗も流し始めた。

 何をそんなに悩んでいるのだろうか、とちょっと不安にもなってきた、ところでお姉ちゃんが口を開き、

「いぃ~、くーちゃんにするわ、くーちゃんに」

 お姉ちゃんから『いぃ~』という悩み音(なやみおん)初めて聞いたな、と思いつつ、

「じゃあそのくーちゃんという人の元へ、明日一直線で行って!」

「分かった、分かった、そうするわ。大学行けばいるだろ」

 最初の隔たりも終えて、私は意気揚々といった気分で旅の準備をし始めた。

 長くても一週間が限度だと、お姉ちゃんは言った。まあ正太郎も一週間くらいと言っていたし、それは全然OKだ。

 またお母さんから旅の資金を渡された。

 私が管理するんだと思いつつも、その信頼感の厚さに私は喜び、お姉ちゃんが「そっちかよ」と言った。

 正太郎は午前五時に私の家へやって来るという話になった。

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