【予定は】

・【予定は】


 今日の休日は正太郎の家へ行くことになった。

 最初は美代と一緒に行こうと思っていたんだけども、急に美代から「イッチンと一緒に植物デートするからダメ!」と言われて、何か涙が出た。

 友情ってそんなものなの? 愛情ってそんなに大切なの? とか思って、泣きそうになった。

 さらには「むしろ正太郎くんと楽しみなよ!」みたいなことを言われて「何を?」って思っちゃったな。

 ボケ・ツッコミを? いやでも美代が笑ってくれるから盛り上がるみたいなとこあるのになぁ。

 私の家は休日になると、道案内に使うなら、とスマホを渡してくれる家なので、スマホを持って正太郎の家に行くと、道路にわざわざ出て、めちゃくちゃこっちへ向かって手を振っている正太郎がいた。

 何かバカバカしくて笑っちゃった。

 さて、今日、私が正太郎の家へ行くことになった理由。

 それは正太郎の家に、めっちゃ蟻が入ってくる事件を解決するため、だ。

 正太郎の家はいわゆる転勤族で、引っ越しが多いため、貸家に住んでいるんだけども、その家に最近蟻がたくさん入ってくるらしい。

「甘いパンのせいかもしれない」

 そんなことを開口一番に言ってきた正太郎。

 とりあえず私は正太郎の家に上がり、居間に通されて、蟻がよく出てくるところの説明を受けた。

 しかし蟻が一体どこから入って来ているかは皆目見当が付かないらしい。

 いやでも、

「普通に確率として、蟻を見る確率が高い部屋に穴があるんじゃないの?」

「それだ!」

「それだ、じゃないよ。当然でしょ」

 と普通に言うと、正太郎は無表情とかじゃなくて、マジの顔で、

「蟻を見つける度に、言葉で『入ってくるな』とは言っているんだけどな」

「いや言葉で言っても分かんないでしょ! 人間じゃないんだから!」

「でも言霊が通じると信じたい!」

「そんなことは絶対無いよ! マジでこれは絶対無いよ!」

 全く、変なところ抜けてるな、正太郎って。

 まあいいや、正太郎に家中を案内してもらうことになり、正太郎がまた無表情で、

「ここは台所。料理が召喚されるところだ」

「いや! 魔術みたいに言われても! 普通にお母さんが作るんでしょ!」

 とツッコむと、一瞬ビクンと体を波打たたせた正太郎。

 表情も何か苦悶の表情という感じだ。

 一体どうしたんだろうと思って、正太郎のことを見ていたんだけども、何かあんまり喋らなくなってしまった。

 まあいいや、とにかく蟻だ、蟻、と思いながら部屋を見ていくと、蟻の数が多い部屋を発見した。

 それが正太郎の部屋だった。

 正太郎の部屋はモノが全く無いんだけども、唯一、パン屋で買ったと思われる、菓子パンがテーブルの上にたくさん置かれていた。

「パンは食卓囲む時に食べなよ、自分の部屋に置いちゃダメだよ、太っちゃうよ」

 それに対して正太郎は、

「食卓……」

 と呟くだけで、あんまり心に響いていないように感じたので、私は、

「そもそも菓子パンばかりじゃ栄養偏るから、ちゃんとお母さんの料理食べたほうがいいよ!」

 と言ったところで正太郎は静かに座り込んでしまった。

 私は少々呆れながら、

「ほら、また今、蟻入って来てるから、座り込んだら簡単に蟻がのぼってくるよ」

 しかし何だか元気の無い正太郎。

 無表情というか、精気が無いような。

「じゃあ菓子パン食べてカロリー摂取すれば? 元気無いなら」

 私はぶっきらぼうにそう言ってから、部屋の、主に窓のあたりを見て、どうやらそこに隙間があるらしいということを発見した。

「よしっ! ここをガムテープで補強しよう!」

 と私は自分でそう言ってから、あのことを思い出して口をさらに開いた。

「あとね! 食器洗う洗剤がよく利くんだよね! 蟻は洗剤が嫌いで洗剤の原液を垂らすと、そこに寄り付かなくなるんだ!」

 私が連続して言うと、正太郎が薄い声で、

「鈴香は詳しいね」

 と言った。

 私は自慢げになりながら、

「まぁ! さんすう探偵は科学探偵でもあるからねぇ!」

 めちゃくちゃ語尾が上がってしまったが、まあこうなることはちょっと分かっていたので、今日のところは自分を許してやろう。

 いやでも、いやでも、何かあまりにも元気が無くなってしまった正太郎に何か違和感を抱いた。

 だから、

「どうしたの! 正太郎! らしくないよ! いつもの『おまちどおさま』はどうしたのっ!」

「ゴメン、何でもない」

 そう言いながら、立ち上がり、多分台所に洗剤を取りに行こうとしたと思うんだけども、私は何か正太郎の肩を掴んでしまった。

「……どうしたんだ、鈴香」

「いや! あまりにも元気が無いから!」

「……ゴメン」

「ゴメンじゃなくて言ってよ! 何かあるなら! というか頼ってよ! 何でも解決しちゃうからね!」

 すると正太郎は少し言いづらそうにこう言った。

「俺、お母さんいないんだ。いないと言っても、ある日突然いなくなったんだけどね。いわゆる失踪かな、うん」

 ハッとした。

 私、お母さんがいないことを知らず、お母さんお母さんって言ってた。

 というか正太郎が菓子パンばかり食べているって話、そういうこと……?

 私みたいなただのガチなパン好きだと思っていた……そっか、そうなんだ……じゃあ、

「頼ってよ! ほら! 正太郎の家と私の家、意外と近かったから今度一緒にご飯食べよう!」

 固まっている正太郎は徐々に肩が動いてきて、最後は大笑いをした。

 一体何で笑っているのか分からなくて、私はあわあわしていると、正太郎が、

「すぐにご飯食べようって! やっぱり鈴香は明るいね! うん! ありがとう! もし機会があったら頼るよ!」

 うん。

 じゃあ、

「普通に今日の夜とかも大丈夫だよ! うちの親が送り迎えもするしさ!」

「ううん、突然は大丈夫。大丈夫だから」

 そう言ってニッコリ笑った正太郎。

 もしかしたら空元気かもしれないけども、とりあえず表面上は笑顔になってまあ良かった。

 というわけで洗剤を垂らして、蟻を威嚇してから、そこにガムテープを貼った。

 部屋の中の蟻も退治して、ちょっと落ち着いた時間。

 正太郎の部屋の床に座った私と正太郎。

 甘いパンの香りがちょっとしている。

 いやそりゃ蟻入ってくるよ、いつもより入ってくるよ。

 そんなことを言おうとしたその時だった。

 正太郎が真剣そうにこう言った。

「俺、算数という言葉について調べたことがあるんだ」

 私はちょっと笑っちゃってから、

「正太郎は本当に言葉が好きだね」

「うん。それでさ、算数って元々算術という言葉だったんだけども、算数という言葉になったんだね」

 私は甘い香りのするテーブルに肩肘つけながら、

「ふ~ん、何で?」

 と言うと、正太郎は落ち着いた声で、

「算数の『算』は技能的な意味合いなんだけども、算数の『数』は物事の本質を見極めることを意味するらしいんだ。つまり、ただ計算するだけではないモノとして算数という名前が付いているんだ」

「そうなんだー」

 ちょっとボヤっとした返事をしてしまった。

 私はやっぱり言葉にはあんまり興味無いかもな、特に語源とかは。

 正太郎は続ける。

「だから鈴香は、その本質を見極める能力が本当にすごいと思うよ。鈴香が何かすると何でも明るくなるというか、楽しくなるというか」

 ふと、自分のボヤっとついでに、あんまり考えずに言葉を発した私。

「何なの? 好きなの?」

 沈黙。

 私も自分の言葉を反芻して、すぐさま変なことを言ったことに気付き、否定しようとしたら、

「好きだよ、俺は鈴香のことが好きだ」

 真剣そうに私のことを見つめながら、そう言った。

 いっ! いやいや!

「違うぅ! 違うぅ! ほらぁ! 友達としてでしょぉ?」

「ううん、本当に好き。尊敬している。友達としてじゃなくて、本当に、本当に好き」

「いやぁいやぁいやぁ! ほらぁ! 冗談でしょぉ! 無表情の冗談でしょぉ!」

「ううん、真剣っ!」

 そう言ってニッコリ微笑みかけてきた正太郎。

 いやいやいや! いやいやいや! そんな! そんなぁ!

「そんなぁ!」

 と言ったところで正太郎がこう言った。

「でも鈴香。機嫌が良い時みたいに語尾が上がっているけども、どうしたの?」

 ハッとした、というか、ワッとしたし、ワッと言った。

 確かにそうだ! 私! 語尾上がっちゃってるぅ!

「良かった、返答はどうあれ喜んでくれているみたいだ」

 そう言った正太郎に私は体中が熱くなっていく感覚がした。

 許せない! この語尾上がりは自分でも許せない!

 だって! だって! まるで喜んでいるみたいじゃん!

 いやぁあぁあああ!

 喜んでいるんだ……私、喜んでいるんだ、これ以上無いくらい心が躍っているんだ……そっか、そうなんだ、私……そうだったんだ、私……というか、やっぱり……認めないようにしていたけども、やっぱり私も正太郎のことが好きなんだ、そっか、そっか、じゃあ言うことは一つだ。

「私も好きだよ! 正太郎!」

 これから何だかハッピーが続くんだと思っていたところで、正太郎がこう言った。

「そうそう、また引っ越すことになったんだ」

 えっ、引っ越す? どういうこと?

 正太郎は淡々と続ける。

「本当はさ、蟻なんてどうでも良かったんだ。ただ鈴香と二人きりになりたくて、その口実で呼んだんだ。だから途中まで美代が来ることになっていたことは焦ったよ。まあ美代にイッチンと遊んだほうがいいのでは、と提案して事なきを得たけども」

 ちょっと、止めてよ。

 何をそんな冷静に言っているの?

「学校だと人が集まって来て機会が無いからな、それは有難い話だけども俺はやっぱり最後に鈴香へ告白したくて」

 待って、待って、そんなどんどん進めないで。

「ありがとう、鈴香。本当に今までありがとう。俺は鈴香との思い出、一生忘れないから。そうだ、最後に何で俺がことば探偵しているか言うね」

 言わないでいい。

 だからそんな顔をしないで。

「俺、自分の探偵力を鍛えて、お母さんを探し出したいんだ。だからレベルアップするため、探偵みたいなことやっているんだ。今まで言えなくてゴメン」

 いいよ、そんな謝罪なんていらないし、そんな裏なら聞きたくなかった。

「だから最初の頃、対立してゴメン。探偵系のイベントは全部自分でやって自分がレベルアップしなきゃと思ってさ」

 いらない、いらない、そんな話、本当にいらない。

「でもさ、一緒にやっていくうちに、鈴香の思考こそ俺がレベルアップするために必要な何かなんじゃないかと思って……いや違うな、一緒に考えることが単純に心地良かったんだ、ありがとう鈴香、今まで本当にすごく楽しかったよ」

 というか本当に止めて、嘘だ、まるで終わりみたいじゃん。過去形にしないで。

 これで全部終了するみたいじゃん。

 終わりだから全部言ってしまおうみたいなこと本当に嫌だ。

 もっとボケてよ。

 冷静沈着じゃなくて、冷静巾着もちみたいなこと言ってよ、ボケを粘ってよ。

「ほら、家の中のモノ少ないだろ。もう荷造りは終わったんだ」

 待ってよ、というか舞ってよ、情熱的にダンスしようよ、そうしようよ。

「俺とお父さんはさ、お母さん探すために、お父さんの会社の支社を転々としているんだ。会社の人も寛大でさ、それを許してもらっているんだよね」

 知らない、というかいらない。

 そんな話聞きたくない。

 私は正太郎とずっと一緒にいることにしたのに。

 さっきずっと一緒にいることで決定したのに。

 計算しなきゃ、何か答えを探さないと、否、答えを作り出さないと。

 私はその辺の探偵と違って答えを作り出すことだってするんだ。

 相手は言葉巧みに私の前から去ろうとしているが、そんな簡単にいなくならせてたまるか。

 私は! すごい計算のさんすう探偵なんだぞ!

「というわけで、また午後からは荷物を運ぶ手伝いしないといけないから。鈴香、さようなら」

「待ってよ!」

「……ゴメン」

 俯いた正太郎。

 そうじゃない。

 正太郎はそうじゃないだろ。

 正太郎はいつも前を向いているだろ!

「違う! 正太郎! 私と正太郎のお母さんを探しに行こう!」

「だから、俺はお父さんと転々としているんだよ」

「そうじゃない! 私と今から探しに行くの!」

「そんな、ことしたって、あてが無い、と、いう、か」

 正太郎は言いづらそうに言ったが、私は首を激しく横に振ってから、

「それはそっちの方法と一緒じゃん! それに私にはあてが作れる!」

「あてが、作れる?」

「ちょっとくらい正太郎が引っ越しする時期ズレてもいいでしょ! 私も学校休む! 小学六年生の問題なんて私には楽すぎるし!」

「その前に、あてが作れるってなんだよ」

「さんすう探偵の私に全て任せて!」

「いやだから」

 と何か言いかけた正太郎を遮った私は叫んだ。

「私に任せてくれると言ってくれたら全部教える! ただし教えたら絶対実行だよ!」

 唾を飲み込んだような間の正太郎。

 正太郎は溜息をついてから、真っ直ぐ私のほうを見ながらこう言った。

「そんな、鈴香のことは全幅の信頼しかないぜ!」

 そう笑った正太郎に私も嬉しくて頬が緩んだ。

 やっぱり正太郎は明るくなくちゃ!

「じゃあやろう! 六次の隔たり!」

 と私が言うと、正太郎は小首を傾げながら、

「六次の隔たり……何か聞いたことあるような、でも何だっけ?」

「簡潔に説明するね! 六次の隔たりとは、全ての人や物事は6ステップ以内で繋がっていて、友達の友達を介して世界中の人々と間接的な知り合いになることができる、という仮説なんだ」

「6ステップ分だけで? さすがにそんなこと無いだろ、万ならまだしも」

 そう口を尖らせた正太郎に私はメモを取り出して、説明を始める。

「例えば、ある人物Aさんが50人の知り合いを持っているとして、Aさんの知り合いであるBさんたち50人が、Aさんとも互いに重複しない知り合いを50人持っているとする」

「まあそれくらいならありえるか、大学生とかならもう小学校が違う友達ばかりだもんな」

「Bさんたちの知り合いであるCさんたちがAさんともBさんたちとも互いにも重複しない知り合いを50人持ち、というようにその繰り返しを6ステップやっていく」

「そうすると雪だるま式に増えていくわけだ」

 そう感心するように頷いた正太郎。

 私は続ける。

「Aさんの6次以内の間接的な知り合いは50の6乗=15625000000人となり、地球の総人口を優に上回るんだ」

「すごい! 越えすぎだ!」

「つまり、Aさんは知り合いを6人たどることで、もっとも遠い距離にいる任意の人物αさんとも知り合いになることができる。ただし、実際にはBさんの知り合いがAさんの知り合いである可能性もあるため、単純にこの計算を正当化することはできないけど、より人脈が多そうな人に聞いて行けば辿り着くということ!」

 正太郎はガッツポーズをしながら、

「勝ったぁぁぁあああああ!」

 と叫んだ。

 いや、

「だから正当化はできないんだけどね、でも同じ日本人同士ならいける可能性が高いと思うよ。現にこれを検証した日本のテレビ番組では6ステップ以内に繋がることが多かったらしいし」

「これをやろう! 俺は鈴香を信じる!」

 短い言葉だけども、私にはすごくぐっときた。

 鈴香を信じるなんて正直言われ慣れている言葉ではあったけども、今このタイミングで言われたそれは強く心が弾んだ。

 そうだ、正太郎は私を信じてくれているんだ。

 だから、

「正太郎、お父さんにちょっと旅に出るって言っておいて。私は家族に相談して探す旅に出る方法を探るから。具体的に言うとアシを見つける!」

「いやでもそんな鈴香の負担が大きくないか?」

「だって言い出しっぺは私だし、それに! 私が正太郎とずっと一緒にいたいだけだから!」

「あっ、ありがとう……」

 そう言って照れ笑いを浮かべた正太郎。

 その正太郎の姿を見た時に『鏡だ』と思ってしまった。

 ダメだ、私も恥ずかしくなってきた、というか正太郎とずっと一緒にいたいなんてプロポーズじゃん、うぅ、穴があったら入って二日は寝たい。

 でもその寝ている最中に正太郎がいなくなったら嫌なので、起きて活動していなきゃ。

「じゃあ正太郎! 言葉巧みにお父さんを説得してね! 私は私のほうでちゃんとやるから!」

「そんな、詐欺師みたいに言うなよ」

「正太郎は半分詐欺師じゃない! だから大丈夫!」

「全然詐欺師じゃない! 詐欺じゃない! そう! 空高く飛び回る、ダチョウ!」

「白鳥であれ! ダチョウは飛び回らない! 地面ッタッタッタだよ!」

 正太郎の元気が戻ったみたいで良かった。

 私は正太郎とバイバイして、急いで家へ帰った。

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